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ミステリアス魔法使い ギル 後編


 「おいロベルト、相談がある」

 「………ギル様、まさか身代わりの事ですか?」


 魔法伝書鳩で僕に呼び出されたロベルトは、僕の部屋に入ってくるなり嫌そうな顔をした。全く、上司の僕の前でそんな顔するなんて本当に失礼な奴だ。


 「違う。お前女と付き合った事はあるか?」

 「……へ?」

 「だから女と付き合った事はあるかと聞いてるんだ!」

 「……え、えぇまぁ」

 「それなら良かった。教えろ、パートナーに贈るドレスはどんなのが良いんだ?」

 「……ぇえぇぇえええ!?」


 うるさい、なんでどいつもこいつも僕がこの質問をしたら叫ぶんだ。


 今朝書類を持ってきた官吏に聞いても同じ反応をされて、しかも答えを言わないまま逃げて行った。あいつ、今度こそクビにしてやる。


 「……ギル様、どなたに贈るのかお聞きしても?」

 「ソフィアだ。知ってるか?リドリー侯爵家の当主だ」

 「ソフィ……あぁ、マダム・ソフィアですか?」

 「なんだ、知ってるのか。それなら話が早い。彼女に合うドレスを選びたい。どんなのが良いか教えろ」

 「ちょ、ちょっと待ってください。え、えっと、彼女とはどういう関係で?」

 「授業の講師が彼女なんだ。それで二週間後のパーティーのパートナーには彼女を誘う」

 「そ、それは……ギル様はマダム・ソフィアに好意を抱いてらっしゃるのですか?」

 「ばっ……そ、そんなんじゃない!か、彼女が誘って欲しそうにしてたからだ!それに、年増の未亡人なんて誰も誘ってくれないだろうから、僕が声をかけてやるだけだ!」

 「………あのマダム・ソフィアが誘われないわけないでしょう」

 「今なんか言ったか?」

 「いえ」


 ロベルトはニッコリと笑った。


 「ギル様が女性に好意を持たれるなんて、魔法省に務める官吏として非常に嬉しく思います」

 「だーかーら、別に好きなわけじゃない!」

 「でも憎からずは思ってらっしゃるでしょう?でなければお誘いする事もありません」

 「ま、まぁ、な。憎くは、ない」



 僕はソフィアの事は嫌いじゃない。べ、別に好きなわけでもないけど。

 ソフィアとのアフタヌーンティーで、いつも彼女は軽食やスイーツを手作りしてくれる。その味も、悪くない。


 それに彼女は意外にも魔法に造詣が深かった。


 『私、料理をする際に魔法を使いますの。火加減が難しいお料理もございますから、そのおかげで鍛えられましたわ』

 『へぇ。じゃあ火魔法が得意なんだ』

 『えぇ、例えば……このクッキーも生地に対する火加減が結構難しいんです。弱過ぎてもダメ、強過ぎてもダメですわ』

 『じゃ、じゃあこの粘土で作った人形をちょうど自立できるくらいの硬さに出来るの?僕、水魔法使いだから火魔法の微妙な調節が難しいんだよね』

 『えぇ、もちろんです』



 他にもソフィアは乗馬も得意だ。


 『タンジェント様、今日の乗馬訓練はどうですか?』

 『………怖い』

 『大丈夫ですわ。私がタンジェント様をきちんと後ろから支えていますから。それと馬に慣れるまでは無理しなくて宜しいですわ。今は授業は忘れて、楽しむ事を覚えましょう』

 『……なぁ、そんなに背中にくっつかれると暑いんだけど』

 『まぁ申し訳ございません。でも、もう少しだけ我慢してくださいな』


 

 それにあんなに淑女然としてるのに、時に少女の様な顔も見せる。


 『タンジェント様!見てください!こんなに一面に夜光草の花が咲いてるなんて!とても綺麗ですわ!』

 『別に見慣れた光景だろ?』

 『ふふ、魔法省の方はそうかもしれませんわね。けれど私は初めてです。とても美しいですわ。

 みっともなく大きな声を出してしまいました。恥ずかしい……』

 『……別に僕の前なら問題ない』

 『ありがとうございます。タンジェント様のお側にいると……なんだか貴族でもない1人の女に戻ってしまいそう』

 『そ、それは悪い事……なのか?』

 『いえ、なんだか……とても心地よいという事です』

 『それなら……良い。

 夜光草はその名の通り夜になったら花が光るんだ。夜はもっと綺麗だ。……よ、良かったら一緒に見に来ても……良い』

 『ふふ、ぜひ』



 

