表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

2.辺境の駆け出し鍛冶師

 高温で熱した鋼を槌で叩き鍛える。小気味のいい音と火花が散る。一定の速度で槌を力強く振り下ろす。額に汗が浮かび、顎から滴り落ちる。目にも侵入してきて染みるが無視。再び炉に鋼を入れてさらに加熱する。

 鍛接の作業を終えて、鍛え上げた鋼を脇に用意してある水にくぐらせ、一気に冷ます。


 まだまだ駆け出しというか素人同然だが、対魔王軍の再前線で戦っていた頃より充実感がないといえば嘘になる。


「もう勇者パーティーを追い出されて半年になるのか」


 勇者がいないのに勇者パーティーというのも変な話だが、彼らは確かに勇者だ。スキルを持ってるだけで勇者だと、人類の希望だと持ち上げられていた僕とは違う。


 いや、もう過去のことだ。

 いまの僕は駆け出しのしがない鍛冶師なのだから。



   §



 半年前。



 パーティーを追い出された僕はしょぼくれて戦場からそそくさと去り、どことも知れない町に寄って安酒を呷って泥酔し、嫌なことを一瞬でも忘れようと思ったが、酔っても脳内ではドゥーンの言葉がリフレインしていた。


 結局酔いが引いてからひどく後悔する羽目になったのだが。



 これからどうしようか右往左往しながら各地を無為に転々としていた時、中規模の町である人物に出会った。その人は町の外れで鍛冶屋を営んでいて、さながら灯りに誘われる虫のようにその店に入っていった。


 入ったのだが、店主は見当たらず、壁に様々な武器が立て掛けてあり、二つある台座には壁のものよりグレードダウンした武器が無造作に置いてある。防具の類も陳列されている。どれもかなりの業物に見える。僕に見る目があるかはともかくとして。


 僕は視線を吸い寄せられた一振りの剣を手に取ってそれをよく見た。無駄な装飾が一切なく、全体的に実用性を優先した造りだ。しかし刀身には澱みがなく芸術的なほどに美麗。特別な能力は付与されていないが、切れ味という点でいえば紛れもない一品に違いない。これだけの剣を打ったのはどんな人なんだろうか?


「おい、何勝手に触ってやがる」


 奥の方から低く鋭い注意が飛んできた。


「す、すみません!」


 僕は急いで剣を元の場所に戻し、声の方を向く。

 背は僕より頭一つ小さいが、顔はこういうのも何だがなかなかに貫禄がある。髭を撫でている逆の手には槌が握られていた。顔も髭も服も煤で汚れていたが、それがどこか綺麗に思えた。


「あんまりにも美しい剣だったので……」


 恐縮しながらそう言うと、この店の店主であろう人が豪快に笑った。


「ガハハ、そうかそうか、こいつが凄すぎてつい出来心でってことか! ならしょうがないな!」


 態度が一転、なんだよ見る目あんじゃねえか、とこちらに歩み寄ってくる。


「らっしゃい。ここキルビスの町はずれで鍛冶師をしているゴールンだ。おまえさんは?」


「僕は……ラインハルト、です」


「ラインハルト? なんでえ、勇者様と同じ名前か。ガハハ、勇者様にオレの剣を認められるとはなあ」


 ゴールンは冗談めかして僕をいじる。いや、彼は冗談のつもりでしかないのだろう。


「しかしまあ、おまえさん、こんなところに何の用だ?」


 用、用か。特段なにがしかの用事があってこの店にふらっと立ち寄ったわけじゃない。強いて言うなら何かに、運命に誘われてといったところか。


 口ごもったまま、なんとなくとでも答えようと口を開いた。


「僕に鍛冶を教えてください」


 口を開いて出た言葉は、僕もびっくりなものだった。ゴールンも鼻白んでいた。

 衝動的に口をついたのだが、それは確かに僕の本心だった。


「教えてやることはできない」


 僕の戯言にしか聞こえない願いに、しかし真面目に返答された。


「教えることはできないが、打っているところは見てせてやる」


 僕らは互いによく理解しないまま、とんとん拍子で話が進み、僕はゴールンの仕事を横で見て技を盗むということをひと月それを続けた。




 ゴールン鍛冶屋を一人で営むゴールン・ワプルは何故こんな辺鄙な土地で暮らしているのか疑問に思わずにはいられないほど凄腕の鍛冶師だった。そして何を隠そう、鍛冶を生業とする種族であるドワーフであった。


 聞けば十年ほど前まで王都で一世を風靡した鍛冶師で、王国の鍛冶の水準を引き上げたのだという。しかし、その活躍を妬んだ他の鍛冶師や貴族がゴールンを嵌め、富を取り上げ名声を貶めた。それでも鍛冶を愛したゴールンはそこそこ物流がよく、その上辺鄙なここに工房を建て、材料費や彼の腕に惚れこんでいたかつての顧客のために開店した。


 ちなみに、彼が失脚してから十年、王都の鍛冶技術は向上するどころかむしろやや下がり、ゴールンは

「ざまあねえ」

 と大笑いしていた。


 ゴールンは全体の技術力より己の技術を優先している。それは裏切られたことに起因しているのかもしれない。でもどことなく優しさが滲み出ていて、だから僕が隣にいることを許してくれたんだろう。まあ鍛冶のやり方をあれこれ教えてくれたわけじゃないんだけど。


 一か月はあっという間に過ぎ、僕はゴールン鍛冶屋を後にした。鍛冶の基礎は大方理解したので、あとは実際に打つのみ。

 明確な目的をもって歩き出した。






 まずはお金だ。鍛冶をするには道具を揃えないといけないし、道具を揃えるためにはお金が必要だ。ゴールンは道具を何もくれなかったが、出歩く上で邪魔になることを見越して渡さなかったのだと思いたい。


 お金を稼ぐ手っ取り早い手段は冒険者ギルドに登録して依頼をこなしたり素材を持って帰ることだ。

 目標金額は6000リルラ。だいたい100リルラくらいあれば半年生活できるということを鑑みれば結構な金額だ。


 強力な魔物を何体かソロで狩り、三か月で目標金額に届いた。ギルドからは引き留められたが、僕のやるべきことは戦いではない。


 僕はどんどん辺境を目指し、隠遁の町ルートレイに行き着いた。

 ルートレイには取り壊されず残っていた工房があった。なんでも、昔住んでいた鍛冶師の住居で、壊すのも勿体ないということでずっと放置していたようだ。ただ単に頑丈すぎて壊すのが面倒というのが理由らしいが。

 建物自体はかなり綺麗に残っていたのだが、中はとんでもないことになっていた。石造りの工房は雑草が石の隙間から生えていたくらいで済んでいたが、問題は生活空間と家の周りだった。床や壁は腐り、廃墟という言葉じゃ足りないくらいだった。


 しかしそれが幸運だった。なんとこの工房付きの家をたった2500リルラで所有者が売ってくれたのだ。大特価もいいところだ。こんな幸運があっていいのかというくらい僥倖だった。

 道具を揃えるのはそこそこいいものを買うとしても800リルラで足りる。想定の半分くらいしか使わない計算だ。材料が大量に買える!


 清々しい気持ちで新生活がスタートした。

誤字脱字等の指摘、評価などをしていただければモチベになりますのでお願いします(平身低頭)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