21 -悪意-
「主よ、我らに光あれ。《加護》……この詠唱はどうにかならないのか」
暗闇に染まった視界をいち早く解消し、ぼやきつつアラクネの位置を確認する。
アヤメが抑えているからか、先ほどと変わっていないようだ。
「ダグレスは……もう帰路についてるな、よし。レイン!ジェーナ!コレはお前らの手に負える相手じゃない!足手纏いになるから下がっていろ!」
「何!?そんな事は……むぐぐ」
この事態でも言い返そうとする気概は悪くないが、今は聞いている暇がない。糸で口をぐるぐる巻きにしてジェーナに告げる。
「ジェーナ!今のお前なら分かるだろう?アレはAランクどころか災害クラスのモンスターだ。蛮勇で挑むには無謀すぎる」
今までレイン以外の『勇なる剣』のメンバーと話してこなかったので、どれだけ力をつけているかまでは分からない。
しかし、Cランクと認められているのであれば、危険に対する嗅覚くらいは培われていると信じたい。
まあ、培われていようと戦おうとする男もいるわけだが。
「……分かった!ヴェンを任せたわよ!」
そういえば、彼等は同郷だったか。
無理してでも戦おうとするレインの気持ちも少しは理解するが、それで死んだら悲しむのは当のヴェン本人だ。
______仕方ない、本気で護ってやるか。
炎龍の角と王銅を主な素材とした、特注の円月輪を2つ放る。
それはヴェンが対応していたアラクネの左前脚に命中し、少しだがアラクネの意識がこちらに向いた。
「助かった!役者も揃ったし、さっさと終わらせるぞ!」
端的に礼を言いつつ、私に発破をかけるヴェン。
アリアンナもその気のようで、私に補助魔法をいくつもかける。
「最年少の少女に前衛を張らせるつもりですか?Aランクの名が泣きますよ」
「その最年少の少女が一番強いなら、俺は迷いなく前衛を張らせるね!そうだろ?」
「残念ながら、ヴェンの言う通りだね。アタイの炎じゃあのアラクネを殺しきれない。任せるよ」
2人はあくまで私を主軸で戦いたいようだ。
判断としては全くの正論なので、黙って前に飛び出す。
懐から取り出した円月輪と、回収しておいた円月輪を両手に2つずつ持って簡易的な近接武器とする。
「脚を落とします。ヴェン、共にアヤメの援護を」
「了解」
バジリスクを素手で吹き飛ばせるようになっても、アヤメの尋常ならざる剣技には及ばない。
私は魔法使いなのだから、その事に一才の不満はない。
「アヤメ、聞こえたな?一度下がれ!」
「了解っす!《マジックシールド》!」
魔法を防ぎながら後退するアヤメに、追撃を加えようとするアラクネ。
そこにアリアンナの炎魔法が降り注ぎ、アラクネは苦しげに声を上げた。
「ぐ、人間如きが......《>“&±{}》」
先ほどとは違う詠唱に聞こえた。
そしてこの魔力の揺らめきは......!
「ヴェン!全力で防御!」
流石Aランクと言うべきか、彼は私が言い終わる前には防御姿勢を取り始めていた。
しかし、アラクネの魔法はとてつもない速度でヴェンに迫った。
それは、反応だけで言えば完璧に等しい彼の防御が間に合わないほどには。
______ドオオオオオオオオ!!!!
とてつもない魔力の奔流が、ヴェンを襲った。
アリアンナの防護魔法や、私の《加護》が無ければ消し炭になっているのではないかと思うほどだ。
ヴェンの居た場所は、濃密な魔力が過ぎ去ったとは思えないほどに何の変哲もなかった。
ヴェン本人を除いて。
「ゴフ......」
彼は真っ赤な血を吐き、無言で地面に倒れ込んだ。
鮮やかな金髪は褪せ、僅かに黒ずんでいるように見える。
「......ッこの!」
冷静さを欠いたか、アリアンナが拳を燃え上がらせる。
しかしダメだ、お前が今すべき行動はそれではない。
「あの魔法は呪いだ!下がれ!」
闇属性の派生とも言われる呪いは、通常の回復魔法では回復できない特殊な魔法だ。
先ほどの呪いはヴェンの様子と魔力の質を見るに、物理的なダメージはほとんどない代わりに、体内組織の自壊を促進するものだろう。
であるならば、呪いに強い耐性を持つ光属性か、呪いを中和できる闇属性を高い水準で使えなくてはアレの前に立つことすら危険になり得る。
「炎の鉄拳として、仲間の仇討ちには命を賭けなくちゃならんのさ!」
こういう事を言っている時の感覚派は話を聞かない。
ならば、せめてアリアンナが死なないようにサポートするまでだ。
「......1発殴る暇を作る、効かなければヴェンを担いで逃げろ」
「恩に着るよ。《荒神の加護》!!」
見たことのない魔力の流れだ。
元より赤い髪が燃えるように逆立ち、体内から魔力が湧き出て身体の節々から炎のように溢れ、揺らめいている。
種族に根付くスキルだろうか、風属性と火属性が混在した魔力に似ている。
......と、そんな事を悠長に考えている暇は無い。
「ルミさん!いけるっす!」
なんとも頼もしい魔物だ。
アヤメはこちらの意図を汲み、アラクネの前脚を大きく弾いた。
「《岩縛》、《暗闇》。アリアンナ、今だ!」
「業・火・鉄・拳!死ねェ!」
右拳に身体中の魔力が集まり、その全てが熱を持っていく。
炎の鉄拳の真髄とも言うべき、赫く輝く拳がアラクネに放たれた。
_______ゴゥン!!!
耳に残ったのは、彼女が腕を振り切った音のみ。
魔力の弾ける音が聞こえる前に、魔力で耳を保護しなくては鼓膜が吹き飛ぶと身体が瞬時に判断した。
その判断が正しかったかどうか知る由はないが。
砂煙が晴れ、アラクネの姿が徐々に露わになる。
それと同時に、彼女の与えたダメージの程が見えてきた。
そして、その現実に目を疑った。
「《暗闇》で視界を塞いだはずなんだが……あの一瞬で咄嗟に出した左腕1本で防ぎ切ったのか」
現状を咀嚼する為に呟いたその言葉は彼女にも届いたようで、苦虫を噛み潰したような顔でヴェンを担いだ。
「ヴェンを置いてきたらまた様子を見にくるよ。アタイの《剛健》の効果も受けといて損はないだろうからね」
どこまでいっても人の心配をする彼女は、やはり人がいいのだろう。
しかし、この奇妙な蜘蛛相手にはそれは悪手だ。
「来なくていい。私が帰るのを大人しく待つか、ヴェンの呪いを解ける魔法使いを探してやれ。私の魔法じゃ完治には至らないぞ」
「くく……もう勝った後の事を話してるのかい。分かった、帰ったら2人が好きなだけ奢ってあげるよ」
それを聞いた瞬間、アラクネと鍔迫り合っているアヤメから雄たけびが上がった。
きっとアリアンナは有り金が無くなっても注文を続けるアヤメに泣いて縋ることだろう。
......ご愁傷さまだ。
「......その言葉、後悔するぞ。アヤメ!さっさと終わらせるぞ!」
「当然っす!《石楠鎧》!」
彼女の鎧に小さな棘がびっしりと生え、纏う魔力量が一段と多くなった。
さて、害虫駆除の時間だ。
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