26:王宮の三王子-4
「本当に、剣聖を探しに行かれるのですか?」
「ああ、もちろんだ!」
「ですが、どちらに? これまで散々探したというのに、剣聖を見かけたという話すら聞きません。本当に魔獣の住処にいるのかもしれませんよ? 何しろ剣聖は、魔獣が拾ってきた捨て子なのですから」
自分の侍従の思いも寄らない言葉に、アスターは思わず彼を睨みつけた。
何故、こいつがこんな言い方をするのか。自分がどれだけユグノーを求めているのか、ずっと傍に仕えていて、一番よく知っているはずなのに……!
「貴様、ユグノーを侮辱するのか!?」
「いいえ、まさか! ですが剣聖が魔獣に咥えられて騎士団の詰め所に連れてこられたのは事実です。あの人は、人より魔獣に近いのですよ?」
「貴様! それ以上ユグノーを侮辱するつもりなら……!」
思わずアスターは腰に佩いている剣に手を伸ばした。その様子に侍従は小さく悲鳴を上げ、思わず一歩後じさった。
「も、申し訳ありません。ですが、剣聖がここまで姿を隠しているのなら、もう魔獣の住処にいるとしか思えません! け、剣聖は魔獣が連れてきたのですから、彼にしか分からない魔獣の住処がきっとあるのではないでしょうか! そ、そんな危険な所に殿下が行かれるなどとんでもないことでございますし、そんな場所は例え王立騎士団の騎士達であっても探す出すことなどできるはずがないと、わたくしはそう愚考する次第です!」
慌てたようにそう言うと、侍従は必死に頭を下げた。
「……それでも俺はユグノーを探しに行くぞ! 彼は俺の伴侶なのだから……!」
アスターの揺るぎない顔。その顔を見て、侍従は大きく溜息をついた。
殿下の気持ちはもちろん知っている。そして、それがどれだけ彼にとって不利に働くかも。だが、皆が反対すればするだけ、アスターは意固地になるのだ。
もう、そんな夢ばかり見ていられる年ではないというのに。
侍従は少し考えてから、ふと何かに思い至ったように口を開いた。
「そういえば、剣聖は時々小さな子供をそばに呼び寄せているという噂があります」
「なに?」
それは本当に小さな噂で、夜中にユグノーの執務室の前を通りかかると子供の声が聞こえてくるという、どちらかと言えば怪談めいた噂だ。大体誰が夜中に魔法騎士団本部の第一騎士団長執務室に行くというのか。任務中であるなら剣聖がその子供はすぐ部下に見つかるだろうし、任務中でもなければ剣聖だって執務室にいるはずがない。
どうせ剣聖を良く思っていない人物が、剣聖のよからぬ噂を広めたくてばらまいている噂なのだろう。そう、剣聖を良く思ってない人物だというのなら、十中八九アスターと剣聖を別れさせたがっている人物の仕業で、それならアスターの派閥の人間に違いないのだが。
「殿下はご存知ありませんか? 騎士団の剣聖の執務室から、夜中に時々子供の声がするという話です。剣聖のように魔獣に拾われた子供か……もしくは人語を解する魔獣ではないかと、私どもの間では話題になっていたのですが」
「知らないぞ。なんだ、それは」
それはそうだろう。アスター派閥の人間がばらまく剣聖のよからぬ噂を、まさかアスターの耳に入れるはずがないのだから。だがそれを、侍従は敢えて、さも重大な秘密のように告げた。
「誰にも気づかれぬように剣聖の元に通っている子供がいる……それは、本当に子供なのでしょうか。ひょっとしたら、女性なのかもしれませんね」
「女性?」
アスターの視線が険しくなる。
「ええ。剣聖も殿下の手前、おおっぴらに女性をそばには置けないでしょう。ですから」
「貴様! アスターを侮辱するつもりか!!」
アスターの怒鳴り声に、侍従はどこか演技めいた仕草で「まさかそのような!」大げさに手を振った。
「ですが、女性を求めるのは男性の性と申します。例え同性婚が多くとも、男同士では子をもうけることもできぬのですから」
だから殿下も、剣聖などではなくマデーリア王太女と……と続くはずの言葉が口から出てくる事はなかった。それよりも先にアスターが「そうか、分かったぞ」と大きく頷いたからだ。
「ユグノーが女性をそばに置く事はあるまい。それなら、やっぱりそれは子供なんだ。だって考えても見ろ。ユグノーがどこかで活動しようとしたら、必要な物を調達したり、ユグノーの用事を言いつかる人間が必要なのだから。その子供はきっとユグノーの傍に仕えているはずだ。その子供を探し出せば剣聖の居場所を辿れる筈だぞ」
「……は?」
思わず変な声が出てしまった。
「おい、その子供の事は、もうドルネール総長に確認したのか?」
「い、いえ、まだですが……」
「まだ? そんな有力な情報を得ているのにまだ確認していないのか!? ああ、もう良い。俺が直接総長に確認してくるから! きっとその子供が総長とユグノーを橋渡ししているに違いないんだ! お前はその子供の足取りを追え! 必ず探し出すのだぞ!」
アスターは1人で勝手に納得すると、侍従を置いてさっさと総長室に向かって行ってしまった。やっと手がかりが見つかったとでも思っているのか、足取りがいつもよりも軽い。
1人残された侍従は、茫然と主の姿を見送った。
何を言っているのだ。その子供が本当に人間の子供かも分からないのに。
既に城の中では、剣聖の執務室からする子供の声は、人語を解する魔獣ではないかという噂が立っているのだと伝えたではないか。もしも人語を解する魔獣だとすれば、剣聖は陰で王宮内に魔獣を増やしているということになる。魔獣の拾い子である剣聖が、だ。これは反乱を疑われてもおかしくない案件だ。そんな相手を伴侶に望んでいるなどとなれば、これは剣聖だけでなく、アスターにとっても大変な問題となるというのに。
その子供を早く見つけなければならない。アスターよりも早く。集められるだけの手数を集め、アスターに知られる前に事に対処しなければ。
「まぁ、その子供が本当に魔獣の子供で、剣聖が既に人間に嫌気がさしている、という方が、殿下と別れさせるには好都合なのですが……」
侍従はそう呟いて、その場を後にした。
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