その39:港町での一日と新たな出合い
ぎりぎりセーフ......月末と言う名の締め切りが怖い。
突然だが、この世界にも季節はあるらしい。
俺は勝手に"夏"と呼ばせてもらうが、今現在の季節は感覚的に元いた世界の7月下旬ごろのような気候だ。
少し湿気を帯びた肌にまとわりつくような暑さ、大きな入道雲とどこまでも続く青い空、木々は青々とした葉を風になびかせている。
整備された街道を一人で歩いていると、ふとそんなことを思った。現在俺は前世で言う日本海側にある港町を目指している。
目的は、港から船に乗ってお隣の大陸に航るためだ。
理由は、ここまで来るまでの間に立ち寄ったお茶屋の掲示板にこんなことが書かれた紙が貼ってあったからだ。
『消失した王都:大至急犯人の情報求む』
しかも俺の意識がどこかへ逝ってた時に目撃者がいたらしく、ご丁寧に似顔絵までついている......まさに"アンハッピーセット"である。
こんなものが出回っている国では生き辛くてたまらない......という訳で、国外逃亡をしようと思い立ったのだ。
風に混ざって運ばれて来る海の香りが徐々に強まっていることから目的地は近づいていることがわかる。そのせいか、俺と同じ方向へ向かう馬車やらチョ◯ボ車がだいぶ増えている。
時々俺が珍しいのか、通りぎわにこちらを見てくる人がいるが、考えてみれば当然か......幼い子供が、一人で、旅を、しているのだ。変態紳士からしたら格好の鴨......いや、子猫だ。
今の俺の服装は、黒が基調の弓道家が着るような胴着と袴に、菅笠を深く被っている。例の掲示板の件もあり猫耳と尻尾は隠してある......面倒ごとはできる限り避けたいのが本心だ。
決っして面倒だったのではない、断じてない......ないったらない!
まぁ、バレたら襲って来る敵は容赦なく皆殺しだけど......そんな物騒なことを考えて加虐的な笑みを口元に浮かべていると、闘牛のようなムキムキな牛2頭が引く牛車が俺の横を通り過ぎた。鞭を持った目付きの悪い男が俺に品定めするような目線を送ってきたが、菅笠をより目深に被ることで無視する。
すると、しばらく男を見つめていた男は興味を失ったのか、牛に鞭を打ち少し速度を上げた。俺はチラリと横目で、通り過ぎる牛車を盗み見る。そこで俺が見たのは、鉄格子が張られた牢屋のような車体に乗せられ、ボロボロの服を着て、首と手と足に鋼鉄製の枷を付けた老若男女達......つまりは"奴隷"だった。
「......っ」
思わず目を伏せる。見ていてあまり気分が良いものじゃないが、『なんて酷い......可愛そうだ!』等と言った感情はあまり湧いてこない。彼等がああなったのは、少なからずも彼等自身にも責任があるのだから。
「ん?」
そして、俺は自分に向けられた視線を感じて菅笠をクイッ、と指で持ち上げて前を見やる。すると、ぼろ布を頭に被った一人の少女奴隷と目が合った。
「っ......!」
思わず目を背けたくなるような酷い顔だった......いや、この言い方ではあらぬ誤解を招きそうなので訂正しよう。その少女の顔はあちらこちらに傷跡があり、左目がえぐりとれていた。
頭を覆っているぼろ布が上に押し上げられていることから、恐らくは獣人系の亜人なのだろう。右手で鉄格子を掴みながら生気の抜けた瞳で俺のことを見つめていた。
「俺に......どうしろと?」
独り言のように口から出た言葉は、誰の耳にも届くことなく夏の空へ消えていった。すでに牛車は見えなくなっていたが、いつまでもあの獣人の少女の瞳が脳裏から消えなかった。
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港町は活気に溢れていた。
水揚げされたばかりの新鮮な海の幸はもちろん、様々な地方から運ばれてきた千差万別の商品の数々。人込みを縫うように歩いているとそれらの商品が、この身長だからかよく見える。
ついつい目を奪われてしまうが、本来の目的を思い出して、泣く泣くその場を後にする。
そして人波を乗り越えて、聞き込みをしながらようやくたどり着いたのは服屋だ。謎に身長が縮んだせいで、今着ている服しか在庫がないのだ......もっとも今着ている服は、ここに来る途中に会った商人に無償で貰った物だったりする。
外装は質素だが、店内はしっかり服を売っていた。港町だけあって様々な国や地域の服が売られている。
色々見てみて最終的に選んだのが、七分丈のハーフパンツと無地のTシャツで、色はどちらも黒。着心地と実用性を考慮してのチョイスだ。
上着と靴は今は亡き女性に特注で作ってもらったのがあるので買わなかった。
そして、その上着と靴だが身につけている間に俺の魔力と融合して、いつでも好きな時に着れるようになっていて、具現化させるとピッタリなサイズで出てくる......つまり、背が縮んでしまった今の俺でも着ることができるという何とも俺得で服屋泣かせな存在になってしまったのだ。
え?『下着は買わなくていいのか』って?そんなのは"サラシ"を巻いとけば良いのです。アイアムジャパニーズ、OK?
