僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(16)
[ バルクラント地方 ~ バルクム・イルド渓谷 深き地の底 ]
砕けた岩の欠片が積み重なる谷底の一角。
薄い布地で編まれた一人用の仮設天幕の扉部分が縦に開き、ようやく調子を取り戻しつつあるギラが のそっと顔を覗かせた。
「かなり良くなってきたかなぁ……今日で何日目だっけ?」
「お前が倒れてから、五日だ。
『霊滓綺装』の発掘は九割方 進んでいる」
ギラなりに負い目があったのか恐る恐る尋ねてみると、天幕の傍で佇んでいたゾガルディアは平時と変わらぬ声色で必要な報告を淡々と告げてくれた。
そして彼は、図太く逞しい腕を左斜め前方へと傾けて自らが掘り進めている最中の穴を指差してみせる。
穴の深さは十メッテ程。地烈や倒壊を起こさぬよう慎重に掘削されている。
そこに目当ての代物が埋もれている事を示すかの如く、真紅の光粒が滲み出るようにして漏れ出していた。
「お~、流石はゾーガさん! これなら僕の出番は無さそうだ……。
谷底まで来て寝ていただけだなんて締まらないよね~」
「元はと言えば、我と"春風"の戦いが過熱した事こそ遅滞の原拠。
バルティア公爵への弁明は、我が責にて執り行う」
「ゾーガさんやさしー! ますます惚れ直しちゃうぜ☆」
いつもの享楽的な振る舞いと言動で返そうとするが、やはり今日の彼女にはキレがない。まだまだ本調子ではないのだろう。
同年代の少女達と比べても体力面で劣るギラの実態を知悉するゾガルディアは、渋い顔を浮かべながら注意深くその顔色を見定めていた。
「……日暮れまでには『霊滓綺装』を掘り起こす。
その時点で体調が戻っていれば、夜陰に乗じて渓谷を発つべし」
「おっけーぃ! いつもながら気遣い 痛み入るよ。
やっぱ最後に頼れるのはゾーガさんなんだって、はっきり分かんだね!」
けらけらと笑いながら、己が最も信頼する相棒の顔を見上げようとしたところでギラは、ある異変に気が付いてしまった。
「ゾーガさん、これ……竜種の羽搏き音だよねぇ」
「うむ。この渓谷には翼を持つ魔物は居らぬ。
ましてや鳥類の類が近寄る事は無し」
「あちゃー……ちょ~~~っと眠り過ぎちゃったか。
とほほ、今回はとことんツイてないや!」
急いで愛用の鞄と道具類を身に纏い、自作の魔具を作動させると天幕が独りでに折り畳まれて、鞄に入る大きさにまで収縮されていく。
ゾガルディアの方も巨大な斧の柄を握り締め、臨戦態勢に入っていた。
「撤収準備完了~!」
「…………」
頭上を覆う靄を静かに見上げる。
徐々に大きくなる羽搏き音。何者達かの接近。戦いの予兆。
最上位の大英雄として嘗ての生涯を終えた武人は、数日前に仕留め損なった狐人の冒険者との戦いを脳裏で想起する。
彼が斧を振るい、生き延びた。それだけでも偉業に値するというのに、再び挑もうと谷底まで降りて来る……その意気に心から喝采を贈りたかった。
靄を突っ切る黒い影が谷底へと舞い降りる。
深淵に到達すると同時に、ヴィルツは手綱を思い切り引いて飼い竜に一時停止を促した。一旦、浮滞状態を維持して周囲の様子を窺うために。
「よし、あの真紅の光粒はまだ充満していないな」
「グルゥイ!」
「うわぁ……ヴィルツくん! あっちを見て!」
二人と一頭で協力しながら見渡すこと数秒。
ふとアルビトラが谷底の北側で何かを見つけて、条件反射で指差していた。
「ッ!! ……おいおい、あれは蟲人達が持っていた武器だよな」
思わず絶句してしまった。
そこに有ったのは数日前にヴィルツ達と取引を行い、脱出時には手助けをしてくれた者達の成れの果て。
等間隔に積み上げられた瓦礫の小山、その頂に各々の武器が突き刺さっている。
つまるところ、埋葬された戦士達の墓標であった。
ゾガルディアと激しい戦いを繰り広げた末に、彼等は勇ましく全滅したのだ。
「……あいつ等の魂が、正しく巡ることを祈る」
「ありがとう、貴方達との約束は必ず守るよ!」
その場で簡易的な祈りを捧げた後に、更に周囲を検めた。
すると墓標から三百メッテほど離れた位置に不自然に掘られた大きな穴が視界に映り、穴の底からは真紅の光粒が漏れ出す様子が伺えた。
「どうやら、大剣はあの辺り……か?」
「ッ! ヴィルツくん、避けてー!」
穴に近寄ろうとした矢先、珍しく慌てた様子でアルビトラが警告を発した。
彼女のその尋常ならざる声色に、ヴィルツは条件反射的に手綱を右方向に引き絞って緊急旋回の指示を出す。
カァッ! ドォ…… ォォォン!
