第一話 未回収のルート
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突然、身体が動かなくなった。
仕事帰りの電車ホーム。浅井瑠奈は線路をぼんやり見つめたまま、膝から崩れ落ちた。今までの不摂生な生活が祟ったのだろう。激しい頭痛と胸の痛みが、全身を支配する。
――心臓が痛い。
視界が歪み、身体が線路に落ちる。電車の警笛が大きく響く。誰かの悲鳴が遠くで聞こえる。
――ああ……死ぬ。
恐怖は、ほとんどなかった。
ただ、長い間抱えていた未練だけが胸に残っていた。
――あのルート……攻略したかったな。
彼女が人生のすべてを捧げた乙女ゲーム『ローズ』
このゲームは多彩なハッピーエンドが魅力でその多くのハッピーエンドや程よい難易度で、プレイヤーの心をつかみ、人気のゲームだった。そんな幸せなゲームの中でも、異質で、未回収でもあるルート。
【破滅ルート】
主人公セレナの視点から悪役令嬢エトワール・ラスティーニャに切り替え、そのまま悪として徹底的に破滅する特殊な隠しルート。エトワールは悪逆非道で、このゲームの悪役だ。そのカリスマ性や美しい容姿で、大きな人気を持っていた。このゲームは攻略情報をネットにあげるのを禁止にしているため、調べることができない。視点の切り替え方がどうしても分からず、そのまま彼女は道半ばで力尽きてしまった。
「……悔しいな」
大きな音とともに、電車が迫ってくる。
瑠奈の意識は、そこではっきり途切れた。
――そして、目を開けた。
柔らかな天蓋。甘いバラの香り。
見覚えのある豪奢な天井。
――これ、エトワールの部屋の天井だ。
体を起こすと、自分の意志とは違う動き。慌てて部屋の隅の大きな鏡の前に立つ。そこに映っていたのは、夢にまで見た女性。オレンジがかった美しい銀髪、男を惑わす魅惑の曲線を描く身体、少し色白の肌、宝石のように紅く輝く瞳。
「……これが、私」
声を出してみる。ゲームで何度も聞いた、美しくも可愛らしい魅惑の声。普通ならこの身を得て人生を謳歌するのだろう。しかし、浅井瑠奈は違った。彼女は鏡の中の自分を、淡々と見つめた。そして、ひとつの考えが浮かぶ。
「……この身体ということは、未回収のルートを回収できるはず」
頭の中に叩き込まれたすべてのデータが鮮明に蘇る。
エトワールとして破滅するための最短条件、イベント順、好感度操作。廃人だった彼女の胸に、久しぶりに熱いものが込み上げてきた。
その表情は、とうに狂った者の表情だった。
「ふふっ……」
思わず、笑いが零れた。夢にまで見たルートの攻略。
身体がゾクゾクと震える。
「さあ……破滅を、はじめましょうか」
エトワール・ラスティーニャは、静かに微笑んだ。
その笑みは、すでに狂気を孕んでいた。
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