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約束  作者: りっこ
終章 
111/111

化け物

「神さま、ほんとうにいたんだね。おれもお礼言うんだ!」








廃れた神社の中。長い間眠っていたせいで強張った体をほぐしていく一人の青年がいた。


「…ふぁ~…よく寝た。」


ボキボキと小気味いい音を立てながら腕を伸ばす。体のあちこちを伸ばしながらぼそっと呟く。


「そろそろあの母子が来る頃だな。…母だけかもしれねーけど。」


ご神体のない神社の住人である鬼は、人よりも長い歯を見せながら笑った。



七年前、母子に出会った鬼はあの後長い眠りについていた。目覚める頃には流行病が落ち着いていることを願いながら。もしも病が終息していなくても、七年前の約束が二人、もしくは一人運んでくる。それを食った後、この地を捨ててどこか別の餌場を探せばいい。この鬼にとって人間なんてその程度のものだ。


ストレッチを済ませた鬼は胡坐をかいて目を閉じた。少し尖った耳に意識を集中させる。暗闇の中、鬼の赤い髪が仄かに光り始める。目を開けた鬼の瞳の色は髪の毛と同じ真紅の光を放っていた。


「…来た。」








鬼が目覚める数時間前のこと。


幸せな食卓を囲み喜びを分かち合った母子は、静かに一日を終わろうとしていた。藁を敷いただけの簡素な布団に枝のように細い体が二人分。今日の興奮が忘れられないのか、なかなか寝付けずにいる二人だった。目が合う度にクスクスと、幸せな笑い声が漏れる。


「ほら、早く寝ないと。明日は神様にお札を返しに行くんだから。」


母は質素な神棚の中央に神様と信じた者からもらったお札を祀っていた。約束通り、七つを迎えた子供を連れて神様にお礼を言い、この札を返さなければならない。


「神さま、ほんとうにいたんだね。おれもお礼言うんだ!」


はいはい、とユウマの頭を撫でる。昂ぶった彼の気持ちを落ち着かせるため、母は小さく子守唄を口ずさんだ。心地よいそれはユウマを微睡ませるには十分で、彼は次第に夢の中へと意識が遠のいて行った。





目が覚めたのは朝…ではなかった。夜中に怒号が聞こえ、ユウマはまだまだ眠り足りなくて閉じようとする瞼を擦った。


「母ちゃん…?」


隣で寝ているはずの母の姿はなく、暗闇の中急激に心細くなる。すると再び誰かの怒鳴る声が聞こえてきた。どうやら家のすぐ側で数人が言い争いをしているようだった。大人がいることに少しの安堵を覚えると同時に、妙な胸騒ぎもしていた。何故こんな夜中に怒号が聞こえるのか?何故母親がいないのか?ユウマは意を決して立ち上がり、立てつけの悪い戸を一気に引いた。


「っ化け物が出てきたぞ!!」


「ユウマ!中に入ってなさい!」


そこには十数人の大人がいた。その前に立ち塞がるのは小さな体で、それはすぐにでも押し潰されそうだった。


「母ちゃん!!」


何故か責められている母親を守ろうと、間に割り込むようにして体を滑らせる。そうはさすまいと必死な母親だったが、ユウマの方が少し早かった。見事母親の前に出ることに成功したユウマは、ものすごい形相で母子を睨む大衆と対峙する。


「…なんだ、あんたら。」


震えそうになる声を悟られたくない。母ちゃんを守るのは自分しかいない、そう必死に自分を鼓舞し、自分よりも数倍大きな体を持つ屈強な男を睨みつける。


「こ…の、化け物め!!お前が病を生んだんだろ!?」


「あんたのせいでうちの子は…!」


「化け物が来たせいでこの村はもうおしまいだ!」


今までもひどいことは言われていた。それでもここまで直接的な攻撃は初めてで、ユウマは言葉を失った。数時間前のあの幸せな時間がまるで幻だったかのような気さえした。何を言っていいのかわからない。言い返す言葉が浮かばない。それほどの気迫だった。


「この子は普通の子供です!あなた方の言う化け物なんかじゃ、決してない!!」


大人の前で無防備になるしかないユウマを抱き寄せた母親。震える手とは裏腹に、声には力があった。


「じゃあ何故この子だけ助かる!?他は皆死んだ!…お前らが私らの子を奪ったんだ!!!」


一人の女がユウマもろとも母親を突き飛ばした。女性とは思えない程の強い力は、母の手からユウマを引き離してしまう。吹っ飛ばされたユウマは運悪く玄関の引き戸に頭を強く打ち付け、そのまま気を失った。


「ユウマ!!…この子が一体、何をしたと言うんです!?この子はただ…懸命に生きただけなのに…!!」


倒れたユウマを抱き上げながら涙をこぼす母親に、親子を突き飛ばした女がゆらりと近づく。


「懸命に、生きた…?」


ぐっと母親の前髪を掴みあげる。大きく見開かれた女の瞳には涙の膜がゆらゆらと揺れていた。


「うちの子だってね、懸命に生きていたんだよ…。」


「う…」


髪がどんどん抜けていく。女の力は緩まない。決して屈しない、そう思った母親は女の目を正面から見つめ返す。そこには底のない闇のように真っ黒に淀んだ色があった。ぞっとしながらも、目を逸らすことはできない。歯を食いしばりながら必死に食らいつく。


「懸命に生きて、生きて!!!!!!…そして骨と皮になって死んじまった。」


女は奇妙な笑いを浮かべ、母親の顔面を蹴り上げた。倒れ込んだ母親はそれでも我が子を抱いて庇った。それを皮切りに人の悪意が暴力となって親子を襲った。自分の体と地面の間に子を隠し、外部からの攻撃に耐えようとする。何度も何度も。暴行はずっと続く。血が出ても、…血を吐いても。




「…もういいだろう。」


荒れた息を整えながら、村人の一人が言った。


「まだ!こんなの全然…あの子の痛みに比べたら…!!」


母親の顔面を蹴り上げた女が言った。長い髪を振り乱し、顔は涙でぐしゃぐしゃにして、ただ一人、親子に暴行を加え続ける。


「こんなことをしたって、あの子は帰ってこない!!それに…もう死んでる。」


「はぁ…はぁ……う、うぅ…」


夫であろう男に後ろから羽交い絞めにされた女。ピクリとも動かない親子を前に、女はヒステリーに喚きながら泣き崩れた。


「…帰ろう。」


泣き疲れて人形のように生気を失くした女を支え、男はその場を後にする。他の者もぞろぞろと去って行った。残されたのは二体の死体。


深い夜が終わり、太陽が顔を出す頃。


光に照らし出されながら、死体と思われた一体がピクリと動いた。体を引きずり、あばら家の中に入った元死体。神棚から札を取ると、もう一体の死体の側まで来る。横たわる息子を腕に抱くと、足に力を入れ、よろけながらも何とか二足で立つことに成功した母親は、青痣だらけ擦り傷だらけの血だらけ。それでも一歩一歩、前へ歩く。




さあ、約束の時が来た――――。

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