町へ行こうよ!―サービスエリアの買い食いは至高―
ひっそり長兄の呼び方変わってます
ラインハルト兄貴・兄貴 → ハル兄ちゃん
昼ご飯は各々で用意したものを……といっても我が家は全員同じだけど。
うちは固めのパンをスライスしてトーストしたものにセミドライトマトのオイル漬けを挟んだやつ。俺が収納しておいたので食感も悪くなってはいない。
これのトーストしていない版は我が家定番の子供用軽食である。前世で言うところの『お腹空いたなら適当におにぎりでも食べといて』みたいなポジションだ。
村の外で食べるいつものメニューはいつも以上に美味しく感じた。不思議。
昼食休憩を挟みつつ予定通りに進行。
今回の遠出の前に聞いた話だが、この世界には既にサスペンション馬車が存在するらしい。前世では17世紀に作られたらしいし、飛行船もある技術レベルのこの世界でもあっておかしくはない。転生者いるしな。
しかし!!残念なことに!!ベッセル村の共用幌馬車には搭載されていないのである!!!
荷馬車に幌布をかけただけのシンプルな作り。農村の荷運びメインだし、維持管理の問題があると言われてしまえば特に技術があるわけでもない村人男児はぐうの音もでない。ベッセル村に鍛冶屋及び修理屋はないのだ。一応大工はいる。
言うまでもなく、幌馬車の揺れで無事に尻は割れた。クッションがあっても痛いものは痛い。
まあ、そもそもクッションも使い古した綿のヘタレたやつだし。ないよりかはマシぐらいの期待値ではあった。
長期間の馬車旅をする商人や輸送業の方々はさぞかし屈強な尻をしているのだろう。
※
運送拠点の最寄り町――ラチェットに到着。
この世界で生まれて初めての外の町だがそれどころではない。
どこまでも青い空は美しかったけれど、馬車から降りた俺の心と体(主に尻)はズタボロだった。生まれたての小鹿とどっこいな様子だろう。生まれたての小鹿みたことないけど。よくある比喩って現物見聞きしていなくても通じるからこれもまた不思議なものだ。
「尻が割れた」
「元から割れてるだろ」
泣きが入った俺の声にすかさずハル兄ちゃんが定番の突っ込みを入れてくる。そうだけど、そういうことじゃあないんだよ。気持ちの問題というかだな……こう、より深く割れたというか。
ちぇーっと唇を尖らせ、俺は形だけの不貞腐れアピール。
「まあ、初めてだもんな。そのうち慣れるって」
ハル兄ちゃんは俺の頭をワシワシ撫でて「ほら行くぞ」と先を促す。ハル兄ちゃんは容姿だけではなくこうした仕草も父によく似ている。
行きの馬車の番は同行者のおじさんがやってくれるらしい。うちは俺が初めての町行きだからと父とハル兄ちゃんも一緒に行って来いと気を使ってくれたのだ。
馬車は町の中にある広い敷地に停めることになっていて、ベッセル村御一行以外にも結構停車していた。端っこの方に乗合馬車っぽいものはあるが、ウチみたいに荷運びに使うような馬車が多い。
どこかで見たような光景だと思ったら、あれだ! 前世のサービスエリアだ!