一瞬前まで飼い竜が浮滞していた位置を、極太の真紅の光線が貫いた。
「う、うおおぉぉ!?」
「これ、あの子の砲撃だよぅ!」
眼下を検める。そこには顔面の右半分を覆う眼帯より深紅の光粒を放つ少女の姿が有った。当然ながら隣には巨漢の武人が控えていた。
「あの二人か! くそっ、先に見付かっちまうとはな」
「仕方ないね、このまま急降下して突っ込もう!
連続では撃てないみたいだし、近付けば何とかなるよ」
「了解だ。あの大男相手の立ち回りは、出発前に話した通りにやるぜ」
短くニ回 打ち付けるように手綱を振るうと、飼い竜は首を前方斜め下に傾けて降下姿勢に入り、流星の如く谷底の地面へと吶喊した。
「……十五。……十。ブレイズ、ここで緊急浮上だ。
後は死なないように旋回していろよ」
「グゥゥ……グルィ」
「また後でいいお肉をあげるからねぃ」
地面まで十メッテの距離に迫ったところで、ヴィルツとアルビトラは飼い竜の背から勢いよく飛び降りた。
直後に二人に向けて伸びて来る、黄金色の茨。
『バルティア・ローゼスの機装剣』に仕込まれた先進錬成式の賜物だ。
「『静湖の還刃』……迎え撃て!」
事前に情報を共有していたヴィルツは素早く二本の短剣に魔術による付与術式を施して投擲を行い、的確な迎撃を成し遂げる。
一方のアルビトラはゾガルディアへ向けて一直線に落下する。
粋然刀を諸手で握り締め、相手が振り上げる巨大な斧と正面から激突した。
「再戦に猛る その意気や善し」
「でやぁぁ!」
ガィィン! と金属同士がぶつかる轟音が鳴り響き、熱い火花が弾けた。
アルビトラ側は落下による位置エネルギーに自身の体重をも乗せた一太刀であったがゾガルディアの肉体は聊かも揺るがない。
下段より掬い上げるように斧を振るっていたにも関わらず、容易くアルビトラの斬撃を弾き飛ばしてしまう。
しかし彼女もそれは織り込み済み。弾き飛ばされ、空中で二回ほど身体を回転させた後に両脚から谷底の地面へと落着した。
そして……己の粋然刀の銘を高らかに告げる。
「『アガネソーラ』……忌導!」
鞘、鍔、柄にそれぞれ設えた小さな赫い宝玉より光粒が勢いよく溢れ出し、アルビトラの頭上で渦を描いた後に刀身へと収斂させた。
瞬く間に茜色に染め上がるだけでなく、凝縮させた光粒が刀身を拡張するのだ。
「『霊滓』を全て刀身に? ……成程、捨て身の策とはな」
「その『霊滓』っていうのが何なのかは よく分かってないけどねぃ。
おじさんと本気で戦うのなら、こうするのが一番だって思ったんだよ」
通常時の『アガネソーラ』の刀身は、約七十トルメッテ。
しかし防護膜や浮遊盾を象るための光粒を刀身のみに費やすことで、実に二メッテほどにまで伸長していた。
そしてアルビトラは左掌で顔面に巻かれた包帯を掴み、強引に引き千切る。
「……今度は、勝たせてもらうから」
「受けて立とう」
治りかけの左目をゆっくりと開き、己が越えるべき壁を双眸にて睨み据えた。
「ケモミミくんにくっ付いていた金魚のフンかい。
大人しく逃げ帰って部屋で震えていれば良かったのに、身の程知らずだね~」
アルビトラに続いて着地を果たしたヴィルツを見咎めたギラは、盛大に嗤いながら彼を見下していた。
とてもではないが、只の十歳前後の少女の貫禄とは思えない。
「ふん、何とでも言ってくれよ お嬢さん。
自分の不出来さは、昔から嫌ってくらい身に染みている」
付与術式の効果により、手元に戻って来た短剣を掴みながらアルビトラの右斜め後方へと素早く移動する。
そして正面からギラを見据え、如何なる攻撃にも対応できるよう身構えた。
「だが今の僕は商人なんだ。
