34.忍び寄る絶望
首元から分かれて捻れている二つの首に付く二つの歪な頭部は表情なく笑う。肢体の配置はもはや幾何学的な美しさすら感じさせる――はずもなく、ただただ不愉快な肉塊が浮遊している。
迷企羅のアミュタユス。
魔王軍は頂点に魔族の英雄である魔王を据え、その配下に六欲天、さらにその下に十二夜叉大将、魔王より二つ名を下賜される最低の階級である二十四羅刹中将と続く。
アミュタユスは魔王より迷企羅の名を賜った、魔王軍の中でも上位の魔族だ。
しかし、アミュタユスは本体の戦闘能力を見れば二つ名を与えられるほどでは到底ない。二十四羅刹中将の最下位、餓狼のユーイヤにも劣るほどだろう。
アミュタユスを十二夜叉大将たらしめるものは何か。
それはアミュタユスの持つスキルにある。
迷企羅のアミュタユスのスキルは生物を融合させる〈生物合成〉というユニークスキル。
生きとし生けるものを合成するという異次元の能力だ。アミュタユスが手で直接触れた生き物は肉体を凝縮された球体に変化し、その球体同士を練り合わせ、新しいひとつの球としたものを手から放すことで合成され、生体を無視した異形が生まれる。生命を冒涜する悪辣なスキル。それが、迷企羅のアミュタユスの能力である。
「さてさて」
「一体どこにいる」
アミュタユスがわざわざルートレイくんだりにまで足を運んだのは当然理由がある。しかしその目的はルートレイにはない。
この近くにいるはずの勇者を始末し、魔王の寵愛を受けたいがためであった。
「おいニンゲン、答えられれば見逃してやってもいい」
「勇者――ラインハルト・リューネルの居場所は知っているか」
異形犬ケルベロッタと対峙する二人の人間に問いかける。
応答はなかった。
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「おいニンゲン、答えられれば見逃してやってもいい」
「勇者――ラインハルト・リューネルの居場所は知っているか」
ラウザントとランギュムントは迷企羅のアミュタユスにそう問われたが、そんなことに気を向けられる余裕はなかった。
二人の前には歪で巨大な犬が噛み合わない牙の間から涎を垂らしている。
「ランギュムント、いけそうか?」
「時間稼ぎができれば御の字といったところだろう」
「ああ、生憎と倒せる気がしないが、なに、足止めができれば十分すぎる仕事だ」
ラウザントは不敵に笑い、刀を下段に構えたまま疾走する。
怪物の地面と接している足を両断しようと低い姿勢から鋭い横薙ぎの斬撃を放つ。足は切り離されこそしなかったものの、半ばまで断たれていた。異形はそれだけのダメージを受けながらも一切の痛痒を感じていない様子だ。
「バウッ!」
ひとつの頭が吠える。その歪な口から弾丸のような空気が射出され、ラウザントの首すれすれを通り過ぎた。背後の岩に激突し、凄まじい爆発音とともに粉砕。
「あれは……ただ吠えただけか?」
ラウザントは思わず砕け散った岩に視線が釘付けになる。
ケルベロッタを討伐するにはA級冒険者二人でも足りるか怪しい。ルーファスたちキュリアスからの増援がくればギリギリこの犬ころには勝てるだろう。
それでも迷企羅のアミュタユスは苦戦が免れないが。
「沈黙は鉄」
「すなわち死」
「行け、ケルベロッタ」
「やれ、ケルベロッタ」
アミュタユスの二つの頭それぞれから耳障りな声がする。
創造主の命令を受け、ケルベロッタはいくつもある眼を真っ赤にさせ、一際大きく天に向かって吠えると、ラウザントとランギュムント目掛けて支離滅裂な走法で肉薄していった。
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冷気の尾を引かせながら四足で疾走するミュクスは、徐々のおどろおどろしい気配が濃厚になってきていた。
「オオオォォォォォオォオォォォン!」
「ぐっ」
突如聞こえてきた金切り声のような遠吠えに、ミュクスは堪らず耳を塞いだ。
遠吠えが止んでから再び走り出す。
そうしてラウザントとランギュムントがいる目的地に到着する。
到着したが、ミュクスの眼前に広がっていたのは絶望的な状況だった。
「ら、ラウザント……ランギュムント……?」
刀を握ったままのラウザントの右手は胴体から遠く離れた地面に捨てられている。同じように、ランギュムントの尻尾も打ち捨てられていた。
ラウザントは残された片腕があらぬ方向に曲がっており、右足は粉々に砕かれている。うつ伏せになっているが、辛うじて息はあるらしく、微かに上下している。
ランギュムントはラウザントほど痛ましい状態ではないが、強固な皮膚にはいくつもの牙の痕が深々と残っている。目玉も片方はこぼれかけている。
そんな二人を見下ろすのは、二つの頭を持つ意味不明なシルエットの浮遊体と、無数の頭や手足を持つ異形の犬の魔獣。
「迷企羅の、アミュタユス」
ミュクスは乾いた声で言う。どちらかがそうなのだろう、と。
「ご明察」
「今度は獣人か」
浮遊する異体の異なる頭がそれぞれ喋る。
「獣は獣と戯れるのが良い」
「遊び相手になるとは思えんが」
多頭魔獣がミュクスを視界に捉えた。
ミュクスはその瞬間己の圧倒的不利を悟り、脱兎のごとく来た道を戻った。
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