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騎士候補生アンバー山遭難事故 ――なぜ彼らは破滅に至ったのか  作者: Mel


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12/15

みっかめ、ひる③

 立ち止まったところで事態が悪化することは目に見えている。彼らもそれを理解したからこそ、再び重い泥に足を取られながら麓を目指して歩き始めた。

 時折吹きすさぶ突風に体勢を崩されながら、誰もが黙々と足を動かしている。


「ブルーノ……歩きながら探すなんて無理だ。どこかで休ませてくれないか。それか荷物を、誰か他の人と分けさせてほしいんだ……」


 はるか後方から聞こえてきたサムの声は、叩きつける雨と風の音にかき消されそうなほどに弱々しかった。前を行くブルーノは振り返りもせずに吐き捨てる。


「黙って歩け! マルクが脱落した以上は、残ったお前が奴の分まで働くしかないだろうが! ……それとも、同じ釜の飯を食っている間に自らの家格の違いも忘れたか?」


 同じ学院に通う生徒同士であっても序列というものは存在したのだろう。ぐっ、と苦しげに顎を引いたサムは、全身を震わせながら両腕に収まった袋を無言で抱え直した。

 

 だが、二歩、三歩と足を動かしてすぐにサムはその歩みを完全に止めてしまった。ブルーノが苛立たしげに振り返る。


「何をしている! 早くしろ、置いていくぞ!」

「――っ、勝手にしろよ! お前らの荷物持ちなんてもう御免だ!」


 突然サムか絶叫する。彼は怒りと屈辱で顔面を真っ赤に染め、両手に抱えていた袋も、背中の巨大な共用ザックも、すべてすぐ横に広がる切り立った谷底へと力任せに投げ落とした。

 荷物は激しい雨の中へと吸い込まれ、ゴロゴロと不気味な音を立てながら深い底へと消えていく。

 残された保存食、暖を取るための予備燃料。探していたはずの雨具も着替えもロープも、一瞬にしてすべてが失われた。

 

「貴様……! 何をしたのか分かっているのか!」


 血相を変えたブルーノがサムの胸ぐらに掴みかかろうとした、まさにその時。

 ゴォォォォォォ!! と鼓膜を揺さぶるほどの凄まじい暴風が再び尾根の隙間から爆発的な勢いで吹き抜けた。

 

 猛烈な風圧が候補生たちの身体を容赦なく押し流し、一瞬にして周囲のすべてを真っ白に染め上げる。濃霧が世界を覆い尽くし、猛烈な吹雪の真ん中に放り込まれたような感覚に襲われる。上下左右の感覚すら失われていく中で、ただ暗闇のような霧の奥から、ヲヲヲ、と何かが呻くような不気味な風の音が響き渡った。


「ひぃっ……! 熊だ! 人食い熊が出た!」

「おい、押すな! 無暗に暴れるんじゃない!」


 ゴードンが叫ぶが、吹き荒れる暴風と遮断された視界の中で統制は完全に崩壊し、恐怖と混乱が伝播していく。

 

 前後を歩く者の姿すら見えなくなり、誰のものかも分からぬ怒号と悲鳴が四方から重なって響く。肌を削ぐような鋭い風が容赦なく吹きすさび、アニーは近くの岩肌に必死に指を掛け、身体が吹き飛ばされるのを耐えるだけで精一杯だった。

 

 数分後。突風がわずかに弱まり、視界を遮っていた白い霧がほんの少しだけ薄くなった。

 アニーが素早く周囲を見渡す。と、そこには決定的な分断が生じていた。後ろを歩いていたはずのエリック、ブルーノ、サム、シュリー、そしてルゥの姿がどこにも見当たらないのだ。

 風に押し流されて滑落したのか、あるいは近くの岩陰に避難したのか。

 激しい嵐の中に残されていたのは、アニーとゴードン、そしてジュリアン、ドリス、ゲイル、テッド、リアナ、ヒックス、ロッソの九名だけだった。


「ブルーノたちはどこへ行った! ロッソ、おい、どうなっている!」

「わ、分かりません! 霧で何も見えなくて……とにかく、このままここにいても全員凍えて死んでしまいます! どこかで雨風が落ち着くのを待たないと……!」

「それでは他の隊に出し抜かれるかもしれないではないか!」

「こんな時に何を……! もはやそんな状況ではないと分からんのか!」

「なんでもいいから早くしてくれ! 俺はさっさと帰らないといけないんだ! こんなところでもたもたしていられるか!」


 ドリスがガタガタと顎を鳴らしながら叫び、その言葉にジュリアンが同調するように頷いた。彼の頭の中にはまだ、「最優秀賞の褒賞として王都で華々しく旗を振る自分」という幻影がこびりついているようだ。


「……つまり、どうするんだ」


 ゴードンが冷ややかに問いかける。


「私たちは麓に向かうに決まっているだろう。あいつらだって子どもじゃないんだ。後から追いかけてくるはずさ」

「どちらにせよ、これほどの嵐です。救助の手が必要かもしれません……。先に麓まで下りて、救援を要請しましょう」


 リアナの意見はしごく真っ当なものであり、自分たちの行動に正当な理由を与えたい彼らにとってはこれ以上ない免罪符となったようだ。「そうだ、他の隊も困っているかもしれないからな」と言い聞かせるようにして、彼らは仲間を置き去りにして先を進む道を選択した。

 

 アニーとゴードンは無言で顔を見合わせる。傭兵としての経験からすれば、本来であれば力ずくで止めるべき場面である。しかし彼らは金で雇われている身であり、雇い主の指示に従うのが契約の鉄則だ。それに、冷静さを失っている彼らを説得する手間も時間も今の状況では命取りになってしまう。

 

 一行は、さらに激しさを増す冷雨の中を這うようにして前へと進み始めた。

 それでもその歩みは遅い。雨具を持たない彼らの体温の急速な低下は、すでに限界点を超えつつあった。

 ドリスはガタガタと全身を激しく震わせ、虚ろな目で懐中時計を握りしめているが、指先は時計の蓋を開けることすらできなくなっている。テッドは唇を不気味な紫色に染め、泥に足を取られて何度も膝をついた。肩を貸すリアナの細い腕だけではもはやその体重を支えきれず、二人は何度も倒れ込みそうになりながら引きずるように足を動かしている。

 

 ジュリアンとゲイルは背後の惨状を気にすることもなく先を急ぐ。

 ゴードンは、その様子を見て大きく溜息を吐いた。


「すまなかったな、アニー。まさかこんな外れくじを引かされるとは……」

「仕方ないだろう。何が起こるかなんて分からないものだ。……だがまさか、山登りで死にかけることになるとは思わなかった」

「まったくだ。……いいか、アニー。何かあったら自分の命を守る行動に出ろ。こいつらの面倒を最後まで見る義理もないからな」

「もとより、そのつもりだ」


 自分は誰かに忠誠を誓う騎士ではない。貰った金額分は働くが、それ以上の働きを求められる筋合いもない。

 最初から分かり切っていることだと暗に告げると、ゴードンはフッと髭面の頬を緩め、「お前はそういう奴だったな」と、いつものように軽く笑った。

 

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