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10 -アヤメ-

 翌日、まず私はギルドに向かった。

夢魔法を見せるなら、魔石と魂だけで魔物を顕現させる《贋》が最も絵が映えるだろう、という考えから強い魔物の魂を手に入れに行くのだ。

青薬草の在処を調べた時にも使った、資料室を利用させてもらう。


 中に入ると、先客が私に気付き、即座に近づいてくる。

グラマラスな体型、ふんわり金髪を揺らすあの女性は......。

ああ、先日の受付か。自分の上司に呼ばれた子供が心配だったのだろう。

そういえば、耳が長いな。エルフだったのか。


「ルミさん、大丈夫でしたか?マスターからは絶対に近づかないように言われましたし、何かあったのかと思いましたよ......あ、私はナドゥです。マスターに呼ばれるくらいの逸材ですから、すぐに専属の事務員が付くでしょうし、その時に私の名前を言ってくだされば新しく交友関係を作らずに済みますよ」


 随分とまくし立ててくれたが、心配をしていたのは間違いないようだ。

だが、専属の事務員か。まあ、付くことに文句はないが、この女性で良いかは決めかねるところだな。


「助かります、ナドゥさん。では、少しお願いしても?」


「なんでも言ってください!こんな埃臭い部屋を女の子にウロウロさせるわけには行きませんから」


 埃っぽいのは確かだが、私が冒険者なのを忘れているのだろうか。

野営もすれば、魔物とも戦うのだが。

いや、今はそんなことではない。日帰り出来て強い魔物の所在を知らなくてはならない。


「ギルドマスターとの約束とも関係しているので、心配等は無用であることを先に伝えておきます。日帰り出来て、強い魔物と遭遇できる場所に心当たりはありますか?」


 私がそう言うと、案の定彼女は危険だと言おうとしたようだが、前置きを思い出して口を噤んだ。

流石に、日帰り出来る場所にそんな危険な魔物が居たら危険だ。ダメでもともとで来た。

最悪、ミノタウロスを適当に見繕えばいいと思っていると、思い出したように声を上げたナドゥさんは、一冊の本をこちらへ差し出した。


「こことかどうでしょう?」


______ほう、これなら。




 私は近場の洞窟、『魔岩の迷宮』に足を運んだ。

ここの奥地にいるとされている、とある魔物を狩る為だ。

非常に強力な魔物だが、こちらから手を出さない限り攻撃してこないという、珍しい魔物だ。

その魔物の名は、グラフェノス。全身を主食の鉱物で出来た鎧で覆い、手の部分には長い剣のような魔力の結晶が伸びている。

当然非常に硬く、強い魔物だ。

そんなことを考えながら歩いていると、早速目当ての魔物が姿を現した。

 2mはないくらいの巨躯で、どこを向いているのかわかりにくいバイザーごと頭を石に突っ込んでいるその姿には少々不快感がある。


「よし。明日のお披露目には間に合いそうだな。《微睡み》」


 数体群れていたので、纏めて眠らせてしまう。

これは、《睡天》を使った時に上がった《魔導Lv3》のお陰だろう。

Lv3では、相手の魔力抵抗を少し無視して魔力を通せるようになった。

魔力を多分に含んだ鉱物を食べ、魔力抵抗が強力なグラフェノス相手に効くなら十分な強化だ。


 眠っている魔力反応がある所に近づき、魂と魔石を回収する作業。

そんな単純な作業を粗方終え、帰路に就こうかと考えていた、その時。

明らかに眠っていない、強い魔力反応を感じる。

魔力の種類で言えば、グラフェノスと同じようだが......。


 そっと近づき、様子を見る。

______紫色の、グラフェノス。

グラフェノスには、様々な色がいた。

恐らく食べている鉱物の違いなのだろうが、あの色は。

先ほどまで私が集めていた物と、同じように見えるのだ。

今回の目的であった、グラフェノスの魔石と。


「共喰いを繰り返した個体......か」


「同種が一番美味しいんすよね~、この辺の石の中では」


 ......こいつ、今喋ったか?