商機の無い取引はしないし、勝機の無い戦場には立たないんだよ」
半分はハッタリだ。対策は考えて来たが、それでもアルビトラがゾガルディアに勝てる確率はそう高くはないだろう。
だからこそヴィルツは仲間を生き延びさせるために死力を尽くす決意を成した。
「ヒュゥ~、口先だけは一丁前じゃないのさ♪
まあ僕達からすれば、獲物が自分からやって来たようなものだからね」
「……」
自分のことは完全に棚に上げて煽り続けるギラ。
その間、ヴィルツは彼女が密かに魔力を練り上げていることを見逃さなかった。
「成れ果ての影精サダラークに、この僕が希う。
藍色の塔にて思案に暮れる……」
「させるかよ!」
いつもの口調から、流れるように魔法の詠唱句を唄い出したギラに対して問答無用で短剣を投げ付けた。
狙うは少女のよく動く口と『バルティア・ローゼスの機装剣』を持つ右掌へ。
「花弁の檻に……うわわッ!」
これには流石のギラも、思わず詠唱句を中断せざるを得ない。
ヒュィン……ギィィン! 容赦の無い弾道を描いて飛翔する短剣を、隣から割って入ったゾガルディアの斧が食い止める。
直後、巨漢の武人の左側面よりアルビトラが忍び寄り、刺突を放った。
「ほう」
ギラを庇った姿勢では刺突に対して斧で防ぐことは出来ないと察し、左腕の腕甲を粋然刀の刀身に這わせて強引に打ち弾く。
「……でやぁぁ!」
刺突を凌がれた瞬間、アルビトラは地面を蹴って跳び上がり、空中で一回転した後にゾガルディアの頭部へ全体重を乗せた回し蹴りを繰り出した。
その間、ヴィルツは三本目と四本目の短剣を取り出してギラに向けて絶えず放り続ける。ただし今回は正確な照準は定めない、速度重視の牽制射撃だ。
「ああ、もう鬱陶しいなぁ~!」
戦場から離脱するための魔法を行使することが出来ず、やや焦りと苛立ちの声が漏れ始める。
仕方なくギラは眼帯の中央に設えた赫い宝玉に光粒を蓄えて、再度の砲撃を試みようとしていた。
「…………」
僅かに首を捻ってアルビトラの蹴撃を寸前で交わし、そのままゾガルディアはギラとヴィルツの間に割って入ろうとする。
その隙をアルビトラは見逃さない。執拗に追い縋り、相手の斧が真価を発揮しないように立ち回りながら鋭い蹴撃と手堅い刺突を繰り返していった。
「(『霊滓』により拡張させた刀身を上手く使っておる)」
格段に向上したリーチを活かし、一撃放つごとに間合いを取ってゾガルディアの斧から逃れるよう徹底していた。
尚、鞘に納めることが出来ないせいか、アルビトラは以前のように一太刀で斬断する居合貫きを放つ素振りを一切見せなかった。
「まるで、暗殺者のような振舞いだ」
「ご不満かな? かな?」
「能う限りの最善手を尽くす……結構な事である」
珠の刃を交わす最中に、言の葉を交わす。武人は一切の不満不平を零さない。
それが戦場というものであると、芯より理解しているのだ。
それから数分の間、同じような攻防が続いた。
派手な大技が飛び交うことはなく。只管にヴィルツが揺さ振り、ゾガルディアが防ぎ、アルビトラが突き穿ち、何もさせてもらえないギラが癇癪を起こす。
互いの立ち位置こそ激しく移り変わるが、やっていることは同じ、根競べ。
一見するとアルビトラ達が主導権を握っているように映るものの、一撃喰らえば即死に至る斧撃を何度も掻い潜り続ける状況は二人に相当の負担を強いていく。
伸長した刀身で慣れない動きを繰り返すアルビトラの体力は激しく消耗し、ヴィルツの方も短剣の本数と魔力を着実に減らしていた。
実際のところは、不安定な綱渡りを辛うじて成功させているに過ぎないのだ。
「くぁ~! いい加減に離れなよ、この三下め!」
