猫を見なかった理由
しばらく忘れていた話を、唐突に思い出したので、書いてみた。
一昨年亡くなった祖母は、かつて猫を飼っていた、らしい。
なぜ「らしい」かというと、私が祖母の家に行くのは、年に一回ほどしかなくて、祖母の家にいる間に猫の姿を見たのは、一回か二回程度しかないからだ。しかも、チラッと見えただけですぐいなくなる。「あれ、今猫いた?」というレベル。
ごく稀に、母や祖母の口から猫の話題が出る。それを聞いて「いるの?」と思うものの、聞くとなぜか話がすり替わる。その結果、祖母が猫を飼っているという認識は、私の中ではなかった。
すでに老猫だったらしいので、私が中学か高校かくらいのときには、おそらくもういなかった……と思うのだが、それもよく知らない。
結局、猫がいたのかいないのかよく分からないまま成長し、あれは多分大学生くらいのときだ。久しぶりに祖母の家へ行ったときに、どういう話の流れだったか、昔の写真を色々引っ張り出してきた。
その写真の中で見つけた、一枚の写真。
猫の背中に、覆い被さるように乗っかっている赤子。裏を見ると、私の名前。
聞くと、「こんな写真あったんだねぇ」と教えてくれた。
まだ私が記憶もない小さい頃は、どうやら猫も普通に姿を見せていたらしい。その猫に、何も分別がついていない私が、乗っかった、らしい。けれどいくら成猫であっても、人間の赤子が乗ったら、そりゃ重い。
猫は爪を立てたらしい……が、「駄目っ!」と周囲の人間の大人たちに言われて、素直に引っ込めて大人しくしていた、らしい。多分、写真はそのときに撮ったんだろう。
だがそれ以降、私が家にいる間は姿を消して見せなくなったんだ、と母と祖母が笑いながら言っていた。
それを聞いて、理解した。私がほとんど猫を見なかった理由。私に猫の話をしなかった理由。
けれど、同時に思う。笑い事じゃないと。猫に「駄目」と言うんじゃなくて、写真を撮っているんじゃなくて、さっさと私を引き剥がしてくれ、と。
幼い頃の、おそらく貴重だった動物と触れあう機会を逃した。
きっと、私が動物に触れるのが苦手なのは、母と祖母のせいである。……と言い訳してみる。
どうか世の中の小さい子を持つ親御さん方、赤子が危ないことをしたら、動物に我慢させるんじゃなく、さっさと引き剥がしてあげてください。
間違っても「シャッターチャンス!」などと思わないように。




