その37:さよなら......お姉ちゃん
短めです
どれほど時間が経っただろうか?
女神......いや、エリスが独り言のように語りかけてくる。
「ここはねぇ、あなたの中に私を閉じ込めるための空間なのよぉ。 あの忌々しい美の女神が創り出した空間......それがこの空間の正体」
"忌々しい"と言っているが、声音はそんなことを全く思っていないんじゃないかと疑うほど軽いものだった。
「あなたの心と身体は脆いそんな器に、許容量を超えた大量の魔力を注げばどうなるか......答えは簡単、死ぬに決まってるわぁ。 それを補うためにあの女神が考えついたのがこれ......神である私をあなたの身に宿すことで、強制的に亜神化させて心身の両方を安定化したってわけぇ。 だからあなたわよっぽどのことがない限り死なない......いいえ、死ねないのよぉ」
いくら死にたいと思ってもねぇ、と付け加えるエリスの表情は悲しそうでもあり、疲れたようにも見えた。
「まあ、あなたの半分は神なわけだけどぉ、他にも混じっているわねぇ......少しだけど"竜"の血が流れてる......それはそうと、あなたはあの"シノビ"?との戦いで一度死んでるのよぉ? まぁ、その時は私がかわりに殺してあげたけどぉ」
「!」
なるほど、これで辻褄が合った。
それで目を覚ました時には、忍は切り刻まれていたわけか......こうやって色々と衝撃的なことがあっても冷静でいられるのも、やはりエリスのせいなのか?
「そうよぉ〜」
「?!......ハァ〜、人の心を勝手に読むなよ」
「それはごめんなさい♡......それで、あと話してないのがぁ、」
エリスが、パチン!と指を鳴らすと目の前に近未来感のある複数のウィンドウが現れた......そして、それぞれに映っているものは、着物屋家族と桜木王家の内情や、別れてからのリンが取った行動などーーそのほとんどが、俺の知らないことばかりだった......嘘だと言いたくとも、あまりにも現実味があるため否定などできるはずもない。
ぺたんとへたり込み、唖然とした表情でウィンドウを眺める俺に、エリスが独り言のように語りかけてくる。
「誰かが特別悪い......というわけじゃ無いわぁ。 偶然に偶然が重なった......それにほんのちょっとの悪意と愛が混ざっただけ。 みんながみんな空回ってしまった......それだけよぉ」
「......」
変わらずウィンドウを眺め続けている俺に、エリスは続けて語りだす。
「ここの空間は外の世界と隔離されてるから時間は流れてないのよぉ。 だから外の世界では、あなたが刀に貫かれて意識が切れた所で止まっているのぉ......それでぇ?真実を知ったあなたは、今......いいえ、これからどうしたいのぉ?」
「......俺は」
目をつむり、この世界に転生してからのことを思い出す......異世界に女にされて放り出されたこと、リンに会ってここまで旅をしたこと、旅の日常がとても幸せだったこと、その日常が壊されたこと......良いことや悪いことを含めてその全てから導き出した俺の結論は、
「リンと一緒に生きていたい......」
それが俺の答え、俺が何よりも望む願いだ。
「わかったわぁ......じゃあ、私が手伝ってあげる♡」
エリスがみせたその笑顔はやはり妖艶で、そして狂気じみていた。
その狂った笑顔に不安を覚えたが、俺は止めなかった......この時エリスを止めなかったことを一生後悔すると、この時の俺には知る由もなかった。
# # # # # # # # # #
「んっ……」
意識が戻ってくると同時に、まず感じたのは違和感だった......自分の体が自分のものじゃなくなったような感覚だ。
目の前には、やはりリンがいる......血走ったような真っ赤な双眼が俺を見つめていた。
(それじゃあ、始めましょうかぁ♪)
「えっ?」
一瞬何が起こったか理解できなかった。
頭の中に直接声が響いたと思ったら、次の瞬間にはリンが車に跳ねられたかと思うほどの勢いで吹っ飛ばされたからだ。
それが俺の放った......正確には、エリスが俺の体を操ってリンを蹴り飛ばしたのだ。
「な、何してんだよ!」
(何って、刀が刺さってたから抜いただけじゃな~い)
「そうじゃねぇ!なんでリンを......くっ!」
俺が叫んでいる間に体勢を立て直したリンが斬りかかってくる。
(ハァ~、戦闘中に気を散らすなんて自殺行為よぉ......まあ、)
右手を前に突き出すと、細長く渦巻く黒いオーラが出現する。そしてオーラの中から現れたのは、禍々しくも美しい漆黒の斧槍だった。
(私には関係ないけどぉ♪)
助走の勢いをそのまま上乗せしたリンの斬鉄の一刀を斧の部分で器用に受け流し、体勢が崩れたリンに向かって横凪ぎのスイングを叩き込んだ。
「リン!......え!?」
(ちっ、やっぱり今はこの程度かしらぁ......しかし、相手も器用ねぇ~)
しかし必殺のタイミングで繰り出したスイングを、リンは背面飛びの要領で間一髪回避......しかし、ギリギリで回避したためかロングだった髪がばっさり切られて、ミディアムほどの長さになっていた。
場違いにも一瞬見惚れてしまったが、体が勝手にリンが着地すると同時に追撃する......しかし、それよりも早くバックステップで距離を取られたために追撃は空を切った。
「エリス......お前、リンを殺す気か?」
(まさかだわぁ、あの刀を折ればあなたの想い人が戻ってくると予想したんだけどぉ~)
それにしては殺る気満々なような気がするが......そんな会話をしている間に、再び攻撃を仕掛けてくるリン。
先程の直線的な攻撃とは違い、死角に回り込んだり、氷の槍を放ちながら空中からの攻撃など、魔法も織り混ぜたトリッキーかつヒットアンドアウェイを忠実に守った攻撃を仕掛けてくる。
しかしその全てを神速のハルバードさばきで、いなし、受け流し、反撃するエリスの技量も文字どおり神がかっている。
(このままじゃじり貧ねぇ......)