「悪いが、諦めの悪さだけは誰にも負けたくないんでね」
ギラが展開する黄金色の茨の隙間を突いて、八本目となるヴィルツの短剣が飛翔する。刀身にはきっちりと麻痺毒の液体が塗布されている。
更に彼は九本目の短剣を既に取り出しており、両腕を交差させるようにしてゾガルディアへと投げ付けていた。
地味だが、投擲地点を悟らせないようにする手管である。
「……やるな」
武人が静かに瞠目し、自身に向けて飛来する短剣に向けて左掌を伸ばした。
掌の内側の皮膚が切り裂かれるのも厭わずに強引に掴み取り、そのままギラの方へ向かう短剣目掛けて放り投げて撃ち落とす。
「おいおい、毒が全く効かないってのかよ。
アルビトラといい、アンタといい……どんな身体してやがるんだ」
「うわわっ、助かったよゾーガさん!」
「気を抜くな」
背後を振り向きながら斧の刀身を垂直に傾けることで、アルビトラが放った刺突を食い止める。
一瞬の判断の誤りでギラと共にゾガルディアも致命傷を負っていた局面である。
「ふぅ……やっぱり強いね」
「ああ、これだけ動き続けて一太刀も浴びせられないとはな」
刺突を防がれたアルビトラは一旦 呼吸を整えるために跳躍してヴィルツの傍まで退避した。
ギラとヴィルツが五メッテほどの距離を置いて対峙する形を維持したまま、彼の左側にアルビトラが立つ。
そしてギラから見て右斜め前方にゾガルディアが布陣し、アルビトラを正面から睨み据えていた。
「あの男、"春風"を活かす良い動きをする」
「ふん! せこいだけだよ。
如何にも凡人が工夫して戦ってますって感じがして、惨めじゃないか」
度重なる妨害や牽制によって苛立ちが頂点に達したギラは、魔法による離脱を諦めたのか眼帯に右掌を添えて真紅の光粒を収斂し始めた。
「『霊滓』のチャージ完了。
全部 纏めて『アビュロトス』で焼きき払ってあげるよ!!」
「……待て、無暗に隙を晒すな」
「あっはっは! 消し飛んでくれ給えよ!!」
ゾガルディアの制止の言葉が届くよりも早く、哄笑を挙げながらギラが頭部を左から右に大きく振り抜いた。
眼帯より照射された極太の光線が彼女の頭部の動きに合わせて、横薙ぎに大地を薙ぎ払う。
「くそっ、もう撃てるのかよ……あいつも大概 化け物だぜ」
「来るよ、ここで真上にジャンプ!」
カァッ! ズォ…… ド ド ドォォォン!
それまで立っていた地面が根刮ぎ抉られて、焼け爛れた。
間一髪で跳び退いたアルビトラ達は辛うじて難を逃れたものの、やはりギラの眼帯より放たれる砲撃は放置できない脅威である……だが、しかし。
「『風紡』!」
着地と同時にアルビトラが独自魔術を行使。
打ち込む風のロープの狙いは、砲撃の反動で動けなくなったギラ本人。
「し、しまった……!」
「往くよ」
ロープを巻き取る要領で自身の身体を発射させて一挙にギラとの距離を詰める。
飛翔中に粋然刀を水平に寝かせるようにして構え、左掌を刀身の半ばほどで軽く添えた。
擦れ違い様に、一閃……然れど、狙いはギラに非ず。
咄嗟に援護に入ろうとしたゾガルディアの右脇腹を深く斬り裂き、返す刀で右脚の太腿を刻んでいた。
ヒュン……ギィン! アルビトラが跳んだ直後、間髪入れずにヴィルツがゾガルディアの斧に向けて短剣を投げ付けて一瞬だけ縫い留める。
ギラとゾガルディアの間でアルビトラが着地する。
無言で、そのままギラへと肉薄する。実に瞬き一つの合間の出来事だった。
「ここ!」
「ぐっ……」
逆手で粋然刀を握り直しながら振るう。
ギラを突くと見せ掛けて……背後より押し寄せるゾガルディアの左肩を深々と貫いていたのである。
「ゾーガさん!? ぼ、僕なら自分で何とかするから!
