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仲間


その後も島々が連なる絶景やクジラの群れが見えるポイントなど、船は私達を今まで見たこともないような世界へ連れて行ってくれた。


セドリックは赤いセーターを着ていて、家族にずっと揶揄われていた。


セーターの色と変わらないくらい真っ赤になって照れているセドリックを見ると、私も何とも言えない面映ゆい気持ちになる。


旅が終わり、セドリック一家に御礼を伝え涙ながらにお別れした後、私とセドリックとジルベールは帰途についた。


夢のような時間が過ぎ、伯爵邸に戻って来て一週間。


口を開けば船旅の話しかしなかった私もそろそろ話のネタが尽きてきた。


なので、いつものように暖炉の前に陣取ってお父さまとお母さまの話を聞きながら、大好きな本を読むことにした。



「・・・マーリン様の様子がおかしい話はしたよね?」


お母さまが心配そうな面持ちで首を傾げる。


「ああ、何か月か前にポーションの事故で声が出なくなったって言ってたよな?」


「そうなの。ポーションの調合を間違えたみたいで・・・試しに飲んでみたら喉を焼かれてしまったそうよ」


「死にはしなかったんだろ?それ以来ずっと自分の執務室に閉じこもってるって、お前が言っていたのは覚えてるよ」


「そうなの。ダミアンですらもう何か月も会っていないそうよ」


「そいつがまた問題を起こしたのか?」


「うーん。最近ね、マーリン様の名前で私に配置換えを命ずる指示書が届いてね。ほら、私は今魔王が封じられている森の結界を担当しているじゃない?」


お母さまは魔法陣を描いて結界を張るのが得意だ。お母さまの魔力の一部が常に森の結界を守っているって聞いたことがある。


「マーリン様の指示書には私に魔王の森の結界担当から外れるようにって書いてあったの」


「え!?なんでだ?マルタン伯爵領にある森だし、お前が作った魔法陣の中に魔王が閉じ込められてるんだから、お前以上の適任はいないだろう?それにお前の魔力のおかげで結界が強固になってるってアランが言ってたぞ」


「そうなのよねぇ。それで、一応ダミアンに相談したら、ダミアンも知らなかったみたい。ダミアンから国王に奏上したら、すぐにその指示書の撤回の命令が出されたわ。アランから今のままの担当で居て欲しいって、はっきり言われたの」


「そりゃ、そうだろう。それでマーリン様は何て言い訳してるんだ?」


「何も・・・。というか喋れないしね。執務室に閉じこもっているわ。正直、事故があってから何か月も王宮で仕事らしい仕事は何もしていないのよ。一応結界の把握はしているみたいだけど」


「アランから何か言わないのか?」


「うーん。一応注意はしているみたいなんだけどね。声が出ない人に向かって叱責するのも罪悪感があるんじゃないかな?アランは優しいから・・」


「・・・優しい・・・ね」


と言いながらお父さまはお母さまを自分の腕に閉じ込めた。お母さまが他の人を褒めたから拗ねてるんだ。


娘の前でイチャイチャしないで欲しい、と思いながら咳払いすると、お母さまが慌ててお父さまから離れる。


「・・・とにかく。魔王の森の結界は元々サットン先生が作ったもので直接大陸全体への結界ともつながっているの。魔王の森の結界が解かれたら、大陸の結界も不安定になるわ。だから、私に任せたいって国王陛下に直々に言って貰えて、私は嬉しかったんだけど・・・」


「だけど・・・?」


「マーリン様は面白くないわよね。きっと。・・・エミールからの報告の一件もあるし・・・黒いマスクの男とか・・・勿論、黒いマスクなんて誰でも手に入るんだろうけど、嫌な想像ばかりしちゃって・・・」


お母さまが憂鬱そうに呟く。


「そんな仕事辞めて、ずっと俺の傍にいろよ」


とお父さまが背後からお母さまを抱きしめる。


だから、いちゃいちゃすな!ともう一度大きく咳払いすると、お父さまに


「スズ、お前は自分の部屋に行け!」


と怒鳴られた。




その後、セドリックは公爵邸を離れ、私達は胸にポッカリ穴が開いたような気持ちになった。


大人はみんな事情を知っていたみたいだけど、それでも寂しそうだったし、セルジュは号泣した。


私も泣きたかったけど我慢した。沢山手紙を書くとセドリックは笑顔で約束してくれた。


指きりげんまんをして、私も手紙を書くねと約束した。


セドリックが居なくなった公爵邸は今までとは違って感じる。


勿論、セルジュやフランソワは牧場や畑の作業を手伝ってくれるし、パトリックやジェレミーもしょっちゅう爵邸に来てくれるけど、やっぱりセドリックの存在は私の中で大きかったんだな、と思う。


牧場で働いていても、ついセドリックを目で探してしまう。


はぁ、と溜息をつきながら牛舎の掃除をしていると


「大丈夫か?」


と突然背後から声を掛けられた。


びっくりして振り向くとフランソワが作業着姿で立っている。


「ああ、びっくりした。何が?」


「いや、セドリックが居なくなって寂しい思いをしているだろうと心配で・・・」


とフランソワが頭を掻きながら言う。


「・・・ありがとう。大丈夫。手紙も来るし。修業のためにシモン商会の所有じゃない船で一番下っ端の船員として働くことになったんだって。頑張ってるのよ」


「そうか。セドリックは大した男だ。惚れた女の傍を離れても、将来のために苦しい道を選ぶなんてなかなか出来るものじゃない。俺にはとても出来ない。お前は男を見る目があるよ」


