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26/26

26.あなたと生きる事それが、幸いでしかないのだ。

ジェムたちの目の前で、自分の孫にかなり精神的な攻撃を与えた老女は、にっこりと振り返る。

「さて、話し合いができる段階になったの」

「……あの、そこの人、口から泡を吹いていますけど」

「なに、ちょっと言葉の矢じりで突いてみただけじゃ、大した事でもない。直に寝込んで復活する」

復活前提でこれだけやり込めるのか……老女の考え方の底が見えなくて少し、怖い。

レパードの前に出て、老女にやり込められるかもしれない彼をかばうのは反射だった。

「ばあちゃんはここで話し合っても問題ないって思ってる事なんだな、養子だのなんだの」

レパードの言葉は意味が深いものがあった。

つまり老女は誰に隠す事もなく、レパードを養子にしたいのだ。

という事実がそこにあった。

「ばあちゃんの養子になって何がいいんだ?」

「肩書が増えるのう」

「そんで?」

「そちらの女性を隣に置いていても、誰も文句を言えなくなるのう」

「……はっ」

その言葉を聞いていた彼が。

心底馬鹿にしたように、鼻で笑ったのだ。

「いらねえな、そんなもの。養子なんてもん」

「……ほう? 先代東の魔女の保護がいらぬ、と?」

「おれには価値なんて一個も見当たらないぜ、ばあちゃん。すげえ下らない」

その言葉を聞いた老女が、東の魔女が、空気を凍らせる。

「ここまで虚仮にされたのは久しぶりじゃのう……ちとこらしめるか」

彼女が軽く手を振る。氷の空気が漂ったと思えば、いくつもの鎖が魔女の周囲を取り巻く。

「凍れる鎖、これで縛られると魂も凍るという物じゃが」

「ばあちゃん、無駄だ」

レパードは呆れたように、彼の事実を口にしていく。

「あんたの氷じゃ、おれと並ばない」

「やってみるかのう」

彼女の手の一閃で、鎖が一気に彼等にとびかかる。

だが。

ふわり、と紅の翅が具現したかに見えた一瞬で、その鎖は全て消えたのだ。

そして、赤い赤い炎の蝶が、何匹も二人の周囲を飛び回り遊ぶ。

それはそれだけでも驚嘆の光景だったのだが。

「……なんと、言う事じゃ」

魔女はそれ以上の驚愕を顔に浮かべる。

「その術は、お山の外で使うほど……命を削る、己の生気を向こう側の空気に変換する術。そしてそれを可能にするのは」

魔女の驚いている声に重なるように、レパードが言う。

「お山にささげられた生贄の、生き残りだけってか」

「おぬし、どうして今までそんなに元気で、それが使えるようになったという事は、お山の力と一体化したという事、お山を離れれば一年と生きていられない体になったという事、なぜ」

ジェムの知らない言葉が続く。大体、お山ってなんだ。

彼女は隣を見上げて、慎重に口を開いた。

「お山って、なんですか」

「ここからも見えるだろ、あのデカい山」

指さされた方角にあるのは、たしかに山である。

そしてその山は、神がある時姿を変えた、という認識をされている信仰の対象。

神殿は山の方角に向かって祈りをささげるのだ。

そんな神聖な山を、レパードは示して言う。

「文字通り、生きている山。御山。人恋しさで、何年かに一度、生贄を欲しがる面倒な山」

それで、とレパードは面倒くさそうに続けた。

「山の力を注がれて、発狂しなかったらそいつは、“お山の守り人”になる。お山は境界線だから、お山なら自在に門の向こうの力を使えるようになる。体も不死身に限りなく近くなる」

「でもレパードさん、わたしとずっと一緒でしたよね」

「まーな」

「本来ならば……“お山の守り人”がお山の外で生きる事は出来ない」

魔女が己の眼も耳も信じられないような調子で言う。

「お山は浮気を許さない……」

「はっ」

レパードがまた、鼻で笑う。

「人さらいが浮気だなんだって、ちゃんちゃらおかしい。おれはおれのままだし、おれ以外のなんでもない。ま、お山を愛する前にお山から逃げ出したから、今も生きてんだろうな」