ちなみに休憩時間は20分。このバスツアー感よ。日が落ちる前にちょっとでも進まなきゃいけないから仕方ないね。
「今日は時間がないから行かないが、向こうには色んな店が並んでいるんだぞ。大きな魔道具屋があって、うちにある冷蔵庫も魔道コンロもそこで買ったんだ」
父が建物が集まる方向を指さし、すごいだろう!とばかりに父が説明してくれる。俺の頭に思い浮かぶのはケ〇ズデンキだかヤ〇ダデンキだ。郊外型家電量販店である。
全体図ではなくあくまで視界に入る一部しか見えないが、どの建物も横に大きく、物によっては三階ぐらいはありそうな高さだ。
「衣料品も沢山あるのよ。おばさんもここで買い付けたり、作ったものを卸しているの」
会話に加わってきたのは同行者である衣料品店のおばさんだ。皆が皆この町まで遠出できるわけではないので、おばさんの店は繁盛している。新品既製品のみならず、衣料品を修繕するのに使う糸も布も売っているのはおばさんのところだけだし。
なるほど、この町は郊外型商業エリアといったところなのだろう。第二運送拠点であり、小売りも卸売りも対応した商業エリアであると。そんなところに半日で行けるベッセル村は確かに立地がいいのかもしれない。
「時間なくなっちゃうよ。行こう」
リヒト兄ちゃんはそう言うなり俺の手を引いた。どこにと聞こうとしたけれど止める。
彼が揚げ菓子の屋台を指さしているのに気が付いたから。ああ、そういえばさっきから油と甘い匂いがしていた。
「ポポス買おう! いっしょに食べよう!」
早く早く、と手を引かれて駆け出す。いつも大人しいリヒト兄ちゃんには珍しい勢いだ。父たちは「俺たちはそっちにいるからな。迎えに来るから動くなよ」とすぐ近くの別の屋台に向かった。
ポポスってどんな菓子なんだろう。匂いからして揚げ菓子だろうけど、村では聞いたことがない名前だ。
そもそも村では揚げ菓子自体がない。基本、油をドバドバ使うのは勿体ないとされている。町へ買い出しに行く直前とかだと在庫大放出で揚げ物料理を作ることはあるけれど、それも油の再利用が前提だ。油に甘い匂いが移ってしまうような菓子に割く余裕はないのだろう。
「おじさん! ふたつください!」
屋台にたどり着くなり兄はこれまた勢いよく注文する。はいよ、とおじさんはガサガサと包み紙を引っぱり出した。
フライヤー横のケースには砂糖がまぶされた直径10センチほどの揚げパンのようなものが入れられていて、おじさんは慣れた手つきで揚げパンを取り出す。それをひとつずつ紙で包んだ。見かけは前世のマ〇ドナルドあたりのハンバーガーである。
「300ベルカだよ。紙袋はいるかい?」
「そのままで大丈夫です。はい、お金」
リヒト兄ちゃんは身に着けていたボディバッグから財布代わりの巾着を手早く取り出し、お金を出しておじさんの片手に乗せた。「丁度だね、いつもありがとう」と言いながらおじさんは空いた手で商品を兄に渡す。
「ありがとうございます」と兄もにこにこと笑みを浮かべて礼を言う。
リヒト兄ちゃんはラチェットには何度も来ているし、お気に入りの店なんだろうか。おじさんも“いつも”って言っていたし。なんか、こう……格好いいな! 何がと言われると困るけれど!
「はい、どうぞ」
兄ちゃんスゲェ!などと思っていると、俺の前に包みがひとつ差し出された。言うまでもない。購入したばかりのポポスとやらだ。
これは兄ちゃんの小遣いで買ったものなのに。
「僕、これ好きなんだ。ずっとルディにも食べさせたいなって思っててさ」
レグルスとロイ――下の弟たち――には内緒だよ、とリヒト兄ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「……ありがとう。いただきます」
俺はうやうやしく両の手のひらでそれを受け取る。普通の揚げパンのはずなのに、ずっしりと重く感じた。
ベッセル村で子供が現金を得ようとするなら、12歳になってから簡易冒険者登録を行い採取納品をこなすか、自分の家以外のところで何かしらの手伝いをこなした駄賃として得るしかない。
自分の家の手伝いは村では“当たり前”なので、小遣いが発生することはないのだ。
限られた手段のなかで得た現金を、兄は“俺に食べさせたいから”という理由で惜しみなく使ったのだ!
リヒト兄ちゃんは本が大好きで、でも本を買うよりも俺のために使うことを優先させた。
我が兄、あまりにも……ぐう聖では?