とりあえず目測で選んだ商品を会計に出す。その際に店員さんがいぶかし気な目線を送ってきたが鮮やかにスルーし、俺は店を後にし、人目につきにくい近くの物陰で買った服をさっそく着用する。
猫耳と尻尾は、闇属性の【幻覚魔法】を"エンチェント"したピアスを着用することにより、周囲からは普通の人族のように見えるようにして誤魔化す。何故最初から着けなかったかというと、着用時に感じる説明し難い違和感が嫌だったからだ。
まぁ、いつまでも避けていても仕方ないのでこれを期に積極的に使っていきたいと思う......とある自宅を守護するガーディアン達の言葉を借りるなら『今日から本気だす』だ。
そしてお金のことだが、所持金はここにくる間に少しずつ宝石などを換金してつくったのが山ほどあるので、金銭面で心配することはない。
服の他には鍋などの調理器具や、野宿用の寝具、少なくなっていた食材の買い足しをした......それと余談だが、買い足した食材の半分はおまけでもらったもので、恐らく身長のせいで『始めてのおつかい』だと思われたようだ。うれしい限りだが、内心としては複雑だ。
もちろん、買ったものは全てバレないように"アイテムボックス"に放り込んである。
時々見かける祭の出店のような屋台で売っていた焼き鳥を頬張りながらブラブラと歩いていると、やけに人が密集して歓声をあげている一角にたどり着いた。しかし、背が縮んだせいで人垣の奥にある物の正体がわからない。
そこで俺は周囲を警戒しながら左目に魔力を流し"竜眼"を発動させる。そして俺が人垣の奥に視た風景は、
「奴隷売買......競売か」
なんとこの港町に来る途中にすれ違った牛車で運ばれていた奴隷の売買現場だった。鎖に繋がれ、裸で台に上がっているのが奴隷で、大声で各奴隷の特長を必死にセールスしているのが、俺を値踏みするような視線で見てきた奴隷商人だろう。
たった今も、綺麗な大人の女性奴隷が下品な笑みを口元に浮かべているおっさんに落札され、セールスしている奴隷商人から指示を受けた仲間に案内されて近くにある建物の中に消えていった。
次々と落札されていく奴隷達。
おっとり系のお姉さんに、身長180センチ以上の筋肉モリモリマッチョマン、泣きながら台に立つ幼い少女......それぞれが様々な目的で落札されていく。
そして、
「うっ......」
だれが発したかはわからないが、皆一様に目を背ける。理由は台の上に引きずり出されて座っている獣人の少女の有り様があまりにも悲惨だったからだ。
まるで手入れされていないのであろうその髪は、元の色が分からないほどに汚れ、左腕は肘から先が失われている様で、そこには包帯が無造作に巻いてあり、そこから血が固まってできた黒い染みが付いてある。唯一獣人だと分かる頭から生えた三角の尖った狐耳は、右側が途中から千切れていて、左目には眼帯が付けてある。
まだ若干幼さが見えるその顔には、裂傷などの傷が至るところにあり、髪と同じく黒く汚れている......群衆からは「酷い顔だ」「漁の餌くらいには使えるかもな」「おえぇええ」等々ーー自分勝手なことを口々に唱えている。
奴隷商人は購入する意志のある者がいないことを察すると、次の奴隷を連れて来るように仲間に指示を飛ばしている。
この時俺は、少女のことを"愛しい"と思った。
絶望しても前に進もうとする英雄を美しいと思うように、満開の桜が一瞬で舞い散るのが儚いように......ただただ彼女を愛しいと思った。
それから30分後だろうか?オークションが終わり、参加していた者が解散していく。そして間もなくして人がいなくなったことを遠目から確認してから俺は行動に出た。
