4.いびつな槍
水族館のトンネル水槽を思わせる海の中の風景はなかなか絶景である。しばし言葉を忘れて見入ってしまった。
「にゃあ~…、きれいにゃんね」
銀色の魚の群れが作る渦のなかを船がゆっくりと降りていく。
さっきまでは足場に苦労する大荒れの天気だったが、今はもう穏やかなものだ。波の揺れさえなく、静かに沈んでいる。
そう、沈んでいるのだ。
「沈んだら終わりか?」
「どやろな、どういう判定?」
「船がどうなるかが気になって景色が十分に楽しめない」
アクアリウム好きなエドさんだが、船の持ち主でもある。このまま大破するのかと思うと、好きな景色を愛でるのも気がそぞろであるらしい。
「ラン、ほんまに心当たりないんか?」
「ないにゃんよ~! 猫は無罪にゃん!」
知ってたら情報共有をちゃんとしている。ほうれんそうのできるえらい猫なのだ。
本当にこの展開には覚えがない。
猫より、エドさんやヤマビコさんが持ってるフラグなんじゃないかと猫は疑っている。上級者って知らないうちにいろいろなフラグを踏んでそうだもん。
一応船を動かすことが出来ないかと、自動運転から手動に切り替えて舵を取ってみたり、錨を放ってみたりと試したが、やはりどうにも出来そうにない。錨はシャボン玉の内側で止まってしまったし、繊細そうに見えてシャボン玉が頑丈なことがわかって終わった。
「中から攻撃しても割れそうにないな」
「丈夫な気配がするにゃんね」
もちろん釣り針を垂らしても水に浸かないので無効。残念。
巨大なクジラの腹を見上げたり、魚の群れと並走したり、水底に差し込む光のゆらゆら揺れるのを眺めたりしていたら、徐々に暗くなってきた。
「底になんや見えるで」
「にゃ」
船縁にしがみついて見下ろしてみると、大きな塊があるのが見える。なんだろう。
鯨骨生物群集だろうか? 深海で朽ちたクジラの骨に生態系が生まれるというアレだ。
ちょっと暗くてよくわからない。
「『ライト』使ってもいいにゃ?」
「ああ」
念のためエドさんに尋ねるとOKの返事があった。まあ、ここから無事に帰るビジョンは得られないので、今更明かりで敵に見つかるかも……って話もないよね。
早速『ライト』を浮かべると、深海の光景が鮮やかに浮かび上がった。
猫たちの真下に存在していたのは、たしかに鯨骨生物群集とおぼしき白くて長くて大きな骨の塊。珊瑚やイソギンチャクが芽吹き、ところどころ花が咲いたように彩られている。小魚が出入りしていて、その鱗が光を反射するのかキラキラしている。
それからその奥の方。
「船の墓場か……」
エドさんが嫌そうに呟いた通り、見える範囲に山のように船の残骸がひしめき合っている。
小舟もあれば、大きな船もある。ほとんど形を残しているのが逆に不気味でさえある。
「これはまた、魔の海とか言われてそうな」
「知らなかったが、そういうところがあってもおかしくはないか」
「にゃん~? でも魔の海ってシャボン玉で連れてこられるにゃん?」
普通、難破して沈むもんじゃない?
「たしかにそれは謎なんだよなあ……」
「ほんまこのシャボン玉なんやねん」
残念ながら船から降りることは出来ないようだ。調べにいくことも不可能。さて、どうしたものか。
ん?
なんか今、正面が光ったような。
「なんか今、光ったな」
「エドさんも見たにゃん? 猫も見えたにゃん」
「なんや、宝の山でもあるんか?」
海賊船のお宝とかありそうではあるが、そういうのではなくて、もっと大きな、ギラッとした光だった。一瞬だったけど。
「あっ!!」
「うげっ」
次のはヤマビコさんも見えたらしい。
猫もはっきり見た。
船の隙間から、大きな目が開いたのを。
「どんだけ巨大なやつが潜んでんねん……」
「海底に埋まってるのか? 地中が開いたよな?」
「海そのものみたいな不気味さだったにゃ」
まるでこちらを覗き込んでいるみたいな。
……覗き込んでいる?
なんか、なんかあったな。
今ちょっと引っ掛かったぞ。
あっ!!
そうだ、思い出した!
「猫、ちょっとやってみたいことがあるにゃん」
「おう、思いつくものがあったらやっちまえ」
エドさんたら頼もしい。
では失礼して。
どっこいしょ、と今日の釣果を取り出す。
「運送神さまのお力貸してほしいにゃーん!」
残念ながら今夜は青月夜ではないが、猫も神官になったし、いけるかな!?
以前、幽霊船もどきのキャプテンデビーを運んでもらったとき、運送神さまからお告げを受けていたんだよね。
『海の底を覗くものがあれば呼べ』って。
深海に開く瞳、きっとこれってそうじゃない?
沈黙。
あれ、外したかな、と思ったとき、ボオン、と低音の弦を鳴らすような音が聞こえた。
『其は我が海のものに非ず』
声が聞こえ、代わりに周囲が静寂に包まれる。さっきまで聞こえていた水音も消え去った。
ライトがかき消えたように、ふっと暗がりが訪れる。
『深海の境を食い荒らし、我が海に異界をもたらすもの』
雷鳴は聞こえなかった。
ただ一閃、光が瞬いたと思ったら、深海に開いた瞳に槍が突き刺さっていた。
瞳がもがき苦しみ、海底の泥を巻き上げて周囲が曇っていく。悲鳴は聞こえない。
瞳だけの化物なのだろうか? なんかそういうのあったよね。
しばらくして瞳は動かなくなり、キラキラとドロップを撒き散らして消えた。
あっ。
イベントとかじゃなくてこれ普通に魔物だったんだ!?
