15.パレード
広間にあったテーブルや酒やつまみは片付けられ、壇上には町長が立っている。
始まったのは僕が着いてから三十分後のことだった。
「集会を始める」
ルートレイの長イワリフの隣にはズーエルやルートレイの財政面を任されているミーシアという女性がいる。
このミーシアといういかにも融通が利かなそうなお堅い雰囲気の人はマクリリム本国から派遣されてきている監査官的な役割も担っているが、決して関係が険悪ということはなく、むしろひどく馴染んでいる。時間を守らないことに対しては怒るが、そういったことに関しては諦めつつも惰性でやっている節がある。ちなみに独身だ。
「まずは定例報告から。今季の収穫量は前年より十三%増。ただし特産品である林檎は四%減。家畜も前年比で九%プラスになっています。これは今年に入ってから魔獣の被害がほぼなく、夜間に作物が荒らされたり家畜が襲われたりしていないためだと思われます」
「ミーシアちゃんそんなわざわざおれらの努力の賜物じゃないみたいに念押ししなくてもいいじゃんよ~」
農夫の一人、バスラが声を上げると周りがそうだそうだと悪乗りの同調。
「うるさいですよ」
ミーシアはつり目で見下ろし、一喝する。
一瞬静かになったかと思いきや、
「いいねえ」
「実にいい」
「やっぱこれだな」
うんうん、と腕を組んで繰り返し頷く農夫たち。
ミーシアは美人な上にサディスティックな外見というキャラクターで娯楽の少ないルートレイの農夫たちから絶大な人気を得ている。さながらアイドルばりに。二十代中盤とそろそろ婚期を逃しそうだが、農夫らの年齢を考えるとちょうどいい具合なのでこうなるのもわからないでもない。
「もう、いつもいつもいい加減にしてください。蹴り倒しますよ」
「ミーシアちゃんに蹴られるのかあ」
「あの足に蹴られるなら悪くねえ」
火に油を注いでしまったようだ。
この悪乗りはもう恒例でコントみたいなものだ。
あ、ミーシアの顔が赤くなってきている。憤りと恥ずかしさで半々か。
ミーシアと農夫たちの一連の流れがあって、落ち着くと町長が厳かに開口した。
「では、本題に入る。近々起きるであろうパレードについてだ」
パレード。
その単語を聞いて水を打ったような静寂が訪れる。
皆固唾を飲み、先程までのおふざけから一変、全員が真剣な眼差しで町長の方を向く。
何事かと、隣のアイリスを見やるとそっと僕の服の裾を掴み、その手は震えていた。
ん? パレードっていうからには楽しいことじゃないのか?
さすがに気になったのでアイリスに小声で聞いてみることにした。
「パレードってお祭りとかじゃないの?」
「……全然違いますよっ」
小声で返され、なんなら軽く怒られてしまった。
「そうだったな。新しく来たばかりのライン殿はまだ知らぬか?」
町長が気付いたのか、僕に声をかけた。周囲の視線が僕に集まる。いやあ、照れるなあと内心ふざけてみたが、空気的にふざけられる状況では到底ないので自己完結に留めておいた。
「まず、その話をする前に伝えておかねばならないことがある。ルートレイはこれに対策するために作られた町なのだ。ゆえにこのような辺境であっても定期的に商人が来訪し、働かぬ者も食っていける。おそらく何故ここまで好条件でありながら移住者が少ないのか、と疑問に思ったことはあるだろう?」
「はい」
「それはな、ルートレイへの移住にはある基準があるからなのだ。魔獣――具体的には家畜を襲う害獣として有名なクラッター・ボアやエリモ・フォクス十体を相手にして十分間自衛できる者は農民として移住を認める。これが下限の基準になっている」
淡々と、粛々と。
下限と言っていたが、クラッター・ボアやエリモ・フォクスどちらかを十体同時に前にして十分間戦うというのはそれなりに技量が要る。冒険者のランクに当てはめるならD~C級になる。冒険者の最低等級がFであり、並の才能を持つ人間だと五年でランクが一つ上がる具合だ。下限でD級上位クラスの実力を求めているということは異常としかいえない。
子どもは違うとしても、住民のおよそ半数以上が大人でその条件を満たしているとなれば、王都の冒険者組合ですら集めるのには骨が折れる、どころか集められるか不思議なほどだ。
「それ以上となると特定の仕事を強制することはしない。さすがにまったくしないとなれば話は別だがね」
ギクッとした。それって僕なんじゃ?
あれ、ていうか戦闘能力をどうやって計っているんだ? 僕は町長の前で戦ったり、戦闘技能を見せたりはしていないはず。
「鍛冶師が来ることを儂らは前々から望んでいてな。今は力量不足とのことだが、その将来性を皆期待してのことだ」
ますますプレッシャーだ……。僕大丈夫かな?
「話を戻そう。近々起こるパレードというのは魔獣行進という魔獣の集団襲来のことを指しておる。その数は年によって上下するが平均して三百から四百。過去最も多かった年は千二百」
「千二百!?」
そんな数の魔獣が一度に押し寄せたらそれはもう戦争だ。
ごくまれにであるが、千体にも及ぶ魔獣が押し寄せるということはある。しかしそれは十年二十年に一度あるかないかというレベルの災害であり、軍が出張るほどのもので、冒険者はせいぜいその補佐に駆り出される程度のものだ。
「今年に入ってから魔獣被害が皆無というのを鑑みると、千体ほどの大群が来襲するやも知れん」
「で、イワリフさん、仮に千体来たとして今の俺らで太刀打ちはできるのか?」
質問を投げかけたのはラウザントだった。
「撃退は可能だろう」
撃退できるのか!? もしも全員が正規軍の兵士だったとしてもこの人数では厳しくないだろうか。
「だが、ルートレイへの被害は並々ならぬものになろう」
「それじゃあ実質負けだな」
「そう急くでない。ラウザント殿の悪い癖だ」
てっきりラウザントのことだから軽口で言い返すのかと思いきや押し黙った。
「今は新しく来てくれたライン殿がいる。連携をしっかり取れれば被害を最小限に抑えるのも夢ではない」
「ほう、イワリフさんがそこまで言うなら信じよう」
「まさかラインくんがそこまでだったとはね」
「これなら安心だな!」
ラウザントが引いたのに合わせて、皆が拳を突き上げて笑顔になる。なんかもう勝ったみたいな盛り上が
り方だった。
僕はずっと、何故僕の実力を町長が知っているのかが気掛かりで、他のことを考える余裕はなかった。
一体全体どういうことなんだろうか。