 「ギル様ー?聞いてますかー?」

 「はっ!……な、なんだ」


 しまった、ソフィアの事を思い出していてロベルトの存在をすっかり忘れてた。


 「どうやら、マダム・ソフィアとは……上手くいっている様ですね」


 ロベルトは今にも欠伸をしそうな、退屈そうな顔をしている。……なんだ、その顔は。絶妙にムカつくな。


 「まぁな、僕が時間を割いても良いと思うくらいには悪くない」

 「はぁ……」

 「なんだその顔は。文句あるのか?」

 「いえ……では、私の女友達を連れて参ります。ドレスを選ぶにしても女性の意見があった方が良いでしょう」

 

 そう言ってロベルトが魔法伝書鳩で呼び出したのは、見覚えのある下働きの女だった。






 今、私はロベルトに呼び出されてめったに来ない北棟に来ている。そして、のこのことやって来た事を心の底から後悔してる。何故かというと……


 「ギ、ギル様。こちらのドレスは……」

 「却下だ。ソフィアにそんな安っぽい柄は似合わない」

 「………」



 こんな風にかれこれ小一時間もあの、筆頭魔法使いギル様のドレス選びに付き合わされているから!

 てか、私を呼び出したのって女の意見も聞くためよねーー?結局私の意見なんか全然聞いてないじゃないっ!

 思わず呼び出したロベルトを睨む。同様にギル様に付き合わされているロベルトは、手を合わせながら口パクで「ごめん」と謝って来た。



 「なんだ、お前全く使えないな」

 「……申し訳ございません」


 ……モウヤダ。何この男。筆頭魔法使いで顔が良くなかったら殴ってるわ。そもそも昨日までドレスの事なんてカケラも興味なかった様な人にとやかく言われたくないんですけどーーー!


 「おい、これはどうだ?」


 それでもギル様は私の意見を一応は聞く気があるようで、自分で選ぶ度に私に聞いてくる。そしてその選ぶドレスがなんというか……エキセントリックすぎるのだ。

 てか、何そのデザイン!?デザイナー、ファンキーすぎるでしょ!なんで足元がタコの触手の形してるの!?


 「ギル様、それは……」

 「なんだロベルト、ダメなのか?」

 「いえ、ダメというか……」

 「ギル様、マダム・ソフィアは最新の流行には乗りません。御自身で流行を生み出されるお方です。彼女が着たドレスの型は必ず次のシーズンのトレンドになります。ですから、どんな人でも着ることの出来るデザインを好まれると思います。あまり奇抜すぎては上流階級の方は好まれませんから」

 「そ、そうか。僕は可愛いと思うがな……」


 私の言葉に渋々ギル様がタコドレスを諦めた。セーーーフッ!よくやった、自分!


 「誰もが好むクラシックな形でありながら、マダムらしい遊びをいれたデザインが良いと思います。

 今社交界で流行っているのは胸元を大胆に開けたプリンセスラインのデザインです。しかしながら、マダム・ソフィア御自身はあまりプリンセスラインのドレスをお召しになる事が少ない様に思います。

 ですので、胸元が開いたデザインはそのままに、マーメイドラインに変更するのはいかがでしょう?そのままでは少し下品に見えますから、胸元から手首までレースで覆うと、淑女らしい装いになると思います」

 「おぉ……」


 私の説明にギル様が初めて良い反応を見せる。チャンスを逃さずここぞとばかりに畳みかけた。


 「レース編みは一部の職人にのみ許された高価なものです。それを大胆にあしらったドレスは上流階級の女性に好まれますし、そういったドレスを贈ることでギル様の想いの強さも示すことが出来ると思います」

 「………気に入った」


 っしゃーーーー!思わず小さくガッツポーズしたところで、ロベルトと目が合う。彼自身も長時間の拘束から解放されて嬉しそうに笑みを浮かべた。


 パーティーまであとたったの二週間だ。今からドレスを作る事は出来ないから、既存のドレスにレース編みを付け加える方向で発注された。デザインは私の案が採用されたけど、カラーだけはギル様が選ばれた。