構わずにその斧の力を振るっておくれよ」
「承知した」
新たに左肩を穿たれて苦悶の声を漏らすゾガルディアに対し、ギラが叫ぶ。
普段なら魔法で安全圏に逃れてから武人の真価を発揮させていたのだが、今回ばかりはそれが適わないと肚を括ったのだ。
「おじさんが本気で戦ったら、その子も巻き込むんじゃなかったっけ」
「それが主命とあらば、致し方なし」
即座に刀身を引き抜きながら間合いを取るアルビトラに対し、ゾガルディアが不撓不屈の意志を以て巨大な斧を構え直していた。
「……『ガンデーヴァ』、忌導」
「おいおいおい、これはちょっと拙くなってきたんじゃないのか?」
「んー、出来れば本気を出される前に決めたかったねぃ」
凄まじい勢いで斧より放たれ始めた真紅の光粒を前にして、ヴィルツとアルビトラの面貌がより緊迫したものへと移り変わる。
「ヴィルツくん、おじさんの斧から出てる光は大丈夫そう?」
「ああ、今のところはな……。
同じ光粒でも、谷底の大剣が発したものとは何か違いがあるんだろう」
「そっか、ならもうちょっとだけ援護をお願いね!」
「今更、退く気なんて起きないさ。どうにか踏ん張ってやるぜ。
あの光粒……『霊滓』とやらについても詳しく知りたいしな」
額より流れ落ちる冷たい汗を拭い、竦み上がりそうになる両脚を必死に制御しながらヴィルツは意を決した。
本領を発揮したゾガルディアを前にして凡夫である彼が辛うじて平静を保っていられるのは、冒険者時代に体験した数多の過酷な旅路によるところが大きい。
「一撃で、片を付ける」
ゴゴゴゴ……と、ゾガルディアを中心に地鳴りが響き渡った。
開放された真紅の光粒が彼の総身に纏わり付き、幾度もアルビトラによって穿たれた傷痕が瞬く間に"修繕"されていく――
「毒も効かないし、変な光で傷が癒える……本当にとんでもない奴だな」
「私とは違う感じの特異体質なのかもしれないねぃ」
極限の緊迫の直中にて、アルビトラは諸手で柄を握り締めて大上段に構え直す。
次の一手が勝敗を別つ攻防と化す予感がしていた。
「(おじさんの本気の一撃は、それだけで都市一つくらい吹き飛んじゃう)
(あの子への余波を心配するのなら、そう何度も斧を振れないよねぃ)」
一撃で片を付けるという宣言は、裏を返せば一度しか本気の一撃を放てないということ。
それも全ては離脱を試みるギラを細かく足止めしてくれているヴィルツの功績と云えるだろう。
「ん……」
「我が刃に、断てぬもの無し」
巨大な斧の刀身に、真紅の光粒が纏わり付く。
それを片手のみで握り締めながら、武人は悠然と振り上げた。
「なんて威圧感だよ……一瞬でも気を抜いたら腰が抜けてしまいそうだ……。
アルビトラ! こっちの手筈は済んでるからな!」
「ふふん、せこい手でゾーガさんを止められると思っているのかい!
あっはっは! 精々 足掻いてくれ給えよ~」
魔法による離脱は諦めたのか、ギラは黄金色の茨を自身の全周囲に幾重にも張り巡らせて即席の防護圏を象ってみせた。
直後にヴィルツの投擲した最後の短剣が到来し、ガイィィン! と甲高い金属同士の激突音を響かせて、あっさりと弾いていた。
「無駄無駄~! これだけの数の茨を出すと僕も身動きが取れなくなるけど
その分、即席のシェルターになってくれるのさ」
更にギラは眼帯より発する真紅の光粒を茨の防護圏に纏わせることで、より堅牢な要塞へと仕上げていく。
これによりゾガルディアの斧撃の余波に備える算段なのだろう。
そうして、決着の時が迫る――
「『風紡』!」
「その技は、既に視た」
大上段に構えたまま風のロープをゾガルディアの背後の地面に打ち込み、急激に距離を詰めるアルビトラ。然れど、武人は一切 動じる素振りを見せない。
「逸刀……両断!」
両者の距離が重なり合った刹那、武人の斧が落雷の如く振り降ろされる。
然れど、狐人の冒険者は一切 動じずに駆け抜けた。
――――………
両者の刃は互いに空を切り、擦れ違った。
斧が大地を砕く。真紅の衝撃波が真円を描いて拡がり、谷底を蹂躙し尽くした。
其れは、紛うことなき爆心地。
直径一千メッテを超える範囲の悉くを粉砕し、後に残るは瓦礫と灰燼のみ。
当然ながらアルビトラとヴィルツの姿は、何処にも見当たらなかった……。
唯一の例外としては、幾重にも防護圏を張り巡らせていたギラのみ。
その彼女とて、茨も光粒の膜も、全て剥がされてしまっている。
「ふぃ~~、ゾーガさん お見事!
