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バイウェイ隊長が訪れてから数日が過ぎた。

姫様はゆっくりと簡単な料理を練習し、今はクリームの乗ったケーキを作っている最中だ。

材料はすべて机の上に用意してあるので、姫様は私の作ったレシピノートを見ながらボウルに材料を入れて混ぜている。

私は、ほとんど口出すことは無くなり、オーブンに薪を入れて温めた。


「サラ、これぐらいでどうだろうか」


アルベルト様はいつの間にか私の事を呼び捨てで呼ぶようになった。

初めて呼ばれたときは、嬉しくて小躍りしているところを祖父と父に見られとても恥ずかしい思いをした。

アルベルト様には、ボウルに入れた生クリームを泡立ててもらっている。


「角が立ったら大丈夫ですよ」


アルベルト様から泡だて器を受け取って生クリームの状態を確認する。

ちょうどよい固さに私は頷いた。


「ありがとうございます。これは冷やしておきましょう」


姫様はすでに型に入れたケーキをオーブンに入れている。

初めはオーブンに近づかせるのもハラハラしたが、今ではだいぶ慣れたようだ。


「もう完璧ですね」


作業が終わったと一息ついている姫様に私は声をかけた。


「ありがとう。あとは飾り付けね」


「そうですね、イチゴをもらったのでイチゴケーキにしましょう」


お茶でも入れて一息しようかと思っていると、母が顔を出した。


「バイウェイ君がいらしたわよ。お父様が三日に一回は顔を出すように言ったみたい」


「まぁ。うれしい」


姫様は胸の前で手を組んで喜んでいる。

可愛らしい喜び方だ。

姫様以外は許されない喜び方だろう。

姫様は急いでお茶の用意をする。


私も手伝ってワゴンに茶器を載せて客間へと向かった。

客間ではお爺様とバイウェイ隊長が向かい合って座り話をしているところだった。

隊長さんの顔色は悪く、ひどく疲れているようだ。


何かあったのだろうか。

姫様もカップを彼の前に置いて心配そうに顔を覗き込んだ。


「顔色が悪いわ。どこか悪いのかしら?」


「申し訳ございません。プライベートなことで少しありまして。仕事には支障ございませんので大丈夫です」


「何があったの?」


「たいしたことではありません」


無表情に言うバイウェイ隊長。


「子供の面倒をみてくれていた家政婦が病気でしばらく来れないとのことで大変らしい」


お爺様が紅茶を飲みながら言うと姫様は驚いている。


「ではお子様はお母さまが面倒見ているのかしら?奥様のご両親はお亡くなりになっていましたわよね」


「はい」


バイウェイ隊長が頷くが、お爺様が首を振った。


「いやいや、お前の母もぎっくり腰で寝ているそうじゃないか。困っているならウチでしばらく預かろうか?」


「いえ、ご迷惑をおかけするわけには」


「困ったときはお互い様よ」


断るバイウェイ隊長に、様子を見ていた母も言った。

バイウェイ様は本当に困っていたようで、ひとしきり悩んで頭を下げた。


「申し訳ございません。お願いいたします」



近所の人に子供を預けているという事で、今晩から預かることになりバイウェイ隊長はいったん帰って行った。

その間に、ケーキの飾りつけを姫様が行い私たちは子供たちが寝る部屋を整えた。


「バイウェイ様も泊まって行かれますかね」


窓の外を見ると既に夕暮れ、後数分で日が沈むだろう。

暗くなってから馬を走らせて帰ることは素人ではまず無いが、お爺様は夜中でも王都に行っていた。


「うーん。姫様がいるからどうだろう。隊長は拒否しているから」


アルベルト様はそう言いつつ、一応親子で寝られるようにベッドを運び込むことにした。

アルベルト様と二人でベッドを動かして何とか部屋に入れると、子供の笑い声が聞こえてきた。


「到着したみたいですね」


玄関に出迎えに行くと、バイウェイ様に抱っこされている二人のお子様。


「申し訳ございません、お世話になります。挨拶をしなさい」


床に降ろされた女の子が頭を下げた。


「こんにちは、ミンティ6歳です」


「弟のニコラ3歳だ」


ミンティちゃんは自分で自己紹介をしたが、ニコラ君はバイウェイ隊長の足を掴んで離さない。


「こんにちは。よろしくね」


お爺様もお母さまも小さい子供が可愛くて仕方ないので笑顔で近づいていくが怖いようでバイウェイ隊長の後ろに隠れてしまった。


「おひさしぶりね。私のことは覚えているかしら?」


膝をついて姫様が二人の子供に話しかけると、おずおずと顔を出した。


「姫様だ」

「ひめさまだ」


子供たちは、綺麗な姫様を見て顔を赤らめて近づいていく。


「仲が良いんですか?」


「隊長が何度か会わせたらしいけれど、子供は懐いているようだね」


アルベルト様は少し離れて見ている私の隣に立って教えてくれた。


「しばらく一緒に遊びましょうね」


微笑む姫様に子供たちは安心したのか姫様に抱き着いた。


「子供たちは綺麗な人が好きなのね・・・」


相手にされなかった母が呟いて私をちらりと見る。


確かに私も子供たちに反応は悪かったけれど、見た目の美しさではなく以前会った優しい人だから姫様に懐いていると思いたい。


夕食は子供も食べられるように少し暑いが野菜たっぷりのシチューとパン。

美味しいと姫様も子供達も食べてくれて一安心だ。

食後は姫様が思いを込めて飾りつけをした生クリームたっぷりのイチゴケーキと紅茶に子供たちは大喜び。

