81【文化祭二日目_参】
家に帰ると三人とも先に家に居た。
むしろ買い物もしてきたことだし、自分達が少し遅くなってしまったようだ。
「ただいま」
「おかえり、沙月ちゃんは?」
「着替えてからまた来るはず」
「そう、今日の夕飯、二人に任せて良いかしら?」
母さんから言って来るのを不思議に思った。
多分、何も言わなくても沙月は用意をするだろう、そうすれば五人分は大変だからと当然、自分も手伝いはする。
まさか沙月が夕飯を用意するつもりなのを母さんが予想できていないはずがない。
敢えて言ってきた意図がわからなかった。
「別に良いと思うけど、リクエストは?」
「何でもいいわよ。二人で決めなさい」
ますます不思議だ。
何でもいいなんて困る言葉の一つ。そんなのは重々承知しているはずなのにだ。
まるで取ってつけたように言うと母さんは、自分から離れていった。
狐につままれたような感覚に陥っていると、沙月がやってきた。
「ただいま」
「おかえり。なんか夕飯、二人で作って欲しいって」
「元々そのつもりでしたけど……?」
「だよな」
やっぱり意味がわからない。
「何作る?」
「今日は、サンマの塩焼きに大根サラダ、里芋の煮っころがし、トマトのナムル、椎茸とほうれん草のお味噌汁です。さっき買ってきたばっかですし、旬のサンマはシンプルなのがきっと美味しいですよね」
サンマを見つけた時、ちょうどセールにもなっていて美味しそうなサンマにテンションが上がったのか沙月は珍しくはしゃいでいた。
まるで良い物を見つけたという感じで、微笑ましかった。
今もまた見つけた時を思い出したのかついつい二人して笑顔になってしまった。
「俺は、大根、里芋、トマト、椎茸、ほうれん草を切ればいいかな?」
「うん、お願いします」
そうと決まれば、動くのみ。
トン、トン、トンと包丁を動かしていく。
沙月もサンマを焼き、大根サラダやトマトに味付けを施し、里芋を煮る。
さっと味噌汁の出汁をとったりと動きに淀みはない。
そうして出来上がった順にテーブルに並べていく。
実生は相当お腹を空かしているみたいで、運ぶ沙月と自分を目で追いかけ、今か今かと待っていた。
「あれ、そういえば実生。一品は?」
はっ、と驚愕の表情を浮かべ、さめざめとした後、手をパンと叩き懇願してきた。
「今日だけ! 今日だけは勘弁して!!」
「……今日だけな」
ある意味、特別な日。
実家ではなくこの家で、五人で食べるなんて機会、そうそうにはないだろう。
ここで突いては野暮というもの。
最後に白米を沙月と持ってくれば、食事の準備が出来た。
それぞれが「いただきます」と言い「召し上がってください」と沙月が返す。
ひょっとしてここでは自分も「召し上がれ」って言う立場になるのか?
空腹にサンマの脂が滲みわたり、白米をかき込めば美味しく。
大根サラダで口をさっぱりさせ、里芋の煮っころがしはあまじょっぱくてさらにご飯が進む。
トマトのナムルはゴマ油が良く合う。
椎茸はぷりぷりで、ほうれん草も良いアクセントだ。
きちんと出汁を取った味噌汁は、いつも通りほっとする味だった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
ひたすらパウンドケーキを作り続けた二日間は、こうしてゆっくり食事もせずに用意してた。
だからか、今日はより一層満足感が強く、食べてしまうのもあっという間だった。
「沙月さん、急なお願いにも関わらずありがとう」
「いえ、皆さんが美味しそうに食べて頂けるのが本当に嬉しくて手間以上のものをいつも貰ってます。こちらがお礼を言いたくなるくらいです」
「つくづく優陽は幸せ者だね」
「あぁ、そう思ってる」
恥ずかしさはあったものの、はぐらかす事は出来ない。
これ以上の幸せを見つけられる自信はなかったから。
そんな自分を見て、父さんは満足そうに頷いた。
「二人で頑張ってるみたいだし、食事のお礼と思って。これをあげるよ」
そう言って取り出したのはコンテストで景品となっていたテーマパークのペアチケットだった。
「え?」
「素直に受け取っておきなさい」
沙月と二人で戸惑っていると、母さんに促されてしまった。
「でも……」
「今回、本来なら苦手な事に一歩を踏み出した。それも特に苦手な事の一つだろうね。結果はついてこなかったかもしれない、それでも結果を見据えてアプローチをした。何がいけなかったかもわかっている」
学校でのやり取りが思い出される。
あの問答には、そういう確認がなされていたようだ。
「まだまだ甘いけれども学生だ、チャレンジする事が大事だ。これはそれに対する賛辞だと思って良い。そしてそんな背中を押してくれた沙月さんへのお礼だよ」
「……ありがとう」
「……ありがとう、ござい、ます」
不覚にも込み上げるものがあり、言葉が詰まる。
喉の奥が熱くなり、いつもの声が出ない。
気を抜けば涙が出そうだ。
沙月にいたっては、鼻をぐずぐず言わせ幾筋もの涙が頬を伝っている。
しばらく何も言う事が出来ず、こっそりと沙月と指を絡めた。
沙月は涙を拭き、感情を溢れさせた自然な笑みをさせ。
「改めてありがとうございます」
「遠慮なく楽しんできてね」
「はいっ!」
弾けるような沙月の笑顔はとても眩しかった。
そして、そんな空気を読まないのもいた。
むしろ、読んでいるからこそだろうか、おずおずと声が届いた。
「あのー、あたしには……」
「実生は何を頑張ったの?」
「えっと……クライミング……?」
「他には?」
「兄さんたちの邪魔しないようにはした!」
「それは偉いわね」
「でしょ!?」
「それなら、邪魔しないように大人しくしてなさい」
「あぁぁ、墓穴掘った……」
「勝てる要素あったのか?」
「あるわけないでしょ」
母さんの最終判決が下され、こうして実生の一人負けが確定した。
食事をした後、両親はこれから帰ると言い、帰って行った。
大丈夫か心配したら、日付変更前には帰れるのだから残業したと思えば、なんてことはないと。
社会に出ていない学生にはわからない強さだ。
実生も家に帰って行った。
とぼとぼと歩いているが時折聞こえる声は、あれを言っていれば大丈夫だったか、これを言ってれば大丈夫だったかと、まだ引きずっていた。
あれについては、父さんの言葉にぐっときたのは良いものの、よくよく考えるとどうしても思う事はあった。
沙月が関係すると財布の紐が緩すぎじゃない?
