惚れ薬
私はその後すぐにクラリスを探すことにした。
精霊王は私の願いを叶えてくれると言ったから、クラリスが幸せになる道を見出せるのではないかと思ったんだ。
ジェレミーがクラリスはフランソワの実験室にいると言うので、私とパトリックとジェレミーは実験室に向かった。
どうして実験室・・・?とか、どうしてジェレミーが知ってるの・・・?とか色々な疑問は浮かんだけど、ジェレミーは説明する気はないみたい。
実験室には明かりがついていて、中に人がいるようだった。
私達がドアを開けると、そこにはクラリスとジゼルとセルジュが立っていた。
「なにやってるの?」
と声を掛けるとクラリスが真っ赤になって何かを隠そうとしている。
ジゼルが
「ちょっと、勝手に入って来ないでよ。私達のプライベートなことなんだから」
と声を荒げると、セルジュが
「ここは僕の作業場だ。誰が入って来て良いかは僕が決める。何で君がそんなに偉そうなんだ」
と叱りつける。
ジゼルは言葉に詰まり、悔しそうに黙り込んだ。
私はクラリスの正面に立ち
「クラリス。お願い。どうか私と話をして。私は今精霊王に願いを叶えて貰ったところなの。あなたがこれ以上ゲームの筋書きの影響を受けないようにして下さいってお願いしたのよ」
と伝えた。
クラリスは戸惑いを隠せない。
「・・・え?じゃあ、私が国外追放とか処刑とか・・・」
「全部無くなるはずよ!」
するとジゼルがむきになって
「そんなはずないわ!だって、ゲームでは・・・」
と言い募るので、私は面倒臭くなって彼女の胸倉を掴んで体を持ち上げた。片手で十分だ。
ジゼルは「ひっ」と悲鳴をあげる。
「ゲーム、ゲームってうるさいわね!そもそも私はパトリックに男としての魅力なんて一度も感じたことないからね!良い友達だけどそれ以上なんて思ったことないから!」
と叫ぶと、ジゼルは茫然とし、パトリックは傷ついたような顔をする。ごめん。パトリック・・・でも、ちゃんとクラリスに分かってもらわないと。
クラリスは拳を握り締めて
「スズ、パトリック様はとてもお優しくていらっしゃるのよ!私は男としての魅力に溢れていらっしゃると思うわ!」
と力説する。
それを聞いたパトリックは赤面した。
「・・・あの~」
とセルジュが私達の会話に入って来たので、私はジゼルの胸倉を離した。
「クラリスはパトリックへの想いを持っているのが辛くなり過ぎたので、僕に惚れ薬を作って欲しいと依頼したんだよ」
「「惚れ薬!!!???」」
私とパトリックの声が重なった。
セルジュは話を続ける。
「ジェレミーはクラリスに長年の想いを告白したんだ。クラリスはパトリックを忘れて、ジェレミーの気持ちに応えたいと思った。だって、それが一番平和な解決法だからね。クラリスは僕がどんなに違うと言ってもスズとパトリックは結ばれると信じていてね・・・それはそこにいる嘘つき女のせいなんだけど!」
とジゼルを睨みつけた。
ジゼルは反駁しようとしたが、私達からもきつく睨まれて、結局黙りこんだ。
「それで僕は一番好きな人を忘れて、飲んだ時に目の前にいる人を愛するようになる惚れ薬を作ったんだ。一番好きな人のことは文字通り完全に存在すら忘れる」
それを聞いたパトリックが尋常ではなく動揺した。
「え、待て!それじゃ、それを飲んだらクラリスは僕のことを完全に忘れるのか?友達だったことも?婚約者だったことも?幼い頃から一緒に過ごしたことも?」
セルジュは黙って頷いて
「だから、精霊王たちが帰ったらジェレミーにこの実験室に来て欲しいと伝えたんだ。クラリスはパトリックを忘れて、ジェレミーに恋するつもりでいたからね」
と言う。
それを聞いたパトリックはクラリスに縋りついた。
「ダメだ!ダメだダメだ!そんなの許さない。俺はクラリスがいないとダメなんだ!俺を忘れるなんて言わないでくれ!」
涙目になっているパトリックを見てクラリスの瞳が大きく見開かれた。
「・・・だって、パトリック様はスズに恋してるって・・・?」