というフランソワの言葉に何とも返事のしようがなくて困ってしまった。


・・・話を変えよう。


「それにね、今日からクラリスが牧場の手伝いに来てくれるのよ。もう半年近く体力作りを頑張ったらしいわ。久しぶりに会えるのも楽しみなの。だから、私は大丈夫!」


「・・・そうか。お前も強いな」


と言ってフランソワは私の頭を撫でた。



そして、その日の午後、ド派手な髪の毛をお団子にして、私があげたニンジャ服を身に纏ったクラリスが颯爽と公爵邸に現れた。


お付きの侍女の顔が心なしか青い。


本人はやる気に満ち満ちており、背後に燃えている炎のオーラが見えた。


一緒に出迎えたフランソワが


「・・・えーと、クラリス嬢。ようこそいらっしゃいました。まずお茶でも・・・?」


と恐る恐る訊ねると、クラリスは今すぐに牧場に行きたいと目を爛々と輝かせた。


牧場への道々尋ねると、この半年作法やダンスなどのレッスンは全てキャンセルしてひたすら体力作りに励んで来たらしい。


ルソー公爵夫妻は怒り狂い監禁までして止めさせようとしたが、前ルソー公爵に付いていた古参の使用人たちはクラリスの変化に泣いて喜び、「大旦那様が生きておられたらきっとお嬢様のことを褒めて下さったと思います」と密かにクラリスの体力作りを応援してくれたという。


「半年前に比べたら体力もついたし、スズに迷惑を掛けることもないと思う。動物に慣れるようにこっそりと厩舎に通って、乗馬も習ったの。ついでに厩舎の掃除も手伝わせて貰ったわ」


というクラリスの表情は自信に満ちていて、初めて会った時に感じた不安の裏返しのような高慢さは全く感じない。


「・・・厩舎の掃除ってとても大変なの。それなのに、私と同じ年の男の子が一人で全部やっていてね。お父さまの使用人の扱いが酷いっていうのも良く分かった。これから公爵家の労働待遇改善も考えていこうと思っているのよ」


と真摯な瞳をして語るクラリスはとても綺麗で眩しかった。


私がクラリスと手を繋いで


「エライね!応援するから頑張って!」


と励ますと、クラリスが真っ赤になって


「・・・そ、そんな褒められるようなことではありませんわ。貴族として当然のノブリス・オブリージュですから!」


とツンとする。でも、私の手は繋いだままだ。


クラリスに牧場と畑を見せると素直に感心してくれて、私はちょっと得意になった。へへっ。


彼女が体力作りを頑張って、厩舎の掃除もしてきたというのは本当だと思う。


牛糞に動じることなく牛舎と羊舎の掃除を黙々とこなすクラリスの動きは力強くて、良い筋肉がついているのが分かった。


その後セルジュも合流して、一緒に作業をする。


こっそりセルジュに動物たちはクラリスのことを何て言っている?と聞いたら、


「悪くないって言ってたよ」


とのことだ。セルジュもクラリスのことを嫌いではないみたいでほっとした。



パトリックとジェレミーは牧場で働くクラリスを見て、目をまん丸くして驚いていたけど、クラリスの作業の様子を見てライバル登場と焦ったらしい。


三人で競い合うように牧場での仕事を奪い合う。


誰が一番溢さずに牛糞を運べたかで争っているのを聞いた時は噴き出してしまった。


王太子と公爵令息令嬢の会話じゃないよね!


セルジュと顔を見合わせて爆笑していると、三人も自分達の会話の可笑しさに気づいたみたい。


最後は全員で大笑いして、一緒に夕ご飯を食べて解散した。




お母さまは私とセドリックが恋愛的な意味で両想いだと思っているから、神龍の呪いのことはもう心配しなくても大丈夫だと安心しているようだ。


私はお父さまの領内での公務を少しずつ手伝うようになり、セルジュはフランソワのポーションの弟子になった。


セルジュのポーションの才能はずば抜けていて、フランソワが既に自分を超えているとコメントするくらいだった。


私もポーションを教えて貰っているけど、フランソワ曰く


「お前は・・・何と言うか大雑把なんだよな・・・」


ということでポーションには向かないらしい。くすん。


パトリックとジェレミーは益々公務が増え、クラリスは父親の領地経営にも積極的に口を出していくことに決めたらしい。


みんな、それぞれ頑張っている。


それでも、私達は公務や修行の合間に牧場に集まって作業を続けた。


この集まりは私達にとって生き甲斐とも呼べるもので、牧場で家畜の世話をしたり、畑の世話をしたりする時はみんなの童心が甦るようだった。


私とクラリスは一番の親友になった。



そして、数年が過ぎ・・・


私達は全員魔法学院に進学することになった。


魔法学院は貴族しか入れないのでセルジュは正式にフランソワの養子になった。お祖父さま達とも色々と話し合った結果らしい。


パトリックとジェレミーは実は一学年下になるのだが、私達と同じ学年が良いと我儘を言ったようで、学院で試験を受けて飛び級ということで入学が認められた。


そして、私達は入学式の数日前に学院寮への引っ越しを済ませた。


引っ越し以外に私達にはもう一つの使命があったのだ。


それは、学院寮近くにある無人の修道院の掃除と修繕だ。


なんとジルベールがそこに修道士として住むことになるという。


えーと・・・多分私の護衛だから・・・なんだよね?


侍女は連れて行かなくてもいいけど、専門の優秀な護衛が必要だという我が家の過保護ぶりは健在であった。


そして、いよいよ学校が始まる。


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