32:雷魔法-3
「魔法って、だいたい戦う時に発動される物だから、剣技を磨けば自ずとコントロールもついてくる筈だよ。あ、だったら俺と一緒に訓練する? 夜寝る前に、一時間位?」
ヒューイの問いに、セオは目を見開いた。
寝る前に一時間? ヒューイは毎日こんなに遅くまで訓練をしているのに?
「だ、ダメだよ、ヒューイ。ヒューイは朝だって俺達より早く起きて艦長のところで働いてるのに、ヒューイの寝る時間がなくなっちゃうよ!」
セオは自分の心臓がひどく高鳴っていることに気づいていた。どうしてこんなにドキドキするのか。
ヒューイと。ヒューイが。俺と二人で。夜中に。ヒューイと。それを、ヒューイが俺に提案してくれて。だから、ヒューイと。ヒューイと俺が。
セオにはもう、自分が今何を考えているのかも分からなかった。ただ目の前のヒューイが自分をまっすぐに見つめていることだけは分かった。
そんなセオの様子には気づいていないのか。
「大丈夫! 俺、いつも魔獣と夜戦っていたから、夜の方が調子が良いんだ!」
ヒューイはセオが心配して遠慮してしまわないようにか、笑顔でそう答えた。
「ね? だから、一緒に訓練しよう?」
「そ、そう……なの? でも……」
「あ、それと、こないだ艦長達に教えてもらったんだけど、魔法使える人って、長生きするらしいよ?」
「へ?」
何を言われたのかよく分からなかった。それはそうだろう。魔力のある者に会ったこともなければ、魔法とか魔力がどういうものかもよく分かっていないのに。っていうか、長生きってどういうこと? むしろ魔獣なんかと戦っているんだから、普通の人より早く死んでしまう可能性の方が高そうなのに……。
「俺もよく分かんないんだけど、魔力が持ち主の体に作用して、体の中が活性化するから若返るんだって」
「わ、若返る!?」
若返るってあれか? いつまでも若くて元気なまんまって事!? 夜中だというのにセオは思わず大きな声を出し、慌てて口を塞いだ。
「ほ、ほんとに? ヒューイの周りにもそういう人っていたの?」
「俺の周り? そうだな……。村に魔獣が出ると魔獣の処理のために王立騎士団の人達が来てくれるんだけど……その中にすごく強くて、いつまでもずっと若い人がいたよ。でも俺子供だったから、大人の人は大人の人ってくくりでしか見れなくって、あんまり不思議に思わなかったんだよね」
「その人は今も若いまんまなの?」
その人……ヒューイはそう呟くと、少し考えるようにした。
「……どうだろう。最近会ったわけじゃないし。……でも、俺はあの人が、なんだか少し怖かったんだ」
ヒューイはそう言うと、少し遠くを見るような目をした。
子供心に姿の変わらない王立騎士。いつまでも若く、強く、幼い日のヒューイに憧れと畏れを与えた人……。
「ヒューイ、あの、ごめん。俺、変なこと言った?」
恐る恐る声を掛けたセオに、ヒューイはハッとして慌てて笑顔を繕った。
「ごめん、そうじゃなくって、俺らレベルでも、確かに魔法があると少し影響するのかもって考えてたんだ!」
ヒューイはどう見ても取り繕ったような顔をしているが、セオは敢えて突っ込まずにそれに乗る事にした。
「そ、そうなんだ! 例えばどんな風に?」
「えっと、俺の父さんも少し魔法使えたけど、確かにいつまでも若いって村の女達がいつも言ってたなぁ、とか」
「へぇ」
ヒューイのお父さんならきっとイケメンだろうし……。若いお父さんだったんだ……。
なんとなく納得したセオに、ヒューイは「それに」と先を続けた。
「それに確かに俺、ケガの治りも早いし、滅多に病気もしないかも。まぁ、もちろん魔獣にやられたら普通にみんな死ぬから、魔獣にやられないようにって村のみんなも鍛えまくってたわけなんだけど」
「そ、そりゃそうだよね」
魔獣にやられたら死ぬのは当然だ。
でも、ヒューイの育った村では、それでもみんな自分を鍛えて魔獣と戦っていたのだ。もしかしたら本当に寿命が延びたり怪我が治りやすかったり病気にかかりづらかったりするのかもしれないけど、それはよっぽどすごい人だ。
自分は……自分も、もし魔法が使えるとしたって、そんな大した魔力じゃないだろうし。でも、ヒューイと一緒に鍛えて、ヒューイと一緒に伸びた命の分だけ一緒にいられるなら……。
「分かった。俺も魔法の訓練、頑張るよ! やっぱちょとでも長生きしたいしさ! ヒューイ、これからよろしくお願いします」
「あはは、俺はそんなに大したモンじゃないから、どれだけ役に立つかは分からないけどさ。でも、一緒に頑張ろうね」
「うん!」
今日はもう遅いから、明日から頑張ろうかと言うヒューイに、セオは少しでも早く訓練したいと言い、二人で少しだけ素振りをしてから寝る事にした。自分達の支給品の剣を、一応腰に佩いているのだ。
剣を振る時に雷が出るイメージをすること。体の中が熱くなるから、それを胸から腕、剣に流し出すようにして振りだすように。
最初は何を言われてるか分からなかったけど、それから毎日夜中に剣を振るようになって、段々とヒューイの言っていることが分かるような気がしてきた。
これか。そうだ、きっとこれだ。
この先に、きっとヒューイの言っていた事が待ってる……!
時々パチリと静電気が鳴ったり、剣の先から光が飛び散ることがある。
そのたびにヒューイはまるで自分のことのように「さすがセオ!」と喜んでくれて、それがセオには嬉しかった。
でも、ヒューイが忙しくて帰ってこられず、セオが一人で素振りや型稽古をしてる時には、不思議とその感覚は訪れなかった。
水兵の仕事をしている時にも、隙を見て魔力を体に巡らせる練習をしようとするのが、剣を持っていない時には自分の体のどこにも魔力を見つける事はできなかった。
今はまだ艦を修理中で、陸上での訓練ばかりやらされている。訓練の途中、セオは小さく息をついて辺りを見回した。視界の端に、ヒューイが艦長と二人で話ながら歩いている姿が目に入る。
「ヒューイ……」
何となくその姿に、セオは胸が切なくなった。
「なんで、こんな気持ち……」
セオはそっとシャツの胸元を握りしめた。
「魔法なんて……ヒューイと打ち合ってる時しか分からないよ。ヒューイと一緒じゃないと、無理なんだよ……」
艦長の隣りに立つヒューイは、セオの手の届かない人だった。
早く、夜になれば良い。夜になって、また一緒に剣を打ち合って、ヒューイと二人だけで魔法の訓練がしたい。
その時だけは、ヒューイは自分だけの物だから────。
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