「いや、あれは勘違いだった。俺は恋なのかと思ったけど違ったんだ。憧れに近い友情なんだと思う。俺は・・・君に好かれている自信がなかったんだ・・・。でも、ジェレミーに君を取られるかもしれないと思ったら苦しくて・・・どうしていいか分からなくて。嫉妬したんだ。俺は君を傷つけてばかりでどうしようもないクズ野郎だけど、これからは努力すると約束するから!絶対に君を傷つけない!だから、もう一度、もう一度俺にチャンスをくれないか?」
というパトリックの言葉に、クラリスの瞳から涙がポロリと零れ落ちた。
「・・・私もパトリック様への気持ちをどうしても捨てることが出来ませんでした!」
振り絞るようなクラリスの声を聞いて、パトリックがクラリスを強く抱きしめた。
ジゼルが呆然と
「ヒーローと悪役令嬢がくっつくなんて・・・」
と呟いた。
私が小声で
「残念だったわね」
と言うと、ジゼルは好奇心丸出しの表情で
「ねえ、ヒロインのあなたは誰が好きなの?攻略対象でしょ?セドリック?」
と聞いてくる。
私は腹が立って
「なんであんたなんかに言わないといけないのよ。私はまだあんたを許してないからね」
と冷たく言い放った。
その後、パトリックとクラリスはいちゃいちゃしながら寮への帰途につき、ジェレミーは紳士としてジゼルを寮まで送ると言い、実験室から出て行った。
二人きりになった私とセルジュは「はぁっ」と大きな息を吐いて顔を見合わせる。
「・・・どうなるかと思ったけど、クラリスが幸せそうでホッとした」
と私が言うとセルジュが頷いて
「ね、だから言ったでしょ?絶対にスズは突破口を見出せると信じてたよ」
と褒めてくれるが私は首を横に振った。
私は不器用で無神経だから、大したことは何も出来なかった。
「ジェレミーには申し訳なかったな・・・」
と私が呟くと
「ジェレミーは多分パトリックに自分の気持ちを気づかせるためにわざと当て馬を演じたんだと思うよ」
とセルジュが言った。
「え!?そうなの?じゃあクラリスをずっと好きだったっていうのは・・・?」
「そりゃ、その気持ちは本当だったと思うよ。でも、きっとジェレミーは生涯口に出すつもりはなかったんじゃないかな。きっとクラリスとパトリックが幸せならそれでいいと思ってたんだよ。でも、思っていたよりパトリックがバカだったから、敢えて当て馬路線を選んだんじゃないかな」
「そっかー、恋愛道は深いねぇ。私には難しすぎてやっぱり無理だ」
「なんだよ、恋愛道って!?」
とセルジュがクスクス笑う。
「それで、料理は成功だったんでしょ?」
「うん、ありがとう!精霊王はすごく喜んでくれたよ。セルジュのアドバイスのおかげだわ。本当にありがとうね!」
セルジュは実験道具を片付けながら、嬉しそうに頷いた。
彼の手に小さな小瓶が握られているのに気が付いて思わず
「ねぇ、セルジュ。セルジュが手に持ってるの・・・。クラリスが依頼した惚れ薬?」
と聞いてしまった。
セルジュは
「そうだよ。なんで?」
と答える。
一番好きな人を完全に忘れて、飲んだ時に目の前にいる人に恋する薬・・・。
フランソワに失恋した時、私はそんな薬が欲しいと心から願ったのだった。
私はいまだにフランソワへの気持ちを捨てきれない。
一生捨てられないかもしれない。その薬は私にこそ必要な薬かもしれないと思ったんだ。
「セルジュ・・・。その薬どうするの?」
「えーと、捨てるけど?クラリスはもう必要ないだろうし。なんで?」
「あのね・・・いつか私がその薬を欲しいと思う時が来るかもしれない。だから、その時のために取っておいてくれない・・・かな?」
そういうとセルジュの顔が曇った。
「・・・フランソワかい?」
と聞かれて頷いた後、私は顔を伏せた。
「フランソワは本当にバカだと思うよ。パトリックよりもずっと馬鹿だよね。僕だったらスズみたいな子に好かれたら、年齢とか立場とか初恋の人の娘とか、そういうのは全部取っ払って受け入れるけどね」
というセルジュの言い方に少し笑ってしまった。
励ましてくれようとしているのが分かるから。
「・・・でも、分かったよ。スズがどうしてもこの薬が必要になったらいつでも言って。僕が肌身離さず持ってるからさ」
と冗談ぽくウインクする。
「セルジュ、ありがとう」
と言うと、セルジュが優しくハグしてくれた。




