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27:従卒のお仕事-1

 ◇◇◇ ◇◇◇



 ヒューイがイグニスの従卒になって、約1ヶ月が過ぎた。この1ヶ月は、ひたすら勉強と訓練の日々だ。


 水兵として働いていたときは朝5時に起きれば良かったが、イグニスは4時にはもう起きるているから、その時間までにイグニスの部屋に行かなければならない。そうしてイグニスが書類仕事をしている間、同じ部屋でヒューイに用意された机に向かって、艦隊戦法や船体運動力学、弾道学、航海術、操舵術、操帆術、海図の読み方や海図自体をひたすら覚えこまされる。


 そうしてみんなの起床時間である5時を過ぎたら食事を取ってオーリュメール号に移動。ここでもイグニスのそばに控えて細々とした用事を言いつけられながら、他の新兵に混じって様々な部署を回り、実際に砲弾を扱ったり、操舵の手ほどきを受けたり、武器弾薬のチェックをしたり、艦の応急補修を手伝ったり、服のまま海に飛び込んで着衣泳の訓練をしたり、もちろん調練に参加したりと、とにかく内容は多岐にわたる。

 どうやらこれは座学の実践らしく、ヒューイがこの1ヶ月で回らなかった部署は厨房くらいだろうか。


 夕方の6時に船を降りると、夕食を食べた後にイグニスから剣術や体術の手ほどきを受ける。この時間がヒューイには一番楽しみな時間だ。疲れないのかと戦闘幹部達は心配してくれるが、体の疲労よりも頭の疲労の方が激しく、剣術や体術の訓練がなければストレスで禿げそうだと真面目な顔で告げれば、皆は「なるほど……」と妙に納得してくれた。


 頑張っているヒューイを、イグニスは好ましく思う。こんなにもまっすぐに座学や訓練に向き合う従卒は初めてだ。

 誰だって得手不得手があり、自分の苦手な物からは逃げようとする筈なのに、ヒューイにはそれがなかった。端で見ていても座学は苦手のようだし、分からない事があるとすぐに顔に出るのに、それでも彼がサボろうとしている所を見た事がない。


 前にそれを指摘すると、ヒューイはヘロヘロに疲れた顔をキリッと立て直してぐっと拳を握って見せた。


「でも弾道学とか艦隊戦術とかって男のロマンだと思うんです! 実際に大砲を撃たせて貰いましたが、理屈が分かっていると多分すごく面白くなるんじゃないかって気がします! 俺も先輩方みたいに思った所に大砲を撃ち込んだり、他の艦と一緒に戦ったりしてみたいですから、べ、勉強だって頑張ります……!」


 何て可愛いんだろう。こんな可愛い事を言うヒューイが見た目も可愛いなんて、神様はずいぶん粋な計らいをなさる。こんな可愛い子が自分のそばで四六時中チョコチョコと駆け回っているのだ。今、イグニスは初めて「艦長になって良かった……」などと心の底から思っちゃったりしていた。


 夕食が終わって、ヒューイは艦長室で朝終わらなかった海図への書き込みをしている。航海士長のアーレスが問題集を作ってくれたのだが、これがイグニスが見たってなかなかエグい。アーレスはいわゆるインテリ眼鏡で、海図と航海計器をこよなく愛し、航海術だけでなく、天文学や気象学について話し出したら止まらないようなちょっとやばい奴だ。優秀だけど。

 そのアーレスがヒューイをめちゃくちゃ気に入って、問題集を作りまくるのだ。アーレス的には愛に溢れた行為なのだろうが、はっきり言ってそんなんだからみんなに煙たがられるのだ。彼の下に配属される航海士達はみんなできるだけアーレスのそばには近寄ろうとしない。近寄ったら留まる所を知らないオタク心に溢れたありがたいお話を延々と聞き続けなければいけなくなるので仕方ないだろう。


 だが、ヒューイは違う。アーレスの蘊蓄を聞きながら「勉強になります!」とか「ここはどうなのでしょうか」とか「ありがとうございます!」とか言っちゃうのだ。そりゃ、アーレスが問題集をモリモリ作ってしまうのも仕方ないだろう。


「う~~~」


 アーレスの愛溢れる問題集に向かって、ヒューイが唇を尖らせている。かなり苦戦しているらしい。アーレスの野郎、どんな問題を作りやがったんだと、ヒューイの後ろから机を覗き込む。


 だが、イグニスの目に映るのは、小難しい単語やめちゃくちゃ細かい図がたくさん書かれた問題集ではなく、ヒューイの愛らしい横顔だった。


 キリッとした目つきは将来絶対男前になる事間違いないのに、睫毛の長さとか、考え込む時に少し尖る口だとか、細い首だとかはめちゃくちゃ可愛くて、ちょっと目のやり場に困ってしまう。大人と子供の丁度中間なのだ。その、奇跡のような一瞬に立ち会っていることに、イグニスは心の底から感謝した。


「艦長? どうかしましたか?」


 視線に気づいたのだろう、ヒューイが顔を上げてイグニスを振り返る。大きな目だ。ああもう、どこの子リスちゃんでしょうか、この子は。


 今まで多くの従卒を育ててきたイグニスではあるが、こんなむずむずした気持ちになった事は今までなかったのに。

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