フランソワの告白
*スズ視点に戻ります。
その日、公爵邸に戻って来た男性がフランソワと知って、私は緊張した。
私は自分の意思で惚れ薬を飲んだことは覚えているし、マーリンからその理由も聞いている。
だから、昔の私が長年片思いしてきたのがフランソワという人だとは知っていた。
玄関が騒がしかったので階段を降りていくと、若い美貌の男性が私を見上げていた。
『誰だろう?』
私は一応微笑みを浮かべてその人を見たけど、怪訝な表情になるのは隠し切れない。
「どちら様ですか?」
「スズ!?俺が分からないのか?」
「申し訳ありません。どこかでお会いしましたっけ?」
その人は乱暴に私の手首を掴んで引き寄せた。ものすごい力だ。
私が恐怖で悲鳴を上げると、マーリンが現れて私を救ってくれる。彼の顔を見て安堵した。
マーリンは
「フランソワ。まず事情を説明するからこちらへ」
と二人で別室に行った。
その後ちらっと見かけたフランソワという男性は顔面蒼白で唇が震えていたが、夕食時には普通に戻った様子だった。
私はこの人のことが好きだったんだ。傷ついて泣くほどに。
でも、全く実感が湧かない。フランソワを見ても、感情が動かないことにほっとした。
この人は私を傷つけた。二度と好きになんてなりたくない。
私にはマーリンがいる。これからマーリンと二人で生きていくんだ、と気持ちを新たにした。
お祖母さまは、私が人間に戻ってすぐにお父さまとお母さまに連絡をして、私達は感動の再会を果たした。
但し、お母さまは引き続き王宮で結界の修復に忙しいし、お父さまもほとんと自邸にはいられない。
警備の厳しいこちらの方が安全なので、私とジェラールとウィリアムは一時的に公爵邸でお世話になっている。
魔法学院はまだ休暇中なので、新学期が始まったら私は学院に戻る予定だ。クラリス達から手紙が沢山届いていたが、何をどう伝えて良いか分からず、まだ返事を書く余裕はない。
一度荷物を取りに自邸に戻った時、私の部屋に編みかけのセーターがあることに気がついた。
どうしてだろう?その青いセーターを見ると胸がざわざわした。
青いセーターには繊細な凝った模様が編み込まれていて、丁寧な編み目を見るとどれだけ熱心に時間をかけて編んでいたかが分かる。
私が編んでいた微かな記憶はあるが、誰に編んでいたか覚えていないということは、きっとあのフランソワのために編んでいたんだろうな・・・。
このセーターを見ると、以前の自分がどれだけフランソワに愛情を持っていたかが分かるようで居心地が悪い。
どうしようか迷ったが、結局セーターも公爵邸に持って来ることにした。
私は一体どんな気持ちでこれを編んでいたんだろうか?
フランソワが帰宅した日の夜、私はセーターを見ながらぼんやりと考え込んでいた。
どうにも気持ちが落ち着かないので、バルコニーに出て月を眺めていると、ノックの音が聞こえた。
返事をするとマーリンが入って来る。
「冷えるぞ」
と言ってブランケットをかけてくれる。
「あっためて!」
と抱きつくと、優しく私を抱き上げてベッドに寝かしてくれる。
マーリンは心配そうな眼差しで
「・・・スズ、大丈夫か?」
と尋ねる。
「何が?」
「いや、フランソワが帰って来て・・・その・・・」
「私はあの人に気持ちが動いたりしないよ」
「そうか・・・」
と安堵したようなマーリンの頬に手を伸ばす。
マーリンは私の手を愛おしそうに包んで
「でも、俺にとってお前の幸せ以上に大切なものはない。だから・・・もし、気持ちが変わったら、正直に俺に言って欲しい。罪悪感とか覚える必要はないから・・・」
と言う。
「私はマーリンが好きなんだよ」
と頬を膨らませながら言うとマーリンは苦笑する。
「分かったよ。おやすみ。早く休め」
と私の額にキスをして部屋から出て行った。
翌朝一緒に朝食を取った後、マーリンは王宮に行くと言った。
フィリップがマーリンに成り代わっていたことは国王に報告したので、マーリンが罪に問われることはないが結界の修復を行うために、彼はここのところ連日王宮に通っている。
マーリンを見送った後、今日は何をしようかな?と思っていたら、フランソワと目が合った。
彼はニッと笑うと
「今日これから牧場に行くんだが、一緒に来るか?」
と誘ってきた。
私が黙って首を横に振ると、彼は悲しそうな顔をして去って行った。
本当は私も今日は牧場と畑に行くつもりだったけど・・・。
二人きりで行くと気まずい予感がして断ってしまった。
使用人やお祖母さまの手伝いをした後、部屋に戻るとまたあのセーターが目に入る。
これを完成させるべきか否や?
迷っていたら気分がくさくさしてきた。
やっぱり牧場に行こう。動物たちとの触れ合いが一番の癒しだ。
何時間も経つし、フランソワはもう戻って来たに違いない。
私はニンジャ服に着替えると牧場に向かって走った。
驚いたことに、まだフランソワは牧場で働いていた。
・・・どうしよう?
取りあえず木の陰に隠れて様子を伺う。
華奢に見えるけど、案外強いのね。
大きな牧草の束を幾つも軽々と運んでいるのを見て感心した。
動物たちに愛情を持って接してるのが分かる。動物たちにも慕われているのね。・・・マーリンほどじゃないけど。
畑でも水遣りや雑草取りを丁寧にしている。
私は気がついたら、彼の作業に見惚れていた。
しばらく経って、作業が終わったのだろう。彼は道具を片付けると一人で屋敷に戻って行った。
彼が居なくなってから、私は牛舎に入ってみた。
ピカピカに掃除された牛舎では牛たちが満足そうに餌を食べていた。ブラッシングもされたのかしら?ツヤツヤしている。
羊舎も畑もとても丁寧に世話をされていて、私がすることは何も無かった。
仕方ないのでジルと一緒に遊びながらモフモフを堪能していると、パキっと枝の折れる音がした。
パッとそちらの方を見るとフランソワが立っていた。
焦った顔で
「す、すまない。邪魔するつもりはなかったんだ。忘れ物をしてしまって・・・」
と指を指した方を見ると、地面に青いタオルが落ちていた。
私がそれを拾ってフランソワに手渡すと、彼は私の目を真っ直ぐに見ながら「ありがとう」と言う。
そして、
「君が俺のことを覚えていないのは分かってる。でも、これだけは知っていて欲しい。俺は君を愛している。ずっと、ずっと君が好きだった。今まで俺が愚かで臆病だったせいで君を傷つけてきた。本当にすまない」
と言葉を続けた。
私は意外過ぎる告白に言葉を失った。
・・・そんなこと言われても困る。
「あの・・・私はマーリンが好きなので・・・ごめんなさい」
「分かっている。・・・でも、だからと言って諦められる想いじゃないんだ」
「私はあなたに振られ続けたと聞いています。そんなに好きなんだったら、どうして私を振ったんですか?」
フランソワの顔が苦しそうに歪んだ。
「・・・俺は年の差とか・・・立場とか・・・そういうくだらないもののために自分の気持ちを隠してたんだ。本当は君が人間に戻ったら告白してプロポーズしたいと思っていた。もっと早く・・・行動していたらと悔やまれてならないっ」
振り絞るような声で訴える彼の蒼い瞳には涙が滲んでいる。
「・・・今更そんなことを言われても・・・困ります」
と言って私は走り去った。




