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勇者が生まれないか街を見張っていた魔物の私、懐いてきた子をうっかり勇者に育て上げてしまう  作者: うちうち


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7/8

村娘は他人と温泉に入れない

 リューベル療養泉は、町の入口からもう湯気の匂いがした。


 道の脇には小さな水路があり、透明なお湯がさらさらと流れていた。建物の軒先には乾かした薬草が吊るされ、窓辺には湯気除けの布が揺れている。


 見るからに、体に良さそうな町だった。

 少し不安になった。「薬湯」という文字がちらちらと見える気がする。


「ネリネ、どうしたの? つらい?」

「大丈夫だよ!」


 ユリスくんが隣から私を覗き込んでくるので、私は両手を上げた。

 彼は、隙あらば私を持ち運ぼうとしてくるので、こうして元気を見せないといけないのだ。



 クラリッサさんは少し後ろで地図を見ていた。荷物が多い。本、守り石、結界碑の写しを取るための道具、らしい。


 エルミナさんは、道中でも薬草の袋を大事そうに抱えていた。きっとすり鉢とかも一緒に入っているのだろう。


「リューベルの泉は、体の巡りを整えると言われています。ネリネさんにも、きっとよいと思います」

「体にいいのね。それは形が良いわ」

「はい。温泉に入って、よく温まって、それから薄めた薬湯を飲むと効果的です」


 よかった、と私は少し安心した。

 薄い薬湯なら、私も仲良くなれそう。


「今日は薄めます。ただ、移動でお疲れでしょうから、効き目は強いものにします」


 安心は短かった。








 町の入口に近づくと、宿の人たちや泉院の人たちが、私たちを見るなりすぐに道を開けてくれた。


 みんな、私を見ていた。

 ぐるぐると全身に巻かれた白い包帯。

 かなり説得力があるらしい。


「まあ、こんなにお若いのに」

「泉院へ。すぐに温めた方がいい」

「お部屋は二階より一階の方がよろしいですわね」

「食事は柔らかいものを」


 柔らかいもの。

 またお粥の気配がした。







 部屋に通されると、すぐに昼食が出た。根菜のスープ、柔らかいパン、温泉卵、そして少し苦いお茶。全体的に、体に良さそうだった。


 私はまず、温泉卵を見た。

 つやつやしている。これは良いものだ。


 ユリスくんが温泉卵の殻を割ってくれた。白身がぷるんとしていて、黄身がとろりと揺れる。茶色い出汁をかけてもらって食べると、かなりおいしかった。


「おいしい」


 ユリスくんは少しだけ表情をゆるめた。最近、私が食べると安心するらしい。

 私はもう一つ食べたいと思ったけれど、エルミナさんが苦いお茶を持って横に立っていた。


「こちらもどうぞ。体の巡りに良いお茶です」


 苦かった。でも、昨日の薬湯よりはだいぶ飲み物だった。苦いけれど、お茶としての形は保っている。


「どうですか?」

「昨日より、お茶です」

「よかったです」


 エルミナさんは嬉しそうにうなずいた。褒めたことになったらしい。

 クラリッサさんは、部屋の窓辺に守り石を置いていた。旅先でも石は増えるんだ。











「では、少し休んだら療養泉へ行きましょう」


 エルミナさんが、当然のように言った。

 温泉はいいものだ。しかし、非常に大きな問題が、1つある。

 私は、背中でそっと、羽をぱたぱたと動かした。

 隣のモルが「こら」と言うように足を踏んでくる。


「今は、いいかな」

「お疲れですか? では、少し休んでから」


 逃げ切れない。


「包帯も替えましょうか。私がやります。1人だとやりにくいでしょう」


 さっきから、エルミナさんの攻撃が強い。的確に私の困る部分を射抜いてくる。


「湯に入る前に、包帯は外して、傷の状態を確認して――」


 傷の状態だって。ない。代わりにあるのは背中の羽根。

 手術で羽根が生えてきた、と言ったらどうだろう。


「私は温泉に入らなくても大丈夫です」

「その『大丈夫』、形が悪いわ。魔力の巡りにも良いから、ね?」


 クラリッサさんが即座に言った。形が悪いのは嫌いみたい。……石が好きだから?

 「いたた、傷が痛む」と言おうと思ったけど、心配をかけてしまいそうだからやめた。温泉に入らない理由、理由は……?


