商吾(しょうご)①僕に足りないモノ
安積実に出会って、すべてにおいて僕は自分がいかに都合のいい面しか見ていなかったということを知った。安積実に会うまでの僕の人生は自分でこれがやりたい、これが欲しいと思えば多少の努力で手に入った。自分がいる環境や親の経済力を言い訳にする奴は自分の力不足を認めない可哀想な人で、努力を続けられず諦めてしまう人たちは根性なしとさえ思っていた。
自分がいかに恵まれているか知らなすぎた。なに不自由なく自分のやりたいことに向かわせてくれた家族の存在が当たり前で甘えという感覚など微塵もなかった。親戚や周りにいる人たちが同じような進路をたどっていたので、特別なこととも思わず育ってしまった。料理人を目指すといえば、両親は海外留学の後押しもしてくれた。学校で出会う友達も似たような、いやもっと裕福で金遣いの荒い奴らも沢山いたので、僕なんかはごくごく一般庶民で、みんなこうやって大人になって仕事に就くんだと思っていた。
もちろん子供の頃は学校の勉強など、やるべき努力はすごくした。実力とか才能とかいう言葉で自分を肯定してくれる人たちがたくさんいた。でもこの世界には、その努力を発揮する土台、普通の生活さえも送るのに大変な人たちがいる。そんな当たり前のことを知らなかった。
安積実は当たり前、当たり前以下の人たちの世界を誰よりも大事にしている人だ。
安積実との出会いは、僕がホテルの厨房でシェフをしていた時だ。夏休みの企画モノ「親子の料理教室」について地域情報紙の取材を受けた。
そこの編集兼ライターをしていたのが安積実だった。
料理といっても簡単なパン作り。一次発酵まで終わらせた生地で粘土遊びのようなノリで幼稚園生でも参加できる。面倒な後片付けはすべてスタッフがやってくれて、作ったパンお持ち帰りし、基本のランチはホテルビュッフェ。うちのホテルは結婚式もでき、料理教室の会場は普段は披露宴で使われる広間だ。普段は子供が気軽に来られるような場所ではない。夏休みの特別感とホテルビュッフェ付で親御さんを労うという企画だった。
そこで僕は、普段のホテルは入りにくい雰囲気があるだろうと思って「敷居が高い」という言葉を使った。すると安積実は「敷居が高いかどうかは、一度入った人にしか分かりませんからね。わたしは垣根が高くて入れませんでしたよ」と僕の言葉の使い方が間違っていたことをさりげなく指摘してきた。
辞書的な意味では「不義理・不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくい」事らしいが、俗用として気軽に行けないという意味でわざと「敷居が高い」を使う人が多い。でも、それは行く側の人間が使う分にはいいが、迎える側が使うのは傲慢だと言われた気がした。
高級ホテルの料理教室。親戚の結婚式でもなければ来ないだろう。カルチャースクールのような料理教室に比べたら参加費も高すぎだけど、縁のない人たちにも来るチャンスを与えてあげる。みたいな気持ちが正直あった。
僕は、親の経済力によりさほど苦労もなく自分のなりたいものになった自分をどこか恥じて「みんなこんなもんだろ」と口ではいいながら怯えていた。苦労して這い上がってきた人が持つ人生経験と比べられることを恐れ、心のどこかで常に見下していた。生まれ持ったものが違うのだから追いつけないんだと自分に言い聞かせていた。
僕がシェフになるまでのさほど面白くない話。「自分のことだけ考えて夢に突き進むことが当たり前だと思っていた」と事実を述べただけの言葉は謙遜に取られた。そんなところで謙遜することさえも分からないと笑ってみせた。分からないキャラクターを演じ続けたかった。
恵まれすぎて分からないというポーズをとりながら、ものすごく気にして募らせた僕の無意識な差別感情。
それを安積実に言い当てられた。僕に足りないモノを見透かされたような気がした。
彼女の話はとても面白くて、今まで僕が見たことない世界を沢山持っていた。芯はしっかりしているのに、いつも不安定で、その不安定さが自分の武器だといっているかのようにいろんなものにアンテナを張り巡らせて生きている人だった。
僕の傲慢さを指摘しながらも責めない。決して話をはぐらかさない人だった。人と話をしていて時々生じる仕方なさを安積実は持っていない。
大人は相手が投げてきた話の内容に対して自分の知識が及ばず理解できなかった時、分かったような素振りで自分の得意な話題に引き込んで会話を続けようとしてしまう。ある種の会話のテクニックなのかもしれないが、腹の探り合いで自分の無知を隠すのに必死なだけだ。話してきた方もこちらが知らないと思わなかったか、知らないと予想してわざとふっかけているか分からない。素直に分からない、どういうことだと聞けない。
安積実はちゃんと聞いてくる。そして僕にも聞くようにと言う。生きてきた世界が違うから、お互い分からないことが沢山あるからだと思っていたら違った。
「それやられたら、この人に話すのもうやめようって思う」からだと。
心の奥深く、自分でも触れてはいけないものに彼女の手で触れられてしまったような感覚が走った。衝撃だが優しい手だ。
段ボールに詰め込んで封をした思い出みたいに、ものすごく小さな頃感じていた感覚、成長するために封じ込めてしまった感情が甦ってきた。
聞いて欲しくて一生懸命親に話をしていたのに「そんなのいいから、こっちの勉強しなさい」って言われて素直に従っていた子供時代の僕。何不自由なくやりたいことの援助をしてもらっていたんじゃなくて、親が敷いたレールにお行儀良く乗ってきただけなんじゃないかと気づいた。自分の話を聞いてくれないことを悔やむより、親が聞いてくれる話をしようと考えてしまった。そうすれば自分が辛くならないことを子供の頃に悟っていた。親がはぐらかしたら、はぐらかした方に進む。
自分の行きたかった道を変えたことに「そういうもんだ」と思い込んでいたのかもしれない。
自分の本当にやりたいことってなんだろうか。
彼女のそばにいたら見つかる気がしてきた。
そして、どのレールにも乗れず歩き回ってるけど、誰よりも地に足着いてる安積実が戻ってくる場所にいたいと思った。他の誰かのところへ行ってしまうことを想像するだけで辛くなった。
こんなふうに思える人は初めてだった。
最初は一流ホテルのイケメンシェフの戯れ言。そうやって何人の女を泣かせてきたのだとか、いろいろ言われ真面目に受け止めて貰えなかった。
はぐらかさない彼女の優しさに僕はしがみついて、想いを伝え続けた。
想いが通じて僕は安積実と結婚した。




