12.勇者なき勇者パーティーの軌跡Ⅲ
勇者パーティーはまずティルフィの法力が自然回復するのを待った。不毛の地で砂と岩しかなく、砂漠ほどではないものの昼は暑いが夜は冷える。
この温度差は重傷者には堪える。
ドゥーンはこのパーティーでは防御専門にやっているが、攻撃ができないわけではない。動きは鈍重だが、威力は高い。
非常に大きな岩に人が通れないほどの空洞があり、ここに寝かせれば少しはマシになるだろうと盾を纏った左手で突撃し、穴を拡張した。おかげで日陰は確保できたし、火や食糧は稀に通る魔獣を狩ればなんとか凌げた。とはいえ過酷な環境には変わりない。
とうとうハーネスは発狂し、岩肌に焼け爛れた腕時計を叩きつけ続け、骨折しあらぬ方向に曲がってもやめず、しまいには額をぶつけ出し、血の涙を流しながら絶命した。
もはやティルフィの祈りも届かず、彼は死ぬまで悪魔のような奇声を上げていた。
ハーネスよりも重い怪我を負っているテナがまだ息があるのはスキルの力だろうか。<盗賊>は耐久面ではひどく脆いものの、戦闘継続力は極めて高い。生命力が強いとでも言おうか。
骨が飛び出していたアドンは歯を食いしばって肋骨を体から離し、そこらに捨てた。曰く、骨折程度は日常茶飯事だったゆえこれくらいは軽傷だ、とか。その言はただしく、折れていた全身の骨は2日もすれば歩けるほどに回復していた。
ドゥーンはこれなら不毛の荒野を越えられると静かに喜んでいた。
二日もすればティルフィの法力はほぼ全快した。あとはテナを移動に堪えられるまで癒せば出発できる。
「神よ、いと小さきものの疎かなる願いを聞き届け給え」
より多くの力を消費する法術が発動。正常な呼吸ができていないテナを癒しの光が包み込み、彼女に溶け込むようにして染み渡った。
赤黒くなっていた耳や目が人間味ある色を取り戻し、身体中の火傷を治りかけるほどまで回復した。
神の御業と呼ぶに相応しい効能だ。しかしその発現者は所詮人の子。失われた脚を再生はできない。アカリレ教の法王であればあるいは。
いずれにせよ、この場で喪失した四肢を再生できる術はなく、誰かが肩を貸すことにはなるが、死に体の荷物を運ぶ羽目になるよりはずっといい。
ティルフィがハーネスに略式の葬式を行い、砂に埋葬してやった。墓標になるようなものがなかったため、アドンが捨てた肋骨を刺した。
大敗した勇者パーティーは敗れてから四日目にしてようやく出発したのであった。
最も近くの人里は荒野の民の集落である。彼らは生き物の血から水を生み出す技術を持っており、長らく不毛の荒野にいる。
その理由はわからない。あるいは打倒魔王のため立ち上がったものたちを支援するために過酷な地にい続けたのかもしれない。
聞けば先代勇者パーティーにも手を貸したというのだから、あながち的外れでないかもわからない。
近い、とは言っても馬で三日四日を要する。人の足で行けば豪脚の持ち主ですら一週間はかかる。
勇者パーティーの面子ならば不眠不休で三日三晩なら歩いていられそうなものだが、生憎と片脚を欠損したものに付き合わせるのは些か以上に酷というものだ。
道中、ドゥーンが単身で魔獣狩りに幾度か赴いた。
魔獣とは高濃度の魔力を内包する動物の異常個体であり、年々少しずつ増加しているという。魔獣同士の交配はさらに強力な魔獣を産み、各国の研究者たちはその究極体が魔王だと結論づけている。
濃密すぎる魔力は生物から理性を消し去るというのは既に立証済み。
それでも結局のところそこまで詳しいことが判明しているわけではなく、まだ謎の多い分野だが、解明できれば魔族を滅ぼす有効な手段を見つけられるだろうと期待されている。
そしてそんな獣であるから、無論食用ではない。
高濃度の魔力を持つ肉を食べるわけだから、摂取のしすぎは体に毒だし何より不味いのだ。
マイナス面ばかりが強調されがちだが、メリットもある。魔力を取り込むということで、魔術師にとっては大事な栄養剤になる。食べるだけで腹を満たせ、かつ魔力も回復するものだから、無駄を嫌う魔術師たちには重宝されている。
まあ、このパーティー唯一の魔術師は不幸にも亡きものになってしまったので、その効能は無用の長物だ。
ドゥーンやテナはいくらか魔術を使えるが、ドゥーンは簡易魔術のみだし、テナはそれどころではない。
魔獣の肉を食らって飢えを凌ぎ、体力を養い、そろそろ2週間が経とうかという時分に石造りの塔と外周を取り囲む石の壁が見えた。
荒野の民の集落に到着した。
「ようやくここまで来れたか……」
言ったドゥーンの顔には明らかすぎる疲弊。
テナにいつも回復法術を使っていたティルフィも澄ました顔をしてはいるものの、ドゥーンに勝るとも劣らないほど疲れが溜まっている。
反してアドンはむしろ活力を取り戻し、後半はドゥーンに代わって魔獣を狩っていた。
テナもだいぶ顔色が好転した。もう自力で動けるほどだ。ティルフィの法術とテナの生命力の強さの掛け合わせのおかげだろう。
ドゥーンはあと少しだ、と励まし、皆を連れて門を臨む。
そして非常時に開けられるものを除いて一つしかない、門番のいない鉄の門を叩いた。