「湯で温めるのは、体の回復に良いです」


 エルミナさんが優しく言う。でも、中身をよく聞くと「早く脱げ」と言っている。こわい。


「無理はさせない。俺も近くで待ってる」


 ユリスくんが真面目に言う。待ってるから何なの。呼んだら来るのだろうか。来そう。女湯に出現したあとも、世間はユリスくんを勇者と呼んでくれるのだろうか。






 私は視線を泳がせた。

 部屋の外へ。廊下の方へ。

 そこに、小さな木の札が下がっていた。


『⇒足湯はこちら』


「足湯」

「え?」

「私は、足湯が好き」


 三人が私を見た。


「ネリネ。そうなの? 初耳だけど」

「私は三度のごはんより足湯が好き」


 言ってから、少し言いすぎたと思った。

 温泉卵の方が好きかもしれない。でも、ここで引いたら負ける。


「三度のごはんより……?」


 クラリッサさんが、じっと私を見る。こくこくと頷く私。そのとき、くるる、と私のお腹が小さく鳴った。しまった。


 エルミナさんは少し迷った顔をした。それから、私の包帯を見て、廊下の木札を見て、もう一度私を見る。


「……好きなら、まず足湯からにしましょうか」


 勝った。私は三度のごはんより足湯が好きな村娘になった。

 今日から。








 足湯は、部屋の外の小さな中庭にあった。石造りの長い槽に透明なお湯が流れていて、近づくだけで足元がじんわり温かい。湯気は白く、空気は少し甘いような薬草の匂いがした。


 エルミナさんは少し離れたところで、足湯の効能を泉院の人に確認している。クラリッサさんは中庭の石材を見ていた。


「この石、湯で削れているのに魔力の流れが残っているわ」

「クラリッサさん、足湯の石も見るんだね」

「見るわ。水と石は相性がいいもの」


 楽しそうだった。やっぱり石が好きなのだと思う。

 私は足湯に浸かりながら、温泉卵のことを考えた。

 もう1つ食べたい。いや、本音を言うと、あと3つくらい食べたい。








 足湯のあと、少しだけ散歩しましょう、とエルミナさんが言った。

 湯で温めたあとに軽く歩くと巡りが良いらしい。






 リューベルの外れへ向かう道は、湯気の町中とは少し違っていた。水路の音が遠くなり、石畳の隙間に古い苔が増える。道の先には、旧巡礼路へ続く低い坂があった。


 その途中に、結界碑が立っていた。


「……綺麗ね」


 石好きのクラリッサさんの最初の感想がそれだった。


「綺麗なの?」

「綺麗よ。削れ方が」


 そこなんだ。

 クラリッサさんは石碑の前に膝をつき、欠けた文字の縁を指先でなぞった。いつもより少し目が輝いている。


「この結界碑は、ただ壁を作っていたわけじゃない」


 クラリッサさんは、持ってきた紙に素早く線を引いた。


「普通の結界は、強い壁を張る。でも、弱い場所を正確に開けられると、そこから崩れる」


 ノルクのことだ。

 クラリッサさんの声に、少しだけ悔しさが混ざった。


「けれど、これは違う」


 クラリッサさんは、指先で空中に小さな光の壁を作った。薄い、四角い結界。その中央に、自分で小さな穴を開ける。

 次の瞬間、周りの光が穴へ流れ込んだ。

 穴は、なかったみたいに閉じる。


「破られた場所を、周りが埋める仕組みが敷かれてる」


 クラリッサさんは、珍しく素直にうなずいた。それから、小さく笑う。


「使えるわ。次は、あんなふうには開けさせない」


 声は静かだった。

 でも、かなり怒っていた。


 クラリッサさんは、石碑の写しを取りながら、とても楽しそうだった。悔しそうで、楽しそうで、忙しい人である。








 結界碑からさらに少し進んだ先に、聖剣の祠があった。

 案内役の人が、せっかくですから、と言ったのだ。


「もっとも、長い間、誰も抜けたことはございません。巡礼者の方々が一度挑まれる、古い名所のようなものですが」


 名所。

 ……魔王様も気になるだろうか?










