Ⅲ
GW中は更新出来ないので早めの更新です
藤神高等学園をトップで入学。
僕はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。此処には僕よりも優秀な人間はいないらしい、これで今まで通り生きていける。
いつものように醜い笑顔を貼り付けて、人々を押し退け、生徒玄関へと向かい、歩く。
他人の敵意剥き出しの視線が痛い。……こればかりはどうしても慣れないな。
僕が嘘吐きであり続ける限り、消えないものの一つなのだ、仕方がない。
校内に入り、学園長に挨拶する為学園長室へと向かう。その道のりでも視線は常に突き刺さっていた。
「……おお、津河井君だね?」
「はい」
学園長室のドアをノックし静かに開けると、学園長の言葉が僕に投げかけられる。
そこには学園長ともう一人、僕以外の生徒の姿が。
……誰だ? 一体何の用があって此処にいる。そう疑問に思った。
此処に呼ばれたのはトップ入学者だけだ。それなのに、何故。
「あ、君が津河井栄幸君?」
生徒が振り返り、笑顔を見せる。
そいつはピースサインを顔の横に作って、よろしく、と一言。
見た目と行動からして僕とは正反対のタイプだ、と直感した。
……誰だ、なんだ、こいつは!? まさか僕だけでは無かったというのか!?
そんな焦りが僕を襲う。しかしそれを表に出すわけにはいかない、とぐっと堪えてひたすらに冷静を装った。
「ええー、津河井栄幸君、星科志慈君、この度は本校トップでの入学お祝い申し上げる……」
学園長がつらつらと祝いの言葉を述べている間、僕は別の事に思考を巡らせていた。
――ホシナユキチカ。見た目は世間で言う好青年といったタイプで、自信満々の微笑をたたえている。
今までの人間関係は良好で友人は多く、体育会系か文化系かどちらかと言えば体育会系、というタイプの人間だろう。
奴には悪いけれど勉強が出来るような人間には見えない。ましてや、僕と同列だとは。
おかしい、何かの間違いではないのか。こんな何の努力もしていないような奴が僕と肩を並べているなんて。
間違いだ、絶対、そうでなければなんだというんだ。
「……津河井君? 大丈夫? なんか顔色悪いみたいだけど」
その声にはっと我に返ると、奴が心配をしているという表情を貼り付けて僕の顔を覗き込んでいた。
上辺だけにしろそうでないにしろ、こんな奴に心配されるとは……、とはらわたが煮えくり返るような思いで奴を睨め付ける。
だけれど、そのような僕の思いに奴は全く気付かなかったようで、奴はこちらに手を差し出した。
「……?」
……突然、何のつもりだ。
そういえば、学園長の話は……、そう思い、学園長の方に目を向ける。
学園長は屈託のない笑顔で僕達を見ていた。いつの間にか話は終わっていたらしい。
「握手握手!」
そう言いながら奴が人懐こそうな笑みを浮かべて、下ろしたままだった僕の手を無理矢理握ってぶんぶんと振る。
その馴れ馴れしさにぞわぞわとした嫌悪感が襲った。
汚らしい。気持ちが悪い。
「改めまして、星科志慈です! お星様の星に科学の科で星科、志に慈しむで志慈って言いますー。僕の名前すっごく読みづらいでしょ、っていうか初見で読めないよね」
そう言ってへらへらと笑うそいつは、尋常ではない程気味が悪かった。
この近辺出身の者ならば僕の名前は勿論知っている筈。
それなのにこのような態度を取るなど、全くもって意味が分からない。
そのような怪訝な思いを抱く僕を無視して、奴はべらべらとくだらない事を話し続ける。
普段ならば、低脳が僕に話し掛けるな、と一喝して止めさせる事が出来たというのに。
生憎、今は場が悪い。
出来る限り奴の声を耳に入れないようにするのが精一杯だった。
「……わっとと、此処で長話ダメですよね、すみません。それでは、失礼します!」
「……失礼します」
ぺこりと一礼をして、学園長室から退室する。
ドアが完全に閉まると、はあ、と溜め息を一つ吐いた。そして眼鏡をぐ、と押し上げる。
……早く教室に行ってしまおう、こいつの話をこれ以上聞いてはいられない。
奴に背を向け、一歩を踏み出そうとした瞬間――
「僕さ、津河井君と友達になりたかったんだよね!」
――奴の馬鹿げた言葉が耳に入った。
「……なんだって?」
思わず振り返り、聞き返してしまう。
しかし、無視して行ってしまえば良かったとすぐに後悔した。