「へへ……」
くすぐったいような喜びで、思わず笑い声が漏れ出てしまう。そんな俺の様子に兄も満足げな表情だ。
「馬車だと匂いが気になるかもしれないからここで食べちゃおうね」
店から少し離れたところでそう言うなり、兄は自分の分に齧り付く。
馬車の中には同行者である村長宅下働きの兄ちゃんやおじさん、おばさんがいる。家族だけの車内ではないのだ。揚げ物の匂いってすごいもんな。気を遣えるリヒト兄ちゃんすごい。
「うん!」
俺は大きく頷き、あらためて「いただきます!」と口にする。
包み紙を開くとキツネ色の揚げパンが顔を顔を出した。粗めの砂糖――グラニュー糖だろうか――が塗されたそれは甘そうだが、ベッセル村では味わえないソレは間違いなく御馳走だろう。
一口齧る。味は揚げパンだ。
外側はサックリ、中はふんわり。パン生地自体は甘くないが、上にかかった砂糖で甘いおやつに仕上がっている。今生では初めての、でも、いつか食べた懐かしい味だった。
もう一口齧る。
「ジャムだ!」
ジャムが出てきた! 林檎のジャムだ。具はないと思っていたからちょっとびっくりした。
ジャムは甘さ控えめのようだが、上に塗された砂糖もあって物足りなさは感じない。むしろ丁度良くて美味い。
「中のジャムは季節によって違うんだ。春は苺だったりして、それも美味しいんだよ」
リヒト兄ちゃんが教えてくれた。へー。季節限定ってなんかいいな。
「これ美味しい。御馳走してくれてありがとう」
「どういたしまして」
リヒト兄ちゃんはにっこり笑ってそう返してくれた。
そうして俺たちはポポスを大事にちびちび食べながら父たちを待つ。
トイレに行ったり、自分たちの分や馬車の番をしてくれているおじさんの分の軽食を買うのに時間がかかっているのだろう。おかげで味わって食べることができた。
そのうち兄ちゃんに何かお礼しないとなと思いつつ、口内の余韻に浸る。これだけでこの旅に満足した感ある。もう帰りませんか。これ以上ケツ痛くなるの嫌だし。
「満足そうだな」
声をかけてきたのは父だ。そうこうしているうちに戻ってきたようだ。
「うん!」応えたのはリヒト兄ちゃん。
「頑張ってたもんな」
そう言って父はリヒト兄ちゃんの頭をわしゃわしゃ撫でる。ああ、本当に、父とハル兄ちゃんはそっくりだ!
その言葉と仕草から、父はリヒト兄ちゃんのサプライズ計画を知っていたのだろうと察した。
「レグルスとロイには内緒のおやつ、美味しかった!」
元気よく言い放つ俺に、そうかそうかと父は楽しそうに笑う。
正直めちゃくちゃ自慢したい。俺が普通の十歳児だったら間違いなく弟たちに自慢している。
しかし俺はリヒト兄ちゃんを困らせたくはないので、頑張って誘惑に耐えてみせよう。めちゃくちゃ喋りたいけど。
※
再び馬車に乗り込み、ドナドナ。別に売られはしないし別離の旅でもないのでドナドナは正しくないか。そもそもドナドナって単語なのかな。名前?擬音? 意味とかあるんだろうか。クラムボンほどではないが地味に気になってくる。
現実逃避をしつつ進むこと二時間ほど。
ラチェットからロクソンまで馬車で約12時間。早朝出て日没ごろには到着できると思えば近いと思える。というかこの世界なら道中に夜を越さなくていい時点で“近い”判定である。
今日少し進んだことで、単純に考えて明日の旅程が二時間短縮されたわけだ。
ラチェットから最終目的地のロクソンまではそれなりに道が整っている。もちろんガッツリ舗装されているわけではないが、行き来が多いためか道が踏み固められているのだ。ベッセル村からラチェットまでの道より尻へのダメージは小さくなりそうでなによりだ。
もう少ししたら日没だ。我が家は大き目のテントを一つ、おじさんとおばさんはそれぞれ一人用テント。下働きの兄ちゃんは幌馬車に泊まる。
俺以外は慣れたもので、さくさくテントを張ったり火を起こしたりしていた。もちろん俺も手伝いはした。役に立ったかは別だけれど。
