30:雷魔法-1
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イグニスとの稽古を終え、ヒューイはそっと部屋に戻ってきた。ヒューイのベッドは六人部屋の入り口入ってすぐのベッドだ。普通は人の出入りがあってうるさく感じる者も多い場所だが、夜中にこっそり帰ってくるヒューイにはありがたい配置だった。
ドアを開けると、中からのどかないびきが聞こえてくる。みんな疲れて眠っているようだ。ヒューイも顔を洗ってさっさと寝よう……とベッドの下から洗面道具を取ろうとすると、囁くような声で「おかえり」と声をかけられた。ヒューイと同じくドアからすぐのベッドを押しつけられたセオが、静かにベッドから抜け出して、ヒューイのベッドに近づいてきた。
「毎日こんなに遅いんだね」
「一応就寝時間には訓練をやめてるんだけど、その後剣の手入れをしたり、明日の準備をしたりして……結局こんな時間になっちゃうんだよね」
うるさかった? ごめんね、と申し訳なさそうにするヒューイに、セオは小さく顔を横に振った。
「あの……疲れてるとこ悪いんだけど、今、少しだけ時間貰って良いかな」
「え? あ、もちろん良いよ。えっと……ここで話すとアレだから、中庭とか行く?」
「うん」
そうして二人はそっと部屋を出て、明かりの消えた中庭のベンチに腰を下ろした。
「ほんとはヒューイが早くに帰った時を狙って話そうと思ってたんだけど……」
「ごめん、毎日遅かったから、遠慮してくれたんだよね? セオ、急ぎの話じゃなかった? 大丈夫?」
「うん」
セオはそれからしばらく、どうやって話を切り出したら良いのかと言葉を選んでいた。何だろう。そんなに話しづらい事だろうか。ヒューイはセオが話し出すまで、急かす事なくじっと待った。
どれだけそうしていただろうか。
「あの……こないだ、海賊と戦った時なんだけど……」
セオはまるで辺りを警戒するようにキョロキョロと視線を巡らせてから、小さな声でそっと話し出した。
「あの時……俺……その、信じてもらえないかもしれないけど……」
「うん?」
セオは組んだ手の指をせわしなく開いたり閉じたりして、それから意を決したようにヒューイを見た。
「あの時、海賊と撃ち合った時に、なんか、体の奥がすっごく熱くなって、それから剣がバリバリって光ったんだ」
「え?」
ヒューイが聞き返したのを、セオは否定されたと思ったのだろうか。慌てて言い訳のように言いつのった。
「で、でも剣の撃ち合う火花とかじゃないと思うんだ! あの、空に向かってなんか、光って、何て言ったら良いのかな……あの、光ってるのが上ってくみたいになって、それで、俺も手が痺れたんだけど、相手はもっと手が痺れたみたいで、それで相手の海賊が剣から手を離して……あの、本当なんだ!」
「分かってる。セオ。落ち着いて」
ヒューイが真剣な顔で頷くと、セオははっとしたような顔をして、それから大きく息を吐き出した。
「ごめん、あの、でも、これは本当で……」
「分かってる。話してくれてありがとう」
「う、うん。あの、俺、こんなこと相談できるの、ヒューイだけで……」
あの光を信じられないのはセオだって一緒だ。自分の事だからこそ、まだ信じられずにいる。
あれは静電気なんて可愛い物じゃなかった。……まるで雷が下から上に向かって走るような光。もしかして、と一つの可能性に思い当たる。いや、まさか。自分のような何の取り柄もない男がまさかそんなと何度も何度も自問自答した。それでも、自分では答えなんて出やしない。
それなら、自分の仲間の中で一番魔法に親しいヒューイに話を聞いて貰いたいと、セオは訥々とそう言った。
「他の奴らが聞いたら、絶対馬鹿にされると思って。もしかして俺なんかが魔法が使えるとでも思ってるのかって。でも」
「何言ってるの?」
ヒューイがまっすぐにセオに向かってそう言う。それを聞いて、セオはかあっと頬が赤くなるのを感じた。
やっぱり違うんだ。俺が思い上がったんだ。魔法なんて。俺が、魔法なんて……。
「ご、ごめん、ヒューイ。やっぱり俺が魔法なんて……」
「え? 魔法でしょ、それ。しかも雷魔法だ。すごく珍しい属性だよ。セオ、すごいよ!」
「え?」
ヒューイの顔は真剣だった。からかっているようにも、バカにしているようにも見えなかった。




