願い事
精霊王と側近たちは無表情で並べられた料理を一つ一つ見ていく。
半分ほど見たところで
「つまらんな!」
と精霊王は大きな声で言い放った。
学院長が焦った様子で
「・・・あの・・お気に召すものはございませんでしょうか・・・?」
と尋ねると
「全く興味を引かれるものがない。代わり映えしない料理ばかりだ。つまらん!」
と不機嫌そうにテーブルの周囲を歩き続ける。
学院長は顔面蒼白になって額の汗をハンカチで拭った。
はぁ、とつまらなそうに溜息をついて、精霊王が最後のテーブルにやって来た。
私が作ったチリビーンズとトルティーヤが並んでいる。
トルティーヤを小さめにして、チリビーンズの豆を裏ごししたもの、粗く潰したもの、豆を丸ごと残したもの、をそれぞれ用意して味付けも変えたから色合いも異なる。
好みで、細かく刻んだキュウリと赤ピーマンとハーブ、紫キャベツも添えて一緒に食べてもらうようになっている。
薄めのトルティーヤと厚めのトルティーヤの両方を用意したので、それも好みで選ぶことが出来る。
カレー風味のディッピングソースも用意したので、味を変えるためにソースをつけて食べてもOKだ。
精霊王は私のテーブルに来て、初めて立ち止まった。
まじまじと私の料理を見る。
「おい。これは何の料理だ?どうやって食べるんだ?」
と聞かれたので、丁寧に料理の内容と食べ方を説明した。
ベジタリアン用の料理なので、肉や魚は一切入っていないと伝えると、精霊王はニヤッと笑って私を見た。
「・・・ほぉ、多少は精霊の知識があるようだな」
「恐れ入ります」
と深くお辞儀をする。
精霊王が薄いトルティーヤを取り皿に乗せ、裏ごししたチリビーンズにキュウリとハーブを載せてクルクルと巻いた。
「手で食べていいんだな?」
と聞かれたので
「さようでございます」
と答えると、一口でトルティーヤを食べてしまった。
もぐもぐと感触を口の中で確認しているようだ。
ごくん、と飲み込むと、
「美味いな!」
と一言発した。
「何か飲み物はあるか?」
と聞かれたので、ついいつもの癖で用意したバーリティを差し出すとそれも一気に飲んで
「これも美味いな。爽やかな味がする」
と呟く。
精霊王が側近たちに
「お前達も食え!美味いぞ」
と言うと、側近たちも興味があったのだろう、次々とトルティーヤに手を伸ばした。
精霊王は厚めに焼いたトルティーヤに手を伸ばすと今度は豆を粗く潰したチリビーンズを乗せて、ディッピングソースにつけて食べ始めた。
「・・・ソースも美味いな。味が変わって面白い」
と嬉しそうだ。
「お前が使うハーブや香辛料は興味深い。我がこれまで知らなかった味だ」
と言われて、嬉しくて思わず笑顔がこぼれる。
「おい、この箱はなんだ?」
と精霊王に言われて、今度はベリースフレの説明をする。
精霊王が箱を開けるとピンク色のスフレが顔を出した。
箱を開けた瞬間に甘酸っぱい香りが辺り一面に広がる。
このスフレは香りが強いから、最初は箱に入れておいたのだが、思いがけない効果があったらしい。
夢中でチリビーンズを食べていた側近たちが匂いにつられて精霊王のもとにやって来た。
「我が王。それは・・・甘いものですね?」
「我が王。お一人で召し上がるつもりですか?」
「我が王。我らは一心同体と仰っていましたよね?」
という側近たちに
「これは我のものだ。お前らにはやらん!」
と言い出したので、私は慌てて隠しておいた別の箱から予備のベリースフレを取り出した。
側近たちは嬉しそうにスフレを受け取る。
凛々しいイケメンの側近たちがスフレに目尻を下げるのを見て、セルジュが言っていたようにデザートを用意して正解だと思った。
私が用意した料理は全て無くなった。
精霊王はベリースフレを二つ食べた挙句、余ったものは持って帰るというので、箱に詰めてリボンをかけてお土産に渡すと嬉しそうに相好を崩した。
私はおずおずと
「あの・・・私の料理をお気に召して下さったのなら、学院を破壊するというのは・・・?」
と本題を持ちだした。
精霊王は笑顔で
「ああ、学院を破壊することはしない。犯人を捜すのも手伝おう。お前の料理は美味かった。我が今まで食べたことのない味であった。褒美にお前の願い事を一つ叶えてやろう」
と言う。
近くにいた学院長が大きく安堵の溜息をつき、周囲の生徒や教師たちが歓声をあげて、大きな拍手をした。
私は周囲が少し静かになった時に
「精霊王様。寛大な措置に心より感謝申し上げます」
とお辞儀をした。
「ただ・・・あの、出来ましたら願い事を二つ聞いて頂けないでしょうか?」
と言うと精霊王の眉が失望したように下がった。
「・・・やはりお前も欲深い人間の一人であったか」
と肩をすくめる。
「まぁ、いい。願い事を申してみよ」
と言われたので、私は
「一つ目の願いは呪いをかけられた生徒たちを救って頂きたいのです。精霊の力を使って掛けられた呪いは精霊王様なら解けるのではないかと・・・」
とお願いした。
意外そうに精霊王の凛々しい眉が上がった。
「・・・なるほど。いいだろう。もう一つを申してみよ」
「・・・あの、私の一番の親友がクラリスっていうんですけど、彼女を幸せにしてあげて欲しいんです」
精霊王の目が丸くなる。
「お前の親友は幸せではないのか?」
「この世界はゲームの中の世界だそうです。彼女はその中で辛い役回りを押し付けられているのです。どうか彼女をゲームの軛から解放してあげて下さい!お願いします!」
と必死で叫ぶ。
精霊王の表情が慈悲深い微笑みに変わった。
「お前の願いは『クラリスをゲームの筋書きから解放する』。それだけでいいんだな?」
と聞かれて、私は強く頷いた。
精霊王は
「良かろう。お前の願いを叶えてやる」
と指を鳴らした。
その後で私の顎に指を掛けると
「我はお前が気に入った。どうだ?我の花嫁にならぬか?」
と真剣な顔で囁く。
超絶美形な顔貌が至近距離にある圧に、私の顔は紅潮した。
「え、あ、あの・・その・・・それは」
と口籠っていると、
「精霊王、なりません。その娘はまだ成人前でございます」
とフランソワが跪いて奏上する。
精霊王は私の顔をまじまじと見つめて
「お前は幾つだ?」
と聞くので15歳だと答えると、
「なるほど、まだ若いな。数年後に迎えに来よう」
と笑った。
「いや、困ります!私は別に好きな人がいるので!」
とはっきり言うと、
「我は気にせん。大丈夫だ」
と答える。
え・・・何が大丈夫・・・?
と茫然自失とする私。
別れ際に
「もしお前が我の助けが必要になったらいつでも呼ぶがいい。すぐに飛んでこよう」
と言われて、思いがけない言葉にびっくりしたが深くお辞儀をして御礼を言う。
私は緊張が解けてヨロヨロになった体を何とか支えると、落ち着いた笑顔を作って精霊王と側近たちを見送った。
眩い光の柱に包まれて、精霊王たちは満足そうに消えていった。
光が完全になくなると、私はグラウンドにいた全員から大きな拍手と喝采を浴びた。
*精霊王は実は昔サットン先生と知り合いで、乙女ゲームのことを知っています。
*誤字脱字報告、ありがとうございます!いつも感謝しています。




