Sisters 【姉】【妹】 Bパート
後半パート、スタートです。
トゥイザリムがアリスを拘束した空域より下降すること数十メートル。
枯れ葉と砂の粒、薄汚れた骨くずや銀色の甲殻の残骸にまみれた荒野を足場に、上空から戦場を移した二人。ノーラとレムの二人は、幾度となく刃をぶつけ合い続けていた。
「はぁァァぁぁァぁ」
「正気を失ってる。もう、こちらの声は届かないか」
Fire-Bind
じゃらりと金属の擦れるような音を掻き鳴らす【拘束】の鎖。レムはそれに【炎】の効力を付加させ、ノーラの四肢。あるいは剣を押さえるために射出する。術式の効力自体は拘束といえ、高熱を纏った鎖はそれ自体が凶器。レムは鞭のように鎖を伸ばし、剣に変化していたノーラの右手にそれを巻きつける。
「捉えた」
Protection
剣に鎖を巻きつけ、武器の自由を奪った上での【障壁】の展開。自分の身を守るためではない。相対する相手、ノーラを障壁の内側に閉じ込めるのが目的。
「同ジ手は食わナイ」
Lightening-Sword
【雷】を【剣】に纏わせ、ノーラはぶるんっと刃を振るう。右手に巻きついていた鎖どころか障壁までを切り裂き、一足飛びでレムの頭上を取る。
「貰ウっ」
そうして、そのまま刃を振り下ろしてくる。
「……っ、重い」
剣を振り上げて攻撃を防ぎはしたものの、真上から圧しかかってきた重圧を堪えきれず地面に衝撃が走る。レムが踏みしめていた地面が深くめり込み、「わっ」と大きく体勢を崩してしまう。
それでも何とか転ばないように堪えて、追撃を予測してレムは身構えなおす。けれど、絶好の好機にも関わらずノーラからの反応はなし。どうしたのだろうと考えていると、月の光が作り出す影が一人分増えていることに気がついた。
上空を見上げると、そこには騎士甲冑を身に纏った女性と、もう一人。
「お姉ちゃん。私、ククルだよ! 此処にいる! どこでもない、目の前にいるから。だからお願い。目を覚まして!」
「目なら覚メている。邪魔をするなと言っテいる」
「ククル、下がって」
Fire
砂まみれの地面を蹴り上げ、レムは【炎】を撃ち出す。次々に連射。
さすがにきりがないと判断したのだろう。ノーラは数発の炎を刃で捌くと後退。体勢を整えるためか、レムたちから大きく距離を取る。
「どうして……本当に、私の声は届いてないの?」
誰に言うわけでもない、独り言のような呟き。絶望に打ちひしがれるククルの横で、レムは剣を改めて構えなおす。
「正気を失って、ククルの声も届かない。これは……もう無理、かな」
刃を立てながらレムが呟いた瞬間、魔導機杖を握り締めていたククルが血相を変える。
「ま、まって」
大慌てで声を上げて、レムの腕をぎゅっと掴む。
「まって。お姉ちゃんはちょっと気持ちが高ぶってるだけ。少し待ってもらえば、きっと大丈夫だから」
ククルの言葉に根拠はない。それでも、ククルにはそう訴えかけることしか出来なかった。
「無理だよ、完全に自分を見失ってる。話し合いの余地がない以上は、止むを得ないだろうね」
レムはノーラの事をよく知らない。ククルの姉という記号的な知識はあっても、それ以外の何を知っているわけでもない。だから簡単に切り替える事が出来てしまう。
敵と認識して、それ以外の全ての雑念を捨てる事が出来てしまう。けれど、
「そんなこと、ない」
ククルには、出来るわけがなかった。カプセルから外に出たあの日からずっと、お姉ちゃんとして自分を見守っていてくれて、名前と、たくさんの知識を与えてくれた。
そんな大切な人のことを諦めるなんて、止むを得ないなんて言葉で自分を納得させることなんて、そんなこと、出来るわけがなかった。
「私のお姉ちゃんが私のことをわからないなんて――」
「……! 下がって」
ククルの肩を掴んで強引に後ろに引っ張ると、レムはノーラが振り下ろしてきた刃を受け止める。
「変異種、やハり私の邪魔ヲするか。大人シくククルの居場所を吐けば良いモノを」
「ククルなら、貴方の目の前にいる」
「……っ。戯言で私ヲ乱すな!」
