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フランソワの気持ち

*フランソワ目線です。



ジャックが手配してくれたモレル大公国行きの船が出航し、ようやく俺は一息つける気がした。


護衛船もつけてくれたし、安全にユレイシア大陸まで送り届けるとジャックが約束した以上信頼しても良いだろう。


甲板に出て海風に当たる。少しべたついた空気も気持ちいい。


夕べスズが襲われて海に落ちたと聞いた時は、心臓が止まるかと思った。


スズに何かあったら、きっと俺は正気を保てないな、と内心で自嘲する。


気がついたら俺はずっとスズのことを考えている。


脳内を占めるのは、いつもスズのことばかりだ。


きっと・・・これが恋心ってやつなんだろうな・・・。


最近になってようやく気づいた自分の気持ちを、俺は持て余していた。


今更・・・って言われるだろうけど。


六年前にスズに告白された時、俺は彼女を拒絶して泣かしてしまった。


あの時は自分も混乱していて、どうしていいか分からなかった。


10歳の女の子相手に当時28歳だった俺が何も出来るはずがない。


俺はロリコンでも変態でもないんだ!


それは強調したい。


しかし、その後スズがセドリックと付き合い始めて、俺はどうしても暗い感情を払拭することが出来なかった。


焼きもち・・・というには強すぎる嫉妬に似た感情を覚えて、俺は驚いた。


スズの隣に他の男がいることが許せなかった。


スズが幸せそうにセドリックを好きだと言った時、俺は体中の血が凍りつくかと思った。


スズが嬉しそうに俺以外の男の話をするのが嫌だった。


他の男の隣でそんなに幸せそうにしないでくれ!と何度叫びたくなったか分からない。


自分でも初めて覚えるこんな身勝手な感情が何なのか全く分からず、混乱して戸惑うばかりだった。


ただ、一つ確信していたのは、これは恋じゃないということだった。


だって、オデットがリュカと結ばれた時、俺はオデットの長年の恋が叶って本当に嬉しいと思ったんだ。


オデットとリュカの結婚式でも晴れ晴れとした気持ちで、二人の幸せを心から祝福出来た。


オデットに気持ちは通じなくても、生涯影ながら彼女の幸せを近くで見守っていきたいと思っていたんだ。


それが恋というものだろう?


だから、スズに対する感情は決して恋ではないと思った。


スズの祖母である公爵夫人からスズに対する態度が酷過ぎると叱られた時は、その通りだと頭を下げるしかなかった。


我ながら子供じみた酷い行動を取っていたという自覚はある。正直恥ずかしい。


でも、自分の感情が何なのか分からなくて、俺はただただ狼狽していた。


ある日、リュカがセドリックとスズのことで不平不満をこぼしていた時、俺は「これだ!」と目から鱗が落ちた。


恋じゃないけど自分勝手な独占欲というのは、父親が可愛い娘に対して感じるものではないか?


俺は親戚の叔父としてスズをずっと可愛がってきた。


当然、父親のような感情が芽生えても不思議はない。


恋じゃないと確信できて、俺は安堵した。


その後もスズに男が近づく度に、胸がざわつきその男を締め上げてやりたくなる衝動に駆られたが、叔父として当然の愛情だな、と自分を納得させていた。


そもそもスズが可愛い過ぎるのが悪い。


しかも、自分の魅力に気がついていない。


放っておくと害虫のような男達が群がるに違いない。


俺が魔法学院での教師の職を受けたのも、スズに変な虫がつかないようにするためだ。


セドリックと付き合っているから、スズに限って浮ついたことはないだろうが、純粋で無垢なスズを狙うハイエナたちがいるかもしれない。


しかも、スズはすぐに無茶をする。危なっかしくて目を離せない。


魔法学院でのスズは相変わらず不器用ながらも一生懸命で、そんな姿を毎日見ることが出来て幸せだ、とも感じていた。


そんな俺の気持ちの転機になったのは精霊王との出会いだった。


どうやら精霊王はスズが気に入ったらしい。


どこまで本気か分からないが大人になったら花嫁にすると言っている。


スズが他に好きな人がいると言っても気にする様子はない。


羨ましいな。その自信!


