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素数な人たち  作者: 牧田沙有狸


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12/22

安積実(あつみ)③リハーサル

 それから数日後、『ZINEパスカル』完成パーティー兼、素志の三角関係どうにかしよう会開催となった。

 いろいろ段取りがあって、ゲストとなる素直子ちゃんと素志の彼女には別々の時間を伝えた。

 仕掛け人側の美数ちゃん、素志、直接何もしないけど整くんは先に来てもらいリハーサルに望む。わたしと商吾はあくまで店の人という立ち位置だが場所を提供している以上、関係がこじれてしまった時の対処法を考えなければならない。

 だけど人を集めた時点ではそんなに深く考えていなかった。10年のキャリアがある役者素志の実力を知ってか、知らずか上手くいくと信じ込んでいた。

 カウンターの隅、スポットライトに見立てたクリップライトの下で、素志はキメ顔を作り語り出した。

ここが今日の舞台だ。

「虚数。この説明をするには、数式だけじゃ伝わらない。大切なものは目に見えない。心で感じるんだ。彼女は僕にとってそんな、何にも例えられない存在なんだ。素数でありたい僕は、虚数に出会ってしまった。もうここにはいられない。君の席はここにはない。僕のことは諦めてほしい」


 4人は、それからどうするのかと、素志をずっと見ていた。

 素志は悲しそうに目をつぶり小さく頷いた。そして動かない。誰かが何かを言ってくれることを必死に待っている姿勢だった。

「え、これでどうするの」

 商吾が普通に疑問をわたしに投げた。あくまで観客の視点で、上演中のお喋りはマナー違反だけど、どうすればいいか困っている。

 わたしは首をかしげた。

「そもそも虚数も素数なんじゃないの」

 美数ちゃんは冷静にツッコミをする。

 その冷たい視線に刺されて、素志は泣きそうな顔で舞台から降りる。

「まさかと思うが、これで終わり?」

 わたしは確認のために聞いた。

 素志は、いろんな苦情を受け付けるための準備か、すべての表情を吸い取られてしまったかのような無の表情で頷く。 

 上手すぎる話がやっぱり詐欺だったという報告を受けたみたいに、ものすごく落胆しつつも、期待した自分がバカだったと思ってしまう感じ。

 素志が台本を書くと言うから任せた。わたしを始め、ここにいる人が仕込まれた台詞を言って、やんわりと素直子ちゃんに別に彼女がいることに気づかせていくという展開を勝手に想像していた。想像していた分、わたしが書いた方がまだマシだったんじゃないかと思えてくる。独り台詞ですべてを汲み取れというのか。普通の演劇だったとしてもその展開は最悪だ。

 予想以上に酷い。わたしは人を呼んでいて素志に全部任せてしまったことを悔いた。

 どうしよう。

 とにかく何か前に進めなくては、これから立て直すしかない。とりあえず素直子ちゃんが来る前に、いろいろ考えなくては。こうなったら、素志の彼女も一緒に考えてもらった方が早い。わたしは素志に確認した。

「虚数の彼女もちゃんと来られるって?」

「整さんの原画見られるって言ったら喜んで来るって言ってました」

 ちょっと拗ねた感じで素志は言う。

 すごい。整くんの絵で釣れるなんて。さすがだ。

 こりゃイケメンな整くん、ご本人を見たら素志は振られちゃうかもしれないな。三角関係から四角関係になっちゃったらどうしよう。まあ整くんが相手にしてくれなそうだけど。

「そっか。素直子ちゃんは12時からってメールしたから、もうすぐ……」

 わたしは整くんの原画に目をやり、視点をスライドさせて時間を確認するために壁の時計を見た。

 ん?

 予想と違う風景。

 絵と時計の間にある席に那由太を座らせていたが、誰かが一緒に本を読んでいた。

「虚数とは矢印を90度だけ回すもの。それは目に見えないし、触れない……難しいね。僕、こんな本読んでるんだ、すごいね」

 若い女性の声。

「存在しないー」

 那由太が歌う。

 え?