刃と刃がぶつかり合い、ばちり、と小さな火花が上がる。
「お姉ちゃん!」
「お前は、邪魔ダ」
Lightening
剣に形状変化させている右手とは反対側。左手に【雷】を生み出し、ノーラはそれを、槍に見立てて放り投げる。
「いやっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「ククル! ……っ」
雷撃を食らって吹き飛ばされたククルを放っておくわけにもいかず、レムは鍔迫り合いを止めると早々に後ろへと飛ぶ。ククルの肩を掴んで、自分の身体で受け止めてあげる。
「あ、ありがと。レム」
「わかっただろ」
少しだけ顔を赤くしてお礼を言うククルとは対照的、レムの側は、表情を緩ませてすらいなかった。
「どれだけ叫んでも通じない。どれだけ訴えても届かないことだってある。だから、覚悟を決めないといけない。そうしないと、前に進めないから」
「前に進めない?」
「うん。僕は……母さんを見捨てた。だから、僕は今ここにいる」
「えっ……」
「あの人の気持ちはわかってた。僕を大切にしてくれていたのもわかってた。でも、見捨てた。切り捨てた。そうしないと誰も生き残れなかったから。あの人の願いすら叶えてあげられなかったから」
レムは剣を構え、強い眼差しでノーラの事を睨みつける。怨みはない。憎しみもない。ククルを大切に思う気持ちも、言葉の節々から感じて、十分すぎるぐらいにわかっている。
それでも、関係がないのだ。声が届かないなら、どうすることも出来ないなら、敵と認識して倒す。ノーラの気持ちを尊重しているからこそ、一切の容赦を捨てて切り捨てる。
「ククル。君のお姉さんは君を助けようとしてる。だから、殺すよ。恨み言があるなら好きなだけ吐き出しなよ。生き延びた後で」
雑念を捨てて、レムは意識を集中させる。干渉に浸るつもりはないが、助けようとしている人を自分の手で殺すというのは、あまり後味の良いものではない。だから、関係の浅い自分が殺す。
「……待って」
「待たないよ。あの人が標的を君に絞る可能性もある。
「違う。レムは手を出さないで」
「……?」
ククルの発した言葉。それが予想していたものと大きくかけ離れていて、レムは思わずククルの方へと振り返る。
「レムが言いたいことはわかるよ。お姉ちゃんが正気を失っていて、わたしの声がほとんど届いていないのもわかってる。でも……それでも。ううん、だからこそわたしにやらせてほしい。いまここでレムに任せたら、レムに頼ったら、たぶん一生後悔すると思う。レムを恨むことだってあると思う。だからお姉ちゃんが正気に戻ってくれてもくれなくても……決着はわたしの手でつける。そうしないと、前に進めないから」
ククルの魔導師としての実力は最低ライン。ぎりぎり実戦に出られるかも、というレベルだろう。黒い魔導機杖という特殊な力があるとはいえ、それを上乗せしたとしても、騎士の実力には遠く及ばない。普通に考えれば無駄死にをするだけのように思う。ただ、それでも。
「目をつぶるな。恐れるな。相手をよく見ろ」
「……? なにそれ」
「母さんが僕に言ってくれた、魔導師としての心がけだよ」
それでも、レムにはククルの『覚悟』を止めることなんて出来なかった。
「ククルはあの人との戦いに専念しなよ。邪魔はさせないから。虫にも、もう一人の騎士にも、指一本触れさせはしないから」
剣に形状変化させた魔導機杖を肩に担ぎ、レムはククルの背後に向き直る。
「レム、ありがとう。行ってくるね」
背後にあったククルの気配が遠くに消えていく。
振り返って確認しようかと思ったが、止めた。振り返る必要なんてない。振り返らず、前だけを見ていればいい。立ち止まらずに前を向いて、そして、先に進む。
「どうしてそういうことになってしまうかな」
Lance
瞬間、どこからか【槍】が振り下ろされる。奇襲に近い攻撃を剣を用いて弾き返すと、レムは現れた騎士――アリスに向けて切っ先を傾ける。