 選ばれた色は深いコバルトブルー。それだけでギル様がいかにマダム・ソフィアの事を好いているか分かる。

 魔法使いには色がある。例えば火魔法が得意な人は赤、風魔法は緑、といった具合に。ギル様は水魔法を特に得意とする。魔法使いが自身の魔法に因んだ色を贈るのは、最大の求愛なのだ。

 

 あのギル様を手懐けるマダム・ソフィアってなんて凄いんだ。








 「ギル様、ご注文のドレスが仕上がりました!」

 「やっと出来たか!」


 隣国の使節団が来るまであと2日のところでギル様が発注していたドレスが出来上がった。レース編み職人をフル稼働させて急いで作らせたけれど、なんせ時間がない。ギリギリとなってしまったが、どうにか間に合った。

 痺れを切らしたギル様が魔法で作ると言い出した時もあったが、それは即座に止めさせた。彼の壊滅的なセンスで作られたら堪らない。


 「ロベルト、よくやった。ありがとう」

 「ギル様……」


 そして俺はギル様に新たなパシリとして任命されたのか、何故かギル様に良く呼び出されてはマダム・ソフィアについての恋バナや、ドレス工房との連絡役をさせられていた。

 それを煩わしいと思うと同時に、ギル様の素直じゃない態度が可愛くも思えてきて、時間の許す限りは付き合ってきた。だからこそあの、ギル様からこんなにも素直な言葉を賜ると、少々胸が熱くなる。


 「これを、ソフィアに、贈る……!」

 「はい、ギル様。マダム・ソフィアはちょうど登城した様です」

 「……待ってられない、迎えに行く!」

 「え、ギル様?」


 ギル様は部屋までマダム・ソフィアが来るのを待ち切れないのか、部屋を飛び出した。慌てて俺も着いて行く。着いて行ってしまったのは完全に勢いだったが、俺はそれを後で大いに後悔する事になる。




 マダム・ソフィアはすぐに見つかった。ちょうど大広間に向かう廊下を大勢の侍女を連れて歩いているところだったからだ。


 「ソフィア、迎えに……!」

 

 「ソフィア、久しぶりだね」


 ギル様が不幸だったのは、マダム・ソフィアの背後から彼女を見つけてしまった事。そして、彼女と会話をしている男に気付くのが遅れたこと。その男は遊び人と名高いフェンネル男爵だった。確かマダム・ソフィアの愛人の1人だ。

 2人が話している事に気付いたギル様は反射的に廊下の柱の影に隠れた。2人はこちらの存在には気付かず会話に花を咲かせている。


 「フェンネル様、お久しぶりでございます」

 「ソフィア。カイン、と。2人きりの時は名前で呼ぶ約束だろう?」

 「それでもここは王宮ですわ」

 「ふぅん、ソフィアはつれないね。最近はめっきり私を誘ってくれないし」

 「陛下から命令を賜りましたから。申し訳ございません」

 「いいんだよ、それに知ってる。あの変人魔法使いの社交界の教師をしてるんだって?」


 フェンネル男爵の言葉にギル様がピクリと反応する。マダム・ソフィアがどう言葉を返すのか気になっている様だった。


 「フェンネル様、お言葉が過ぎますわ。タンジェント様は当代随一の筆頭魔法使いでございますわ」

 「それでもあんな坊やに私のソフィアを取られていると思うと妬けるね」

 「あら、フェンネル様でもそんな独占欲をお持ちですのね」

 「まぁ、ね。だからそんな私を慰めておくれ。明後日のパーティーには私と一緒に出てくれるだろう?」


 フェンネル男爵がマダム・ソフィアの手をとって口付ける。マダム・ソフィアは慣れたように手を差し出した。

 ギル様が隣でギュッと拳を握るのが分かった。


 「申し訳ございません、フェンネル様。私、教師として大事な生徒の相手を務めなければなりませんの。フェンネル様のお誘いは受けることが出来そうにありませんわ」

 「そんなに大事なのかい?その生徒とやらが」

 「ふふっ、何を仰いますの?恐れ多くも陛下から直々に頂いた命令ですもの。大事にしない訳がございません」

 「そうだね、陛下は君の元愛人でもあるわけだし」

 「フェンネル様、あまりその話を軽々しくなされるのは良くありませんわ。王妃陛下への失礼にあたります」

 「ごめん、そんなに怒らないでソフィア。そうだな、じゃあパーティーの後は私に時間を頂戴」

 「考えておきますわ」


 2人が別れた後も、ギル様と俺は柱の影に隠れたまま出る事が出来なかった。隣でギル様は顔を俯かせて震えている。

 ギル様が、マダム・ソフィアが社交界でどの様な立場にいるのか知らない気はしていた。社交界の女帝として君臨し、多くの男に愛を囁かれている事を知らず、ただの侯爵家の未亡人だと思っている節はあった。