何とか僕が耐えられるギリギリまで威力を落としてくれて、ありがとう♪」
「……」
「大魔法でもなければ、特別に気合を入れた大技ってわけでもない。
ただの斧の一振りでこの威力……くぅ! 相変わらず惚れ惚れとしちゃうね」
「……」
「……どうしたのさ、ゾーガさん? 視線だけきょろきょろさせちゃって」
疑問を口にしながらも何となく相棒の意図を察したのか、ギラは自分なりに更地となった谷底を見渡しながら身構えていた。
「……上だ」
「でやあああ!!」
ゾガルディアが背後を振り返りながら頭上を見上げた直後、飼い竜の右脚を掴んでぶら下がっていたアルビトラが一挙に落下する。
尚、もう片方の飼い竜の脚にはヴィルツがぶら下がっていた。
「……『風紡』!!」
アルビトラの右脚に魔力が集い、独自魔術の術式が構築されていく。
そして落下しながら飛び蹴りを放つ要領で脚の先端より風のロープを放ち、ゾガルディアの斧の刀身へと打ち込んだ。
踏み越えろ、巨大なる武の頂点を。そして新たな足跡を刻むのだ。
彼女は、今までそうして生きてきた。忘却の宿痾を抱える肉体で進み続けた。
いずれ白紙に巻き戻る傷と心。然れど、この刹那の意志だけは――
「ぬぅ、おおお!」
「……ぁぁあああ!!」
瞬き一つも許さぬ合間に風のロープを巻き取り、一挙に距離を詰める。
そして逆手に構えた粋然刀で突き刺すように振り降ろした。
僅かに遅れてゾガルディアが斧を振り上げる。再び両者の得物が交差し合った。
「ぅああ……くっ、うぅぅ」
擦れ違い様に斧の刀身に晒されたアルビトラの右脚が紙細工の如く斬り落とされる、更にその勢いで右肩口をも割かれて腕が宙を舞った。
そのまま彼女は地面に激突してしまい、何メッテか転がった後に停止する。
「……見事 也」
一方のゾガルディアの左胸には、伸長された茜色の刀身が突き刺さっていた。
胸部の銅鎧の装甲を貫かれ、心臓を越えて背部にまで刃が達している。常人であれば即死は免れない惨状だ。
「ゾ、ゾーガさん! ゾーガさん!!?」
致命傷を負い、ゆっくりと片膝を突く巨漢の武人に駆け寄るギラ。
珍しく、本当に珍しく……本気で狼狽しながら右目には涙を浮かべていた。
「は、早くその粋然刀を抜くんだ!! 命令だ、最優先の!」
「……ああ」
震えながら抱き着く少女の意を汲み取ると、ゾガルディアは左腕をぎこちなく動かしながら心臓を貫く刃を掴んでは一挙に引き抜いた。
その直後、彼の左胸からは鮮血の代わりに凄まじい勢いで真紅の光粒が噴出し始める……。
「アルビトラ……おい、返事をしろよ!」
数秒遅れてヴィルツも飼い竜の脚から掌を放し、崩壊した谷底へと落着した。
脇目も振らずアルビトラへ駆け寄り、血溜まりの中より彼女の身を抱き起こす。
「ん……なんとか、なったかな?」
「馬鹿が! 幾ら後で元通りになる体質だからといったって
こんな戦いを何度も繰り返していたら……」
無論、今はそんな事を悠長に話している場合ではない。
それでもヴィルツは、凡夫である彼は、叫ばずにはいられなかった。
「まだ、終わってない……から!」
ヴィルツの肩を借りながら片足で立ち上がり、残った鞘を左掌で握り締める。
苦渋を浮かべながらもアルビトラは戦場に立ち続けようとしていた。
例え片腕と片足を喪おうとも、その双眸からは聊かも闘志が失われていない。
「見て、ヴィルツくん……あの おじさん、やっぱり普通の身体じゃないよ」
「アンタが言えた事でもないだろう」
彼女達の視線の先では、狼狽しながらも必死に応急処置を行おうとしているギラの姿があった。未だに戦いの幕引きには至っていないのだ。
「『アビュロトス』! 残存する『霊滓』を全部ゾーガさんに回すんだ!
二十三番と三十七番の経絡を塞いで、それで……それで……!!」
顔面の右半分を覆う眼帯より溢れる光粒を巧みに操りながら、武人の肉体に注ぎ込んでいるように視えた。
そんな二人の傍に、鞘を構えたアルビトラ達がゆっくりと迫っていた。
「もう良い。我を捨て置き、この地の『霊滓綺装』を回収して撤退せよ」
「そんなこと、この僕に出来るわけないじゃないか!
あんな型落ちな"槍"なんかとゾーガさんとじゃ、まるで釣り合わないんだよ!」
「……ねえ、おじさん。最後に訊かせてほしいんだけど。
貴方達は何者? それと『霊滓綺装』ってどういうものなの?」
千切れた手足の傷口より夥しい量の鮮血を零しながら近付いて来るアルビトラに対して、ギラは本能的な恐怖に呑まれ始めた。
「……ゾーガさんに近寄るなよ、この出来損ないの化け物が!」
目尻にたっぷりと涙を浮かべて、年相応の少女のように声を震わせながらギラが泣き喚く。その間にも、彼女は光粒を操り続けていた。
「し、知りたいのなら教えてやろうじゃないか。
能天気なケモミミくんの頭で理解できるとは思えないけどね」
まるで小動物が必死に肉食獣に抗うかのような叫び声だった。
「僕とゾーガさんは『廃薔薇機関』に所属している。
……聞いたことくらいあるだろう? あのタルヴォアくんが居た組織だよ」
「へぇ、そうなんだー」
「『廃薔薇機関』か、エスブルトやロンデルバルクのあちこちで
ちょっかいを出している秘密結社って話だったな」
淡泊な返事を返すアルビトラに対して、ヴィルツは国境沿いの旅籠屋で仕入れていた知識を思い返していた。
「で、その『廃薔薇機関』を取り仕切ってる公爵サマの指令で
こんな辺鄙な谷底まで『霊滓綺装』を拾いに来たのさ」
「そいつは随分とキナ臭い話だぜ。
王国兵も動いているっていうのに、堂々と横から掻っ攫う気なのか?」
アルビトラとヴィルツ自身も第三王女アンネルジュの依頼で大剣の回収のために訪れている。『公爵サマ』とやらが何者なのかは不明だが、一介の冒険者や商人が真っ当に関われる話ではなさそうな気がした。
「ふふん、公爵サマは王家に対して深い恨みを懐いているからね~~。
そのうち本気でロンデルバルク王国を陥落させると思うよ」
「……正気かよ」
「別におかしな話じゃないだろう? 王家を恨んでいる者なんて山ほど居るとも。
君達がここで出会った蟲人の部族なんかがその代表例さ!
