Epilogue pair 【結末】【二人】
Remu【レム】Ⅱ これにて完結です。
この終わり方には賛否両論あるかもしれませんね……。
「機甲虫の兵隊の殲滅を確認。アリスという騎士も完全に撤退したみたいです。この様子なら、もう警戒を解いてもいいかもしれません」
方舟のブリッジ。メインモニターを眺めながら流れる情報を拾い上げ、シャルルは艦長‐プロイア・リヴァルにそう報告をする。
「ん、そうか。ご苦労シャルル・フリージア。警戒を解き通常運行に戻そう。そちらも楽にするといい。大任を、よくこなしてくれたな」
「大任って……もう、本当にそうですよ」
プロイアの言葉で緊張の糸が切れたのだろう。どかんと椅子に座り込むと、シャルルはその場で、大きな大きな溜め息を吐き出す。
「クリスタさんの代理なんて仕事をいきなり頼まれて、大変だったんですからね。こんな重圧がかかることは二度とごめんですって、そういえばそのクリスタさんは? まだブリッジに戻ってきてないみたいですけど」
「クリスタならまだ外だ。騎士の墓を作ると言っていたな」
「騎士のお墓? あ、そう……ですよね。わたしたちにとっては敵だったとしても、ククルちゃんにとってはたった一人の、かけがえのないお姉さんだったわけですから」
方舟が飛ぶ空域より後方に五キロ。巨大な山脈が連なる手前に広がる、荒れ果てた大地。
枯れた木や乾燥しきった落ち葉。動物の骨、銀色の甲殻の破片が散らばる地面に足を降ろし、レムやククル、クリスタたちは地面を掘り返し続けていた。
ある程度掘り返すと、今度は横にどけておいた土を掘り返した穴に戻す。土壌を出来るだけ柔らかくして、物を差し込めるように整える。
「こんな感じでいいか」
「いや、少し曲がっている。もう少し右だな。そう、その位置だ」
「あいよ」
大木を切り落として作った二枚の薄い板を重ね合わせ、トゥイザリムは山になった地面の上にそれを突き刺す。
「よし。思ったより手間だったが、ちったあ見れたものになったじゃねえか」
「ああ、野ざらしよりは遥かにマシなものになった。すまなかったな、トゥイザリム。こんな面倒を頼んで」
「はっ、別に構やしねえよ。それに一応のケジメってのは必要だろ。でないと、なんて言うかすっきりしねえからな」
「ケジメ……そうだな。どういう形であれ、決着はつけねばならんか。それで、どうだ? 少しは落ち着いたか」
「うん。まだちょっと心の中がざわついているけど、平気。もう大丈夫だと思う」
トゥイザリムの隊。アムに肩を支えられながら俯いて墓標をじっと見つめていたククルは、名前を呼ばれるとはっとしたように顔をあげ、クリスタに対して小さく頷いて見せる。
「そうか、大変だったな」
頭にぽんぽんぽんと触れて、くしゃり。クリスタはククルの頭を撫でてあげる。
「クリスタは……ひょっとしてお姉ちゃんのことを知っていたの?」
「知っていた? なぜそんなことを思う」
「だってクリスタ、お姉ちゃんを見てすごく驚いてたから。それにこんな風に丁寧にお墓まで作ってくれて、なのに、なんだかとっても辛そうで……」
「人が死んだのだ。墓を作って弔ってやるのが当然だろう? それに辛いわけではないよ。ただ貴公が姉と慕っていた女性と、出来れば生きているうちに会ってみたかった。そんなことを思っていただけだ」
ノーラ・クラスタ。ククルの姉の墓標を見つめ、クリスタは静かに瞳を閉じる。無慈悲なほどに冷たいだけの風が背中を通りすぎて、クリスタはわずかに肩を震わせる。
「寒い……な。そろそろ方舟に戻ろう。あまり長く居座っていては、見失ってしまう。『ククル』。貴公も来るか」
「えっ?」
「あの崖際の施設に戻っても仕方がないだろう? 貴公さえよければ、方舟に移住してもらってもいい。確実な安全は保証出来ないが、少なくともあそこよりはマシだろう。それにこんな出来事の後に一人では、気が滅入ってしまうだろうしな」
「……ミュウと一緒にいてもいいの?」
「ミュウ? ああ、そうだな。居住区の方に住まいを用意出来るかはわからないが、会いに行こうと思えば会いにいける。その程度の自由は保障しよう」
「うん、わかった。それなら……いいよ。私も方舟ってところに行く。でももう少しだけここにいさせて欲しい。もうちょっと、少しだけでいいから」
ククルのまぶたには、うっすらと透明な雫が浮かび上がっていた。指先で目元をかいて雫を取り払い何度も、何度もそれを繰り返す。