オークションの片付けを指示している体格が良いリーダーと思わしき奴隷商人に声をかける。
「すみません、今日販売されていた獣人の少女を買いたいのですが」
すると男は凶悪な顔でギロリと俺のことを睨み付けてきた。そして、一度ならず二度も俺の身体を粘着質なねっとりとした視線で舐めるように視姦してきた。ピクッと、顔に張り付けた笑顔の仮面が剥がれそうになるのを全力で押さえる。
「......こちらです」
一瞬何かを考える素振りを見せた男だが、すぐに表情を取り繕ってその真意を悟らせない。案内されるまま俺は建物の中に足を踏み入れた。
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建物の中は至ってシンプルな内装だった......ランプなどの必要最低限の設備以外は、まるで不要とばかりに排除されている。互いの靴底が床を叩くたびにコツコツと、心地よい音を奏で、廊下の奥へ響いては消えていく。
そして案内された部屋は、先程のシンプルな廊下とは違い様々な骨董品等が飾られていた。西洋風の甲冑や、地図、刀、ツボーー等々、その全てが恐ろしいまでに調和しており、この部屋をコーディネートした人物の美的センスの高さを伺わせる。
「少々お待ちください、只今ボスを呼んで参ります」
そう言って一礼し、部屋を出ていく男。一人部屋に残された俺は、向い合わせに置かれているソファーの片方に腰を下ろした。
フワッと、沈みこむような柔らかさのソファーに座っていると、徐々に目蓋が重くなってくる。これはいけないと、俺は右手の人差し指を曲がる方とは反対側に曲げていき、
バキッ!
「っ......」
へし折った。鈍い傷みが能に伝わり、眠気が吹き飛ぶ。
そして根本から折れた指は、赤黒いオーラが包み込んだと思うと、次の瞬間には元通りに完治していた。神をその身に宿し、竜を取り込んだこの体は普通と呼ぶにはあまりに変異しすぎていた。常人離れした筋力と治癒力に、深紅に染まる竜眼......つくづく特異な存在になってしまったと思う。
すると、ノックされた扉がガチャリと開かれる。最初に部屋に入ってきたボスと思わしき男性は、ギャング映画にでも出てきそうな"いかにも"といった風貌だった。
白髪を後ろに撫で付けてオールバックにし、傷だらけの顔に顎髭を生やし、右目にはものものしい革製の分厚い眼帯に覆われている。身長180センチ以上のその体は歳にしては鍛えられており、みなぎる覇気が対峙した相手に容赦なく無言の圧力を感じさせる。
その後ろには先程の男が小さな檻を乗せた台車を押していて、中には例の獣人の少女が入れられている。
ソファーから立ち上がった俺は、右手を左胸に当てて恭しく一礼し、自己紹介をする。
「初めまして。本日はよろしくお願いいたします」
慣れない口調だが噛まずに言い切れたことに表情には出さないが、内心安堵する。すると、眼帯の男は俺の礼儀作法に一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま表情を引き締めて営業スマイルを張り付ける。
「これはこれは、お若いのに大したものですな。それで......本日はこちらの奴隷を購入したいとのことですが」
好好爺のような柔らかい微笑みから一転......隠れていない左目の奥で、常に相手の顔を観察している。通常時と商売モードへのメリハリ......これが奴隷商会のボスか。
「はい。私は各地を旅する旅人です。旅には危険が付き物なので、奴隷がいれば色々と助かると思いまして」
「なるほど......雑用か戦闘奴隷ですか。確かに旅人には必要ですな」
確かに、ってことは同じような理由で奴隷を買う人がいるってことか?