 聖剣の祠は、リューベル療養泉から少し坂を上った先にあった。


 そこは、岩肌の多い高台の、ゆるく窪んだ開けた場所だった。風を遮るものはほとんどなく、空は広い。遠くまでよく見えた。高台は、草木の生えていない岩壁にぐるりと囲まれている。もっとも、岩壁からの距離はかなりある。弓矢なら、届くかもしれない。





 聖剣は社の中ではなく、拝所の中央にある石台に刺さっていた。


 もっとこう、近づいたら光るとか、風が吹くとか、神々しい声が聞こえるとか、そういうものを想像していたのだけれど、何もない。






「この剣が、聖剣ですか?」


 ユリスくんが聞くと、祠を守っているお爺さんがうなずいた。


「そう伝わっております。真の勇者ならば抜ける、と」


 お爺さんは、少しだけ困ったように笑った。


「もっとも、長い年月、一度も抜けた者はおりません。巡礼者も、騎士も、腕自慢の方も、皆さま挑まれましたが、動いたことは一度もありません」


 私は少し安心した。

 聖剣が本当に抜けるなら、魔王様もたぶん困る。でも、今まで誰も抜けていないなら、たぶん大丈夫だ。安眠できそう。


 それに、ユリスくんが勇者っぽいことをするところは、ちゃんと見ておきたい。報告書にも書ける。


『聖剣に挑戦しました。

 抜けませんでした。

 おやすみなさい

 すやあ』


 私の頭の中に、枕を抱いて喜ぶ魔王様の姿が浮かんだ。その隣では、ノルクも大きく頷いていた。そして「ネリネ様こそが勇者の監視役にふさわしい!!」と両手を挙げて叫んでいた。楽しそう。


 ユリスくんは、聖剣の前に立った。

 そのまま、柄に手をかける。そして、ぐっと力を入れた。


 聖剣は、石台の奥に根を張ったみたいに、ぴくりともしなかった。






「……やっぱり、簡単にはいかないか」

「皆様、そうおっしゃいます」


 祠守りのお爺さんが、苦笑した。


 ユリスくんは返事をしなかった。

 手は、まだ柄にかかっている。肩に力が入っていた。けれど、剣は動かない。


 私はそれを見て、少しだけ前に乗り出した。

 頑張っているユリスくんを見ると、応援したくなる。

 いいのだ。どうせ抜けないんだから。


「頑張って! ユリスくん!」


 そう言うと、ユリスくんが振り返った。

 少し驚いたような顔をして、それから、まっすぐ私を見る。


「……うん」






 ユリスくんは、もう一度、聖剣に向き直った。さっきとは顔が違っていた。


「……俺は」


 ユリスくんの手に力がこもる。


「ネリネを、もう倒れさせたくない」


 拝所の空気が、少しだけ震えた。


「勇者だからとか、聖剣だからとか、まだよく分からない。でも、俺は」


 ユリスくんは、顔を上げた。


「ネリネを守れるくらい、強くなりたい」


 その瞬間――剣が、動いた。






 重い音はしなかった。さっきまで少しも動かなかった古い剣が、ずっと待っていた手にようやく掴まれたみたいに、すっと石台から抜ける。


 白い光が、拝所いっぱいに満ちた。


「えーっ!?」


 思わず声が出た。





 祠を守るお爺さんが、口を開けたまま固まっている。クラリッサさんも、珍しく目を見開いている。エルミナさんは胸元の聖印を握って、まっすぐユリスくんを見ていた。


 ユリスくんは、手の中の聖剣を見下ろした。

 聖剣が、淡く光る。


 ユリスくんの手が、少しだけ動いた。

 振ったというより、剣の重さを確かめようとして、切っ先が流れたくらいだった。


 次の瞬間、白い斬撃が飛んだ。薄く、速く、まっすぐに。

 それは石畳の上をかすめ、岩の点在する開けた地面を抜けて、離れた岩壁へ届く。


「びしっ」と、硬いものの奥に細い亀裂が走る音。


 遥か遠い岩壁に、深い白い傷が刻まれていた。見ただけで分かるくらい深い裂け目が、大きくまっすぐ走っている。細いのに、底が見えない。


「おお……あの距離まで……!!」







 その時だった。

 こつん、と音がした。


 遠くではない。

 聖剣が刺さっていた石台の下からだった。


 石の内側を、誰かが指先で叩いたような、小さな音。


 こつん。


 祠守りのお爺さんの顔から、血の気が引いた。


「……祈り喰い……?」

「知っておられるんですか?」


 エルミナさんが尋ねる。

 お爺さんは、石台から目を離せないまま、小さくうなずいた。


「昔、リューベル領主が旧巡礼路を開き直そうとしたことがありました。そこに出たと言われる魔物が、祈り喰いです。騎士、兵士、神官、魔法使いを集めた、総勢三百名が討伐に向かいました。荷馬車も何台も連ねた、本格的な軍でした」


