ナターリヤ皇女
強い振動を感じて、私は目を醒ました。
船が接岸したのかもしれない。タム皇国に到着したのかな?
窓の外を見るとまだ真っ暗だ。あれ、大して眠ってないのかな・・?
ノックの音がしてドアを開けるとジャックが笑顔で立っていた。
「子供は良く眠るな!」
と大声で言われて
「そんなに寝てないよ!ほんの数時間でしょ!」
と言い返すと、何故か爆笑された。
「お前・・・マジか?ほぼ24時間眠ってたんだぞ。いいなー、若いって」
と揶揄われる。
くぅ、まさか自分が一昼夜眠ってしまうとは思わなかった。
一方ジャックはずっと寝ていないだろうに、全然疲れが顔に出ていない。タフだな。
甲板に出ると、フランソワが海を見ながら立っていた。この人も疲れが顔に出てないな。
遠くを見つめる眼差しと端整な横顔に胸がきゅんとする。
フランソワは何を考えているんだろう?
ジャックが突然
「あいつは何者だ?」
と聞いてきて驚いて飛び上がった。
「どういうこと?」
「いや、お前の母親の義理の弟っていうのは聞いたけど、ポーションマスターなんだろ?怪我人のために治癒や体力回復のポーションを大量に作って貰って助かったよ。でも、それだけじゃない。異常な強さだ。敵襲の時、たった一人でセドリックとエミールを救出して、ルドルフや奴の部下を捕獲した。野戦になったら皇国の近衛騎士団の団長よりも強いだろうな・・・」
ジャックにフランソワを褒められて私は嬉しくなった。
「そうなの!フランソワはすっごい強いのよ。子供の頃、神龍の神子から直接訓練して貰ってたんだって」
と言うとジャックの瞳が驚きで見開かれた。
「神龍の神子?そいつはすげーな」
と話しているとフランソワが近づいてきた。
「何を話してるんだ?」
と聞かれてジャックが
「お前の話だよ」
と答える。
「俺の?」
と戸惑うフランソワを置いて、ジャックは次々に船員たちに指示を出し始めた。
「俺の何の話をしてたんだ?」
と私に聞いてきたので
「フランソワが強くてすごいっていう話だよ」
と言うと、思いがけなくフランソワの顔が朱に染まった。
・・・可愛い、と思ってしまった私を許して欲しい。
その後、私達は指示に従って順番に下船した。私とフランソワにはジャックがぴったりとくっついている。
セドリックやシモン商会の船員たちはモレル大公国行きの船の準備をするために、別な船に案内されるという。
破壊されたシモン商会の船の弁償として、皇太子所有の船を一隻下賜してくれるらしい。太っ腹だな!
タム皇国から護衛船も出すから帰りの航路は安全だ、とジャックは説明した。
その時、馬の蹄の音がして多くの騎士に護衛された馬車が到着した。玉璽を受け取りに来た馬車だ。
馬車の扉が開き、そこから天使のように美しい女性が降りて来る。
柔らかそうな金色の髪に輝く緑色の瞳。
・・・どことなくお母さまに似ている。
ジャックが跪いて
「ナターリヤ姫」
と声を掛ける。
私とフランソワも慌てて跪いた。
ナターリヤ姫は私達に歩み寄ると
「どうかお立ち下さい」
と優しく声を掛ける。
声も綺麗だな。
私達が立ち上がると
「この度は他国の方々にまでご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした」
とナターリヤ姫が深く頭を下げた。
フランソワが如才なく
「いえ、どうかお気になさらず。どうか玉璽を無事に持ち帰り、恙なく友好条約の調印が行われますことを祈っております」
と返答する。
その時、じっとフランソワの顔を見つめていたナターリヤ姫の顔が突然真っ赤になって
「・・・あ、あの、あなたは!?」
とフランソワを指さした。
私とジャックは驚いて顔を見合わせる。
フランソワは安定の無表情だ。
ナターリヤ姫は顔を紅潮させたまま
「あの、以前リシャール王国のマーケットで助けて下さいましたよね?本当にありがとうございました。あの後、ずっとお会いしたいと思っていました」
と言い募る。
「・・・ああ、そうでしたね。またお会いできて光栄です。」
と穏やかに微笑みながら応えるフランソワを見て、私は絶句した。
・・・知り合い!?どこで知り合ったの?こんな美女と?しかも、お母さまと同じ緑の瞳なんて・・・狡い・・・。
内心の動揺を隠し切れない。しかも、美男美女の二人が並んだ姿はしっくりきて、とてもお似合いだ。
明らかにナターリヤ姫はフランソワに惹かれている様子だし、フランソワも学院の女生徒に対するみたいに嫌がってはいない。
愕然とする私にナターリヤ姫はニッコリ微笑みかけた。
「・・・可愛らしいお嬢さんね。姪御さんと伺いましたが」
「はい。そうです」
というフランソワの返事に、私の胸はチクリと痛んだ。
ナターリヤ姫が従者に合図をすると、彼は何かの包みを差し出した。
フランソワが怪訝な顔で包みを受け取ると
「私が昔着ていたドレスで申し訳ないんですが・・・国に戻られるまでの着替えとしてお使い下さい」
と姫が説明した。
私は
「ありがとうございます」
と頭を下げる。
男の子の服だからカーテシーも出来やしない。
女らしい完璧な装いでフランソワの横に立つ姫と、ボロボロの髪ですっぴんの少年服の私。
・・・みじめだな、と落ち込んでいると
「お名前は何とおっしゃるの?」
と姫に声を掛けられて
「スザンヌ・マルタンと申します。皆はスズと呼びますが」
と返事をした。
「まぁ、可愛らしいお名前ね」
という姫には全く邪気がない。顔だけじゃなくて性格も良さそうだ・・・。
姫はフランソワに対しても同じ質問をした。
「あの・・・お名前を伺っても宜しいですか?」
「フランソワ・モローです」
「まぁ、もしやリシャール王国宰相でいらっしゃるモロー公爵の・・・?
