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勇者が生まれないか街を見張っていた魔物の私、懐いてきた子をうっかり勇者に育て上げてしまう  作者: うちうち


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6/8

村娘は勇者を置いて帰れない

 翌朝。

 ユリスくんが粥の器を持って、私の寝台の横に座った。


「自分で食べるから」

「だめだよ」

「一口だけ?」

「全部」


 ユリスくんは頑なだった。

 このままだと本当に全部食べさせられそう。


「ユリスくん、さすがにそこまではいいよ」

「昨日、心臓が止まったんだよ」


 私は匙を見て、それからユリスくんを見た。譲る気はなさそうだった。仕方なく、「あーん」と口を開ける。










 朝食が終わると、ユリスくんは器を置いて、少し真面目な顔になった。


「ネリネ、やっぱり一度、始まりの街に戻ろう」

「始まりの街?」


 ユリスくんは、私の包帯を見た。


「昨日、心臓が止まったんだよ。危ない旅についてくるより、知ってる場所に戻った方がいい」


 今日のユリスくんは、心臓が止まったことを何回も言ってくる。


 エルミナさんも、すりこぎを持つ手を止めた。


「私も、いったん安全な場所に戻るべきだと思います。あれほどのことがあった後で、旅を続けるのは危険です」


 枕元に石を並べていたクラリッサさんも、静かにうなずく。


「同意見よ。心臓が止まった翌日に同じ旅を続ける。その判断は、形が悪いわ」


 みんな、帰った方がいいと言う。

 でも、帰れない。

 私は勇者監視役だ。ユリスくんを置いて始まりの街に戻ったら、監視にならない。


「だめ」


 私が言うと、ユリスくんは目を丸くする。


「だめ?」

「うん。私、ユリスくんを置いて帰れない」


「……俺を?」

「ユリスくんのこと、ちゃんと見てないと困るの」

「見てないと」

「うん。ずっと見てたい」


 ユリスくんは、片手で口元を押さえた。

 なぜだろう。かなり正直に言ったのに。


「だから、始まりの街には戻れない。これまでどおり、ユリスくんと一緒に行くね」

「……一緒に」


 ユリスくんの耳が、少し赤かった。

 クラリッサさんが「不服である」と言わんばかりに腕を組む。




 その時、窓の外から、モルが顔を出した。

 口元には、黒い筒。

 魔王城からの筒だった。


 部屋には、勇者一行がいる。

 その前で、魔王城からの手紙を読む。

 いいのかな?


「手紙?」


 ユリスくんが聞いた。


「うん。手紙」

「誰から?」

「……知り合い」


 私はできるだけ普通の顔で筒を受け取った。

 普通の村娘の顔。

 決して、魔王城とつながってる人の顔ではない。


 筒を開ける指先に、少しだけ力が入る。

 誰にも見えないように、こっそりと中の紙を広げた。





『報告書、五日分未着。

 状況説明が未着です。


 現状、勇者一行から重傷者として扱われているものと推測します。

 急に平常行動へ戻れば疑念を招きます。

 疑念を招かない範囲で、療養中の村娘として振る舞ってください。


 そろそろ帰還することを推奨します。

 ネリネ様にはもっと他に輝ける場があるのではないでしょうか。

 監視任務は他の者に引き継ぎましょう。

 魔王様には私の方から上申しておきます。


 ノルク』






 逃げ道が、丁寧に塞がれていた。

 疑念を招かないようにするには、薬湯も飲まないといけない。苦いのに。きっとノルクは薬湯の味を知らないから簡単に言えるのだ。

 今度来たらおすそ分けしてあげよう。


「知り合いの人は何て?」


 ユリスくんが聞いた。


「えっと……」


 魔王城に帰ってこいと言われている、とはさすがに言えない。

 報告書が五日分未着、とも言えない。恥ずかしいから。

 療養中の村娘として振る舞え、も言えない。私はちゃんと薬湯を飲んでるもの。


「前にいたところに、そろそろ帰ってこいって」







 ユリスくんが、すぐには返事をしなかった。


「……前にいたところ?」


 怒っている声ではなかった。不満そうな声でもなかった。本当に分からない、という声だった。


「始まりの街のこと?」


 私は黒い筒を握ったまま、目を泳がせた。始まりの街ではない。でも、魔王城とも言えない。


「その……その前に住んでたところ、かな」

「もっと、前」

「実家というか、故郷というか」


 ユリスくんは、「故郷?」と小さく繰り返した。

 それから、ゆっくり瞬きをした。今までずっと見ていた道の横に、急に知らない道が一本あったことに気づいたみたいな顔だった。故郷があることがそんなに変なのだろうか。わ、私は故郷がない人だと思われていた……?


