15:ワノ国襲撃作戦直前
「よし、準備万端! これでいつでも攻め込めるぜ」
「俺も大丈夫だ」
「こっちも問題ない」
「あちらも準備は整ったようです。最後にもう一度武器の点検と計画を見直したら、攻め込みましょう!」
意気揚々とこれからのワノ国襲撃作戦を語る面々。
僕は最近町で買った安物の剣を磨きつつ、作戦を頭で反芻していた。
と、不意に話をしていた一人が近づいてきた。
「本当にあなたもついてくるんですか? 危険ですし、まだ今世に未練があるなら残っていたほうが身のためだと思いますよ?」
「まあ、約束しちゃったんで。泣いて感謝させてやる的なことを。だから僕も行きますよ、女王様」
剣を磨く手を止め、今回のワノ国襲撃作戦に参加するメンバーを見渡す。
女王様、トロルさん、ウルフさんにホークさん。
皆僕なんかよりもはるかに強いし、正直僕が行っても足手まといにしかならない気もする。でも、ここまで来ておいて今更何もしないなんて選択はないだろう。
彼らの顔を見回しながら、エルフさん達三人が転移した直後のことを思い出した。
複数の足音の主たちは、数秒と置かずに広間へとやってきた。
現れた人たちの姿を見て、僕は大きく息をのんだ。
クイーン・アントワール
ウルフ・セルダム
ホーク・マスタング
トロル・ヘガタンテ
この館に来てからの五日間で、エルフさんの計画の元殺されたはずの人々。ホークさんの死体なんて、現在進行形で広間の床に転がっているのに。
呆然と立ち尽くす僕の前を堂々と横切りながら、ウルフさんが満足そうな声で言った。
「おお、無事に侍野郎を騙して転移させることができたっぽいな。良かった良かった」
「まだ計画の第一段階が成功したに過ぎないんだ。喜ぶのはまだ早い。これから俺たちも転移して、エルフとピクシーの救出作戦を練る必要がある」
「んなこと分かってるよ。と、大丈夫かお前? 五体満足には見えるけどさっきから瞬きを一回もしてないぜ。まさかと思うけど目を開けて立ったまま気絶したのか?」
「単に驚いているだけだろう。ついさっきエルフがしてたであろう演説の後だとするなら、俺たちが生きているなんて思ってなかったはずだからな」
「大丈夫ですかー兵士さん。私達こうして無事に生きてますよー」
女王様が僕の前で手を振ってみせる。
僕はギリギリ取り戻した理性の中で、精いっぱいの返答をした。
「……別に、驚いてません。すでにこれが狂言であることには気づいてましたから」
「嘘つけ。確実に今驚いてたじゃねぇか」
ウルフさんがすぐに否定する。
「いや、こいつは確かに気がついていたようだぞ」
が、すぐにホークさんが肯定してくれた。
「トロルが死んだ直後の会話からだが、俺たちの意図を察しているフシがあった」
「へえ。どこら辺からそう思ったんだ?」
「こいつは、俺から『動くな』と言わせるよう会話を誘導してきた」
鷹のように鋭い視線が、僕の体を射竦める。
「犯人が誰かという質問。これに対する俺の答えから、お前は今行われてることが狂言かどうか判断しようとしていたんだろ。最も疑わしいとする人物に、クイーンの名前を挙げるか別の人物を挙げるのかで」
「ええ、まあ。だって普通に考えて最も怪しいのは女王様でしたから。トロルさんに一切疑わせずに毒を盛れるのは女王様だけだろうし、エルフさんが死んだことに全く気付いていなかったことも明らかに変でした。もしホークさんが狂言としてでなくこの殺人を見ているのなら、絶対に女王様の名前が出ると思ったんです。で、逆に全く別の名前が出て、しかも僕に余計なことをするなと言ってきたのなら、おそらく狂言だろうと」
「ホークが犯人の可能性は考えなかったのか?」
低く渋い声でトロルさんが聞いてくる。