「ちっ、悪いなレム。この野郎急に暴れだしやがって。おいてめぇ、アリスとか言ったな。戦う意思はないとか言っておいて、結局はそういうものかよ」
「あん? そりゃ文句の一つも言いたくなるさ。わたしはね、レム君がかっこよくノーラちゃんを斬り倒す姿が見たかったんだ。それが手の平を返してククルという子を見殺しではね。駄目でしょう? 正義の味方なら、みんなのヒーローなら、貴方があの子を助けてあげないと」
「助けているよ」
Fire
魔導機杖の先端に【炎】を創り出し、レムはアリスに向かって火球を発射する。
「助けている? どこが」
Dspell
Hard-Sword
放たれた火球は【解術】によって打ち消されてしまったが、レムにとってもそれは織り込み済み。【強化】した【剣】を構えたまま、アリスの背後に回りこむ。
「……っ。速い」
両手の爪を二重に重ね合わせることで防がれたものの、アリスの額にはうっすらと冷や汗が浮かび上がっていた。
「き、聞かせて欲しいものだね。何を助けているのかを。どうひいき目に見ても、あの子ではノーラちゃんに勝てないでしょうに」
「かもね。でもククルはありがとうって言ってた。つまり、そういうことなんだと思う」
「ふん、意味がわからないことをべらべらと」
爪を振り上げ、アリスはレムが振り下ろしていた刃を弾く。と、
「わかんねえかね、金髪姉さん」
Hard-Bind
アリスの両腕に、【強化】された【鎖】がじゃらりと巻きついてくる。
「ちっ。でか男の鎖かい。けどこんなおもちゃじゃわたしは止められないね。術式は全て解除できるんだ。炎だろうが剣だろうが、わたしに届く前に消せるんだよ」
Dspell
【解術】を用いてすぐに鎖を解き、アリスはふふん、と余裕の表情を浮かべる。
「届く前に消せる。なら、これは?」
かん、と金属のぶつかる乾いた音がした。
あん? とアリスが気づいた時にはもう襲い。レムは、アリスの騎士甲冑に魔導機杖の先端を直接打ち付けていた。
「……君、まさか」
Sword
アリスの問いに対する答えはなかった。返事の代わりに魔導機杖が光を放ち、形状変化によって【剣】に姿を変えたそれが、アリスの胸元を貫通する。
「あぐっ……やってくれる。さすが」
Fire-woll
胸元を押さえていようと、話しかけてこようとおかまいなし。手傷を負わせて勝機を得たと見るや、レムは【炎】の【壁】を生み出しアリスに向けて勢いよく撃ちだす。
「解除は……間に合わないか」
炎の壁がアリスの浮かんでいた一帯を覆い包む。紅蓮の炎が空気中の水分を焼き尽くし、真っ黒な煙が轟々とあがり、黒炭の灰がわずかに風の中に消えて……。
「レム、やれたのか? あの金髪やろう」
「……いえ、手ごたえはありませんでした。けど致命傷は負わせましたから、すぐには仕掛けてこられないはずです。警戒しつつ、虫の駆除に……」
「どうした? レム」
剣を肩に担ぎ、周囲を見渡しかけていたレムは突然に動きを止め、方舟の方へと視線を傾ける。
「トゥイザリムさん。申し訳ないですが、虫の駆除をお願いします。僕は向こうを足止めしてきます」
騎士と魔導師とが交戦を繰り返す空域から南方へ三キロ。方舟のブリッジ。
「クリスタさん、やっぱり、レムの動きが少し変化しています。お姉ちゃん騎士との戦闘を止めて、アリスって方への対処に移ったみたいです」
モニター越しに最前線の状況を見ていたシャルルは大きな戦況の変化に戸惑いながらも、クリスタに現在の状況を伝えていく。
「アリスへの対処? もう一人の騎士の方はどうなっている」
「待ってください。レーダーと望遠カメラの映像から察するに……えっと、ククルちゃんが当たっているみたいですね」
「ククルが? どういうことだ。敵はククルを救出しようとしていたのではないのか」
「そ、そんなことを言われても私にも何がなんだか。でも、この様子から見るとククルちゃんを助けようとしているにはとても……わ、危ない。あ、よ、よかった。術式を消すので防いだみたいです」
「馬鹿! いちいち実況している場合か。それにしてもご子息は何を考えておられるのか。ククルを単独で騎士にぶつけるなど無謀もいいところだろうに」