 けれど、まさかこの様子だと彼女が陛下の元愛人だった事も知らなかったのか?だとしたら最悪のタイミングでバレた様に思う。俺はその事実に青褪めた。


 「ギ、ギル様。もしかして……」

 「……ってたのか?」

 「え?」

 「ロベルトは……ソフィアがウィルの元愛人だと知ってたのか……?」

 「……はい」


 ギル様が顔を上げる。その紫水晶の瞳は湿っぽく輝いていた。


 「ギル様、まさか泣いて……?」

 「ソフィアが、あの男と付き合ってる事も……?」

 「……はい」

 「もしや、ソフィアは……他にもああいう男がいるのか……?」

 「……はい」

 「ソフィアが僕の事を……ただの生徒としてしか思ってない事も?ウィルに言われたから大事にしてただけだって事も?」

 「い、いやそれはマジで知らないです!てか、そんな事無いと思います、よ!」


 いやまぁ、ギル様の恋バナを聞く限り、マダム・ソフィアは大分思わせぶりだなぁとは思った事はあるけど!それでも本心からギル様の事を大事にしてたと俺は、思う!


 「……ロベルト、頼みがある」

 「……」

 「ロベルト?頼みが、ある」

 「……はい、ギル様」


 ギル様は泣いてるのを隠しもしない。そんな上司に頼みがあると言われて、断る事の出来る人間がいるだろうか。

 なんで俺は勢い余ってギル様に着いて来てしまったんだ!!







 

 「王国筆頭魔法使いの任を預かります、ギル・タンジェントでございます。

 両陛下の御尊顔を拝し、恐悦至極に御座います」

 「……ギル?」


 隣国の使節団を招いたパーティー当日、マダム・ソフィアを連れたギルが、私とウィルの元へ挨拶に来た。

 その作法から言葉まで、完璧に紳士のそれだ。以前のギルと違いすぎて面食らってしまう。


 「ギル、成長したな」

 「へ、陛下!あ、ありがたい御言葉を賜りまして……」

 「やめてよ、ギル。私達そんな仲じゃ無いでしょ?」


 思わず声をあげた私にギルが戸惑った様に顔を上げた。


 「いつもの様に話して良いのよ?昼間、使節団に説明してる時はこんな感じじゃなかったのに、一体どうしたの?」

 「い、いつもの様に……」

 「そうよ、いつも呼び捨てで呼んでたじゃない」

 「両陛下を呼び捨て……」

 

 私の言葉にギルが何故か途方に暮れた様に呟く。

 その様子にますます違和感を感じて近付こうとすると、ウィルがそんな私の腰に手を回して引き留めた。


 「シシィ、ギルが一か月頑張った成果だ。それを無碍にするのは良くないよ」

 「ウィル……」

 

 ウィルは何故かニヤニヤと笑いながらギルを見つめている。その笑みは何度も見覚えのある悪どいものだった。


 「タンジェント様の教師を務めさせて頂きました、リドリー侯爵家当主、ソフィア・リドリーと申します。

 この快き日に両陛下に御目通り叶い、光栄で御座います」


 マダム・ソフィアが続いて淑女の礼をとる。彼女とウィルの事で頭を悩ませていた事があるだけに、少しどきりとする。

 マダム・ソフィアはレースがふんだんに施された、マーメイドラインのコバルトブルーのドレスを身に纏っている。その妖艶でありながら上品な美しさに、女の私でも見惚れてしまった。