「それはあまり考えてなかったですね。トロルさんが死んだ以上、あの場にホークさんより強い人はいないように思えました。だからもしホークさんが犯人だったなら、もう正体を隠す必要も無かったはずですし」
「おい、俺がホークより弱い判定受けてんのはどういう事だ」
「事実お前は俺より弱いだろ」
「五回に一回は俺が勝つだろうが!」
「五回に四回は俺が勝つ」
ぎゃんぎゃんとウルフさんがホークさんへ食って掛かる。ホークさんも適当に受け流しているように見えて、決して自分が負けていることは認めようとしないため口論がどんどんヒートアップしていく。
このままではこの場で戦闘が起こりそうな雰囲気に――というところで、トロルさんが二人を殴って仲裁した。
頭を抱えて座り込む二人を見て、トロルさんが一番強いんだなーと改めて思う。やはり護衛団の中でのお母さん的な存在が彼なのだろう。
「申し訳ない、少し話がそれてしまった。ところで、ホークが犯人でないと考えた理由は分かったが、そもそもどうして狂言であることに気づいたんだ? そんな簡単にばれるような仕掛けではなかったはずだが」
少し頭を下げてから、話を元に戻してくる。
記憶を掘り起こして、僕はどこで気づいたのかを思い返した。
「狂言かもって思い始めたのはトロルさんの死体を見た後ですね。でも、結構最初の方から細かい疑問がたくさんあって、それが積もりに積もって狂言だと気付いたって感じです」
「細かい疑問?」
「はい。単純な所だと、そもそもどうして僕を連れてきたのかってところです。エルフさんが女王様の気紛れだって言ってたんで、途中まではそれを信じてたんですけど。エルフさんやトロルさんが死んだ後も、誰一人として僕をこの館から追い出そうとしなかった。それが気にかかって。いくら犯人ぽくないとはいえ、一応可能性があってしかもワノ国にわざわざ連れていく必要性のない僕を館に留め続ける理由って何かなと。もしかして僕にこの館にいてもらいたい理由があるんじゃないかと」
頭を痛そうに抱えていたウルフさんが、目を真ん丸く見開いて首肯した。
「お前の立場になってみればそれもそうだな。俺らからすれば第三者の反応が欲しかったんで最後までいてくれることが前提だったけど、お前からしてみりゃそれは違うよな。十字館にたどり着いた時点でもう宰相は手出しできないんだから、お前が外出て何しようが本来関係ないわけだし、犯人かもしれないのに外に放り出されないほうが変だって話だ。かー、俺たちも詰めが甘かったかな」
「結果として成功したんだ。別に関係ないだろ。それで、他にはどんな疑問があった」
痛みから復帰し、凛とした佇まいを取り戻したホークさんが聞いてくる。
「後はトロルさんが妙に親切だったこととかですかね。いくらなんでも護衛団全員の能力を教えてくれるなんてサービスが良すぎましたし、何か裏があるんじゃないかって思いました」
「うぬ。あれは君を通して侍に伝えてもらうためだったんだが、確かに詳しく説明しすぎたか。あまり中途半端な情報だと、また侍に聞いてくるよう命令されるんじゃないかと思っての配慮だったんだが」
トロルさん本当にいい人。
あまり人から親切にしてもらえたことのない僕としては、それだけで涙が出そうになる。
「他には、エルフさんの死体を発見した時や、トロルさんの死体を発見した時、わざわざ皆をその部屋に集めてましたよね。しかも扉まで閉めて。後僕がハジメさんを呼びに行こうとしたとき、ホークさんが無理やりそれを止めたりとか。あそこら辺も疑問に思ってました。どうして無理やり全員をリビングでなく死体のある部屋に集めたんだろうって。
あれって、僕とハジメさんを玄関部屋から離して、本物のエルフさんやトロルさんが逃げるための時間稼ぎだったんですよね。だから僕にハジメさんを呼びに行かせるわけにはいかなかった。万が一にも別室に隠れているトロルさんを見つけてしまったら計画がご破算だったから」
