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僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(18)

※西角の刻→午前9時、東角の刻→午後3時

※薄暮花茶→ラベンダーティーのような飲み物となります


 正午過ぎに部屋から退出したアルビトラ達を見送ったアンネルジュは、そのまま自室内で己に課された妃教育の数々を、粛々と片付けていった。


 実のところ、アンネルジュは既に同年代の王族が修めるべき教養を一通り会得しており、彼女にとってこれはただ虚無の時間に過ぎなかった。

 ただし「破天荒で我儘な王女様」「勉学が苦手な不出来な王族」を演じ続けるためのカムフラージュとしては有用であり、ある意味で手を抜くことは許されない。




「ふぁ~~、終わりましたわ!」



「お疲れ様でした、姫様。

 こちらは東角の刻にお出しするように言われた茶揃(ティーセット)です」


 教鞭を執る専属の師が帰っていったところで、アンネルジュは椅子に座ったまま両手を頭上に伸ばして軽く屈伸をする。

 そんな彼女の傍へ、移動式の台座を丁重に押しながらレギが近寄って来た。


 洗練された意匠のポットやカップ、各種カトラリーや茶請け菓子が載せられており、仄かに漂う優しい薄暮花の香りが張り詰めていた緊張感を和らげてくれた。

 表向きの顔として演じていた第三王女の仮面を、静かに剥がしてくれるのだ。




「あら! 有難うございます、レギ様。

 今日のお茶はマリーが淹れてくれたのかしら?」



「ええ、茶請けもオニールさんが焼いたものですよ。

 一部はアルビトラさんにお土産として渡していたみたいですけどね」



「それなら、きっとアルビトラ様にも満足していただけそうね」


 マリーこと、マーガレット・オニールはアンネルジュ付きの侍従の中では古株であり、主人の好みを誰よりも把握している。料理の腕前も一流だ。


 しかし今のアンネルジュの部屋には妃教育の師達と入れ違いに入室したレギ以外の姿は見当たらない。突出した武力を誇る彼であれば一人で護衛役が務まるのだ。

 故に、仮面を外して密談をするにはもってこいの一時(ひととき)なのであった。

 



「デルシアン語と現代エスブルト語、算術、薬草学、ウィズリア派の魔術学、

 "(トーラー)"の聖典、詩歌、舞踊……今日も盛り沢山でしたね」


 この日は西角の刻から妃教育が始まり、昼食後にアルビトラとヴィルツという来客を持て成し、午後からは別の師を迎えていた。


 机の上に山と積まれた学術書や指南書の数々を一瞥して苦笑するレギ。

 特筆すべきは、これ等全ての教科でアンネルジュは凡そ三十点から六十点ほどの成果を示していることだ。無論、そのように演じているのである。




「自室に籠っているだけで得られる知識など、大した役には立ちませんわ。

 それよりレギ様、受け取った『霊滓綺装(カロトグラム)』は扱えそうですの?」



「ははっ、それはご尤も。

 そうですね……剣として振るう分には問題なさそうですが

 アルビトラさんのように『霊滓』を発振させるのは苦労しそうです」



「レギ様のお身体は大丈夫ですの?

 資格無き者が触れると大変なことが起こると聞かされましたけど」


 谷底でヴィルツが陥った症状。蟲人(グリルシアン)達に伝わる伝承。そしてギラの言葉。

 それ等の情報を統合するとこの大剣が(もたら)す力は凄まじいが、それ故に莫大なリスクを抱える代物であるらしい。アンネルジュがレギの身を心底案じていた。



「今のところは平気です。

 何か異常を感じたら直ぐに魔封布を使って隔離しますよ」



「それなら良いのですけど……無理なお願いをして申し訳ありませんわ」



「僕のことは気になさらず。それに個人的にも興味深いですからね。

 何せ あのアルビトラさんが使っている武器と同類という話ですし、

 姫様が女王陛下へ献上されるまでの間に調べられるだけ調べてみせますよ」


 喋りながら台座に置かれたティーポットを手に取り、アンネルジュ用のカップにゆっくりと注ぐ。更にケルネイト糖を少し加えてから己の主人へと手渡した。




「有難うございます」



「いえいえ」


 清涼で心地良い薄暮花茶の香りを堪能してから、カップにそっと唇を付けるアンネルジュ。

 やや苦みを含む味わいを、ケルネイト糖による甘味が適度にまろやかに整えてくれている。彼女はこういった調和を何よりも好んでいた。



 ささやかな安らぎの時間が、ゆっくりと過ぎ去っていく。

 

