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第20話:錆びた祈り、あるいは忘れられたガジェット


前書き:豊かさの裏側にある「見えない請求書」

 効率化された都市メト。

 ここでは、魔導灯の明るさも、運河の流量も、すべてが「最適解」という数字で管理されています。

 フィアネが直した水門の影響で、上層地区は昨日よりも輝きを増しました。

 けれど、光が強くなれば、その分だけ影もまた深く、濃くなるのが道理です。

 フィアネが探しに出かけた「安くて、誰も買わないもの」。

 それは、最先端の魔導技術に追い出された、かつての「当たり前」でした。


 翌朝、メトの街は霧に包まれていた。

 上層のきらびやかな大通りとは対照的に、フィアネが足を向けたのは「下層ジャンク通り」と呼ばれる一角だ。

 そこには、最新の魔導製品に買い換えられた後の、動かなくなった旧時代の遺物が山のように積まれている。


「お嬢、この一帯は治安が不安定です。

 魔力残滓が不安定に漂っており、精密機械の誤作動も懸念されます」


 エレハンドロが、外套の下で警戒を強める。

 ヨハムは影に潜み、ガラクタの山の向こう側でこちらを窺う浮浪児たちの視線を牽制していた。

 フィアネは、石畳に直に広げられた露店の一つに目を止めた。

 売られているのは、色あせた魔導石の欠片や、弦の切れた楽器、そして――。


「……これ、なんですか?」


 フィアネが指差したのは、手のひらサイズの金属製の球体だった。

 全体が赤錆に覆われ、魔力的な輝きは一切失われている。

 店主の老人は、欠けたパイプをくゆらせながら、やる気なさそうに答えた。


「ああ……そいつか。

 昔の『お守り』さ。

 ゼンマイを巻くと、ただ小さな光が点滅するだけの、がらくただ。

 今のメトじゃ、そんな暗い光より、市営の強力な魔導灯があるからな。

 誰も見向きもしねえよ。……銅貨一枚、いや、パンの耳一かじり分でもいいぜ」


 かつて、魔導灯が街を隅々まで照らす前。

 人々は夜の暗闇を恐れ、この小さな金属球の灯りに祈りを込めていたのだろう。

 だが、効率的なインフラが整った瞬間に、その「祈り」は単なる非効率なゴミとなった。

 フィアネは、その錆びた球体を手に取った。

 冷たい。

 けれど、どこか懐かしい手触りがした。

 かつての世界で、電池が切れて放置された古いおもちゃのような、寂しい手触り。


「……これ、買います」


 フィアネは、画面を開く。

《商品検索:互換部品》

・小型ボタン電池(CR2032相当):10 円

接点復活剤スプレー:85 円

・極細研磨クロス:25 円

 総額、百二十円。

 昨日の歯車と同じ、フィアネにとっては「端数」と呼ぶのさえ躊躇われるほどの安価。


「お嬢、そのような無価値なものにリソースを割くのは非合理的かと」


 エレハンドロが冷静に指摘する。

 確かに、これに百二十円をかけても、街が良くなるわけでも、魔物を倒せるわけでもない。

 けれど、フィアネの指は迷わず「確定」をタップした。

 周囲に気づかれないよう、背中のランドセルの中でリソースが具現化される。

 フィアネは店先を離れ、運河のほとりの静かなベンチに座った。

 研磨クロスで錆を落とし、接点復活剤を一吹きする。

 最後に、かつての世界の知恵である「電池」を、無理やり魔導回路のバイパスにねじ込んだ。

 カチ、と小さな音がした。

 錆びた鉄の隙間から、ぽぅ、と淡い暖色の光が漏れ出した。

 それは魔導灯のような鋭い白光ではない。

 焚き火の終わりのような、今にも消えそうな、けれど不思議と心が落ち着く橙色の光。


「……わあ」


 フィアネが小さく声を上げた時だった。

 

 ベンチの影から、一人の小さな少女が顔を出した。

 服は汚れ、寒さに震えているが、その瞳はフィアネの手元にある小さな光に釘付けになっていた。


「……おねえちゃん。その光、なに?」

「……これ? これはね、昔のお守りなんだって」

 フィアネは、その光る球体を少女に差し出した。

 

 少女が触れると、小さな光が規則正しく、まるで心臓の鼓動のように点滅した。

 少女の顔に、今日初めての、小さな、けれど確かな笑顔が浮かぶ。


「……あったかい」


 メトの管理された魔導灯は、街を昼間のように明るくするが、凍えた子供の心まで温めるようには設計されていない。


 効率的な光は「目的」を照らすためのものであり、「不安」に寄り添うためのものではないからだ。

 フィアネは、そのまま光る球体を少女に握らせた。

「……あげる。これ、あなたの『お守り』にして」

「いいの? ……でも、わたし、なにも払えないよ」

「いいんだよ。……もう、払ってもらったから」

 少女の笑顔。


 百二十円で買った、計算式には絶対に乗らない、最大級の「報酬」。


 フィアネが立ち上がると、影からヨハムが現れた。

「……お嬢。上層の管理官たちが、また魔力の異常を感知して動いています。

 先ほどの接点復活剤の揮発成分が、魔導検知器に反応したようです」

「……あはは、また追いかけっこだね」

 フィアネは苦笑いしながら、ランドセルを背負い直した。

 

 管理された大都市、メト。

 そこでは、たった一人の少女の笑顔さえ「異常数値」として処理される。

 

 けれど、フィアネは満足していた。

 今日の端数は、ちゃんと、誰かの夜を照らしたのだ。

後書き:数字にできない価値

 第20話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 今回、フィアネが買ったのは「古びたお守り」でした。

 メトのような高度な文明都市では、精神的な拠り所や、非効率な祈りは「ガラクタ」として排除されていきます。

 けれど、フィアネはその「ガラクタ」を現代の技術(電池や接点復活剤)で無理やり蘇らせ、価値を再定義しました。

 「あったかい」という少女の言葉。

 それは、どんな高度な魔導工学を駆使しても、効率だけを求めていては辿り着けない場所にある価値です。

 フィアネの旅は、こうした「世界の計算間違い」を拾い集める旅でもあります。

 次回、メト編はいよいよクライマックス。

 フィアネの「端数」が、都市全体の「最適解」を大きく狂わせることになります。

 

 お楽しみに。

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