「しかしながらお嬢様......失礼ながら、お嬢様がご所望のこちらの奴隷はその条件に向いてないと愚考します。可能ならば、他の健康的な奴隷の方が良いと私は提案させていただきます」
「なるほど。ミスター、良心的な提案をありがとうございます。しかし私は他の誰でもない、彼女が良いのです」
まっすぐに目を見つめ返し、自身の意見をはっきり伝える。
「意思は固そうですね」
「ええ」
「......ハァー」
目を瞑り数秒思考した後にため息を吐き出す。
「わかりました......お嬢様がそこまで言うなら、私は何も言いますまい。しかし購入後のことは、我々は一切の責任を負いませんぞ?」
「それはもちろんですわ」
購入後の責任とは恐らく、逃げられたり、病気や怪我で死んだりしても一切の責任を負わないと言うことだろう。
「ではミスター、彼女の価値はおいくらですか?」
「そうですな。それでは当商会が彼女に提示する値段は大金貨5枚......と、言いたい所ではありますが、お嬢様には特別に大金貨1枚でお売りいたしましょう」
大金貨1枚......十万円か。一人の少女の命の値段が十万と考えると、何とも複雑な心境だ。
「よろしいのですか?」
「元々処分する予定だったのですから、売れるだけ良いのですよ。それに、お嬢様とは今後とも良好な関係を築いていきたいですからな」
なるほど。利益よりも繋がりを優先させる所、根っからの商人だなこのおっさん。
「わかりました。それでは、こちらが代金です」
懐から出すふりをして"アイテムボックス"から大金貨1枚を取り出し、机の上にパチンと置く。そしてそれを受け取ると、すぐに自身の懐にしまうおっさん。
「自分で渡しておいてあれなのですが、確認はしないのですか?」
偽物の可能性だってあるのだ。それをあんなにもあっさりと......抜け目のなさそうなこの男にしては以外な行動だったため、つい疑問が口から出てしまった。
「ええ。何せお嬢様を信頼しておりますので」
「口で言うのは簡単ですが......」
"信頼"や"信じる"なんて言葉は思考の放棄と大差ない。それが、商人ともなればなおさらだ。
「相手の信頼が欲しいならば、まずは自分から......我々商人のモットーですよ」
なるほど......商人にとって何よりも大切なのは"信頼"か。
「すばらしい心意気ですね、ミスター。では彼女をもらっていきますよ」
「ええ、どうぞ。奴隷契約の刻印はもう付けておりますのでご心配なく」
奴隷契約とは、奴隷が主人に逆らえないようにするための処置で、主人の"命令"に逆らったりすると気絶するほどの激しい傷みに襲われるらしい。
合図もなく同時に立ち上り、どちらともなく握手を交わす。子供と大男の握手......なかなかにシュールである。
「お嬢様のような綺麗な方と話せて、本日は誠に楽しい商談でした」
「ええ、私も有意義な一時を過ごさせてもらいましたわ」
手を離し、先程よりも心なしか綺麗なっている彼女を、控えていた男から受け取る。子供が子供をお姫様抱っこするという、違和感が半端ないこの状況......早く脱出したい。
「それではごきげんよう」
少し足早にその場を後にしようとすると、
「お嬢様」
呼び止められてしまった......俺は早く帰りたいのだが。
「一見の客とは名乗り合わないのが商会の慣例ですが、敢えてお姫様には名乗らせていただきたい」
そして眼帯の男は執事のように優雅に一礼した。
「ベイトリクスです。以後お見知りおきを、お嬢様」
「......」
異世界のシュワちゃんここにあり......思わず吹き出しそうになったのを全身全霊で我慢する。
「エリスです。機会がありましたら、またお会いしましょう」
そして今度こそ俺はその場を後にした。建物の外に出ると、陽はすっかり沈んでおり、街灯変わりのランプが点々と申し分程度に鈍く光っている。
「さて、これからどうしよう」
まだ宿すら探していないことを思い出し、現実逃避気味に夜空を見上げる。潮の薫りが混ざる温かい夜風が俺の頬を撫でながら吹き抜けて行った。
まいど、四葉です。
「今月中にもう一話投稿したいな~」とかほざいた過去の自分にドロップキックをかましたくなりました。
ゴホンッ
さて、新たな章に入りましたが来ましたね......『ケモミミ奴隷少女』が。
小説を書いていて絶対に出したかった内の一つをやっと出せました。ここからどうユリユリな展開にしていくか......今からニヤニヤが止まらない四葉です。来月は......一話は絶対に投稿したいな(遠い目)
それでは、また次回お会いしましょう。