「そうだな。落ち着いてからでいい。ただ、あまり遅くはならないようにな。行こう、ご子息。トゥイザリム」
「いえ、クリスタさん。僕はもう少しここに。ククルが留まると言うなら、何かあったときの護衛は必要でしょうし」
「護衛? ご子息が? いや、そうだな。その方がいい。トゥイザリム、私たちは先に方舟に戻ろう」
「あん? もう行くのかよクリスタ。弔うってんなら、お前ももう少しゆっくりしてても」
「いいよ、もういい。十分だ。私は……もう区切りをつけた」
クリスタ・クラスタにとって騎士ノーラ・クラスタとの出会いは……再開は、晴天の霹靂と言っても良いぐらいの出来事だっただろう。別れの言葉。それどころか言葉すら交わすことのなかった、すれ違いの中での再開。別れ。
それでもクリスタには肩を下ろしてうな垂れている時間も、取り乱すどころか涙を流すことすら出来なかった。魔導師隊、総司令。そんな肩書きを与えられた以上、重しを背負った以上、職務を果たすために全力を尽くす。彼女に出来ることは、それしかないのだから。
「ククル、私は先に戻る。気持ちに整理をつけたらお前も帰ってこい。では、ご子息。ククルの事を頼む」
自分自身の心に区切りをつけると、クリスタは魔導機杖を呼び起こす。ふわりと身体を浮き上がらせて、夜闇のなかへと消えていく。
クリスタと共に飛んでいくトゥイザリムたちのことを目で追いかけて、いっぱいに浮かび上がってくる大粒の涙を服の裾で何度もこすって止めて、ククルは、改めてノーラの墓標に向きなおる。その隣。レムはとん、と魔導機杖を肩に押し当て、無言のまま墓標を見つめ続けていた。
「ねえ、レム。お姉ちゃんとの戦いに手を出さないで欲しい。私がそう言ったときにそれを受け入れてくれたのは、私がどうなろうと関係ないって思ったから?」
「関係ない?」
「うん。だって、レムにとってはミュウだけが大事で、他の人がどうなっても構わないんでしょ。だったら、私を見殺しにしようとしてただけなのかなって。でも、私には護衛が必要だから残るってレムは言ってた。なんでそんなことを言ったのかなって」
凍えそうなぐらいに冷たい夜の風が、ククルの背中を吹き抜ける。枯れ落ちた小枝が風に吹かれてころころと地面を転がり、銀色の甲殻にぶつかって、その動きを止める。
「見殺しにしようとしてたって言うのは、半分は本当だよ」
たっぱり一拍分の時間を置いて、レムは静かに言葉を紡いでいく。とても静かで、けれど気持ちを剥き出しにした言葉。
「ククルがどうなろうと関係ない。それは、僕にとっての事実のはずだから」
「半分だけ本当? なら、もう半分は?」
「君が殺されることはないって思ってたから」
「えっ?」
「一番大切なものを守るためには何を失っても構わない。その気持ちを直接表に出すか出さないかって違いはあっただろうけど、君のお姉さんと僕の母さんはとてもよく似ていたんだと思う。だから目の前にいる人がわからなくなっても、たとえ自分を見失おうとククルだけは……。そんな確信があったから」
確信。最後の瞬間、自分に剣を突き出してきたノーラの瞳を、表情をククルは思い出す。とても怖い顔をしていた。でも、そのなかには確かに優しさが満ち溢れていて……突き出した剣は、ククルの肩をかすめただけだった。
そうして、ククルが手にしていた刃が、ノーラの身体を打ち貫いた。あるいは、自分から刃に突き刺さってきたのかもしれない。
自分自身の暴走、凶行を止めるために。
「まさか、信じてくれていたの? レムは、お姉ちゃんのことを」
「別に直接信用していたわけじゃないよ。でも意思とか心とか、そういう一部分だけなら信じられる。母さんと同じ心を持っているなら何よりも大切なものだけは奪ったりしない。絶対に守りきる。それだけは、信じていたから。けど不安がなかったわけじゃないよ。ひょっとしたら、もしかしたらって考えがずっと頭の中に残り続けていて、なぜだかそれが、君がいなくなるのが凄く怖かった。おかしな話だよね。ククルがどうなろうと僕には関係ない。それは本当のはずなのに胸がざわついて、とても痛くて……だからいまは凄く嬉しいって思ってる。生きていて、くれたから」
「……うん、生きてる。お姉ちゃんが守ってくれたから」
信用していたわけではない。どうなろうと関係ない。
レムの口にする言葉は正直すぎて、いまのククルが聞くには少なからず『辛い』と思う部分があった。ただ、だからこそ嬉しいというレムの言葉には裏のない、本心からの気持ちと理解する事が出来て……それが、ククルにはとても『嬉しい』と思えた。
