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王都から少し離れたマルガリ領地。

自然豊かな村を超え山の麓にある大きな屋敷が私の家だ。

アルレアン伯爵家とは名ばかりで広い領地はほとんど畑と山ばかり、一般的な貴族というにはほど遠い暮らしをしている。

朝霧が立ち込める中、水に入ったバケツを手に庭を歩く。

初夏といえども早朝は少し肌寒い。


「サラ。おはよう」


首からかけたタオルで汗を拭いて私に挨拶をするのは祖父のアロームだ。

かつては現国王の護衛騎士を務めたほどの剣の腕前で、現役を引退しても毎日剣の稽古は欠かさない。

70歳を過ぎても衰えを感じない祖父は王都に出向き騎士達に剣の指導をしている。


「おはよう。おじい様」


「サラ、剣の稽古をしないか?」


「しないわよ!私は運動音痴なの。毎日同じことを言われても絶対にやらないわ」


毎日のお爺様は私に剣の稽古をしないかと誘ってくる。

幼い頃に剣の稽古をしてもらってから自分の才能のなさに気づきそれ以来一切やらなくなった。

そして自分が運動音痴なのだと気付いたのだ。

お爺様は残念そうにして剣を担いで私の後についてくる。

庭というよりは山に近い道を歩き簡単な柵で囲まれた鶏小屋へと入った。


「雛も元気に成長しているな」


鶏小屋に水をいれて、餌を撒く。

お爺様が鶏小屋の掃除をしながら小さな雛を見て顔をほころばせた。


「そうね。このまま成長して元気な卵を産んでくれるといいわね」


小さな鶏の雛がピヨピヨと鳴きながら親鳥の後をついて歩いているのを見ながら小屋の中の卵を回収して籠に入れた。

柵の外を歩いていた犬のペルが何かにに反応して吠えた。


「お客様のようだな」


お爺様がペルの頭を撫でながら門の外を見ながら言った。

私には何も聞こえないが感覚の鋭いお爺様にはわかるようだ。

ごくまれにお爺様あてに王都から使者が来たりすることがあるが今回もその類かもしれない。

しかし、こんなに早朝とは珍しいことだ。


鶏小屋を出て、お爺様と門の様子を見に行くと、朝霧の中で馬車が止まっているのが見えた。

黒塗りの豪華な馬車は田舎町では見かけない。

馬車には王室の紋章が付いていてその後ろには白い馬に乗っている黒い騎士服姿の男性が居た。


「アルベルト様だ」


金色の髪の毛にすらっとした姿はどれだけ離れていてもわかる。

祖父に連れられて王都のパーティーに行ったときに何度か挨拶をしたことがある。

お爺様が護衛騎士を務めていた現国王の娘、マリアンヌ姫の護衛騎士のアルベルト様。


姫様のお兄様は王太子ですでにご結婚もされている。

マリアンヌ姫様はもうすぐ降嫁され、お相手は数人いる中の護衛騎士の方だという噂が流れていた。

アルベルト様は護衛騎士の中でも一番見栄えも良く家柄も伯爵家ということで姫様のお相手ではないかと皆が言っていたが、私もそうではないかと思っている。

なぜなら私もアルベルト様に憧れていたからだ。

金色の髪の毛と緑色の瞳は宝石のように輝いて物腰も柔らかく愛想も良い。

私の様な田舎者にも嫌な顔をせずにお話してくれたのはいい思い出だ。


そしてマリアンヌ姫様は輝くような白に近い銀髪に金色の瞳。

とけるような白い肌に美しいお顔。

世界一美しい姫と有名なマリアンヌ姫様とアルベルト様はお似合いの夫婦になるに違いないと私は思っていた。


「おぉ、本当だ。お前の憧れの君アルベルトだ。という事は、馬車の中にはマリアンヌ姫様か・・・」


「憧れてなんて居ませんけれど」


一度も憧れていると言葉にして言ったこともないはずなのになぜか祖父にはわかるらしい。

澄まして言う私に祖父はちらりと私を見た。


「見ていれば解るわい。お前の父と母も知っていると思うぞ」


「・・・誰にも言わないでください」


そんなに自分は分かりやすかったかと頬に手を当てる私に祖父はにやりと笑った。


「言ってどうにかなるもんでもあるまい。誰でも憧れはあるかのぉ。憧れと恋愛は別じゃ。それより姫様がうちにくるなどなにかあったのだろうか」


早歩きで門まで行く祖父に私も急いでついて行く。

私たちが到着するとちょうど姫様がアルベルト様のエスコートをうけて馬車から降りてくるところだった。

暗い青い色のドレスを着ている姫様は私と祖父を見てにっこりと微笑んだ。


「突然ごめんなさい。アルベルトと駆け落ちしてきたの」


「えぇぇ?」


駆け落ちとは愛する二人が結婚に反対されてするものではなかったか。

何か結婚できないわけでもあるのかとアルベルト様を見るとものすごく不愉快な顔をしている。


「姫様違います。駆け落ちではなく姫様の家出ですよ」


「勝手に家を出ることを駆け落ちというのではないの?」


可愛らしく首をかしげているマリアンヌ姫様にアルベルトはきつい目を向けた。


「違います。俺と姫様が愛し合っていて結婚を反対され、それならば家を出て二人で過ごしますっていうのが駆け落ちです!」


「まぁ、それは違うわね。私アルベルトの事何とも思っていないもの」


ニッコリと笑って言うマリアンヌ姫様にアルベルト様も頷いた。


「そうでしょうね。俺も姫様の事は何とも思っておりませんから。今後、駆け落ちという言葉を使ったら俺、任務を放棄して帰りますから」


「あら、でも私、皆に言ってしまったわ。バイウェイが結婚してくれないからアルベルトと駆け落ちしますって」


ニコニコ微笑みながら言うマリアンヌ姫様にアルベルト様が声を上げた。


「はぁぁぁ?身近な人は分かるとして、噂が広がったら最悪じゃないですか!」


「いいじゃない。アルベルトは恋人も婚約者も居ないのだから誰も傷つかないわよ」


「俺の心が傷つきました!」


言い合いを始めたマリアンヌ姫様とアルベルト様を交互に見てお爺様が声を掛けた。


「お二人様。外ではなんですし、家の中へどうぞ。お話をお伺いしましょう」


「そうね。これからお世話になるのだし」


ニコニコと笑ってお爺様の後に続いて家の中に入るマリアンヌ姫様の後姿を見ながらアルベルト様が長いため息を付いた。


「中へどうぞ」


卵の入った籠を抱えながらアルベルト様に声を掛けると、私を見てにっこりと笑ってくれる。


「ありがとう。迷惑をかけてすまない」


緑色の瞳に見つめられてドキドキする胸を押さえつつ私も笑みを浮かべ頷いた。


「お気にならず」


憧れのアルベルト様がマリアンヌ姫様の事を好きではないと知れただけでかなり嬉しい。

自分が彼に好いてもらえる自信などないが、お似合いだと思っていた二人が実は恋愛関係にないことがわかり私の心が軽くなった。

憧れだと思っていたがもしかしてアルベルト様に恋をしていたのかしら?

屋敷の中へ入っていくアルベルト様を眺めた。

整った顔に均整の取れた体つき、黒い騎士服は金色で縁取られている。

金色の髪の毛が朝日に当たって輝いていた。

後ろ姿でさえかっこよく見える。

憧れではなく恋なのだと確信し、私も屋敷の中へと入った。



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