一応、学校で野営の仕方は習う。年に数回は村のすぐ近くで実践訓練のようなものがあるのだ。
前世の子供会や小中学の高学年に行うようなレクレーション的なやつではない、ガチなやつである。
というのも、この世界には魔物がいたり、ベッセル村付近ではないが物騒なところでは盗賊がいる。村が襲われたりした場合、状況によっては村を放棄して逃げなければならない。
ようは避難訓練に近いだろう。また、逃走ではなくこのように買い出し遠征に行かねばならないこともある。
そのため、テントがある“計画的遠征想定の訓練”とテントもない最低限の荷物で“緊急避難想定の訓練”が行われる。前世だったら『中途半端なファンタジー感しやがって』と思っていたところだが、現地民になって思うのは『訓練大事だね!』である。
両方の訓練を受けた感想としては、『テント最高!!』である。いや、野営自体できればしたくないけど。
「あと二時間ぐらいしたら食事にするか。頼んだぞ、ルドガー」
「はーい」
この旅のリーダーである父の指示に、俺と他のメンバーは了解の返事をする。
俺は定刻になったら収納から取り出す係。時間停止持ちなので出来立てを提供できるってわけ。一応、各々携帯保存食は持ち歩いている。リスク分散は基本だろう。
この世界において、趣味や長期間の旅でもない限りは調理に時間をかけることはない。もちろん、“可能な限り”の範囲ではあるけれど。材料を現地調達した場合はどうしても調理に時間を割かねばならないので。
理由としては時間及び体力の温存が第一である。
あとは匂いの問題だ。
避難と遠征の両方の訓練時にもさんざん言われたが、匂いの強いもの・ついでに煙が出るようなものは獣や追っ手を呼ぶ可能性がある。『匂いが強いもの作る際は必ず早めに作って食べ終え、消臭などの対策をしろ』って先生が言っていた。
前世でやっていたバーベキューとか、異世界グルメものでよくあった凄くいい匂いの手の込んだ料理とかは実質不可の部類なのだ。後者はちょっと憧れていたんだけれど。
ああいうのは消臭対策前提かつ何があっても対処できるような強さのベテラン冒険者ぐらいしかやらないほうがいいらしい。絶妙に弱い農村村人には無理なんだね。
中々理想通りとはいかない現実に遠い目をする俺をよそに、ハル兄ちゃんが野営地まわりの地面に足を使って線を引いていく。ずーりずーり。
「この範囲で結界張るから」
野営地を囲み終えるなり、ハル兄ちゃんは全員に聞こえるように少し声を張り上げる。
兄ちゃんの結界は強固である。定期的に魔力を注げば長期間持続も可能。農家ではなくそういう道で食っていけるレベルらしい。しかも収納持ちだしな。なんなんだこの人のスペック。
本人曰く、『でも俺属性魔法は使えなかったり苦手だったりだし』としょんぼりしていたけれど。ハル兄ちゃんには悪いけど、これで属性魔法まで得意だったら『お前絶対農民じゃねぇだろ』って話だ。
ともあれ、ベッセル家の偉大なる長男のおかげで比較的安全に野営ができるってわけ。
結界と収納持ちの長兄、鑑定持ちの次兄――うわウチの兄たち優秀すぎない?
俺も収納持ちなのでそこそこ使える人材だと自負しているんだけど、なんか霞むな。なんでだろうな。
…まあ、いいか。そういうものなんだろう。
「ルディ。暇だし、夕飯までテントでトランプでもやらない?」
暇を持て余したらしいリヒト兄ちゃんが声をかけてきた。
「する」
即答する俺。他にすることないので。
「やった。ひとりは退屈だったからうれしいな」
はにかむような笑顔を浮かべ、リヒト兄ちゃんがそう言った。遠出の際に子供の同行者はほぼいないからだろう。
ちょっと前ならハル兄ちゃんとお喋りしたりできただろうけど、今やハル兄ちゃんは大人と同じような扱いだ。日中の馬車後方見張りや御者も交代でやっているし、休ませなきゃいけない。
「俺もリヒト兄ちゃんがいてよかった」
つまりはお互い様ってやつ!!
ベッセル家はラ行兄弟
上から
ラインハルト
リヒト
ルドガー
レグルス
ロイ