「素直子ちゃん!」

 わたしは声を上げた。

 みんな一斉に素直子ちゃんを見た。

 この子が素直子ちゃんであることを知らない人も、ここにはいないはずの人がいるというまずい空気を察知し、一斉に表情が固まる。

「こんにちは」

 素直子ちゃんは名前を呼ばれたからと言わんばかりに平然とあいさつをする。

リハーサルとか言いながらバレバレだったら、なんの意味も無いじゃないの。しかし、誰も彼女が入ってきたところを見ていなかったようで、びっくりだ。何? 気配消せるの? 忍びの一族なの? ちゃんと入り口から入ってきたよね。

「いつからいた?」

「素数でありたい僕、あたりから、いました」

 素志のしょうもない独り台詞か。と言うことは、具体的なことはなにも聞いてない? いや、でもわたし、さっき「虚数の彼女」って思いっきり言っちゃったよね。

 虚数だけに架空の彼女って意味に思えるかな。でも架空が整くんの原画を目当てに来るわけないか。なんのホラーだよ。

 あああ、どうしよう。

「そろそろ料理、出そうか」

 商吾が話をずらそうと提案してくれた。

「そうね。完成パーティー始めよう。みんな、何飲む?」

 まずは、ZINE完成を祝うことを強調して裏の企みを素直子に悟られないようにしよう。

さっきの素志のしょうもない台詞は今度の芝居の台詞で、虚数の彼女はZINEのファンってことで。うん、きっとアドリブでどうにか、つながっていくさ。うん。

 わたしは勘のいい美数ちゃんに笑顔で助けを求めた。

「そうですね。那由太、何。飲むー?」

 美数ちゃんが那由太の方へ行くと、素直子ちゃんはいきなり立ちあがった。

「私、好きになったらしつこいんです。中学の国語の先生がずっと好きで追いかけてましたから。卒業しても年賀状を欠かさず出して住所チェックしてアパートこっそり見に行ったり。毎年、新聞で教員異動はチェックして、その中学校の文化祭に潜入して写真撮ったりして。大学は文学部行って、レポート書くのに分からない所、大学の教授には聞かないで、わざわざ先生に手紙書いて質問してました。教育実習で再会する日を夢見て教員免許も取ろうって頑張ってました。結局、会えませんでしたけど」

 卒業式の呼びかけか。素直子ちゃんは好きな人の思い出をいい姿勢で叫んでいる。中学の時の先生って初恋か。

「そう、なんだ」

 さすがの美数ちゃんも固まっている。

「そんな私が、見ないわけないじゃないですか。素志君が分かること」

 素直子ちゃんは全ての真相を知っている探偵みたいに、自信満々に語り出した。

「SNSはフォローしてないけど、数時間ごとにチェックしてます。芝居の一部がアップされてる動画配信なんて毎晩寝る前の至福の時間です。だから、全部知ってます。彼女の存在も。先週の投稿<彼女がこの絵を気に入ってます。描いた人イケメンなんでちょっと嫉妬。>萌えました」

 すごい、暗記してる! 

 意味の分からない尊敬のまなざしを向けてしましそうになった。

 素志の独り台詞が校長先生のつまらない話に思えるくらい、彼女の告白が面白くて見入ってしまう。このまま全部喋らせたい気になる。

 みんな彼女を見守っていた。

「でも知らないふりしてました。だって似てるんです。だからどうしても守りたくて、守りたい思いが強すぎて、リアルに向き合うことはどこか恐れていました」

 なんとも言えない空気が流れた。

 誰に何を言えばいいのか誰も分からなかった。

 わたしが、みんなが、思っていたよりも素直子ちゃんはちゃんとしている子だった。

 ちょっと変わってるけど、すべて分かった上でおかしなことやっている。それは計算とかじゃなくて、いろんなこと諦めた中で、せめてこれだけは許してと言っているようだった。 

「じゃあ、とくに言い訳とか、説得とかしなくても大丈夫って事か?」

 素志はちょっとホッとしつつも不愉快そうに言った。

「はい。ごめんなさい」

 申し訳なさそうに謝る素直子ちゃんを見て、どんな解決策を想定していたのか分からなくなった。

 わたしは、余計なことをしてしまったのだろうか。


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