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失われた記憶


私は混乱していた。


今自分が聞いたことが信じられない。心臓がどきどきして止まらない。


フランソワが言ったことは本当だろうか?彼はずっと私が好きだった?


部屋に戻ってバタンとドアを閉める。


深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするがとても無理だ。


そして、またあの青いセーターが目に入る。


こんなセーターがあるから悪いんじゃないか?


私は思い切ってセーターを解き始めた。


パラパラパラとどんどん編み目が解けていく。それでも私の気持ちは落ち着かなかった。


何故か涙が溢れて来る。私はセーターを解く手を止めた。


・・・ダメだ。


自分でもどうしたらいいのか分からない。


その時部屋のドアがノックされた。


「・・・誰?」


「私よ。カロルよ」


お祖母さまの声が聞こえたので、ドアを開ける。


私の泣き顔を見てもお祖母さまは驚いた様子がなく、なんとティーワゴンを押しながら私の部屋に入ってきた。


公爵夫人が自らティーワゴンを押すなんて見たことない!


目を丸くする私に


「二人だけで話がしたかったの」


とお祖母さまはウィンクした。


お祖母さまはゆっくりと丁寧にお茶を淹れてくれた。


カモミールとミントの爽やかな香りがして、少し気持ちが安らぐ気がする。


甘い焼き菓子と一緒にお茶を飲むと胸に温かみが戻って来た。


お祖母さまは私が解きかけたセーターを見て


「フランソワに告白されて混乱してしまったのね・・・」


と呟いた。


私は黙って頷く。


「あなたはフランソワをどう思う?」


「・・・分からないです。全然知らない人だし・・・」


と正直に答えると、お祖母さまは苦笑した。


「そうよね。でも、今からでも知りたいと思う?少し・・・話をしてみるとか?」


「ちょっと・・・怖いです。気持ちが混乱してしまって」


「そうよね。無理しなくていいのよ」


・・・でも、このまま避け続ける訳にはいかない。


逡巡した末、私は少しなら話をしてみたいと言った。


お祖母さまは、フランソワが今作業場で調薬をしているから、後で散歩にでも誘ってみたらどうかと言う。


・・・散歩か。散歩だったら悪くないかも、と思って私は無理矢理笑顔を作った。



昼食の後、作業場に足を向けるとフランソワが一人でポーションらしきものを作っている。


丁寧に薬草や試験管を扱う指先が綺麗で、その優美な動きに心惹かれた。


手がきれいな人だな・・・と思いながらぼーっと眺めていると、不意にフランソワが振り返った。


私を視界に認めると、彼は途端に真っ赤になる。


「あ、す、スズ!?どうした?何かあったのか?」


と慌てながら、試薬や道具を片付ける。


「あ、突然お邪魔してしまって、ごめんなさい。あの・・・私が覚えていないことを・・・その、教えて頂けたらな、と思ったんですが・・・。少し散歩でもご一緒しませんか?」


私がオドオドと言うと、何故だか分からないが彼は傷ついた顔をした。


そんな顔をさせているのが私だと思うと、胸が痛い。


「公爵夫人から・・・何か言われたのかい?」


「あの、お祖母さまは少し話をしてみたら?って・・・」


「・・・俺が君に告白したことを彼女に言ったから、彼女が気を遣ってくれたんだろう。無理する必要はないよ」


とフランソワは寂しそうに俯いた。


「君は・・・俺が調合している時にドアの隙間からよく覗いてた。俺が振り向くといつも満面の笑顔を見せてくれたんだ」


・・・私が?


何故だろう?全然覚えていないことが悲しいと思ってしまった。私はどんな思いで彼を見つめていたんだろうか?


「・・・君と一緒にマーケットに買い物に行ったことがあるんだ。君は髪に青いリボンをつけて、青いドレスを着ていた。とても似合っていて、可愛かったよ。勿論・・・君はまだ幼くて俺ははっきりした恋愛感情を持っていた訳じゃないけど、とても可愛くて・・・大切な存在だと思っていたんだ」


・・・全く記憶にない。


私の表情を見て、フランソワは苦笑する。


「マーケットで一緒にチリビーンズを売ったり、牧場で動物たちの世話をしたり、牛舎の掃除をしたり、俺達はずっと一緒に過ごしてきた・・・覚えていないだろうけど」


何も覚えていないことが無性に悲しかった。


「君はいつも、何をしていても可愛かった。でも、君に面と向かって言ったことはなかったんだ。照れくさくて・・・。恥ずかしくて。もっと・・・正直に言えば良かったと後悔してる。伝えない気持ちなんて無いのと同じだ・・・」


フランソワが腕を組んで顔を背けながら、深くため息をついた。


そのままずっと黙っているので、少し不安になった。


「何を考えてるの?」


「・・・今すぐ君の記憶が戻ればいいのにって思ってた」


フランソワがぽつり、ぽつりと語り出す。


「7年前に戻って・・・全てをやり直せたら、ってずっとそのことばかり考えている。もっと・・・自分の気持ちに早く気づいていたら・・・」


切なそうな蒼い瞳に見つめられて、私は何も言えなかった。


「俺はお前に、お前の好意に甘えていたんだ。まさか俺がお前の記憶から消える日が来るなんて思いもしなかった。そして、それがこんなに辛いなんて想像も出来なかった」


フランソワの声は震えていた。


「スズ・・・どうしようもないくらい愛してる。お前を失いたくない。・・・もう一度チャンスをくれないか。二度とお前を泣かすようなことはしないと誓う。俺にはお前しかいないんだ」


私は我慢できなくなって、フランソワに背を向けて走り去った。


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