 アンネルジュはその小さな口で、少しずつ淡い琥珀色の液体を飲み干しながら、時折 焼き菓子にも手を伸ばしている。

 傍らで直立不動のまま佇むレギは、そんな彼女の……素のアンネルジュを見守り続けていた。




 そうして四半刻の時が過ぎた頃だろうか。カップを置いたアンネルジュがふとレギの方を向いて口を開き、やや遠慮がちに言葉を発し始めた。



「……気球部隊の拡充が済み次第、正式に空兵隊が設立されることになりました」



「おお! いよいよですか」



「はい、これでレギ様の負担も格段に減る筈ですわ

 ですが初代空将には、ディナン兄様が就かれることになりました」


 少しだけアンネルジュの表情が曇り始めたのをレギは見逃さなかった。

 第二王子ディナンは粗野にして強欲、そして俗世的。社交界での立ち振る舞いはまずまずといったところだが、内面を知る者からの評判はあまり高くない。



「特にこれといって政務に携わっておられなかったディナン様に

 新設部隊を預けるとは、中々 急なことですね?」



「ええ……ディナン兄様を推薦したのはバルティア公爵と、その一派。

 どうも彼等とは数年前から繋がりがあったそうですの」



「……なんだって!?」


 初めて耳にする事実に、流石のレギも大いに驚愕した。

 アルビトラ達との対談の最中にも話題に挙げられていたが、バルティア公爵は王家に叛意を(いだ)いていると噂される人物。

 そのような者が一枚噛んでいるとなるとキナ臭いこと、この上ない。




「ディナン兄様を使って何か良からぬことを企んでいるのでしょうね。

 レギ様、一つお願いを聞いていただけないでしょうか?」



「僕に出来ることなら、何なりと」


 躊躇いがちに見上げてくるアンネルジュの視線に対し、レギは力強く見詰め返しながら即答した。



「それでは……気球部隊の増員と調練がある程度進み、防衛力が向上したら

 折を見てバルティア領に赴き、実態調査をお願いいたします」



「潜入ですか」



「表向きの名目は、わたくしの名代での視察と慰問という形にします。

 かなりの危険が伴うことになるでしょうね……」



「お任せ下さい、姫様。

 そういった時のために、僕は貴方に力を貸すと決めたのだから」


 その視線と言葉は篤実にして、恋情のようなものは見受けられない。

 或いは同じ目的を(いだ)く共犯者に対する不動の信頼といったところか。




「レギ様なら、そう言ってくださると思っていましたわ。

 実行は二ヶ月ほど先を見ています。如何でしょうか?」



「勿論、対応してみせますよ。

 その頃には僕抜きでも王都防衛が成り立つよう布陣を改めておきます」



「ふふっ、よしなに」


 そうしてアンネルジュは再び焼き菓子を齧り、水気を欲した口内をカップに僅かに残った液体で潤していった。




「もし本当にバルティア領で王家に弓引く準備を進めているようでしたら

 その時は、またアルビトラ様にもご助力いただくことになるかもしれませんわ」



「それはとても心強いことです。

 あのヒトが協力してくれれば僕も存分に動けますから」



「レギ様は随分とアルビトラ様のことを買っておられるのですね」


 少しだけ、ほんの少しだけ言葉の端に棘のようなものが見え隠れしている。

 しかしレギは、そのことに気付いた素振りを見せない。



「それはもう! 

 彼女ほど純粋に、生き抜く強さを(きわ)めようとしている冒険者はいませんから」



「そうですか……」



「出来れば、彼女のように僕も生きてみたかったのかもしれない」


 それは同じ冒険者としての敬意であり、長き時を自由に生きる先達への羨望。

 "北方の勇者"の二つ名を冠し、大陸史に名を刻んだ英雄の数少ない私情である。



「そう言われてしまうと、レギ様をこの国に留めている事に罪悪感を感じますわ」



「ああ、いえ……決してそんなつもりじゃなくてですね。

 姫様には心より感謝していますとも!

 "僕達"の目的を遂げるためにも、今 貴方の傍に仕える事が出来たのは幸運だ」


 少し慌てながらも笑顔で言い繕い、レギは彼女のカップに追加の薄暮花茶を注いでいった。




「いずれ姫様には"僕達"の手助けをしていただきますから。

 その時まで、どうか僕の……"北方の勇者"レギ・ゼオの力を利用してください」


 曇りなき(まなこ)。然れど、どこか空漠さを感じさせる瞳で虚空を見詰めながら若き英雄は静かに(うそぶ)くのだった――






 [ バルクラント地方 ~ バルクム・イルド渓谷 周辺 ]


