新入部員と僕。
学校のクラスと言う世界では、いつもどうでもいい会話がはびこる。
共感できないメジャーアーティストが好きと大きな声で話すうざい集団や、英語もろくに喋れないくせに海外かぶれを全面的に押し出してくる奴ら。
毎日同じ顔を見るのが鬱陶しい。
平凡でこの窮屈な小さな社会に何もかもうんざりだ。
4ヶ月前に僕はとある人物にスカウトされた。
それからなんだか、少しだけ学校が楽しくなった。
「授業を始めるぞー。」
数学の先生はいつも通り黒板に数字の羅列をたくさん書いている。
僕は市立高に通うどこにでもいる人間で、頭が特別良いと言うわけでもなく、将来もあやふやだ。
間違いを犯すかもしれないし、明日ふらっと死ぬかもしれない。
それくらいふわっとした漠然たる生き方をしている。
退屈だ。
そんな僕だが、唯一積極的に活動している部活がある。
それが4ヶ月前のスカウトされた部活。
午後3時30分。
不定期の部活は、積木先輩の気分でやってない時もある。
ノベル部
と書かれた札がかかる部室の扉を開けた。
明かりがついてると言うことは、今日はやっている。
ガチャ
「よお矢津。」
「あ、早いですね。桃津先輩。」
僕の名前は矢津怜人高校一年だ。
この名前のせいでがっかりされる事が多い。
この人は2年の桃津風道
前髪を特徴的なピン留めで止めて、校則違反の茶髪。ピアスをしている。
普段は黒のウィッグで誤魔化しているが、この部活に来るときは自分をさらけ出している。
こんなやんちゃな風貌だが、絵を描くのが得意で繊細な絵を描く。どういう経緯でここに来たのかはわからないが、小説を書く際の挿絵を担当してる。
「このあいだの話の続きどうした?え?」
桃津先輩がヤンキー口調で僕に突っかかって来た。
「すみません。話が続かなくて。」
「なんだよ!俺に下書きまでさせやがってよ!白紙か?」
「す、すみません。頑張ります。」
「かー!イライラするぜ。どいつもこいつも!」
と、ポケットからタバコを取り出した。
「先輩、怒られますよ。」
「うるせー。」
学校の裏口の方の窓を開けると、タバコは窓から出さずに煙と吐いた息を外に排出する桃津先輩。
ガチャ
「おはよう。」
「あ、おはようございます。」
次にやってきたのは次丸能先輩。二年生だ。
僕と似た雰囲気だけど、まじめで怒らすと怖い。
彼もまた僕のように物語を書く。
早速同じクラスの桃津先輩が次丸先輩に詰め寄った。
「なあ、お前話どうなった?」
「まだ出来てない。」
「なんだと!?あいつもお前もなんもなしかよ!」
「タバコ吸うな。」
「お前に俺を止める権限はない。俺がこうなったのも新しい話を書いてこないお前らが悪い。」
次丸先輩は桃津先輩を睨みつける。
この2人同じクラスながら、普段は一切話さないらしい。
ガチャ
「おはよー。みんなー。」
また入ってきたのは、クラスは違うが、僕と同じ一年の男だ。
「おーす。綱部。」
桃津はタバコを吸いながら片手をあげた。
綱部光希は朗らかな男だ。
先輩にタメ口を使っても許されるようなマイペース。癒し系。
髪は天パ気味のくるくるかーるで、それも合わせて彼の人間性が生かされている。
「火事現場から逃げてきたのか?」
タバコをふかしながら、桃津はニヤニヤと笑う。このどうでもいいやり取りが彼は気に入っているのだ。
「違いますよー。海で泳いでたらわかめが繁殖しちゃったんですー。」
「あははははは!!なんだよそれ!!!」
笑い上戸の桃津先輩は手を叩いて大笑いしていた。
僕と次丸先輩は、そのやり取りに呆れ顔で今書いてる話に集中する。
「ワカメってなんだよそりゃ!!!あははははは!!!」
「うるさい。」
次丸先輩はまたイライラしながら彼を睨みつけた。
ちなみに部室は学校机を五席、円のように囲んでいる。
そのノベル部では名の通り、一人一人小説を書いて製本にして戸棚に置いてみたり、はたまたリレー小説をやってみたり、発表したりと文字から物語を作る事に徹底した部活だ。
だが最近間延びしていて、ただ来ているだけのようにも見える。
メンバーは今のところ5人。
部活動ができる最低限の人数だ。
「積木先輩遅いですね。」
綱部は耳にシャーペンを引っ掛けてそう言った。
「桃津先輩桃津先輩。」
すると、綱部はシャーペンをその天パの髪の中に突っ込んだ。
「何してんだ?」
「ニモ。」
と、シャーペンを天パの中で動かして魚の動きを表現する。
「あははははは!!!!やべえな!!!」
「うるさい!!!」
その低レベルな笑いに次丸先輩が机を思いっきり叩いた。
「ご、ごめんなさい。」
シャーペンを髪の中にさしたまま、謝る綱部に、桃津はまた吹き出しそうになる。
「はあ。」
僕もため息が出る。
最近このノベル部はただの放課後の溜まりでしかない。
確かに話のネタが浮かばない僕らも悪いけど、それ以前に環境が悪すぎる。
「辞めたい。」
次丸先輩はそう呟く。
彼と僕の思想は大体似ている。
ガチャ
2人の盛り上がりにイライラしていると、最後の1人が部屋に入ってきた。
「うるさいぞ。廊下までお前らの笑いが聞こえてる。」
怒り心頭の高身長の男が桃津と綱部を注意した。
この人はこのノベル部のリーダー。
積木速太2年生だ。
このメンバーを集めたのも実はこの人だったりするのだが、正直失敗だったかもしれない。
「全く、最近のノベル部はだらしなさすぎる。作品を完成させて来ないし、結局やってたリレー小説も誰かで止まってる。俺はお前らがもっとできるやつだと思ってた。」
腕を組んだ積木先輩は一人一人を険しい表情で見下ろしていく。
「桃津、タバコ。」
「…。」
上目で積木先輩を見つめる桃津先輩。
慌てて隠したタバコは、やはりバレていた。
その顔の前に出された手に、他人の言うことをほとんど聞かない男は、黙ってライターと潰れかけたタバコの箱を差し出した。
次丸先輩はそれを鼻で笑っていた。
「お前らにもっと真剣に取り組んでもらうために、今日から新しいメンバーを入れる。」
「え?マジですか!」
綱部がワクワクした顔で積木先輩を見上げる。
「誰だ?女?」
桃津先輩が聞くと、その部室の扉が開いた。
「…どうも。」
そいつは軽く会釈をしながら、恥ずかしそうに中に入ってきた。
「え…。」
「松利君!」
僕と綱部はすぐさま反応した。
「一年の松利晴大。今日からこの部活に入ることになったから。みんなよろしく。」
積木先輩がそうハキハキ喋ったあと、松利晴大は静かに頭を下げた。