「まあ、少し強引過ぎたところはあるか。とは言え、多少の違和感を持たれようとも見られるわけにはいかなかったらな。これは仕方のないリスクだ」
言い訳するように、ホークさんが一人頷いている。
「それからトロルさんが死んだ直後の話なんですけど、ピクシーさんと話してて『シャーロック』が罪人を殺す際に用いられてるものだって教えてもらったんです。で、よくよく考えてみたらエルフさんの死因が絞殺で、これはエルフ族が死刑に処される時と同じだなってのに気づいたんです。そこに加えてピクシーさんの影の中なら死体が腐らないって話。これらから、あの死体が偽物で、実際は罪人の死体を代わりに置いてるんじゃないかって仮説を思いついたんです。まあ考えただけで、そこまで本気にはしていませんでしたが」
「ふーん、なんかいろいろ気づかれる要素作っちまってたんだな。あの侍に狂言だとばれずに成功したのか不安になってきちまったぜ」
ウルフさんがあんまり心配していない様子で呟く。まあそれもそうだろう。もし本当に狂言だとばれてたらエルフさんを連れて転移なんてしなかったはずなのだ。今この場に彼ら二人がいないということが、計画の成功を示している。
さて、だいたい疑問に思ったことは言い終えたが、なんやかんや一番気づくポイントになったのはあの発言からだろう。エルフさん――もとい女王様との最初の会話。
僕は、一人黙々と魔法陣をいじっている女王様に視線を向けた。
「でもこれらの疑問を疑問と思うようになった一番のきっかけは、最初に女王様と話したときなんですよ。あの時女王様は、僕に姉がいることを知っている体で話したんです。『お母様やお姉様と引き離すことになってしまい』って。それがずっと引っ掛かって、あの時偶然女王様一行を目撃して、成り行きでそのまま付いていくことになったと思ってたけど、全部仕組まれてたんじゃないかなと。僕のことは完全に調べ済みで、連れていくのに最も都合のいい人物として選ばれたんじゃないかと」
僕を含めて全員の視線が女王様に向かう。それらの視線を一身に受けた女王様は、いたずらがばれた子供のような笑顔で首を傾げた。
「まさかそんな初めにミスをしていたとは。ごめんね皆」
反省の色が全く感じられない謝罪。でも小首をかしげて謝罪した女王様は尋常じゃなく可愛かったので、男どもは誰も文句を言いませんでした。
「さて、反省会は終わったみたいだし、そろそろ転移しますか。それで兵士君、結論は出た? 私達についてくるかここで別れるか。三日以上考える時間はあったわけだけど」
「もちろん行きます」
少しも間を置くことなく僕は答える。だってピクシーと約束しちゃったから。それにこっちの方が、退屈しなさそうで楽しいから。
僕はもう一度大きな声で宣言した。
「行きましょうか。エルフさんとピクシーさんを奪い返しに」
僕がそう宣言すると、皆が嬉しそうに顔をにやけさせた。
「ええ。それじゃあ最後に作戦の最終確認! 宰相が送り込んだ刺客が暴れている隙に転移魔法を使ってエルフとピクシーを奪還。後は刺客の一人に女王暗殺に成功したという嘘の情報を流す。たったこれだけ! でもこれでワノ国は実際に女王を失うことになり、宰相との交渉も決裂。無用な戦争はストップ。宰相も私が死んだと判断してこれ以降追手を差し向けることがなくなり、私達は自由気ままな生活が手に入る!
では、最後の大仕掛けを始めましょう!」
最後までお読みくださって有り難うございます!
如何だったでしょうか? うまくファンタジーと適合させられていればよかったのですが、どうなんでしょう? いろいろと至らないところの多い作品だったと思いますが、ファンタジーを舞台としたミステリを面白いと感じてくれたのなら、ぜひ感想やコメントを宜しくお願いします。次はより工夫を施した作品をお届けしますので。