 谷底より徒歩で這い出たゾガルディアは、渓谷の入口付近に伏せていた偵察兵を昏倒させてから、夜陰に乗じて離脱を図った。


 この日は分厚い雲が天蓋の如く覆い被さり、月明かりが地上に届くことはない。

 野生動物以外で巨漢の武人と少女の帰路を目撃した者は居なかったという。




「はぁ……はぁ……ふぅ、くぅぅ」



「大丈夫か?」



「う、うん……ちょっと『霊滓』を使い過ぎちゃったかな……」


 ゾガルディアの左腕に抱えられながら、彼の首に両腕を回して必死にしがみ付くギラの顔色は優れなかった。

 無理もない。脆弱な少女が渓谷へ遠征し、連戦に次ぐ連戦を経たのだから疲労の度合いは既に限界を超過している。




「全ては我が責である」



「そんなこと……ないとも! むしろ僕がゾーガさんの足を引っ張って……」


 アルビトラ達との戦いを思い出し、怒りと悔しさが込み上げて来る。

 あの敵対者は徹頭徹尾、ギラを利用してゾガルディアの真価を発揮させないように立ち回っていた。


 自分が初手で戦場から離脱していれば、ゾガルディアの武力で容易く蹴散らす事が出来た筈なのに……という憤り。


 結果として深手を負わされたゾガルディアの肉体を修復するためにギラは凄まじい消耗を強いられ、撤退を余儀なくされた。

 谷底で発見された『霊滓綺装(カロトグラム)』はアルビトラ達の手に渡り、彼女達は飼い竜で悠々と飛び発った。ギラにとって、これ以上の屈辱はなかった。




「……そうだ! そうだよ。ゾーガさんこそ身体はどうなんだい!?」


 思い出したかのように相棒の胸部を検める。

 アルビトラに貫かれた心臓は、しかしながらすっかりと元通りに塞がっていた。




 ゾガルディア・ダルジャークは真っ当なる生命に(あら)ず。


 遥か太古の時代に人類史上 類を見ない偉業を成し遂げて、没した大英雄。


 余りにも遠い過去の出来事であるために、現代でそれを識る者は限られている。



 しかしギラは、白紙を埋める者達(レスティート)の宿痾を以てその記述を拾い上げ、『アビュロトス』の機能を駆使して現代に再現してみせたのである。


 大英雄の武力を、記憶を、信念を、莫大なる量の『霊滓』を費やして象った。

 故に、致命傷を負っても彼女が『霊滓』を注ぎ込めば再生が適うのだ。




「問題ない。お前の処置は完璧であった」


 渓谷の外れの原生林に差し掛かり、真っ暗闇にも関わらず武人の歩みは依然として衰えることはない。ただし、彼の表情はとても厳しいものであった。




「繰り言だが、此度の責は我にある」



「ゾーガさん……?」



「本来なら、お前が谷底で一度倒れた時点で退くべきだった」



「(確かに、いつものゾーガさんだったら そうしていたかも)」


 寡黙なゾガルディアにしては妙に強調して語る様子から、それが尋常ならざる自責の念から来るものであるとギラは漠然と察した。


 そして彼の言う通り、これまでであれば不調が発覚した時点でギラの身を最優先に考えて帰還を選択していた筈だ。

 たとえバルティア公爵から与えられた仕事を放棄することになったとしても……。




「……もしかして、あの型落ちの"槍"に何か因縁があったのかい?」



「然り。あの『霊滓綺装(カロトグラム)』は我が末弟……ダオ・ダルジャークが

 生前に振るっていた得物だ」



「えぇっ! そうだったの!!?」



「……我ながら私情が過ぎた、許せ」


 歩きながら瞼を閉じ、軽く頭を下げる。主人の身を危険に晒し、極限まで消耗させてしまったことに対する深い負い目といったところか。



「そうかい、そうかい! ……成程ね。

 僕としてはゾーガさんの事をまた一つ 知ることが出来て嬉しいよ♪」


 少しだけ表情に明るさを取り戻し、年齢相応な少女の笑顔を浮かべた。




「にしても、"剣の英雄"ダオ・ダルジャークの遺品だったとはね。

 たしかゾーガさんと同じ時代に、このラナリキリュート大陸を救ったんだっけ」



「それも、然り」



「あっはっは、こりゃイルスバルデくんから大目玉を喰らいそうだ!

 そんな代物が、あのケモミミくん……の依頼主の手に渡るんだもの」



「我が失態なれど、バルティア公爵にとって手痛い事態になりそうだ」



「ふふん、どうせ『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』には暇潰しで加担してるんだ。

 いざとなったら逃げ出しちゃえば良いんだよ……ね、ゾーガさん!」



「……」


 責任感の強い武人は、その言葉には答えず。代わりにギラの顔を間近で眺め続けていた。




「えっ! そ、そんなに見詰められちゃったら、僕 照れるんだけどっ?!」



「右目の調子はどうだ?」



「ああ、そっち? まあ今のところは何とかなってるかな?

 流石に封印に必要な『霊滓』までは使い果たさないさ♪」


 少し照れたような仕草を見せながら、顔面の右半分を覆っている眼帯……の下にある筈の己の右目部分を指差してみせた。

 ゾガルディアの視線と疑念の真意は、正に其処に在ったのだ。



「もし、コレの封印が維持できなくなって常理に干渉し始めちゃったら

 その時はゾーガさんの斧で、僕を……」



「……承知しておる。

 封印に影響が及んでいないのであれば、それで善い」


 ギラの言葉を途中で遮る形で会話を途絶えさせると、ゾガルディアは今生の主人の身の安全が担保されるまで只管 闇夜の直中を進み続けていった。


 恰も、この二人の道程そのものであるかの如く――


・第2話の18節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・アンネルジュとレギ、ゾガルディアとギラのその後の動きといった回ですが如何だったでしょうか。

 それぞれの目的や正体の一端が適度に見え隠れできていれば幸いです。


・それでは、次なる19節目を以て第2話の締めとさせていただく予定ですので

 どうかご期待いただければ嬉しく思います。

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