「ネリネ姉ちゃん、他に帰る場所があるの?」


 その言葉に、怒りはなかった。ただ驚いていた。

 驚いて……少しだけ、置いていかれたような顔をした。


「今は帰らないよ」

「今は?」


 ユリスくんの指が、寝台の端を掴んだ。

 少しだけ、白くなる。


「……いつかは、帰るの?」


 私は勇者の監視役だ。ユリスくんを見ておく任務がある。だから今は帰らない。けれど、任務が終わったら帰るかもしれない。というか普通に帰る。でも、それを言うとまずそう。それくらいは何となくわかる。


「まだ分からないよ」

「分からないんだ」


 ユリスくんは、そう言ってから口を閉じた。その顔には「不満です」と大きく書いてあった。まるで、さっきのクラリッサさんみたいに。


「でも今は帰らないよ。さっき言ったでしょ。私、ユリスくんを置いて帰れないから」


 ユリスくんは、何か言いかけて、言わなかった。

 その代わり、少しだけ息を吐いた。


「……分かった」


 声はまだ小さかった。

 けれど、さっきより少しだけいつもの雰囲気に戻っていた。


「じゃ、ネリネに帰れとは言わない」

「本当?」

「うん」


 よかった。ノルクも含めてみんな帰れと言ってくるから。ユリスくんだけは私の味方。うれしい。


「その代わり、危ないことは俺が止める。全部」

「えっ……? 全部……?」

「うん。歩くのも、荷物も、移動も。俺が運ぶ。全部面倒見る」


 全然よくなかった。旅の途中、ずっと村娘を抱えている勇者。それはなんというか、勇者というか山賊とか別種の魔物とかそういうものな気がする。


 事実、その言葉に、クラリッサさんの眉はぴくりと動いた。


「その『全部』、形が悪いわ」

「でも俺がやる」

「あなた一人に任せる形になっているもの。そんなの不自然よ。私にもできることはある」


 クラリッサさんは本を横に置き、私の方へ近づいてきた。確かにそうだ。きっとクラリッサさんが怒って止めてくれるはず。


「ネリネさんくらい、私も運べるわ」

「えーっ!?」


 思わず声が出た。

 すごくびっくりした。

 クラリッサさんは真剣だった。真剣な顔で、私の背中と膝裏に手を回す。判断と行動が早い。

 濃紫の髪が、私の頬に触れた。

 ふわりと、石鹸と乾いた花みたいな匂いがした。どこか落ち着く匂い。


「いくわよ」


 でも、クラリッサさん、自信満々である。

 ひょっとしたらすごく力があるのかも……。腕とかすごく細いけど……。




 そして、クラリッサさんは私の体の下に手を差し入れ、勢い良く持ち上げて抱き寄せた。

 次の瞬間、クラリッサさんの膝が、かくん、と折れた。そのまま、クラリッサさんとついでに私は、床に吸い込まれるように真下に倒れ込んだ。


 どさっ。べちゃ。

 そんな音がした気がした。


 2人でくっついて床に横になったまま、クラリッサさんの額が、私の胸元に埋まっている。濃紫の髪が首元にかかって、少しくすぐったい。


「クラリッサさん、大丈夫?」

「……問題ないわ。ごめんなさい」


 そして見下ろしてくるユリスくんの視線がすごい。私が以前、始まりの街の武器屋の息子のランドくんから恋文を貰ったときも同じような顔をしていた気がする。こわい。


 今日のユリスくんはなんだか情緒不安定だ。


「少し、重心が悪かっただけよ」


 クラリッサさんは、床に潰れたまま言った。





 ユリスくんが、無言で私を抱き上げる。

 今度は、すごく簡単に浮いた。

 クラリッサさんは床に手をついたまま、それを見上げている。


「……力任せね」

「安全に運んでるから」

「その顔は、少し勝ち誇っているわ」

「してないさ」


 している気がする。お気に入りの玩具を自慢する子供の顔だった。私はユリスくんにとって玩具なのかもしれない。


 ユリスくんは私を寝台へ戻す時も、妙に丁寧だった。ユリスくんは、持ち物を大事にできるいい子だ。えらい。