「そのー、中学の友達には悪いんだけど、僕と同等の話が出来る人がいなくってさ。ほら、中学生で心理学好きー、なんて言う人少ないでしょ? だからその方面で深い話、ずっとしたかったんだよね! 君は中学から心理学専攻だって聞いてたし」
「そのようなくだらない理由なら、他の奴らを当たればいい。元より、僕は他人と馴れ合うつもりなどないのでね」
未だへらへらと笑っている奴の言葉を、ふんと鼻で笑って適当にあしらう。
奴は、僕の言葉に少しだけ眉をひそめた。そして考え事をするかのように顎に手を添え、俯く。
……これでいい。僕の態度を見て、今後、こいつから僕に近付いてくる事は無くなる筈だ。
このまま奴は謝るなり軽蔑の視線を送るなりして立ち去るだろう。
しかし僕の想像と現実は違った。
「……今まで僕が聞いた情報では、津河井栄幸という男子生徒は、頭はかなり良いけど傲慢で皮肉屋、意地汚くて他人を虫けら同然に扱う冷酷な人間」
奴が、話を続けてきたのだ。突然、僕の風評を口に出され、顔をしかめる。
「……ふん、なんだい君は。この僕に喧嘩を売っているのかい?」
そう口には出しつつも、心中ではそれは当然の事であり仕方がない事だと思っていた。
何せこの四年間、そう思われるように振る舞ってきたのだから。
……だからなんだと言うんだ。今更言われたところで傷付きもしないのに。
「だけど、僕の……そうだなあ、プロファイルでは、それは上辺だけの嘘、って結果が出てるんだけど、どう思うかな?」
「……!」
――思わず目を見開いた。
図星だった。
奴の言う通りだった。
――馬鹿な!! 何故、今、此処で、会ったばかりの人間に!!
僕の嘘は完璧だ!! 身内にですら暴かれていないというのに、何故!?
僕はボロが出るような真似はしていない、おかしい、何を知っている、こいつは!?
そんな焦燥が僕を襲う。
冷や汗が背を伝う。
心臓の鼓動が早まる。
鼓動の音が、うるさい。黙れ、黙ってくれ。
ぎりりと奥歯をきつく噛みしめ、表情や行動に出ないように必死に取り繕い、喉の奥から声を絞り出した。
「……何を言っているのか、全く理解出来ないな」
「つまりは君は本性を隠している、んじゃないかって」
星科志慈は自分の左胸をとん、と叩いてにこりと笑う。
――やめろ、それ以上声を出すな。
今まで以上の吐き気。
嫌悪。
寒気。
恐怖。
僕が、暴かれる。
「どんな本性かは分からないけどねー。何にしろ隠さなきゃならないような本性って事になっちゃうけど……」
――黙れ、黙れ、黙れ!!
心の中で大きく叫んだ。
しかしそれは当然の如く、奴には届かない。
視界が揺らぐ。
目眩。
耳鳴り。
息苦しさ。
駄目だ、今、取り乱してしまえば、奴の言った事が、真実だと示してしまう。
「……って、初対面で、友達になりたい、っていう奴が言う事じゃないよね。失礼な事ばっかり言ってごめん。僕、人の事分析するの大好きでさ、悪い癖なんだ」
奴はそう言ってまたしてもへらっと笑う。
――こいつは、僕の本性を暴こうとしている。
その為に友達になりたいなどと、くだらない事を言ってきたのだ。
そうだ、そうに違いない。
全て理解した、こいつの目的。
仮面の笑顔を貼り付け、僕を油断させ、本性を暴き、それを世間に知らしめた後で、トップの座を略奪しようとしているんだ。
……させてたまるか。
今までの僕を奪われてたまるか……!
「本当にごめんね、許してもらえるかな……」
……お前がその気ならば僕にだって考えがある。
「……別に構わない。良い気はしないけれどね」
「それなら、良かった」
奴はほっ、と安堵の溜め息を吐く。
そして、今度は僕から手を差し出した。
「僕達は”良い”友達になれそうだね。……これからよろしく、志慈」
そう言ってやると、奴はぱあっと顔を輝かせて僕の手を握った。
「……うん、よろしく、栄幸君!」
……馬鹿だな、意外と簡単に騙されてくれるようだ。
僕は今日からお前と”お友達ごっこ”をしてやる。
お前が、僕の本性を暴こうなどという気力が無くなるまで、完膚無きまでに叩きのめしてやる。
精神的に追い詰めて追い詰めて追い詰めてやる。
その結果、奴がどうなろうと、僕にどのような悪評が付こうとも構わない。
僕の本性が、晒されるよりもずっといい。
「……僕に近付こうと考えたのが運の尽きだ」
そう小さく呟いて、口角を釣り上げる。
「ん? 何?」
星科が振り返り僕に問うた。
「……いや、何も」
……間抜けな奴め、今にどうなるとも分からずに。
僕は込み上げる笑いと罪悪感を押し殺し、あくまで素っ気なく答え、教室へと向かった。