「気持ちはわかるが。クリスタ、少し落ち着け。レムがどうしようとしているかはともかく、アリスを押さえておくに越したことはない。レムがそちらに当たっているというなら、別の隊をククルの姉の側に当てるのが懸命だろう」
「……っ。わかっています、艦長。しかし方舟に虫が近づく可能性を考慮した場合防衛ラインを乱したくはありませんし、現状で動ける戦力となると」
現状で動ける戦力。頭の中の盤上に駒を配置し、クリスタは『空いている手駒』を考える。前線、防衛ライン、後方支援。それらの中でも最も不要で、穴を開けようと問題のない部分。
「ちっ、止むを得ん。艦長、魔導師隊の指揮を一時シャルルに任せます。よろしいですね」
「ふぇっ? え、え、え、ちょ、ちょちょちょ待ってくださいよ。クリスタさん。わたしが指揮をって」
「マニュアル通りに指揮を執ってくれればいい。私はすぐに前線に出る。任せたぞ」
「そ、そのマニュアルすらうろ覚えなんですが……」
ひーんと泣き言を漏らすシャルルを尻目に、クリスタは魔導機杖を片手にブリッジを後にする。指揮官が前線に出向くなど本来なら行うべきではないが、状況が状況だけに止むを得ない、というのは確かだろう。
「依存しているつもりはないが、甘さは捨てきれていないか」
ブリッジから魔導師の射出用デッキへと続く渡り廊下。金属板の敷き詰められた床を踏みしめながら、クリスタは魔導機杖を強く握り締める。
十二か十三。機甲虫の襲撃によって本当のククルが亡くなったのは、ちょうどあの子と同じぐらいの歳だったか。あの時私はククルを庇って、いや、集落の生存者は私一人だったのだから、庇うことすら出来なかった。
自分の無力をこの上もないぐらいに痛感したのは二十数年の人生で二回。
集落で自分一人が生き延びたあの日と、お嬢様が連れ去られる様を怯えながら見ていたあの事件の日。
お嬢様を助け出す。
そう誓って方舟を飛び出そうとしたご子息を支援して……自分は無力ではない。そう思う事が出来たのに、無力ではなかったはずなのに、結局、お嬢様は帰ってこなかった。
射出デッキにたどり着き、クリスタは魔導機杖を起動させる。
Soar
【飛翔】の術式を呼び起こし、身体をふわりと宙に浮かび上がらせる。
守りたいものは何一つ守る事が出来ない。失って、悔やんで……魔導司令という役職に就任した以上は時に非常に徹する必要があるというのに、身勝手な思いによって飛び出し、ククルを助けようなどと思っている。
「私は……この歳になってもまだ大人に成りきれていないのだろうな」
Acceleration
方舟を飛び出したクリスタは術式の力を用いて一気に【加速】。遥か遠くに離れた戦場、ククルとノーラが争う場へと急行する。
「機甲虫の姿が見当たらないが、ご子息が仕留めてくれたのか? アリスという方の騎士も見当たらないが」
「止まってください。クリスタさん」
周囲を軽く見渡しながらククルたちの下に向かっていたクリスタを、一人の幼い魔導師が制止させる。真っ黒な法衣服を身に纏った、変異種の異名を持つ魔導師。
「ご子息? 貴行には騎士の対処を命じておいたはず。それがなぜこのような場所に」
「アリスという騎士は撤退しました。ですから、兵隊型の機甲虫掃討に移ろうとしていたところです」
「……アリスを押さえるのはトゥイザリムの隊に任せておいたはずです。それが、なぜご子息が当たることになったのですか。それにククルの事もそうです。姉を名乗るあの騎士の対処をククル自身に委ねるなど、いくらなんでも勝手が過ぎるのでは?」
「あの騎士との決着は、ククル一人だけに任せました。一人で戦う。一人で決着をつける。でないと、意味がないですから」
「何をわけのわからないことを! もういい、ご子息は下がっていてください。ククルの救援には私が向かいます」
「クリスタ、気持ちはわかるけどよ。ここはレムの提案を読んでやってくれや」
いつの間に駆けつけていたのだろう。レムの隣に並び立ち、トゥイザリムがそう声を合わせてくる。