「レム、ちょっと待っててくれる?」
「ん?」
「お別れ。お姉ちゃんにちゃんと別れの挨拶をして、区切りをつけようと思うの。気持ちに整理をつけてこいって、クリスタもそう言ってたから」
「……わかった。なら、待ってるよ」
レムが一歩後ろに下がると、ククルは正面からノーラの墓標に向きなおる。しっかりとお辞儀をして、涙声にならないように気をつけながらノーラに話しかける。
「ありがとうお姉ちゃん。いままでずっと、ずっとお世話になりました。本当に最後までお姉ちゃんには守られてばかりで……でも、生きているから。お姉ちゃんに助けてもらった命を無駄にしないよう、精一杯に生きていこうと思います。だから私のこと、どうか見守っていてください。……行ってきます。
黒い魔導機杖を両手でぎゅっと握り締めて、ククルはもう一度、大きくお辞儀をする。たっぷり十秒以上ものあいだ身体を前に倒して、肩を何度も震わせて。
「お待たせ。行こう、レム」
身体を起こしなおすと、ククルは目元に浮かんでいた雫を指先でぴんっ、と払いのける。
「違うよ、行くんじゃない。『帰る』だろ。これからは、ククルも方舟で暮らすことになるんだから。だからその……帰ろう。ククル」
照れくさそうに頬をかいて、レムは素早く後ろに向きなおる。ククルに背中を向けて、ふわりと空へと飛び上がる。
「あ、背中」
「背中? どうかしたの?」
「う、ううん。レムの背中って、初めて見たなって思ったから」
「そうだったかな?」
ククルの前を飛ぶレムの背中は大きくて、とても頼れる、頼りがいのあるもののように思えた。けれど、
「……なんでわざわざ隣まで来るの?」
「別に。ただ何となくだよ。方舟まで飛ぶってだけなんだから、私がどこを飛んでも関係はない。よね?」
「まあ、それはそうだけど」
荒野の外れ。太木を十字に重ねあわせた墓標だけが、銀色の月明かりが降り注ぐ中を飛ぶレムとククルの二人を静かに見守り続けていた。
「ふぅん。では黒い魔導機杖を持った子供は貴方の住んでるでっかいお船。なんて名前だったか……ああ、そう方舟。ノアが作ったあれに乗ってるわけだ」
銀色の光が降り注ぐその中で、アリス・フローベルは自分の腹にぽっかりと開いた穴をゆっくりと撫で続けていた。【伝達】の術式を起動した魔導機杖を片手に、方舟からほんの少しだけ離れた、マナによって通信が阻害されないほどの距離で。
『ノアは関係なし。大昔の人が神話上の名前を使ったって、それだけの事だろう?
それより、あなたはなんでノーラって騎士を殺したのさ。わざわざ殺させるためのお膳立てをするなんて、どうにも良い趣味とは言えないと思うけど?』
「うん? いいじゃない別にそんな些細な事は。それに、元はと言えばノーラちゃんが悪いのよ? 私がレム君と殺し合ってと頼んだのに、危うきに近寄らずなんて妙な事を言い出したんだから」
『それだけの事が理由? ……私が言えた義理ではないけど、相変わらずさすがだね。あなたは』
「上が良いか下が良いか。人類創世の時代から、人が争う理由などその程度のものということさ。そんなことよりエリディア。レム君がシオンの息子という重要情報を報告しなかった理由の言い訳、何かあるのだろうね」
『報告と言われましても。マナの影響で長距離通信は不可能なのだから伝えようがないだろう? それに形はどうあれ見つける事は出来たのだから結果オーライという事さね』
「あら私に対して反論? 骨人形が?」
『そういう言い方をするなら、あなたとて泥人形でしょうに』
「ふむ。人形という意味がわかっていないのかしら。別にあなたの代わりぐらいはいくらでも、ねえ?」
『ちっ……』
「およ? 切っちゃったのか。残念残念。」
魔導機杖を金色の腕飾りの形状に戻すと、アリス・フローベルは細長い指先をぱきり、と折り曲げる。
「さて、次は何をして遊ぼうか」
(終)
様々な問題を残しつつも、Remu【レム】Ⅱは終了です。
ラストシーン、始めてククルに背中をみせたレム。レムの隣までわざわざ移動してきたククル。二人のこの行動、作者としてはとても深い意味を持たせたつもりです。
後書きとして描きたいことがたくさんあるのですが、長々とした文章になってしまうと思うのでここまでとします。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。