 「マダム・ソフィア、ギルの教師という任務をよく完遂してくれた。感謝する」

 「陛下からその様な御言葉を賜り、光栄で御座います」

 「私からも感謝の意を。陛下からの依頼は急でしたでしょう。よく応えてくれました」

 「王妃陛下からも御言葉を賜り、恐縮に御座います」


 私の言葉にマダム・ソフィアが益々深く頭を下げると、ギルと共にその場を立ち去った。


 マダム・ソフィアはウィルの元愛人だけれど、その事を自ら話したり、自慢気に態度に出しているところを見た事がない。だからこそ、彼女の事を憎めないのだ。



 「ギルは変わったな」

 「えぇ」

 「何でだと思う?」

 「それは……マダム・ソフィアの授業が良かったんでしょ?」

 「それもあるかもしれない。けどよく見て、シルビア。2人のダンス、どこかぎこちないでしょ?」

 「えぇ、確かに……」


 2人はホールでヴェニーズワルツを踊っている。通常のワルツより早いそのダンスを完璧に踊りながらも、2人のコンビネーションには少しのぎこちなさがあった。


 「一か月も共に練習した間には見えない。まるで今日初めて合わせた2人みたいだ」

 「どういう事?」

 「マダム・ソフィアの手紙にはギルと毎日の様にダンスの練習をしていると書いてあった。という事は、あの2人のぎこちなさとギルの変化を説明するには、ギル本人が全くの別人だと考えた方が自然だ。そう考えれば、今日招待したはずのロベルトが会場にいない事が気になってこない?」

 「まさか……」

 「きっとそのまさかだよ。北棟には、今会場にいるはずのギルがいるだろうね」

 「なんでそんな事を?マダム・ソフィアの手紙では、ギルはパーティーに向けて頑張ってるって書いてあったのに。だから、ドレスも贈られたって」


 ウィルと喧嘩して仲直りをしたあの日から、ウィルはマダム・ソフィアからの手紙を私にも見せてくれていたのだ。


 「さぁ?ただ、もしあのコバルトブルーのドレスをギルが彼女に贈ったのだとしたら、ギルは相当彼女の事を好きらしい。けれど、相手はあのマダム・ソフィアだ。何があったかは分からないけど、パーティー当日になってパートナーとして自信を無くしたのかもね」

 「そんな……」


 自身の水魔法に因んだ色のドレスをマダム・ソフィアに贈ったギル。彼女に愛人が何人もいるとギルは知っていたのだろうか?それを知った時のギルの心中を思うと切なくなる。


 「けれど、俺の命令を無視してパーティーに出席しなかったのは、お仕置きだな」

 「……」


 どうやらウィルは傷付いた幼馴染みを慰めようという殊勝な心を持ち合わせてないらしい。







 コンコンコン



 部屋をノックする音に、読み耽っていた本から顔を上げる。外を見ると既に月は高く、パーティーが終わった時間である事を悟った。


 「入りなよ」

 

 どうせロベルトだ。

 あの日、ソフィアがカインとかいう男と親しげに話していたのを目撃した日、僕はロベルトに変身薬を飲んでパーティーにソフィアと出席する様頼んだ。

 ソフィアには愛人が沢山いて、彼女が僕に優しかったのもただの生徒としてだけ。それが分かった僕は、彼女と一緒にパーティーに出るのが耐えられなかった。

 会場には彼女の愛人も多く招待されているに決まっている。それにウィルもいる。ソフィアの1番そばで、彼女が多くの愛人達と言葉を交わす姿を見る事なんて出来ない。そんなの耐えられない。

 愛人が何人もいるのに思わせぶりな態度をとって、それで浮かれている僕を見てソフィアは笑っていたんだろうか?そう思うと酷く彼女が憎らしいのに、会いたい気持ちが強くて、授業だけは最後まで受けた。ドレスも自分で渡したくて、贈った。それも昨日で終わった。彼女と僕を繋ぐ糸は切れた。


 「ロベルト?入って来たのか?」


 僕は入り口に背を向けていて、入って来たはずなのに何も言わないロベルトに声をかける。

 そこで初めて、ヒールの音と僅かにドレスを引きずる布の音に気付いた。


 「タンジェント様」

 「ソフィア……!?」


 振り返るとそこには確かにソフィアがいた。僕が贈ったドレスを身に纏って、じっと僕を見つめている。その表情はいつも穏やかな笑みを浮かべている彼女と違っていて、思わず顔を背けた。