甘いものが苦手らしいバイウェイ隊長は顔をしかめてケーキを見ている。


「私が作ったの。ぜひ食べてほしいわ」


私たちが見守る中で姫様と極力関わりを持とうとしないバイウェイ隊長に姫様は必死に話しかけている。

涙ぐましい努力に見ている私の心が痛くなる。


「ご命令とあれば」


そう言ってケーキを一口食べた。


「姫様可哀想・・・」


静かに見守っているつもりだったが思わず声が漏れてしまい余計なことを言うなと軽く家族全員に見られた。


「こればかりは隊長の気持ちもわかるし俺たちが口を出すことではないよなぁ」


アルベルト様が私を慰めてくれるように背中をそっと撫でてくれた。


「どうかしら?美味しい?」


冷たい対応をされても姫様はめげずにバイウェイ隊長に話しかけている。


「はい。とても美味しいです」


「よかった」


喜んでいる姫様にアルベルト様もバイウェイ隊長に笑いかけた。


「良かったです。その生クリームは俺が作りました」


「・・・そうか」


複雑な顔をしてケーキを見つめるバイウェイ隊長にアルベルト様はまたニヤリと笑っていた。

翌朝早くにバイウェイ隊長は城へと帰って行った。

起きたら居なくなっているバイウェイ隊長に会えなかったと泣き始めた子供たちを姫さまが慰めてくれている。


「またすぐに帰ってくるわ。今日は私と遊びましょうね」


小さいミンティちゃんを膝にのせて話しかけている姫様に子供たちもだいぶ落ち着てくれている。


「子供懐いていますね」

「バイウェイの子供だから、私も可愛いわ」


子供が愛おしいという思いが子供にも伝わっているのか姫様から離れようとしないので私は買い物に出ることにした。


「レモンジュースでも作りますのでちょっと買い物に行ってきますね」


「俺も行こう」


当たり前のようにいつも私に付いてくるアルベルト様に私は姫様を見てしまう。

姫様の護衛はいいのだろうか。

私の考えが解ったのか、アルベルト様は微笑んだ。


「姫様の護衛はアローム様が引き受けているんだ。俺は今、実を言うと休暇中です」


「は?いつからですか?」


どうりで自由に行動していると思った。


「この家に来た時にすぐ申請した」


「どうしてですか?」


「んー、とりあえず買い物行こうか」


アルベルト様は私の手から籠をとって歩き出した。


屋敷を出るとペロが嬉しそうにアルベルト様の周りに付いて歩いてきた。


「すっかり懐きましたね。もう私の部屋にも来ませんよ」


アルベルト様は嬉しそうだ。


「こんな短期間で懐いてくれるなんて嬉しいな。可愛いなぁペロは」


ペロを連れて村へと降りていき馴染みの店でレモンを買った。


「重いから俺が持つよ」


大量のレモンを片手で抱えると、空いた手で私の手を繋いで歩き出した。

ゆっくりとした速度で屋敷までの道を歩く。


握られた手からアルベルト様の体温を感じて胸がどきどきする。


「つまりさ、俺がどうしてここに居るかというと前にパーティーで会ったときにサラの事が可愛いなぁって思って実を言うと婚約を申し込んでいたんだ」


「ええぇぇ?」


前を向いたままのアルベルト様の顔は赤い。


「そうしたら、アローム様がサラの許可がでたら結婚を許すと言ってくれたんだ。それから俺はもう必死にサラと接点を持とうと頑張ったんだけれど。城勤めの俺はなかなか機会が無くて。そんな時に姫様が家を出るというのでここをお勧めしたんだ」


「はぁ・・・」


恥ずかしくて私もなんと返事をしていいか困ってしまうがアルベルト様は私と手を繋いだまま歩き続ける。


「俺はここに来て頑張ってサラに好かれようとしていただけれど・・・嫌われてはいないようね?」


顔を赤くして私を見ないで言うアルベルト様を見ていると私の顔も赤くなる。


「・・・はい・・・嫌いじゃないですよ」


「そ、それは好かれていると思ってもいいかな?」


つないでいる手に力が込められ確認するアルベルト様。


「私もお会いした時から素敵な方だなと思っていました。こんな田舎暮らしにも嫌そうな顔をしないでいい人だなって・・・」


恥ずかしくて小さくなる声はアルベルト様にはちゃんと聞こえているようで私から顔を背けているアルベルト様の顔は真っ赤だ。


「ありがとう。すごく嬉しいんだけれど俺、情けない顔をしているからちょっと待っててね」


深呼吸を何度か繰り返して、アルベルト様は落ち着いたのかやっと私の顔を見てくれた。

まだ頬が少し赤いが、私を見るエメラルドグリーンの瞳はとても優しい。


「サラ殿」


アルベルト様急に畏まって私の前に回って片手を取った。


「俺と結婚してもらえますか?」


私の目をじっと見て言うアルベルト様に私は頷く。


「はい、喜んで」


「ありがとう」


私の右手に口付けした。


「レモン片手に婚約の申し込みはちょっと残念だから今度ちゃんと申し込むね」


アルベルト様は上機嫌で私の手を握って歩き出した。

レモン片手でも十分カッコよかったし嬉しい。

太陽に当たって輝く金色の髪の毛を見上げた。


「姫様の我儘にも感謝だな」


アルベルト様が呟いて私を見て微笑んだ。

確かに姫様が我が家に来なければアルベルト様と仲が深まることはなかったかもしれない。

もしかしたらお爺様はアルベルト様と私の仲を見るために姫様を我が家に招き入れたのかも。


「そうですね。姫様に感謝ですね」


私も頷いて、姫様の恋が実るといいなと願った。



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