誰にも言えないツッコミを胸に、食器の片付けでもするかと動き出す。
「優陽くん、お片付けはお願いしていいですか?」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「ちょっと準備してきますね」
そう言って、家を出て行ってしまった。
何の準備? こんな時間から?
片付けを終えれば特にすることはない。
沙月に関しては待つしかないと、改めてペアチケットを確認した。
すると妙な事に気づいた。
どうみてもテーマパーク以外の名前が見える。
もしかしてこれって……。
調べていると沙月が帰ってきた。
そして玄関から戻ってきた姿は。
「優陽くん、どうですか?」
文化祭で他の女子達が着ていた和服だった。
綺麗な柄をして羽織った上着、綺麗な折り目がついた少し大きめなスカート。
髪には大きなリボンを付け、袖はまくりたすき掛けにしている。
一瞬にして目が奪われた。
「どうですか? こっそり借りて来ちゃいました」
そういう沙月は悪戯を成功させ、とても楽しそうだ。
その表情も相まって、目を離す事が出来なかった。
「やっぱりとても似合ってて、可愛いと思う」
「ふふ、ありがとうございますっ!」
「写真、撮って良い?」
「……他の人に渡さないでくださいね」
「独り占めしたいから大丈夫」
そうして何枚も写真を撮った。
その自然な笑顔が何よりも嬉しく、いつまででも見ていられそうだった。
写真を見てにやにやしていると、沙月が近づいてきて。
「今は本物がこっちにいるんですよ?」
「悪い悪い」
「仕方のない……ご主人様ですねっ」
そう言って抱き着かれてしまった。
不意に言われた言葉の破壊力は凄かった。
確かにこれで給仕してくれる店があるのは知っている。
だからこそ、その言葉はリアルさを増して襲い掛かってきた。
散々独り占めしたいと言ったのだ。
その欲望が余すところなく満たされてしまった。
もっと顔が見たい。
そう思って両手で包み込み、顔を上げるように促す。
「だめです」
「見せて」
「いやです」
「どうして」
「どうしてもです」
きっと恥ずかしさで大変な事になってるのだろう。
きっと負けず劣らず自分も大変な事になっている。
それでも見たかった。
髪を撫で、耳を撫でる。
ゆっくりと触れるか触れないかを触り、滑らせていく。
首筋を撫でれば、んっと声がし力が抜けたのを幸いに、顔と顔を近づけた。
「だめって言ったじゃないですか」
「だって俺だけのなんでしょ?」
「それはそうですけど」
おでこを合わせ、頬を合わせ、その熱を感じていく。
頭が沸騰するように、ぼーっとしてくる。
「優陽くんも、真っ赤ですよ」
「あんなことを言われたら。それに沙月だって、真っ赤だよ」
「だから隠してたんじゃないですか」
ペチッと一叩き。
ゆっくりと口を寄せると、沙月も目を瞑り受け入れてくれる。
唇を合わせている間も、沙月を抱きしめ撫でまわし、実感していく。
肌と肌が触れあい、込み上げる思いのままに唇をついばんだ。
すると今度は強めにバシバシ。
顔を離すと。
「いつになく長いです。それに、なんか、どうしたんですか」
「沙月が可愛すぎるから」
「もぅ……」
自分の茹った頭は歯止めがきかなかった。
さっきよりも強く押し付けると、舌で沙月の唇をちろちろと刺激する。
沙月は目を見開きながらも、おずおずと舌を出してくれた。
舌を絡ませ、徐々に呼吸も荒くなる。
柔らかな刺激からより強い刺激を求めた。
奥へ奥へと舌で蹂躙し、沙月を味わうとその強い刺激に沙月は体を弓なりに反らせる。
しっかりと手を後ろに回し背中を支えた。
それは果たして本当に倒れるのを防いでるだけなのか、逃がさないといっているのか。
たっぷりの時間を掛け、満足し顔を離すと沙月は息も荒く力が抜けていた。
はぁはぁ、と沙月は息を整えている。
その間もぼーっと熱に浮かされ蕩けた表情を戻す事はない。
「沙月」
「んぅ……」
断りを入れているのか入れてないのか曖昧なまま、返事を待たずに抱きかかえると。
「優陽くん、衣装! 衣装! さすがに借り物です!!」
これまでに無いほど慌てていた。
というよりもだ。
意外に冷静だったんだな。という感想を胸に抱き夜は更けていった。