「ありがとうにゃん~~」
『深海に根を張るものがあれば呼べ』
次は深海に根を張るものか。深海に樹って生えるのだろうか。まあ、生えてたら、てことだな。
ザアッと突然大きな波が巻き起こり、シャボン玉がぐんぐん浮上していく。
うわわ、すごい勢いだ。
何気なく横を見ると、海蛇の尾がシャボン玉に巻きつき、引き上げてくれているらしい。
どんどん海が明るくなっていき、ポーンっと海上へ放り出された。
「にゃー!?」
ザブンと着水。海蛇の尾は手を振るように閃いて海の底へ消えていった。
「はあ……、またようわからんイベントやったな」
「まったくだ」
「にゃん」
しばし三人でポカンとしたあと、船の上に飛び散っていた魔物のドロップを拾うことにした。
「『混沌の毛』……あれ、ケイオスやったんか!」
「こっちは『混沌の欠片』に『混沌の涙』だな」
「こっちも『混沌の欠片』だったにゃん~」
売ったと思ったら戻ってきてしまったぜ、『混沌の欠片』。今度はちょっと生産実験もやってみたいところ。
結局、ドロップは猫の手柄ということで全部もらうことになった。えええ、なんだか申し訳ない。
「たぶんアイテムの数からするとBOSSクラスだったし、全滅イベントだとしてもおかしくなかったからな」
「せやせや」
「にゃあ、それならありがたくもらっておくにゃ。なんかわかったらまた報告するにゃんね~」
「ああ、頼む」
手に入れたのは『混沌の欠片』が5つ、『混沌の涙』が3つ、『混沌の毛』が2つ。ボスにしてはドロップが少ない方だが、まあ神さまに倒してもらったのだから贅沢は言うまい。
「あの槍がなんだったのか知りたい」
「あー、アレがあれば倒せる的な?」
「神器にゃん?」
グングニル的な。
でも神器にしては、結構粗末な槍だったんだよね。いびつというか。
エドさんもそこが気になったみたいだ。
「おそらく専用武器が必要なんだろう」
「にゃあ、エドさんたちもケイオス倒したいにゃ?」
「そりゃあな。わりとどこにでも出るぞ、ケイオス」
興味ある人だけが挑んでる趣味コンテンツかと思いきや、意外といろいろなところで邪魔するように生えてきているらしい。
mobでも倒せないのに足止めされるから厄介だし、BOSSだと倒せなくて進めないから詰んでるし、なかなかお邪魔な存在であるようだ。
いろいろ面倒くさそうだよねえ。
「生産職の結果待ちになりそうだ」
「猫も頑張るにゃんね~」
「おう、気張りや~」
海上でしばらく話をしたあとは、またのんびりと釣りを楽しんだ。元々、目的は釣りだったしね。
残念ながら『テンクウノツカイ』にあうことはかなわなかったが、海鮮パーティー楽しかったので問題なし!
すぐに解決する問題でもなかろうしね。
またもし釣れたら教えてくれるとのことで、その日は解散した。
結局、あの深海行きがなんだったかは謎だったのだが、後日ポーツでひとりで街巡りをしていたら噂に行き合った。
それは神殿でお参りをしていたときのこと。
「幽霊船? それは運送神さまのお導きでしょう」
「にゃあ? 運送神さまにゃ?」
詳しく聞いてみると、運送神さまの使いである海蛇――シーサーペントの墓がある場所には嵐が生まれやすくなるのだという。
そこを避けるようにと運送神さまからお告げが与えられるわけであるが、人によってその姿はさまざまに見えるらしい。
警告の声は歌のように聞こえるとこもあり、聞こえたら全速力でその海域を越えるべし、とのことだった。
しかしそれでもうっかり嵐の海域に迷い込んでしまう船もいる。そんなときでも、運送神さまは包み込んで守ってくれるそうだ。
「にゃあ、すごい神さまにゃんね」
「そうですとも。ですから船乗りは祈りを欠かさぬものなのですよ」
神官さんに言われて、猫も早速お祈りしたのだった。
……つまりフラグは猫が持っていたのかもしれず、いや猫が運送神官だったからこそ船が守られたのかもしれず。
いやはや、日頃から噂や人の話には耳を傾けておくものだな。やはり街巡りは欠かせないね。
そんなことがあって、今は学園都市に来ている。
いや、『テンクウノツカイ』にしても、新しい生産にしても、ちょっといろいろ不足を感じることが多くて。一丁しっかり、調べものをしておこうと思い立ったのだ。
猫も最近は自由都市のギルド書庫では不足を感じるようになってきた。やはり初心者向けの書物しか置いてないっぽくて。
そうなってくると、次に目指すのは図書館だ。思い立ったが吉日。
そう、図書館ダンジョンである!
ずっと前に錬金術ギルドの罠で転移してちょろっと中を垣間見たことはあったけど、本格的に入ったことはないんだよね。
調べものなら図書館ダンジョン。調べものなのに?と疑問に思うところだが、ダンジョンじゃない図書館がないのだから、仕方ないよね。
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