先程からの攻防はお互いに決定打が欠けているため、このまま消耗戦になるのは不利と判断したのだろう......どうやらエリスは勝負に打って出るらしい。
(けりをつけるわぁ!)
叫ぶと同時に攻撃の間のわずかな隙をついて、半回転からの回し蹴りを放つ......が、刀の側面で受け止められてしまう。
しかし、それこそが狙いだとでも言いたげにリンの足元を狙って横凪ぎが繰り出される。回避しようにも、防御体勢からの回避はさすがに不可能らしく、足元をすくわれてバランスを崩したリンの体が一瞬宙を舞う。
その一瞬を、エリスは見逃さない。
(はぁ!)
後ろにハルバードを振りかぶってからの気合一閃ーー渾身の叩き付けが回避不可能なリンに迫る。
「クッ......!」
真っ赤な双眼を目一杯に見開き、ギリィと歯ぎしりをしながら瞬時に氷の障壁が展開される......が、すでに一手遅く一瞬の内に破壊されてしまう。
「ココマデ、カ......」
ハルバードが刀に当たり、当たった部分が粉々に砕け折れた。鉄片が舞い、赤黒いオーラが流血のように折れた部分から流れ出す。
ハルバードが刀に当たる寸前に呟かれた紅雪の声は、孤独と苦しみを織り混ぜたような酷く悲しい声音だった。
# # # # # # # # # #
倒れたリンに駆け寄り、上半身を起こす。
エリスは「もう限界......しばらく眠るわぁ」と言って、それっきり引っ込んでしまった。
「リn......お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「んっ......エリ、ス?」
「うん。おr、私です......よ?」
一瞬"俺"と言いそうになったのを、瞬時に訂正する。
「ハハ......疑問系かい。 ん?その髪の色は......って、どうして泣いてるんだい?」
「ぐすっ、え? な、泣いてなんか......ひぐっ、ないです......」
しばらくの間沈黙が流れた。
その間ずっと俺はすすり泣いていた......もうこの温もりが離れないように抱き締めながら、赤子のように涙を流し続けた。
「エリス」
少し落ち着いた所を見計らったのか、リンが優しく話しかけてくる。 その表情は何かを
「エリス、よく聞いて......私は、」
「やだ......やだ! 聞きたくない......もう離れるのは、やだ......やだよぉ」
何かを言おうとしていたリンの声を遮り、子供のように駄々をこねる。
「まったく......困った子だねぇ」
「あうぅ」
そんな俺をリンは、子供をあやす母親のように......妹を慰める姉のように、俺の頭の裏に左手を回してそのまま自分の胸に抱き込み、空いた方の右手で俺の背中をさすってくれる。
「よしよし、大変だったね」
「ぐすっ、本当ですよ......」
リンの体温がまるで流れ込んでくるように心身を温めてくる。
俺とリンの周囲をまるで癒すかのように包む蒼白いオーラ......違和感に気がついたのはその直後だった。
「えっ......っ?!」
リンから放出された今にも消えそうな蒼白い魔力が、俺の体に染み込んでいく。
魔力とは生命エネルギーの一種だ......その魔力を瀕死の状態で無理に消費すればどうなるのか?結果はもちろん"死"だ。
止めようとする俺を、リンはより一層強く抱き締めることで拒否を伝えてくる。
「私はもうじき死ぬ」
先程俺が遮ったせいで言えなかったーーいや、言わせなかったからか要点を直球で話すリン。
落ち着きを取り戻した心臓が、また激しく脈を打つ。
引いた涙が目尻に溜まり、瞳を潤す。
「なんで、なんでっ......!」
本能では理解しているのに理性がそれを認めようとしない。 淡々と紡がれる言葉が、俺の心を削っていく。
「もう、最上級の回復魔法だろと無理なんだ......紅雪の影響で、魂そのものが呪われていてね」
それでも俺はリンの胸に顔を預け、嗚咽を漏らしながらも、リンが語る言葉に耳を傾けた。
「だから......まだ呪いに侵されていない魂を、魔力ごとエリスにあげる」
流れ込んでくる魔力が先程よりも明らかに少なくなっている......それはつまり、リンとの別れが近づいていることを、無慈悲にも俺に伝えてくる。
俺は決心した......もう今言わなければ、この先ずっと俺は後悔する。
「お姉ちゃん......リン、俺はリンを愛してる」
泣きながら告げる喋り方が戻っている俺の告白を、リンは少し目を見開いた後に微笑みながら答えてくれた。
「その喋り方の方が似合ってるよ......ありがとう、エリス。 私も愛してる」
ーーチュッ。
リンとの最初で最後のキスは甘く甘美で......少し涙の味がした。
まいど、四葉です。
フラグをへし折ることに成功して、ちょっと2828している今日この頃......次の次から新しい章に入れそうです。
新しい章ではバトル、百合、スローライフを2:5:3の割合で書いていきたいですね。
余談ですが、個人的には今回の話のラストは好きです。