 エルミナさんは、その一連のやり取りを見てから、静かにうなずいた。


「では私は、移動中でも飲める薬湯を用意します」

「移動中でも……?」

「はい。濃く煮詰めれば、量を減らせます」


 濃く。

 私は寝台の上で、少しだけ遠くを見た。

 薬湯は、調合室から離れても形を変えて追ってくるらしい。







 さて、これからの話。

 始まりの街には戻らない。でも、このまま聖都セフィラへ直行するのも危ない。



 ということで、クラリッサさんが地図を広げた。


「旧巡礼路の手前に、リューベル療養泉があるわ」


 クラリッサさんの指が、地図の東側を示す。


「泉院もあるし、比較的安全な道で行ける。重傷者を連れているなら、そこで休むのが自然よ」

「重傷者って誰ですか?」


 みんなが私を見ていた。

 私は自分の包帯を見る。説得力が白い。


「療養泉なら、ネリネさんのお体にもよいと思います。それから……」


 エルミナさんは地図の端を指さした。


「リューベルの近くには、聖剣を祀った祠があるそうです」

「聖剣……」


 ユリスくんが、小さく繰り返した。

 さっきまで私にお粥を食べさせようとしていた時とは違う。旅の行き先を見る、勇者の声だった。


 聖剣。勇者っぽい。

 これは、かなり報告書に書いた方がいい。よし、今度はノルクに怒られる前に報告書を出そう。きっとびっくりする。見直してくれるかも。「ネリネ様こそが勇者の監視役にふさわしい!」と言ってくれるノルクを想像して、私はにへへと笑った。


「旧巡礼路沿いには、古い結界碑も残っているわ」


 クラリッサさんが、地図の上を指でなぞった。


「魔法都市でも、読み切れていない古いものよ。巡礼者を守るために、道そのものへ結界を重ねていたらしいの」

「クラリッサさんは、それを見たいの?」

「私の結界には、弱い場所があった。あの男は、そこを正確に見抜いた」


 声は静か。でも、どこかその中に混じる悔しさ。


「古い結界碑には、今の私にない考え方が残っているかもしれない。あの男と会ったとしても、今度は同じ展開にはさせないわ。絶対に」


 クラリッサさんの奥歯がギリギリと鳴った。

 みんな、療養泉に行きたい理由があるらしい。

 私は療養中の村娘なので、たぶん一番行く理由がある側だった。






 私がようやく一人にしてもらえたのは、昼過ぎだった。

 ユリスくんは神官長に呼ばれ、クラリッサさんは地図を写すために別室へ移った。

 エルミナさんは、少し前に神殿長から呼ばれていた。神殿長と神官長がいるらしい。どっちがどっちだっけ? ってならないのだろうか。


 私は寝台の上で、そっと羽根ペンを持った。

 報告書である。

 五日分。

 天の星のように果てしない日数であった。


 考えるだけで、少し遠くを見たくなる。

 でも、これ以上ためるとノルクの字がさらに綺麗になってしまう。




 私は紙を広げた。よし、覚えてることから先に書こう。モルの監督の元、私はどんどん報告書を書き進めていった。こういうのは勢いが大切なのだ。





『魔王様、お元気ですか?

 私は今、セインベルの神殿で休んでいます。

 朝食はお粥でした。

 昨日のお粥より、少し濃かったです。

 塩気もちょっとありました。うれしい。

 お粥が薄いと元気がなくなります。

 この後は、リューベル療養泉へ寄る予定です。

 療養泉なので、食事も体に良さそうで心配です。

 あと温泉で卵を温める料理があると聞きました。

 魔王様は食べたことありますか?

 そういえば、近くには聖剣の祠があるそうです。


 勇者一行は人数が増えましたが、みんなそんなに強くありません。安心です。

 心配で毎日眠れないかもしれませんが、ぐっすり寝てていいですよ。

 一番強い攻撃は薬湯です。

 魔王様は薬湯飲んだことありますか?