「養子です」
という返事を聞いた姫の目が輝いたように見えた。
・・・宰相でもある公爵家の後継ぎの養子だったら、一国の姫の相手としても遜色ないよね。
あ、なんか落ち込んできた。
その時ジャックが姫に近づいて耳元にヒソヒソと囁いた。
それを聞いた姫の顔が嬉しそうにほころんだ。何を話してるんだろう?
「夜中に飛ばしてきましたから、馬車の馬を交代させる時間が必要ですし、お二人には船の準備が出来るまでお待ち頂くことになります。お茶の用意をさせますので、どうか少々お待ち頂けますか?」
とジャックに言われて、私達に否と言えるはずもない。
気がつくとナターリヤ姫とフランソワが、従者の用意した簡易テーブルについてお茶を飲んでいるのを、私とジャックが離れたところで見守る図が出来上がっていた。
一応私にもお茶とテーブルは出されてるけども!
何故だ!?
「気になる?」
とジャックに聞かれると、悔しくてぷいと顔を背ける。
「ナターリヤ姫はさ、何年か前にお忍びでリシャール王国に行ったことがあるんだ。皇国では色んな陰謀が渦巻いていて、姫はいつでも狙われてるんだけど、その時にどうしても庶民が集まるマーケットに行ってみたいと言いだしてね」
マーケット!と聞いて私は興味を引かれた。顔は背けたままだけど、耳は真剣に話を聞く。
「リシャールの普通の人々がどんな暮らしをしているのかを見たいと仰ってね。姫は自国の人々の暮らしを良くしたいと、日々努力している素晴らしい方だ。滅多に我儘を言わない姫の希望を叶えたくてね。姫は男装して、護衛も庶民風にしてマーケットに行ったんだ」
男装の麗人!・・・ちょっと素敵かも。
「しかし、やはり暗殺者に襲われて、護衛達もやられてしまったんだ。その時に助けてくれたのがフランソワなんだと思う」
え!?私が振り返ると、ジャックがニヤッと笑った。
「暗殺者を片付けると、その人はあっさり消えてしまってね。今まで誰なのか分からなかったんだ。姫はずっとその人を探していてさ。まぁ、一目惚れっつーか、遅い初恋みたいなもんなんだと思うよ。姫は国のために全てを犠牲にしてきた人だから、好きになった人くらい探してあげたいな、って俺も頑張ったのよ。マーケットにいたけど、多分貴族だと思うって姫が言うから、リシャールの夜会とか色々張ってたんだけど、フランソワは全然レーダーに引っかからなかったな」
「フランソワは人嫌いだから・・・社交とかも苦手だって夜会にも出たことないと思う」
「なるほどね。まぁ、見つかって良かった。文通くらいはさせて貰っていいよな?」
と聞かれて、私の胸はズキンと痛んだ。
「なんで私に聞くの?それはフランソワに聞いてよ。私には関係ないじゃない」
私の強がりをジャックはどう見たのだろう?
ジャックは優しく微笑むと私の頭をぐりぐり撫でて
「分かったよ。そろそろ時間だから呼んで来るわ」
と立ち上がる。
「あ、ねぇ、ジャック!ナターリヤ姫は何歳なの?」
「今年で25歳だ。行き遅れなんて言われるけど、縁談は沢山あるんだ。本人が、国が安定するまではユーリ様を側で支えたいって断ってるだけで」
フランソワは34歳。姫は25歳。年回りも良さそうだよね・・・。
二人で談笑している姿は絵画のように美しい。
ジャックが近寄って出発の準備が出来たと知らせると、フランソワが手を差し出して、姫がその手を取って立ち上がる。
貴族社会では当たり前の光景なのに、私の胸はズキズキと痛み続けた。