「トゥイザリム? 貴様まで何を言っている。ククルが危ないのだぞ。殺されかけている者がいて、その子を助けるために救援に向かう。そのどこに間違いがあるというか」
「心臓が動いてるだけじゃ生きてるとは言わねえんだよ。レムを見てたんならわかるだろ」
「何を言ってるかは知らんが、あの子はご子息とは違う! 一人で立ち直れる力も、心も持ち合わせていない。だからこそ、大人の助けが必要なのではないか!」
感情を剥き出しにして叫び声を上げるクリスタの目の前。レムは、何を言っているかわからないとでも言うように首を斜めに傾ける。
「……? ククルはククルです。僕と違うのは当たり前じゃないですか。いずれにせよ僕はもう二人の争いに手を出すつもりはありませんし、二人の邪魔をするならクリスタさんといえど、容赦をするつもりはありません」
レムの考え方は、ある意味では正しいのかもしれない。けれど、そこに同情や慈悲といった心はない。オン、オフという極端な思考。正義でも悪でもなく、ただ、その道が一番その人のためになると思ったからこその判断。
「ご子息、貴公は……」
特別に悩む素振りも見せず、ただ自分に刃を向けてくるレムを前に、クリスタは改めて痛感をしてしまう。レムは自分たちに取っての切り札であり、同時に、味方をも巻き込む強大な爆弾であることを。
あの施設で最初に目が覚めたとき私の目の前にはお姉ちゃんがいて、一緒にいてくれるのが当たり前だった。優しくて、たくさんのことを教えてくれて、大きくなったら此処から連れ出してくれると約束をしてくれた。だから私もお姉ちゃんの事が大好きで、信頼していて、喧嘩することなんて一度もなかった。
Reflect
ノーラの放った雷撃の軌道を確認すると、ククルは【反射】の術式を呼び起こす。雷を反射させて打ち返すと、剣の形に形状変化させた魔導機杖を構えて飛びかかる。
「お姉ちゃん。この剣の術、お姉ちゃんが入れてくれたんだよ。この杖には変わった術しか入ってないから護身用にって、剣術ぐらい出来ないと外に行くのは大変だからって」
術式をぶつけ合いながら、ククルは何度も何度もノーラに声を掛け続ける。たとえ返事をしてくれなくても声は届いている。心の奥底には確かに届いている。
そう信じて、何度も声を張り上げる。
「邪魔ヲ、ククルを」
「お姉ちゃん!」
ククルが一際大きな声を上げた途端、ノーラは不快そうに眉をひそめて後ろへと下がる。
Wisp
【鞭】をぶるんと振るい、ククルを勢いよく吹き飛ばす。
ただ、それでも。直撃を食らって口元から血が流れ始めても、ククルは動きを止めはしなかった。それがさらに不快さを増長させたのだろう。「ちっ」と舌を打つと、ノーラは静かにククルを恨みつけてくる。
「何なのだ貴様ハ。変異種ほどの力がアルわけでもない。仲間と協力するワけでもない。単身で私に挑ミ玉砕。それヲ繰り返し、無駄に身体の傷を増やしていく。まったく理解が出来ん。死にたいダけか? 幼体の分際で」
「無駄じゃない! だってお姉ちゃん戸惑ってるもん。何にも覚えてないなら、全部忘れちゃったならそんな風に悩んだりしないでしょ。だから、絶対に無駄なんかじゃない!」
「……っ。意味ノわからないことをベラベラベラベラ。良いからククルを返せと、解放しろと言っている!」
「だから私がそのククルだってずっと言ってるの!言ってるのに、なんでわかってくれないの!?」
「黙れ。なぜ貴様ノような幼いものがククルになる! 確かに私ノ知るククルは貴様ほどの幼い娘であった。しかし、あれから十年以上が過ぎていルノだぞ。貴様のように、幼いままであるわけがない!」
Lightening
激昂と共に腕を振り上げ、ノーラは指先にばちり、と【雷】を創り出す。ククルに狙いを定めてノーラは指先、手の平に創り出した雷を勢いよく発射する。
「幼いまま。そうかもしれない……お姉ちゃんの言うとおり私はすっごく幼くて、何にも知らなくて、お姉ちゃんのことをずっと頼ってた」
Dispel