スズが精霊王の腕の中にいるのを見た瞬間に、俺は嫉妬で体中の血液が逆流しそうだった。


その場で感じた精霊王への殺意は今まで生きてきた中で初めて感じるものだった。


俺はスズが誰と結婚するにしても、結婚式には参列できないな、と実感した。


下手したら新郎を攻撃してしまうかもしれない。


セドリックでもダメだ。どんなにいい奴でも俺は受け入れられない。


スズが幸せになれる相手ならいい、と思えない自分に愕然とした。


どんな相手でもダメだ。俺以外は・・・と考えて、これは父親の愛情でも叔父の愛情でもないことにようやく気がついた。


16歳になったスズは眩しいくらいに美しい女性に成長した。


頑張っている姿を見ると胸が熱くなるし、スズの元気がないと心配で堪らない。


俺の感情の中心には常にスズがいる。


スズが何かするたびに、普段人から無感情だと言われる俺の感情が揺り動かされるんだ。


手編みのセーターの件もそうだ。


昔せっかくセーターを編んでくれると言ったのに、俺は素っ気なく断ってしまった。


俺なんかに時間と労力を使う必要はないと言いたいだけだったが、我ながら馬鹿だったと思う。すぐに後悔した。


それ以来、スズの手編みのセーターが羨ましくて仕方がなかった。


セドリックの赤いセーターもセルジュの黒いセーターも丁寧に繊細な模様が編み込まれていてスズの愛情を感じる。


そんなセーターにまで嫉妬するほど俺は病んでいたのかもしれない。


だから、スズが俺に手編みのセーターを編んでくれると聞いて、俺は嬉しくてどうしようもなかった。


勿論、純粋に親戚の叔父さんに普段の感謝の気持ちを込めて編んでくれるだけだろう。


それでも、その中に少しでも俺への愛情を籠めてくれるなら本望だと思った。


魔法学院を卒業したらスズはセドリックと結婚するかもしれない・・・。


そう考えるだけで胸が苦しい。


それでも俺はスズが学院を卒業したら自分の想いを告白しようと決めていた。


今まで女を口説いた経験はない。でも、なりふり構わずスズを口説こうと決めた。


それで振られたら俺は放浪の旅に出よう。他の男の隣にいるスズを見るのは耐えられない。


卒業まであと2年ちょっとか・・・。長いな。


でも、俺は魔法学院の教師でもあるし、常識的に考えると16歳の少女に34歳の男が告白するのは問題がありすぎる。


年の差って大きいな、と溜息が出る。


俺はスズに酷いことばかりしてきたが、スズが俺を見る眼差しにはまだ愛情が残っているような気がする。


俺の願望が見せる幻かもしれないけど・・・。


ほんの僅かでも可能性があるのなら、卒業後に賭けてみようと決めた。


それまでは絶対に自分の感情は見せないように気をつけよう。


この世の誰よりも大切なスズ・・・どうしようもないくらい愛している、と心の中だけで呟いた。




「海の風って気持ちいいよね!」


その時、当の本人の声が聞こえて俺は焦った。


振り返るとスズがニコニコ笑いながら立っている。


夕べ、ナターリヤ姫から貰ったドレスを着ている。異国風の装いもスズには似合っていた。


・・・なんだ。その笑顔。可愛すぎるだろう。


にやけそうになる顔を慌てて引き締める。


「気分はどうだ?お前は大変な目に遭ったんだ。もっと休んでいた方がいい」


「ううん!もう大丈夫よ!折角の船旅だもん。楽しまないと」


「・・・無理はするなよ」


と言うと「分かったよ。心配性だなぁ」と頬を軽く膨らませる。


ああもう可愛い。可愛い過ぎる。この世にこんなに可愛い存在があっていいのか?


どろどろに甘やかして可愛がりたい。俺なしじゃ生きていけなくなるくらいまで甘やかしたいという気持ちを抑えられない。


・・・結局俺はロリコンで変態だったのかもしれない、と暗澹たる気持ちになるが、それでも、もうこの気持ちは止められない。


スズは何かを言おうとして躊躇している。そんな姿も可愛い。


「どうした?」


と尋ねると、


「あの・・・フランソワはナターリヤ姫のことを知ってたの・・よね?リシャールで姫のことを助けたって聞いたけど、ホント?」


と思いがけない質問をされた。


確か数年前にマーケットの本屋で襲われかけたところを助けたような気もするが、顔もほとんど覚えていないくらいだった。


向こうが俺を覚えていたことが驚きだな。


「・・・あ~、なんかそんなこともあったかもな」


と顎を掻くと、


「ふ~ん」


と言って不機嫌そうに俯くスズ。


「なんだ?焼いてるのか?」


と冗談で言ったのに、スズの顔が真っ赤になって俺を睨みつける。


耳や首まで真っ赤だ。


そういう可愛い反応をされると思いっきり抱きしめたくなって困る。


もしかしたら・・・と、期待したくなってしまう。


でも、どうか少しでも可能性があるのなら、


スズの瞳の中に少しでも俺への想いが残っているのなら、どうかあと二年待ってくれ。


ちゃんとその時には俺の気持ちを正直に告白するから。


そう思って微笑むと、スズは


「や、焼いてなんかいないもん。い、いつもそうやってフランソワは揶揄ってばかりで・・・」


とむくれる。


「悪かったよ」


と頭を撫でると、すぐに機嫌を直して俺に笑いかける。


スズの瞳の中に映る自分が一番好きだ・・・と考えながら、俺は自分の切ない想いを無理矢理心の奥にしまい込んだ。


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