 「どうしたの?パーティーは?」

 「終わりました。タンジェント様、変身薬を使われたのですね?」

 「よく気付いたね」

 「見れば分かります。……何故ですか?」

 「だって……やっぱりパーティーに出るの面倒くさかったんだもん」

 「……それだけですか?」

 「……何?こっちに来ないでよ」


 ソフィアが近付いてくる。それすらも嬉しく思う自分がとことん嫌になる。

 それでもパーティーに出席しなかった理由をソフィアに知られたくない。僕は思わず椅子から立ち上がって後ずさった。

 それを追いかける様にソフィアが近付いて来る。気付けば僕は窓際まで追い詰められていた。


 「タンジェント様、本当にパーティーが面倒くさくてあんな事をしたのですか?」

 「そうだよ」

 「……では何故私の目を見てくださらないのですか?」

 「……」

 「私は……タンジェント様とパーティーに出るのを楽しみにしておりました。けれど、現れたタンジェント様はまるで貴方と違いました。作法も仕草も言葉遣いも全てが完璧で、言葉を失いました」

 「なにそれ?嫌味なの?良かったじゃん」

 「そんな貴方を見た時の私の気持ちが分かりますか?タンジェント様に嫌われたのかと、凄く悲しい気持ちになったんですよ」


 ソフィアの震える声にハッと顔を上げる。ソフィアは大きなエメラルド色に輝く瞳を潤ませて、必死に涙を堪えていた。


 「……腹が立つ。なんで君がそんな顔をするんだ。僕の事なんて何とも思ってないくせに」

 「タンジェント様?」

 「ソフィア、君には沢山の愛人がいるんだろう?僕の事は元愛人のウィルに頼まれたから大事に面倒見てくれてたんだろう?

 僕の事なんてなんとも思ってないのに、そんな事を言うなんてずるいじゃないか!」

 「どういう事ですか?」

 「分かってたんだろう?僕が君の事を好きなの。それなのに思わせぶりな態度をとってたのは君じゃん!」


 思わず胸の内を吐露してしまう。

 だから近付いて欲しくなかったんだ。君が側に居ると僕は本音しか言えなくなる。


 「……タンジェント様は私の事が好きなんですか?それは、教師として?それとも男女の間柄として?」

 「そんなの、僕が言わなきゃいけない?」


 やけくそになって、僕はソフィアを睨み上げた。彼女自身は何故か嬉しそうに笑顔を浮かべている。ますます腹が立つ。


 「私はタンジェント様の事をお慕い申し上げております」 

 「……は?」

 「貴方の為なら恋人達と別れても良いと思うくらいには」

 

 ソフィアは僕の頬に手を当てると、益々笑みを深めて囁いてきた。その仕草と言葉に、嫌でも鼓動が速くなる。


 「……僕がそんなの信じられると思う?」

 「そうですね、だからずっと私のそばに居てお確かめになっては?」

 「何言って……」


 そこで魔法伝書鳩が窓から飛び込んで来た。王家の紋章が刻まれた手紙を咥えている。


 『パーティーニデナカッタシオキダ。コレカラモマダムソフィアノジュギョウヲウケロ』


 句読点の無い読みづらい文だな!イライラしながらも全文を読み終えると、ソフィアが隣で笑う気配がした。


 「陛下も私が貴方の側に居た方が良いと、そうお望みの様ですよ」

 「……」

 「私の事を信じろとは言いませんわ。ただお側に置いてください」

 「……君がそんなにも言うなら、そばに居て確かめてやっても良い」

 「ふふっ、はい。お願いします、タンジェント様」

 「……それをやめろ」

 「え?」

 「その、タンジェント様ってやつ。ギル、だ。愛人達は名前で呼んでるのだろう?」

 「そうですね、でもこれからは私が名前で呼ぶ相手は貴方一人になりそうですわ。……ギル」

 「うん、ソフィア」

 「はい」

 「もう一回呼んでくれ」

 「ふふっ、かしこまりました。ギル」


 ソフィアの手を取って、指を絡める。彼女は僕に寄り添うと肩に頭を乗せてきた。

 ソフィアの事は分からない。彼女が僕の事を好きというのも、愛人達と別れるというのも、どこまで本当なのか、もしかしたら全部嘘なのか、それも分からない。

 けれど結局は惚れた弱みなのだ。彼女の温もりを肌で感じながら、しばらくはこの温もりに身を預けて騙されてみようかと、僕は煌々ときらめく三日月を見上げた。




 その後ソフィアは本当に愛人達と縁を切り、その愛人達が北棟に押し寄せてきて一悶着あったのは、また別の話。


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