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9.二度あることは三度あるという物の

蝶々は炎の粉をまとって飛び回る。

ジェムはその後を追いかけていく。人々は我先に隠れて逃げ出すからか、通るのは簡単だった。

そして、その蝶々があまりにも当たり前のように、彼女の歩幅などに合わせている。

追いかけるのはたやすい。

そしてとうとう、城が目の前だ。そこは城の防衛のためか、騎士たちや兵士が多く門の前にいる。

とても通れそうにない、と思った矢先だ。

何か、そうだ、何かが。

いきなり城の上部に直撃し、ばらばらと石くれが降り注いできたのだ。

何ということか、と呆気にとられるのもつかの間、人々の目をかいくぐるのは今だと気付く。

蝶々が彼女を待っている。

ジェムはただ、蝶を追いかけようと決めて走り出す。見事な城の上部が砕けて崩壊したからか、兵士たちも慌てふためき、何人もの人間が逃げ出していく。

ここまでくれば、崩落も早いだろう。

ジェムは道などまったく覚えないまま、ただ、人気のない道を焔の蝶に導かれて進む。

「こんな所にあの人がいるの?」

呟くのも当たり前だ、そこはあまりにも暗い。

暗く、灯りもまばらなんていうものではない。

そしてその道は徐徐に、凍えるような空気に満ちていく。

そしてどんどんと、地下に進んでいくような気持もする。下っていくのだ。

暗闇に近い通路で、恐ろしくなりながらも、ジェムは進むのだ。

逃げ出す、やめる、……こんな所まできて?

そんな事ができるわけもないのだ。

はあ、と吐きだした息さえ白く染まる。だが光源が無ければ気付きもしない事だ。

「さむい……」

ジェムは小さく呟きつつ、足を進めていく。戻る事なんて思いもしなかった。

触れれば手の皮を持って行かれそうなほど、冷たい石壁の世界が、突如変わる。

「っ!」

変わった途端に、彼女は足を滑らせて転んだ。

ばきん、と薄い氷が割れるような音が、うろの様な通路に響いた。

そして地面についた手が、泥のような湿った土の感触を知らせてくる。

石壁の通路が、終わったのだ。ここからは、ただ穴を掘って作った場所なのだろう。

かなり世界は暗くなり、灯りもほとんどない。明るい橙色の蝶の周りだけが、かろうじて見えるような世界に変わっていた。

「こんな場所に、なんて」

立ち上がったジェムは、おそらく足元も凍っているから走れないだろう、と辺りをつけて、慎重に進んでいく事にした。

それを感じたのか、蝶の速度もゆっくりとしたものになる。

だが、恐る恐る進むと、それだけで怖くなる。

その結果、ジェムはまた走り出した。また転ぶ。頭が悪い、懲りない、と言われそうだが、彼女は何度も走って転んだ。

もはや泥まみれだろう。……どうでもいい。

そんな物も気にならない位に、レパードの事が心配でたまらなかった。



やがて蝶が留まったのは、何かの門の前だった。門は固く閉ざされているのだろう。

しかし、錠前はかけられていなかった。

あったのは閂で、ジェムはそれを掴む。

「っ!」

余りにも冷たく、掴む事も苦痛の様な冷え方をしていた。

ジェムは前掛けをかけて、もう一度閂を開けた、やはり冷たい。

それでも、布一枚分ましだった。

彼女一人が入れる程度に門を開くと、そこはありえないような世界だ。

そこはぼんやりと冷たい青色に染まる、氷の世界だったのだ。

そしてそこの中央に、水が溜まっている。

溜まる水の中で、何者かの影があった。

それが何か理解したとたんに、彼女の頭は真っ白になりかけた。

「レパードさん!」

ジェムの金切り声がそこに響いた。

目に映った光景が、あまりにもひどいものだったからだ。

水の中に鉄の鎖でつながれた男が一人。首まで水につけられた彼は。

目を閉じ、生きているのか死んでいるのかもわからない。

「レパードさん! 死んじゃダメです!」

ジェムは水のぎりぎりまで近付いた。

中に踏み込めやしないのは、こんな冷たい場所で水の中に入れば、心臓が止まると知っていたからだ。

「眼を開けて!」

ただ、彼女の懇願が彼の耳に届いたのだろう。

水が揺らめき、彼が目を開いたのだ。

「……じぇーむ?」

いつもと何も変わらない声が、彼女の名前を簡単に呼んだ。

「レパードさん、こんな所、早く逃げ出しましょう」

「ん、だな。ジェムがここにいるって事は、おれの縛りもねえし」

よく分からない事を呟いたレパードが、告げる。

「ジェム、少し下がれ、ちょっと」

「はい」

言われるままに後ろに下がれば、彼が目を虚空に向ける。

そして。

じゅ、という音とともに、彼の首にはめられていた枷が焼け落ちて、水の中に沈んだ。

一瞬水蒸気が立つが、そんな物も霧散する。

彼はゆっくりと立ち上がり、ざぶざぶと水をかき分けて進み、彼女の前に立った。

「ずいぶん痩せましたね」

その、自分は何も問題ない、という調子の癖に。

骨の浮いた体が、その苦境を伝えて来ていた。

自分が温かく平穏な世界にいた分、ジェムの眼から涙がこぼれそうになる。

悔しかったし、辛かったのだ。

泣きたいのは彼の方だろうに。

「まーな、何日も食ってねえし。ふらふらなんだよ、ジェム。だから肩貸してくれ」

彼は飄々と、まるでジェムにしかそれが出来ない、と言い出しかねない調子で言った。

ジェムはぐっと涙をこらえて、頷いた。

「道は、まあ、作るから地上に出ようぜ」

彼の吐き出す行きも白い。

そして、下履き以外何も身にまとっていない彼の体も、恐ろしいまでに冷たかった。



「ここな、氷の世界だけど、抜け道があるんだ」

レパードの歩幅に合わせて、彼の示す方に進めば、確かに道のような場所があった。

氷で覆われていたが。

レパードはそこに片手をあてがい、目を細める。

瞬間的に、二人分人が通れる穴が開いて、凍り付く。

「一気に入るぜ、直ぐにしまっちまうから」

やりたい事が分かったジェムは、レパードが道を開いたその瞬間に、自分とともに彼の体を氷の向こうに転がした。

先ほどまでいた場所はもう、氷で覆われて進めなくなっている。

「氷の国の地下牢。ってやつらは言ってたけど、大して気にしなくていいだろうな」

また道を進む中、レパードがいう。

「ここからは、外まであっという間だぜ」

その言葉も本当で、急に明るくなっていく。

そしてじわじわと暖かくなっていく。

ずっと続いていた上り坂、その先は両開きの扉だ。

「二人で開けるぞ、せーの!」

彼の掛け声に合わせて、肩を組んだまま扉を押し開ける。

ばっと世界が明るく変わり、眼がくらむその時。

「出てきたぞ、捕えろ!」

そんな声が響き、いきなり何かが被せられた。

「投げ網かよ?!」

レパードの突っ込みのような声で、被せられたのが、漁師が使うような投げ網だと知ったジェムだが。

何でそんな物を、と呆気にとられたまま、眼が光になれるのを待った。


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