彼等は今の王国民に棲み処を奪われて、渓谷に押し込まれたわけだし♪」
徐々にギラの声色から震えが除かれ、生来の愉快犯めいた口調へと戻っていく。
「まあ、それを差し引いても公爵サマの執念には、ちょっと引いちゃうけどね。
王都の勇者くんが『霊滓綺装』を回収しに行けないように
わざわざ魔物の大群を操って王都に嗾けているんだから」
「何……だと?」
「ふーん、そういう手段を使うヒトなんだ」
「あっはっは、ケモミミくんはもっと驚いてくれ給えよ。可愛げが無いなぁ」
「……『霊滓綺装』について教えて。
私のこの粋然刀も、貴方達の武器と同じなんだよね?」
手足を喪った直後でそれどころではないのか、或いはアルビトラにとって謎の秘密結社や公爵サマとやらよりも重要事項であるためか、問い質すことを急いだ。
「ああ、そうさ! そうだとも!
『霊滓』を産み出す存在核を備えた古臭い兵器群、『霊滓綺装』。
それが僕の『アビュロトス』や、君の持つ『アガネソーラ』のカテゴリー」
ギラの眼帯の中央に埋め込まれた宝玉が、妖しく輝いていた。
「『霊滓』……この真紅の光粒のことなんだけどさ。
これは幻創を剥がされた現在の常理に於いて唯一 幻創を象ることの出来る力。
だけど適合できない大多数の凡人にとっては猛毒でしかないんだ♪」
「猛毒……」
数日前、谷底の真紅の光粒を浴びて著しく体調を崩したヴィルツの表情が一挙に険しさを増していく。
「ま、簡単に言うとさ。その昔、この惑星を潰そうとしたやべー連中が居て
彼女達にご退場いただくために産み出された兵器が『霊滓綺装』。
……って言い表すと、一気に陳腐な感じがしちゃうかな?」
「……」
「じゃあ、どうしてケモミミくんがそんな武器を持っているのかって?
それは君の本体……もしくは原罪が関わっているんだろうねぇ。
この僕から言えることは、それだけさ♪」
「貴方はどうして、そんなことまで知っているの?」
眼前の少女はどう見ても十歳前後。どこでそのような知識を得たというのか。
尤も、彼女が発した情報の全てが真実であるという確証は無いのだが。
「ふふん、君には君の宿痾を抱えているように。
僕には僕の厄介な問題を生まれつき抱えているのさ……難儀だよね、お互いに」
一頻り話し終えると同時に、ギラの手が止まった。
そこでアルビトラ達は気付く、先程まで心臓を貫かれて死に瀕していた筈のゾガルディアの胸部の傷痕が完全に埋まっていたことに。
つまるところ彼女の雄弁は、武人を再生するための時間稼ぎでもあったのだ。
「『霊滓』とは、幻創を象るための力。
或いは常理を覆す可能性の前借り……我はそれを体現せし者」
緩慢な動作で武人が立ち上がり、泣き腫らした瞳の少女を肩に担ぎ上げる。
右掌に斧を、左掌に少女を。其れが己の存在意義であるかの如く。
「"春風"のアルビトラよ。勝利の栄誉は一旦 貴殿に預けておく」
「……退いてくれるってことかな? かな?」
油断なく鞘を棍のように構えて対峙しつつ、ゾガルディアからは継戦の意志が既に無いことを漠然と察していた。
肉体を修繕したとはいえ戦う力までは取り戻せていないのか、それとも少女の体調を慮ってのことなのか。いずれにせよアルビトラ側にも追撃する余力は無い。
「然り。『霊滓』で編まれた身体といえど稼働の限界は訪れる。
今生の我が最たる誉は、白紙を埋める者達を護ること故に……」
斧を構えたまま後退り、そのままギラを抱えて歩み出した。
一歩、二歩、三歩……互いを厳しい目付きで睨み据えながら。警戒しながら。
一瞬が永遠に感じる程の緊迫した空気が場を支配した。
ある意味では、先程までの激しい攻防の最中よりも緊張感が増していく。
「……」
「……」
「……」
「……」
この場に居合わす四名共に、一言も発することが出来なくなっていた。
ゾガルディアの両脚が谷底の入口へと到達したところで、ようやく僅かながら身体が弛緩し始める。
そうして最初に言葉を発したのは……ギラだった。
「はぁ、はぁ……ケモミミくん。最後に一つだけ言っておくよ」
「なにかな?」
「今日、僕のゾーガさんを傷付けた事は絶対に忘れないし、許さない」
抑揚が失われた声色にて、腹の底から絞り出すような声色にて。
ギラ・レスティートという少女が本心を開帳し始めた。
「ケモミミくん……いいや、"春風"のアルビトラぁ!」
涙の痕が刻まれた右目を、かっ! と開いて狂気に満ちた面貌へと豹変する。
「呪われた守護霊獣の成れ果てが! 汚らわしき白紙化の幻象が!
