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33.伝令の奔走


最後列の支援部隊のところに、焦った様子のキルナーマフマスが到着した。

その尋常ならざる動揺に、一同の手が思わず止まる。


「どうした、キルナーマフマスくん」


全体の指揮を兼ねるレクシャアがまず問いただした。努めて冷静な声色だった。


「迷企羅のアミュタユスが出た」

「!?そうか」


その情報だけで十分だった。ラウザントは文字通り命を賭して戦っているのだろう。

そうだとするならばと、レクシャアの選択は瞬時に済んだ。


「ミーシアくんはパラセリくんに伝令してほしい。ラウザントくんの持ち場に急行してほしい、と」

「承知しました。向かいます」

「頼んだ」


ミーシアは何を聞き返すでもなく従い、土煙を残して走り去っていった。


「ウィンケルくんは上空から全体を鳥瞰してくれ。何か分かったら共有するように」

「わかったよ」


普段は気弱な雰囲気のウィンケルだが、いつもと打って変わって頼もしい感じだった。


「ミライエくんとアイリスくんはここを死守していてくれ。この場も突破されれば迷企羅のアミュタユスがどうこうなんて言ってもいられないからね。ルートレイが潰れればアウトだ」

「あんたは向こうに行くんだね」

「そうするしかない。キルナーマフマスくん、行けるか?」

「無理よ!あんな化け物、全員死ぬだけよ!」


キルナーマフマスは頭ごなしに否定し、その後我に返ったように項垂れる。


「ごめんなさい。ルートレイは守りたい気持ちはある。アタシみたいなのを受け入れてくれた恩がある。でもアレに立ち向かうのは無理。身体が動かないもの」


レクシャアは目をつぶって彼女の言を聞き、大きく頷いた。


「ならばこの場を任せる。自分はラウザントくんの応援に向かう」

「死ぬんじゃないよ」


ミライエの言葉に、レクシャアはリアクションを返すことなく駆け出していた。





「だーもう!腰抜けすぎるだろうが!」


一体の魔獣がこちらに向かってきたのの対処を僕に任せていたズーエルだが、結局何もできずじまいの僕にそろそろムカついてきたといった雰囲気だ。


申し訳ないとは思っている。思っているが、心が体にブレーキをかけている。


「まったくよう、お前――」


叱りつけようとするズーエルだったが、後方から何かが物凄い速度で近づいてくるのを察知して続く言葉を止めた。


「キルナーマフマス?」


それは下半身が蛇のラミア、キルナーマフマスの全力疾走だった。

しかし、彼女はズーエルの呼びかけを一顧だにせず、パラセリのいる方へと速度を緩めず突き進んで行った。


「キルナーマフマスがどうして後ろから来たんだ?あいつはラウザントのとこにいたはず」


ズーエルは顎を擦りながら考える。

僕も考えてみる。


すると、同じタイミングで嫌な考えに至った。


「ラウザントたちのところでやべえやつが出たか?」

「ラウザントたちのところで何か問題があったんじゃ……?」


猛烈に嫌な予感がした。

少し前に感じた、気のせいだろうと無視した何か異様な感覚が思い過ごしではなかったのかもしれない。


あの感じは勇者パーティーにいた時に魔王軍と相見えた時に似たようなものがあった。

十二夜叉大将や、それに準ずるクラスの魔族の存在感に酷似していた。


そしてたしか事前情報では十二夜叉大将の迷企羅のアミュタユスが付近にいたという。

ならば、十中八九それだろう。


けれど、何を目的にこんなところまできたんだ?

ルートレイには魔王軍にとって不都合な何かがあるのか。とそこまで考えて、もしかして僕を殺すためにここまで来たのかもしれないと思い至った。


もしもそうだとしたら、これは僕のせいなんじゃないか?


僕があの時勇者パーティーから役立たずと追い出されて、安寧を求めてルートレイにやってきたせいなんじゃないだろうか。

なんということだ。そうだとしたら僕はどうするばいいんだ。


どうすれば――そんなことはわかり切っている。

僕がやらないといけないだろ!


剣の柄に手をかける。

少し決心がついたからだろうか、その手は先程より震えていなかった。





「あん?」


自家製のエールを呷っていたパラセリは魔獣の進行方向と反対から誰かが迫ってくる気配を感じ取っていた。


「キルナーマフマスさんかい。そんなに慌ててどうかしたかい?」


肩で息をするキルナーマフマスは無理やり呼吸を整えるとパラセリの腕を引っ張った。


「ラウザントとランギュムントがまずい!すぐにきてくれ!迷企羅のアミュタユスが出たんだ!」


だが、パラセリは微動だにしない。エールを杯に注ぎ、またぞろ飲み始めた。


「なっ、ど、どういうつもりだパラセリ!?」

「どうもこうもない。おいらの持ち場はここだ。ここをおいらが離れたら向こうはいいかもしれないけれど、押し止めていた魔獣が一気にルートレイになだれ込んできてすべてを踏み均すよ」


パラセリは酒盃を置き、キルナーマフマスの手をそっと放す。


「某はそんなことは看過できないからね。仮に迷企羅のアミュタユスがいたとしても、ルートレイが破壊されるかはなんともいえないし。ここから某が離脱すれば100%ルートレイはおじゃんになっちゃうから、動く訳わけにはいかないのさ」

「じゃあラウザントたちが死んでもいいってのか!?」

「彼らとも短い仲ではないが、そんなに簡単に死にはしないだろう。もしもダメだったとしても、そろそろキュリアスからの増援が到着する頃合だ。彼らに任せるのが得策だろう」


容貌こそ病的なパラセリだが、その眼光は鋭い。


「もしも命を落としたとしても、ルートレイが守られればその死も浮かばれる」

「人より町の方が大事って?」

「そうだよ。だいたい、そこまで言うならキルナーマフマスさん、あなたも戦うべきだ。とはいえ、ここに来たということはラウザントとランギュムントさんにその場を任せたんだろう。そのことを責める気はないが、そうなのだとしたらあっしにあれこれ言うのはお門違いさ。ただの八つ当たりだよ」


キルナーマフマスは痛いところをつかれたというふうに目を背けた。しかし、彼女もはじめは戦意がまったくなかったわけではない。


「魔王軍、か。こんな辺鄙なところに一体何の用だか。魔族に伝わる遺産があるのか、魔族を脅かす何かがあるのか……」


杯を傾けながら夜空にまたたく星を見上げる。


「誰が来ようとルートレイは不滅さ。このパラセリがいる限りはね」







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