 飲んでから1時間経っても苦いですよ

 それでは、おやすみなさい

 安眠できるといいですね

 ぐうぐう


 ネリネ』





 おお。すごく早く終わった。

 1日分とは何だったのか。才能を感じる。

 私は、ひょっとしたらノルクを越えてしまったかもしれない。


 さて。

 じゃあ、報告書1日目に戻って。どう書こう。


 私が迷っていると、廊下の向こうで、ごぉん、と低い鐘が鳴った。ここに来てから1度も聞いたことのない音だった。











 * * * *






 エルミナは、薄暗い神殿の奥に立っていた。

 目の前には神殿長。足元には、古い祈りの紋が刻まれている。

 神殿長は、奥にある小さな鐘を重々しく鳴らした後、エルミナの前で口を開いた。


「エルミナ。命脈の祈りを、望むのですね」

「はい」


 エルミナは、胸元の聖印を両手で握っていた。

 『命脈の祈り』。神殿に伝わる、最後の秘儀。

 以前、エルミナは一度、受け継ぐことに失敗している。


 才能がなかったわけではない。祈りは届きかけていた。

 けれど、最後のところで踏み込めなかった。

 傷を塞ぐだけではなく、体の奥、命の巡り、魔力の流れにまで祈りを通す。

 その深さを前に、足がすくんだ。


「命脈の祈りは、この神殿に伝わる高位治癒の中でも、もっとも古い秘儀の一つです」


 神殿長の声は静かだった。


「傷を塞ぐだけではない。体の奥、命の巡り、魔力の流れにまで祈りを通す。歴代の神官でも、扱えた者は数えるほどしかいません。使えるだけで、歴史に名を刻まれる、そんな力です」

「……はい」

「才能だけでは届かない。祈りを深く通せば通すほど、術者の消耗も跳ね上がる」

「分かっています」

「それでも、望みますか」


 エルミナは、聖印を握る手に力を込めた。昨日、ネリネに、治癒の光は届かなかった。目の前で倒れている人に、何もできなかった。


 傷を塞ぐことならできる。熱を下げることならできる。

 膝を擦りむいた子どもに「もう走りすぎないでくださいね」と言うことならできる。


 けれど、倒れた仲間の前で、自分の祈りは何も掴めなかった。そんな自分を変えたくて、エルミナは勇者についていきたいと、そう思ったはずなのに。


「次こそ届かせたい人が、いるんです」

「ならば、祈りなさい。あなたなら、あるいは届くやもしれません」







 紋章が光る。

 淡い光が、エルミナの足元から立ち上がった。普通の治癒より深い、静かな光だった。


 エルミナの肩が揺れる。けれど、膝は折れなかった。白く力強い光が、聖印へ吸い込まれていく。


 息が苦しい。指先が冷たい。

 体の奥を、流れが通っていくような感覚がある。


 それでもエルミナは聖印から手を離さなかった。

 やがて、光が消えた。







 神殿長が、ほんのわずかに目を見開いた。


「……届き、ましたか」


 その声には、隠しきれない驚きが混じっていた。


「はい。受け継ぎました」


 エルミナの顔色は少し白い。

 けれど、目は逸らさなかった。


「命脈の祈りは、届くぶんだけあなたの体力を削ります。多用すれば、先にあなたが倒れる」

「はい」

「それでも、使うのですね」


 エルミナは、少しだけ笑った。

 柔らかい笑み。けれど、さっきまでとは違う強さがあった。


「倒れる前に、飲む薬湯を作っておきます」

「……あなたらしいですね」

「はい」


 神殿長は微笑み、エルミナは聖印を握り直した。


「薬湯は、得意ですから」
















 病室で、ネリネは包帯に巻かれたまま、きょとんとしてエルミナを見返した。桃色の長い髪が、不思議そうにぴょぴょこと左右に揺れる。


「エルミナさん、また戻ってきたんですか? 忘れ物?」

「ネリネさん。少しだけ、確認させてください」


 すると、そばにいたユリスが立ち上がった。


「無理させないでください。駄目ですよネリネを運ぶのは俺の役目です」

「ユリス様……違います。ネリネさんに負担はかけません」


 エルミナは寝台のそばに膝をついた。

 手を、包帯の上からネリネの胸にそっと重ねる。

 ぱぁっと、光が落ちた。普通の治癒より深い光。

 それは傷の表面ではなく、その奥へ、そのさらに奥へ、道を探すような祈り。


 けれど、光は入っていかなかった。

 ネリネの胸元に触れ、肩へ流れ、包帯の上をゆっくり回る。

 そして、どこにも引っかからず、困ったように表面を撫でて、するりと消えた。


「……また、届きませんでしたか」


 エルミナは、呟いた。しかしその目には、静かな闘志が燃えていた。


「でも、前より分かりました」

「何がですか?」

「普通の傷ではないということです。もっと、違う形で祈らないと」


 神官エルミナは、『命脈の祈り』を受け継いだ。

 けれど、それでもまだ届かない。







 だから、彼女は次の祈りを探し始めていた。

 命の奥へ、さらに深く届く祈りを。















 題名は勇者だけなんですけど、勇者以外もどんどん勝手に育っていきます。魔王様がずっと安眠できたらいいですね。

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― 新着の感想 ―
勇者に安眠(意味深)させられちゃう…!
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