 お爺さんの声が震えている。


「戻ってきたのは、空の荷馬車が二台だけだったそうです」


 誰も、すぐには言葉を返さなかった。






「それ以来、旧巡礼路は閉ざされました。祈り喰いは、人が神や聖なるものへ捧げた祈り、願い、供物、封じの力……そういうものに巣食って喰らうものだと伝わっています」


 お爺さんは、聖剣が抜けた石台を見た。


「聖剣は、あれをここへ押さえつけるために刺されていたのかもしれません」


 その間にも、石台の表面に細いひびが走った。


 こつん。


 三度目の音が鳴った時、ひびの間から黒い根のようなものが這い出した。


「ネリネ。下がって!」

「うんわかった」

「ネリネ!」

「下がってるよ?」

「もっと!」


 私はもう少し下がった。

 かなり下がったと思うのに。






 黒い根が跳ねた。

 鞭みたいにしなり、祠守りのお爺さんへ向かって伸びる。


「させないわ!」


 クラリッサさんが前に出た。


 光の結界が、ばちん、と音を立てて広がる。黒い根が結界に突き刺さり、そこに小さな穴を開けた。


 でも、崩れなかった。


 穴の周りの光が、わっと流れ込む。傷口を塞ぐみたいに、結界が自分で戻っていく。


「……通さないって言ったでしょう」


 クラリッサさんの口元が、少しだけ上がった。

 かっこいい。




「ユリス!」

「分かった!」


 クラリッサさんの声に応じて、ユリスくんが走った。


 ついさっき聖剣を抜いたばかりの人とは思えない速さだった。白い剣が光り、黒い根がまとめて切り飛ばされる。


 地面は傷つかない。

 石台も壊れない。

 黒い根だけが、白い火に触れたみたいにほどけて消えた。


「右から来るわ! 防御して!」


 クラリッサさんが叫ぶ。


「はいっ!」


 エルミナさんが祠守りのお爺さんを支えながら、淡い祈りの光を広げた。お爺さんの足元で揺れていた白い光が、少しだけ持ち直す。


「勇者様、石台の下です! 祈り喰いは祈りの残りを喰らって形を保ちます。中心を断てば、崩れるはずです!」


 ユリスくんが石台を見る。

 黒い根の奥で、どくん、と何かが膨らんだ。

 たぶん、あれが中心だ。





 ユリスくんが踏み込んだ。


 黒い根が、わっと広がる。上から、横から、足元から。いっせいにユリスくんへ絡みつこうとした。


「クラリッサさん!」

「呼ばれなくてもやってるわ!」


 クラリッサさんの結界が、ユリスくんの前で何枚も開いた。

 おお。同時展開はけっこうな高等技術なのに。

 三枚目で、根が押し返される。


「今よ!」

「行くぞぉーっ!」


 ユリスくんが叫んだ。

 聖剣の白い光が、一気に伸びる。


 


 ユリスくんが振り抜いた剣の光は、黒い根の束を裂いて、石台の奥にある黒い塊へ届く。

 ずばっ、と音がして、祈り喰いの中心が、真っ二つに割れた。


 黒い根が、まとめてほどけていった。石台に絡んでいたものも、結界を叩いていたものも、お爺さんの足元へ伸びていたものも、全部、糸をほどくみたいに消えていく。









 ユリスくんは、聖剣を構えたまま固まっている。


「……倒した?」

「はい……消えました」


 その言葉を聞いて、ユリスくんがようやく息を吐いた。


 クラリッサさんも結界を下ろす。エルミナさんは、お爺さんの肩に手を添えたまま、ほっとしたように目を伏せた。


 みんな、石台を見ていた。

 そこにはもう、黒い根はなかった。

 ひびの入った石台と、聖剣が抜けた跡だけが残っている。


 私は、少しだけ首を傾げた。


 それから、もう一度だけ石台を見た。


「ネリネ? どうかした?」

「なんでもないよ」










 祈り喰いが消えたあと、私たちはいったん泉院へ戻ることになった。


 ユリスくんは聖剣を布で包んでもらい、何度も何度も手元を見ていた。クラリッサさんは結界碑の写しを抱えたまま、まだ何か考えている。エルミナさんは祠守りのお爺さんの様子を気にしていた。