放たれた雷を【解術】によって打ち消し、ククルは打ち消したものと全く同じ術式を創り上げる。
Lightening
「この【雷】の術も、剣も、お姉ちゃんが入れてくれた。お姉ちゃんに少しだけ近づけたみたいで、お姉ちゃんの真似が出来たみたいで、それがすごく嬉しかった。でも、」
Reproduction→Lightening
「真似ごとだけじゃ意味がないから。背中を追いかけているだけじゃ子供のまま、何も成長することが出来ないから。だから、超えるよ。超えてみせる。いま、ここで!」
【複製】の術式を用いて【雷】の数を増やし、ククルは無数の雷撃を矢に見立てて撃ちだしていく。
「超エル? 真似る? ククルと同じヨうな事を言ウ」
Homing→Lightining
手の平の先に【雷】を【誘導】する空間を形成。ククルが放った雷全てをその空間に流し込み、ノーラは剣に形状変化させた右腕を短く振るう。
「不愉快ナ子供が……!」
慣性に乗り、中空を滑るようにククルに迫ろうとして、迫ろうとして、突然に、ノーラはその動きを止めてしまう。
「なンだ……アレハ、誰だ」
「誰?」
戸惑うような声をあげるノーラに釣られて後ろに振り返ってみると、少し離れた場所。遠くの方に黒い法衣服の少年と、紺色の法衣服を身に纏った女性の姿が見えた。
「レムとクリスタ? どうしてクリスタがこんなところに」
「クリスタ? クリスタ・クラスタ? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な。あの人は死んだ。あの人は死んだはずだ。なのに、なぜ此処にいる!」
「死んだ? ううん、死んでなんかないよ。クリスタは幽霊なんかじゃない。生きていて、私を外に連れ出してくれた」
「生きていた? 生きている? 姉さんが? 姉さん? あの人が姉さんなら、私は誰だと言うのだ? ククル? ……っ、違う! 私はもう弱者などではない。ククルはあの子として生まれ変わったはずだ! では……私は誰だ? ククルではない。かといって姉さん、クリスタであるわけでもない。ならば……私は」
「お姉ちゃんだよ!」
激昂して、錯乱したような声を上げるノーラを前に、ククルは思わず声を張り上げずにはいられなかった。
「お姉ちゃんが何に悩んでいるか、どうして悩んでいるかはわからないけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ! 私の、私だけの!」
「姉? 私がおまえの姉? なにを言って……私に、妹などいない。何なのだ貴様は。なぜ私の邪魔ばかりをする。なぜ私の心をかき乱そうとする」
「私は、ククル・クラスタ!」
「……っ。まやかすな! 子供が、私を!」
右腕の刃を前に突き出して、ノーラは一直線にククルに向けて突き進んでくる。殺意と動揺の入り混じった叫び。我を失っているわけではない。かと言って、正気というわけでない。自分が誰かすら忘れて、いま目の前にいる子供が誰かも忘れて、機甲虫の騎士は狂乱の中で叫びを上げ続ける。
「お姉ちゃん!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 惑わすな! 私にはククルを守る責任があると言った。意思があると言った! だから、守られねばならんのだ。あの子を、ククルを。……ククル?」
ずぶり、と鈍い音がした。
黒曜のような輝きを見せる刃が肉を貫き、先端が鮮やかな紅に色を変えた。
刃の表面を赤色の雫が伝って、銀色の騎士甲冑を鮮やかな紅が彩ってゆく。
「お姉……ちゃん?」
鮮血。流れ出る飛沫を浴びて、ククルの青い洋服が深い血の色に染まる。
「惑わすな。私の中に入ってくるな。私は……守らなければいけないのだ。でなければ、自分が自分ではなくなってしまう。弱い自分を、ククルを守って、そうすれば……私は」
銀色の輝き。月の光が降り注ぐ夜闇のなか。燃えるような赤色に染まった一人の騎士の、一人の女性の声が溶けて……消えた。
エピローグに続きます。




