20.裏表
「——裏切り者!」
動きが封じられている3人が叫ぶ。
「ごめんね、3人とも。
でも、うちは……うちはもう、何も壊したくない。
楽器も、みんなとの思い出も」
そう答えたのは、1年生本隊と2年生を連れて戻ってきた、ありさだった。
今、音楽室には智子を除いた1・2年生が揃っていた。
2年生は自分達の2個上の吹奏楽部員の一部が敵としてそこにいることに絶句していた。
そして、あの3人はありさが自分たちにとっての敵に回っていることに気付き、憤っていたのだ。
「さくら、先輩……あんなに楽しそうに楽器を吹いて、いつもサックスが好きだって言っていたのに……どうして……」
波がやっとの事で呟いた。さくらも波も同じ楽器、サックスを吹いていたのだ。
波は、俯いている。
「うちが苦しくてもこの部活を辞めなかったのは、さくら先輩や遥先輩がいたから……いくら嫌なことや泣いてしまうようなことがあっても、励ましてくださったから、先輩方と過ごせて楽しかったから、演奏できて楽しかったから……なのに……」
ぽた、と波は涙を零していた。
「どうして……」
(……波ちゃんに、敵意は見えない。どうして?)
さくらは混乱していた。
(楽しかったこと……?)
今のさくらは小百合の呪いのせいで、楽しかったことを上手く思い出せない。目上の人に怒られたことばかりを思い出す。波との思い出も、波を叱ったことしか思い出せなかった。
(……ああ、でも私が波ちゃんを叱った理由は……波ちゃんに上達して欲しいからだった)
不意にさくらはそう気づく。
(先生方が叱ったのも……多分同じ理由だ。
多分それで、私たちは県大会に進めて……)
そう考えた時、さくらの記憶が弾けた。
(……そうだ……!県大会に進めた時、すごく嬉しかった。嬉しかったな)
(それに、合奏の時。先生は叱ってばかりじゃなかった。面白いことも言ってて、私たちを笑わせようとしてた。あれは本当に楽しかった)
(波ちゃんと練習するときも。いろんな話をしたなあ。上手くいかなくて泣いていた時は励ました。大丈夫、絶対できるよって)
(ああ、確かに楽しいこともたくさんあった)
(もう……壊したくない)
さくらは1人、呟いた。
「苦しかったことがあったからこそ、楽しいことも嬉しいこともあった。苦しいことと楽しかったことは、裏表だった」




