海賊の密談
ジャックと呼ばれた男はテーブルに置かれたラム酒を口に含むと
「美味いな」
と言う。
「口に合ったのなら良かった」
とセドパパが頷く。
「最近、タム皇国の動きが不穏だ」
独り言のようにジャックが呟いた。
タム皇国では多くの人々が仕事を失い、飢え死にを避けるために海賊になろうと流れてきているらしい。タム皇国側の海域はどんどん治安も悪くなっていると言う。
「俺も海域全体を完璧に管理するのは無理だ。今後は海賊が船を襲うことも多くなるだろう」
セドパパはそれを聞いて溜息をついた。
「商人にとって積荷を乗せた船は命だ。それを襲撃されるのは辛いな」
「シモン商会の船は俺達が守るから心配するな」
「それはいつも感謝している。出来たら他の商会の船にも温情を掛けて欲しい」
「最善を尽くそう」
「タム皇国の動きが不穏というのはどういうことだ?」
ジャックの顔が難しくなる。
「戦争になるかもしれん」
「戦争?!」
セドパパとポールが同時に声を出す。
「今すぐと言う訳ではないが・・・。タム皇国は再びユレイシア大陸侵攻を考えている」
と言うジャックの言葉に二人は唖然とした。私とセドリックも驚いて顔を見合わせる。
「・・・しかし、大陸には神龍の神子が張った強力な結界が・・・」
「ああ。ただ、最近イーゴリ・タム皇帝に近づく胡散臭い奴らがいる」
ジャックの話によると現在タム皇国は主戦派と穏健派にはっきりと分かれている。
イーゴリ・タム皇帝と第二皇子のルドルフ・タムは主戦派。皇太子のユーリ・タムと第一皇女のナターリヤ・タムは穏健派で戦争は避けたいと考えている。
主戦派の一番の障害は何と言っても大陸を守る強力な結界だ。それがある限り侵略は不可能だと分かっている。
しかし、第二皇子のルドルフの妻アンジェリックが怪しげな男女を皇帝に紹介した。
二人は大陸の結界を解除することが出来ると言う。そして、結界を解除出来たらタム皇室に伝承される『魔王の剣』を褒美として頂戴したいと望んだ。
皇帝は胡散臭い二人を信用せずに追い返したと言うが、ルドルフとアンジェリックは諦めきれずにいるという。
「ジャック、『魔王の剣』とは何だ?」
と言うセドパパの質問にジャックは顔を顰めた。
「古代、魔王復活の祭祀に使用されていた剣だと言われている」
「魔王復活?」
「恐らくだが・・・その怪しげな二人は魔王の封印を解いて魔王を復活させたいのだと思う」
セドパパの顔は青褪めている。
「魔王の封印には神龍の加護がある。魔王の剣であっても封印が解けるとは限らない・・・」
というセドパパの言葉にジャックは頷いたが
「もし、魔王の剣に神龍の力を纏わせることが出来たら?」
と聞き返した。
「・・・そんなことが可能なのか?」
「神龍の甘露というものを知っているか?」
「あ、ああ。神龍の赤子に飲ませるとか聞いたことがあるが・・・」
「あれは神龍の能力と生命力を分け与える儀式だ。それを人間に行ったら、その人間には神龍の能力や生命力が宿るだろうな」
「そ、そんな人間がいるのか?」
「・・・さあ?」
とジャックはそれ以上何も言わない。
「その怪しげな二人は今どこに?」
とセドパパが訊ねると
「良く分からない。その二人が何者なのかも不明だ。アンジェリックは傾倒しているようだったがな・・・。ルドルフ達が匿っているという噂もある。男は黒いマスクを顔につけていた。女は・・・鬘を被っているようだったな。男はほとんど何も話さなかったが、女の方はお喋りで誇大妄想狂のようだった」
「どんなことを喋っていた?」
「・・・オデットという女が嫌いだと。ただ、彼女は神龍の加護が強すぎて手が出せない。それに・・・オデットの隙をつかないと大陸の結界が破れないとも言っていた」
「隙をつく・・・?」
「オデットは結界を守る宮廷魔術師の一人で、しかも神龍の聖女なのだろう?彼女の豊富な魔力の一部が常に結界につながっていて、なかなか隙を見せないと女が溢していた。しかし、オデットの隙をつくことが出来れば結界は破れるとも豪語していたな」
セドパパは腕を組んで、難しい顔で考え込む。
「それから・・・第二皇子ルドルフの妻アンジェリックはリシャール王国にいる兄のバチスト・ルソー公爵と繋がっている。バチストとアンジェリックはリシャール王国を裏切ってタム皇国の侵略を助けるのではないかと思う」
という衝撃発言が飛び出した。
「・・・それには正直驚かないが、証拠は・・・ないんだろうな?」
というセドパパの言葉に
「あの兄妹は愚かだが、尻尾を出さない術は心得ているらしい」
とジャックが答える。
「バチストもアンジェリックも曲がりなりにも高位貴族だ。胡散臭い二人との接点は何だったんだろうな・・?それに現在リシャールの公爵であるバチストが亡国の道を選ぶだろうか?しかも、バチストの娘は王太子の婚約者だぞ」
とセドパパが呟くと、ジャックが薄笑いを浮かべた。
「娘は保険だ。タム皇国がユレイシア大陸を侵略した暁には最高の地位と富を約束すると言われたら簡単に裏切るだろう」
「なるほどな・・・。そんな約束が守られる保証はないのに」
「あの兄妹は残念ながら頭が悪い。タム皇国にも利用されるだけだろう」
ジャックは次の言葉を発する前に少し躊躇した。
「・・・これは確実な情報ではないが、バチストが父親のルソー公爵を毒殺したという噂がある。怪しげな二人組は毒薬に詳しい。それが元々の接点だったのかもしれないな。アンジェリックは痕跡が残らない毒薬について得意気にルドルフに話していた。皇太子がいる限りルドルフは皇帝になれない。皇太子を毒殺したいと思っても不思議はないだろう・・・」
「きな臭い話だな。なるほど。権力争いのせいで国政が荒れて、人々の生活にも悪影響が出ているから海賊が増えるという訳だな。経済も治安も悪くなるから、完全な悪循環だ。そんな状況で戦争なんて出来るのか?」
「イーゴリ皇帝は今年軍事予算を30%引き上げた。当然税は高くなる。一般市民にとっては死活問題だが、皇帝は豊かなユレイシア大陸を侵略出来れば、お釣りがくると思っている」
セドパパは深い溜息をついた。表情は暗い。
「イーゴリ皇帝も魔王復活を望んでいるのか?」
ジャックは肩をすくめた。
「さあな?魔王が復活したら、ユレイシア大陸を全て破壊してしまうかもしれない。そうしたら戦争の旨味は吸えないな。敵を弱らせるために多少の破壊は都合が良いが、破壊しすぎても困る、という心境だろうな」
「なんだそれは!勝手だな!」
「皇族なんてみんな自分勝手なものさ」
とジャックが嗤う。
セドパパが大きな息を吐いた。
「分かった。ありがとう。すごい情報収集力だ。いつも感心する・・・情報源は・・・勿論詮索しない。約束だからな」
と言いながら、金貨が入っているらしき大きな袋を渡した。
ジャックは笑顔で
「こちらこそ助かる。海賊行為をしなくても仲間たちが食べていけるというのは有難い」
と袋を受け取った。そして、
「それからその壁の向こうに三人隠れている。敵じゃないようだから放置したが気をつけた方がいい」
と付け加えた。あうち!
 