 私は、また足湯へ連れていかれた。

 ユリスくんがすごく嬉しそうに引っ張っていくので、何も言えなかった。






 * * *





 ユリスは、足湯の縁に座るネリネを見ていた。

 本人は妙に真剣な顔をしていた。


「三度のごはんより好きなんだよね」


 ユリスが言うと、ネリネは少しだけ胸を張った。


「うん。足湯はかなり好き。嘘じゃないよ」


 ユリスは少しだけ笑いそうになった。

 まだ手の中には、あの白い光の感触が残っている。


 祈り喰いは恐ろしかった。


 石台の下から響いた、こつん、という音。祈りを喰らう黒い根。結界を食い破ろうとする力。祠守りの老人の震えた声。

 けれど、聖剣は届いた。斬れた。守れた。

 これなら、きっと……。


 その時、布に包んだ聖剣が、かすかに熱を持った。

 ユリスは瞬きをする。


 湯気の向こうで、ネリネの輪郭が少しだけぶれた。

 包帯に巻かれて、足湯の縁に座っている小さな村娘。

 その奥に、何かが見えた。


 ……翼だった。


 背中の奥に、ありえないほど大きなものが畳まれている。広げれば、この中庭どころか、空そのものを覆ってしまいそうな影だった。


 夜空を、何度も何度も折りたたんで、小さな体の奥へ押し込めたような黒。

 ユリスは息を止めた。


 祈り喰いとは、比べものにならなかった。


 斬れるとか、斬れないとか。

 倒せるとか、倒せないとか。


 そういう形で考えること自体が、間違っている気がした。


 小さな村娘の奥に、夜そのものが畳まれている。




 ……昨日、ネリネは黒い術を受けて倒れて、心臓が止まった。

 きっとあれだ。あれが、まだ残っている。


 そう思った瞬間、聖剣を握る手に力がこもった。


「ユリスくん?」


 ネリネが首を傾げた。

 そこにいるのは、足湯が好きだと言い張る、包帯だらけの村娘だけだった。


「……何でもない」


 ユリスは答えられなかった。

 ただ、ネリネから目を離せなかった。






 * * *






 その夜。

 私は、温泉宿の窓から、そっと抜け出した。


 外套を脱いで、背中の羽根を広げる。

 久しぶりに、ちゃんと広げた。そして、夜空を飛び、聖剣の祠へ。






 聖剣の刺さっていた石台では、こつん、と音が響いていた。


 やっぱり。

 祈り喰いは、いったん倒されたけど、まだ生きてる。

 強さで言うと、魔王城の中堅の魔物くらい。野生の魔物にしては、だいぶ強い。



 石台のひびから、黒い根がにゅるにゅる這い出した。

 昼間ユリスくんが斬ったものより、少しだけ太い。怒っているらしい。

 

 根の先が、ためらいなく私の足元へ伸びてくる。

 受けてみる。

 くるりと足首に絡む。表面がぴりぴりと痺れた。おお、なかなか強いぞ。

 聖剣って、持ったばっかりで、これを倒せるくらいになるんだぁ……。


「お前、魔物じゃないのか?」

「え、うん。そうだよ」

「なぜ人間なぞと一緒に来たのだ……?」


 普通に聞かれた。


「勇者のお姉さんだから……」

「魔物なのにか?」

「いや、お姉さんじゃないのにお姉さんって言われてるの」


 一瞬、祈り喰いの動きが止まった。


「意味が分からん。では、なぜ人間の町にいる」

「温泉卵がおいしかったから……食べたことある? ぷるぷるしてるよ」

「ない」

「それはもったいないね」

「我は祈りを喰うものだ」

「卵も食べた方がいいよ。祈りだけだと栄養が偏っちゃう」

「食わん。知らん。もういい。邪魔をするなら、お前から殺す」

「えー……。話の途中なのに」



 ぺきぺき、と祈り喰いは根を伸ばしてくる。あっという間に全身巻き付かれた。そのまま、ぎゅっと締め付けてくる。包帯の上からだったので、二重にぐるぐる。


 まあ、いいか。


 私はそのまま、()()()()()()、翼を広げた。

















 宿に帰ると、モルが着替えをくわえて寄ってきてくれた。えらい。

 真面目に戦うと、背中が破れるから。

 それは、ちょっと面倒だ。

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― 新着の感想 ―
あれ、御使いサロナさんの次って、めちゃめちゃ強い……? 御使いサロナさん、強すぎてギャグみたいになってたから比較対象として正直ふむふむふーむって感じだったんですけど、ネリネさんめちゃめちゃ強そう
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