45:テッドという男ー3
先週はご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
詳細は活動報告に上げておりますが、無事日本に戻って参りましたので、
今週からまたよろしくお願いします。
イヌ吉@苳子拝
「あぁ? 知らねぇの? ……まぁ、国も必死で隠してんだろうしなぁ。剣聖がいなくなったなんて、とんでもない醜聞だろうからよ」
「いなくなった?」
いなくなった……退団した、と言っていたのに、いなくなった?
剣聖の称号を得るような英雄が、勝手に聖騎士団から……いや、国から出奔したというのか? ありえない。そんなこと、あって良いはずがない。まさかこの男、敵の工作員で、我々を攪乱するためにやってきたのではあるまいな。
だが、剣呑な雰囲気になったイグニスを気にもせず、テッドはつまらなそうに肩をすくめて見せた。彼の話にビリビリとした空気をまとわせる海軍兵に囲まれているというのに、彼は全く気にしていないようだ。
「噂だよ、噂。実際魔獣の退治に手が足りてねぇんだ、山じゃあ魔獣が出てきて大変なんだよ。もちろん聖騎士団も出張って来ちゃいるが、剣聖の姿は最近全く見なくてさ。そんなんだから、あいつらの討伐もちっとも成果が上がらないのさ。うちも護衛団を増やさないと、もう聖騎士団だけには任せちゃいられねぇ状況だ」
いなくなった。退団。噂。不確かな話しすぎる。大体、山岳地帯で護衛団をまとめているという男が、自分達にも知らされていない話を知っているなんてことがあるのか? 国が発表もしていない……海軍にも秘匿している情報を、在野の人間が知っているなんてあり得ない。彼の話は信じるに値しないだろうと、頭では分かっている。
だが、山に住む者達は肌で感じているのだろう。この噂が、真実であると。
そうしてテッドの語る“噂話”の信憑性がかなり高いと、イグニスも感じているのだ。
「一体、誰が退団したというのだ」
絞り出すようなイグニスの声に、テッドは飄々と答えた。まるで、何でもないことのように。
「剣聖・ユグノー・アル・オニールだ。一番若いが最強の男だよ。そいつがいなくなったんだぜ? だったら例えはいないよりマシだって程度でも、俺らみたいなアマチュアが何とか頑張るしかないだろうよ。最近じゃ腕の良い狩師達は総出で山に入ったりしててよ、皆なんとか魔獣を退治しようと必死なんだよ。という訳で、ヒューイよう。うちの奴らがお前を連れてこいってうるせぇんだよ。ここに残りたきゃ、まずうちの連中を納得させてくれよ」
テッドはそうヒューイをかき口説いた。ヒューイは困ったような顔で、テッドとイグニスに間に視線を彷徨わせている。
山で暮らしてきたヒューイには、剣聖不在ということがどういうことなのか、海に住む者達よりも遙かに身に迫って感じられるのだろう。だが、ヒューイは今や海軍の従卒である。そんな身勝手なことはできないと、そう逡巡しているのが見て取れた。
そうしてそれを感じるのは、イグニスだけではないのだろう。テッドはヒューイからイグニスに視線を向けると、人好きのする顔でぺこりと頭を下げた。
「なぁ、艦長さん。三日で良い。コイツを借りていっても良いだろう? 本当に俺達、困ってるんだからよぉ。な?」
そうしてそれだけ言うと、テッドはもうそれが決定事項のように、ヒューイの肩を抱き寄せた。だが、ヒューイは顔を真っ赤にして、怒りながらその手を振りほどく。
「テッド、勝手な事言うのは止めてくれよ!」
「うるせえな。艦が航海から戻ってきたら、次の航海まで一ヶ月は陸にいるって聞いたぜ。三日くらいの休日も貰えないのかよ。だったら俺達の方が遙かに待遇は良いぜ? な? こんな人使いの荒い海軍なんて辞めた方が良いんじゃないか?」
「ふざけんな、テッド!」
二人は本当に気安い関係のようで、気の置けない態度で言い合っている。ヒューイは本気でいやがっているようだが、テッドの態度は弟をからかう兄のソレだ。
イグニスはこんな時だというのに、なんだか胸がムカムカしてきた。
彼を追い払うのは容易い。だが、ここで追い返しても、きっと彼は何度もヒューイにつきまとうのだろう。
────それなら。
「三日か。それならば、外出を許可しよう」
イグニスの声は低く、本当はヒューイをテッドに貸し出したくないといのは明白だった。
それでも、後々のことを考えれば、ここは一度ヒューイの後腐れをなくした方が良いと、彼はそう判断した。でないとデットは本当に何度も来るだろうし、テッドがヒューイを悪いようにしないというのは、それだけは間違いないように思えたから。
だが、イグニスのその判断は、ヒューイの気には添わなかったようだ。
「艦長! テッドの言う事なんて、聞かなくて良いんです! こいつはいつも無茶ばっかり言うんですから! 俺は海軍に入ったんです! もうこいつとは関係ありません!」
「でもお前がそれだけ気安く話している所を初めて見たぞ? お前にとっても浅くない仲なんだろう? 一度話をしてきて、身辺を綺麗にしてから帰ってこい」
イグニスが静かな声でそう諭せば、ヒューイは少しだけ唇を尖らせかけたが、それでも艦長の言うことは絶対だと思い直したようで、小さく頷いた。
「……分かりました。テッド、三日だな?」
「ああ。三日もありゃあ充分だ」
テッドは満足そうにニカリと笑うと、ヒューイの肩をもう一度ガッシリと抱きかかえた。
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