精々、能天気にこの大陸でのたうち回ってくれ給えよ!」
少女とは思えない狂貌。小さな口を目一杯 広げ、唾を飛ばしながら奥底に仕舞い込んだ己の宿痾を叩き付けるかの如く。
「くふふ……ああ、そうだ!
僕が見届けようじゃないか、君の果てしなき旅路をさぁ」
奇しくもそれは、決戦に赴く道中でヴィルツからも言われた言葉。
然れど、その意味は真逆の悪意と怨嗟を滲ませていた。
「何も識る事なく、惨めに彷徨う滑稽な旅路を!
全てを忘れてしまう君に代わって、僕がずぅっと覚えておいてあげるとも!!」
「あいつ、何を言っているんだ」
「…………」
突如、叩き付けられた狂気にヴィルツは戸惑い、アルビトラは大して興味の無さそうな目付きで彼女を見つめ返していた。
「あっはっは! 早く帰ろうよ、ゾーガさん!
こんな気持ちの悪い谷底にはもう一秒たりとて居たくない」
「……承知した」
二人の姿が完全に見えなくなった後に、痛みを堪えて限界まで気を張っていたアルビトラの意識は急速に遠退いていくのであった――
・第2話の16節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・何はともあれ、ここまで書き続けることが出来て感無量でございます。
戦いの決着と、新たに刻まれた因縁、そして第2話のタイトル回収まで一通りやり抜くことができて安堵しております。
次話から数回にかけて第2話のエピローグ的な流れとなりますが、どうか最後まで見守っていただけますと幸いです。
【おまけ】
・今回、ギラの台詞の中で色々な単語が出て来たので軽く纏めてみます。
・『霊滓』
・いわゆる真紅の光粒。一つ一つの粒子の細かさは砂粒程度。
魔力とはまた異なるエネルギーのようなものだと思ってください。
・適正のない者が触れると肉体と魂に深刻な汚染症状が現れ、細胞単位で分解されていきます。初期症状としては強烈な吐き気や眩暈、失神など。
・逆に適正のある者が活用した場合、常理の在り方を覆す動力源となります。
・アルビトラは浮遊盾や防護膜、刀身の拡張などで使用しています。
ギラは極太ビームやゾガルディアの肉体の構築などに使用しています。
ゾガルディアは今のところ肉体と武器の補強がメインですが、まだまだ奥の手を隠し持っている模様。
・『霊滓綺装』
・『霊滓』を精製する赫い宝玉を備えた兵器群の総称です。
アルビトラの持つ『アガネソーラ』、ギラが身に着けている『アビュロトス』。
ゾガルディアの持つ『アグリエット・ガンデーヴァ』、そして渓谷の谷底で発掘された『セプテムマリス』(※大剣ことです)などが該当します。
きっと他にも、どこかで埋もれていると思います。
・太古の時代に各大陸を創り変えようとした『大機族』なる存在に抗うために生産された兵器らしいですが、今の時点でそんな設定を気にする必要はありません!
・守護霊獣
・精霊より高い位階に在る、常理を形成する機構の一端。
角都グリーヴァスロの『グリーヴァ』や、屍都スイゼンの『エフメトラ』。
キリュート湖の『イリスタリア』などが該当します……誰ぇ?
・ひとまず「なんかすごい存在」くらいに思っていただけばOKです!
神様的な何かではありません。神性存在はとっくの昔に淘汰されて型落ちしている世界ですしね。