いや待て、間違いなくミノタウロス・バーサーカーより強い魔物だ。

ギルドで見た情報によれば、ミノタウロス・バーサーカーの討伐が推奨される冒険者のランクはCだ。

それも、単独ではなくパーティ、複数での討伐が推奨されていた。

しかし、グラフェノスの推奨ランクはパーティでBの上位、単独ならAと書いてあった。

そんな魔物が、知性が無いと考える方が愚かだった。


「貴方、人間さんっすよね?一回殺した人間さんが、美味しい食べ物を持ってたっす!確か、ホゾンショク?とかなんとか言ってたっす。持ってないっすか?」


 ホゾンショク......保存食か。

こいつらグラフェノスは、石しか食べないと聞いたはずだったんだがな。

まさか、保存食に石が入っていたわけでもあるまい。


「一応、持っていますよ。欲しいのですか?」


「是非、是非欲しいっす!あれを食べてから、何を食べてもいまいちに感じて仕方ないんす!」


 なるほど、こいつは美味いものを求めて共喰い、魔石を食い漁ったわけだ。

私の《睡眠(スリープ)》が効かないという、耐性の高さにも頷ける。

私はグラフェノスに向け、保存食を差し出す。

彼女......でいいのかは分からないが、グラフェノスは私の手から、その剣のような両手で保存食を受け取ろうとする。


「わ、わわわっ!なんすかー!?動けないっす!」


 グラフェノスの身体には、私の生成した糸が絡みついている。

当然、強度は最大にした粘着性もない糸だ。簡単に抜けることは出来ないだろう。

今の内に、耐性を貫通して《睡眠(スリープ)》をかければ終わりだ。


「ちょちょ、ちょっと待つっす!私、戦うつもりないっすよ!」


「私が貴方を縛ったのは、貴方の力が必要だからです。戦うつもりがないことは理由になりません」


 私が持てる最大の魔力を以て、《睡眠(スリープ)》を掛ける。

......少し効きかけたようだが、眠る様子はない。


「先ほど手に入れたばかりの魂ですが、試しに使ってみるしかないですね」


 勿体ないが、こいつの魂が手に入るなら通常のグラフェノスの魂が3つほどなくなっても惜しくはない。

それだけこいつは特殊だと、私の勘が告げている。


「待つっす!交換条件でどうっすか?私が人間さんに力を貸す代わりに、人間さんは私に美味しいものを食べさせるっす!きっとホゾンショク以外にも、美味しいものを知っているはずっす!」


「なるほど、それはいいかもしれませんね。ではまず耐性を解いてください。貴方と契約をします」


 交換条件に乗ることを告げると、グラフェノスは嬉しそうに笑った。

それほどまでに美味いものに飢えていたのだろう。変わった奴だ。

グラフェノスが耐性を解いた瞬間、私は《睡眠(スリープ)》をかけた。

耐性を解いたグラフェノスに抵抗するすべはなく、私は計画通りにこいつを眠らせることに成功した。

そして、魂を抜き取る。身体が消え、魔石が残る。


「夢魔法・転魄の章《贋》」


 魔法を唱えると、魔石を中心として身体が出来上がっていく。

他の魔物と変わらない、いつもと同じ挙動だ。

身体が出来上がると、紫色のグラフェノスは立ち上がった。


「あ、あれ?これで契約が終わったっすか?」


「終わったよ。お前の望みもな。試しに、そこの岩を切り刻め」


 《贋》を発動した以上、こいつが私に反抗することは出来なくなった。

卑怯などと言わないでほしい。私は、魔物を捕獲しただけなのだ。


「何言ってるっすか?先にホゾンショクっすよ!くださいっす!」


 ......信じがたいことが起きている。

このレベルの魔物になると魔法を掛けられた後であっても、魂の強度によって無意識に抵抗に成功するようだ。

そのあたりの事をこいつに聞いてみる。


「え、人間さん、私を操ろうとしてたっすか?分かんないっすけど、私は何ともないっすよ!それより、ホゾンショクっす!」


 もう、何でもいいかもしれない。敵意はないようだしな。

半ば自棄になりつつ、保存食を投げわたし、帰る支度を始める。

グラフェノスは、顔のバイザー部分が上にスライドし、人間のような顔を晒して保存食を貪っている。汚い食べ方だが、残さずに食べている。


「やっぱり、人間さんの食事は美味いっすねぇ......泣きそうっす」


「それはいいんだが、そろそろ帰りたい。魔石に戻してもいいか?ええと......名前は?」


「いつの間にか、凄くぶっきらぼうな話し方になってるっす。人間さん......ってさっきの狭苦しいやつっすか!?嫌っす!私、このまま連れて行ってほしいっす!」


 面倒なやつだな。しかし、魂を抜いて魔石になっている状態は、狭苦しいという事が分かった。

こういった細かい研究に使えるかもしれないし、一匹くらい出したままでも良いかもしれないな。


「分かった分かった。このまま連れていく。で、名前は?」


「そんなのないっす。魔物に名前を付ける文化はないっすよ。だから、人間さんにつけてほしいっす」


 私が、か。

あまり名付けに自信はないのだが、ずっとグラフェノスと呼ぶのも面倒だからな。

色から付けるか。ユカリ、キキョウ、フジ......しっくりこないな。


 ______アヤメ。悪くないかもしれない。


「アヤメ、で行こう。私はルミだ。よろしく」


「アヤメ......いいっすね!アヤメは気に入ったっす!ルミさん!」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。

なら、さっさと帰るんだ。何度も魔法を使って眠くなってきた。


「では、早速だがアヤメ。私を背負ってこっちの方角にまっすぐ歩いてくれ。そして、街が見えたら起こしてくれ」


「了解っす!アヤメ、頑張るっすよ!」


 やる気満々な様子で何よりだ。私はアヤメに身体を預け、眠りについた。




 あんな面倒事に巻き込まれるのなら、眠るのだって我慢していただろうに。








 いや、それはないか。

読んでいただき、ありがとうございます。

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