「だが、炎の使い手よ、山の魔女がお前を見つけ出した時点で、お山の縁はお前に絡みつき始めているはずじゃ、もう息もやっとじゃろう」

「ん、まあな」

「……え?」

ジェムはレパードの呼吸が浅くなっている事実に、凍り付きそうな気持を味わう。

「これ位、どうだっていい」

少し蒼褪めた顔でもなお、レパードは言い切る。

「自分の生きたいように生きてんだからな、お山だろうが何だろうが、命を奪う脅迫だけで人間動かそう何ざ、きりがしれているおつむりだ」

けたけたけたと、何処か途切れがちに笑う彼が倒れそうで。

ジェムはこの状態を打開する方法を探した。

そして。

見つけたのだ。

「あの、魔女さま」

「なんだい」

「わたしも、お山に行きます」

「己から?」

「はい」

「何故?」

魔女が試すような問いを投げかける。

ジェムの答えは決まっていた。

「レパードさんと一緒に生きていきたいからです」

レパードがそこでしか生きられないなら、今度はジェムが譲る番なのだ。

ジェムが生きるために、長い間放浪をしていた相手を思えば、ちっとも嫌な事じゃない。

そして、山の中の生活は慣れ親しんだ物に近いはずだし。

「レパードさんが“お山の守り人”なら、わたしもそれに添い遂げるまでです」

躊躇ない言葉、レパードが目を丸くして彼女を見下ろす。

「いいのかえ、生涯お山か、その近辺にしか降りられない体になるのだぞ」

「レパードさんは、わたしの生きる場所が自分のいる場所だと言いました。ならばわたしは、レパードさんのいる場所を生きる場所にするんです」

その断言の瞬間。

彼女は、喉と言い指と言いに、何かが歓喜したように絡みつくのを感じた。

「お山が自分からやって来る守り人を待ち構えはじめたようじゃな」

魔女が困った顔になり、その後言う。

「やれ、これでは実家に炎使いも、何も送ってやれぬのう、お山の意思を覆すのは魔女にはできぬ」

「……じぇむ、おまえ」

それまで、何も言えないほど驚いていたらしいレパードが、見下ろす少女に問いかける。

「お前。そんなの選んじまって、どうすんだよ」

「じゃあ聞きますけど、あなたと一緒にいたいというだけの事が、そんなにいけません?」

「ばか、ちがうっての、……おれにばっかり、都合が良すぎて信じられねえんだよ」

へなへなとしゃがみ込んだレパードが、震える声で言った。

「嬉しすぎて死んじまいそうだ……」




「……で、東の山に炎の使い手を?」

あきれ果てた声で言う国王に、学園長が頭を下げる。

「申し訳ありません……軍の方に逃げ出すのならば、確実に陛下に頭を下げ忠誠を誓うようになると判断していたのですが、まさか東の魔女に介入されるとは」

「引退した東の魔女が、この場に顔を出す事すらありえないはずだったからな」

国王は言いながらため息をついた。

「それで、先代東の魔女の動向はどうだ」

「一向に。当代の東の魔女がこのところ、体調が思わしくない事が下山の理由かと」

「当代は使えない。炎の使い手を篭絡し、公爵家の蒼穹の碧瞳の娘から離す事もできず。何が“千の男が恋をする”と謳われているだ。見た目で言えば完全に敗北するあの娘から、炎の使い手は目を離さなかったではないか」

「東の魔女には荷が重すぎたのかと」

「まったく。心底呆れるわ。……山は全ての縁を切り捨てる。俗世間から離される。東の山はそういうところだ。……おかげで余と炎の使い手の間にあった契約すら、ほどけている」

忌々し気に手を払った国王が、言う。

「焔の使い手が動けば、公爵家の娘もついていく。二人同時に消えるぞ」

「申し訳……」

「もういい」

国王は手を振り払い、言う。

「いや、いっそ二人は東の山で何者からも切り離されていた方が、平穏か……?」

国王はそこで己の思考に沈み、学園長は逃げ出した。




「お山に行くなんて思ってもみませんでしたね」

大したものでもない荷物を、確認しながら少女が言う。

「世間から遠くにいた方が、おれらは幸せだろ、昔からそうだったし、孤児院もそうだったしな」

荷物はほとんどない男が答える。

「まあ……実際には生贄なんですがね」

「お山のな。お山は人恋しいと、山の魔女を下にやって、山に溶け込める人間を連れてくる」

「……あなたは怖いと思わないんですか」

「怖い理由がないだろ? ジェムと一緒にいられるんだ」

お前は、と問いかける赤い瞳に、彼女は笑いかけた。

「そうですね、わたしもあなたと一緒にいられるんだったら、山も怖いと思いませんよ」

それに。

「二人ならどこまでだっていけるんですよ。わたしとしては」

だから国だって渡れたし、いろんなところに逃げたのだ。

「だな。……じゃあ、そろそろここを出ようぜ」

レパードが荷物を持ち、彼女の手を握る。

「なあ、ジェム」

「なんですか?」

「どこまでだって歩いて行こうぜ。二人でどこまでも、足が動く限り、足が動かなくなっても」

「足が動かなくなったら、歩くとは言いませんよ」

「んでさ」

レパードが彼女を引き寄せ、唇に軽く己のそれを当てて言う。

「動かなくなったその場所が、おれらの終の住処」





神が姿を変えた場所、お山で道に迷ったならば。

カンテラを一つ、空に回せばいい。

そうすると、紅の蝶と、蒼の蝶が一緒になって、迷い人に帰る道を教えてくれる。



だがその蝶がどこから来て、どこに去っていくのかは誰もわからないのだ。


この二人は、山でいろんな人を導きながら、幸せにずっとずっと一番近くにいるんでしょう。


お付き合いいただいて本当にありがとうございました! 

個人的にはとっても幸せな二人だと思っております。

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