80【文化祭二日目_弐】
どこへ向かうかも知らされず、ついて行ってみれば自分達のクラス。
遠慮したい気持ちを隠さず、自分は声を掛けた。
「何しに来たの?」
「沙月ちゃんが作ったパウンドケーキ、残ってるなら頂こうかと思ったのよ」
「俺は匂いも遠慮したいんだけど」
「兄さんは自由時間! 沙月さんは頂きます!」
「実生が決めるな……」
そうして納得がいくような、納得がいかないような曖昧なまま教室に辿り着いてしまった。
「いらっしゃいませ。って沙月ちゃんと朝比奈君に実生ちゃんもどうしたの?」
「美和さん、こんにちは! この二人が両親です。パウンドケーキ食べに来ました!」
実生の雑な説明にも関わらず、美和は察したように背筋を伸ばした。
「初めまして、朝比奈くんや実生ちゃんとは仲良くさせて頂いてます。
京江美和です」
「これは丁寧にありがとう。いつも子供たちがお世話になってます。
父の悠絆です。二人ともこれからもよろしくお願いします」
親友の彼女の美和と父さんがこうして挨拶をしている姿はなんというか、非常にむず痒かった。
むしろこれって、美和はどういう立場になるんだ。
沙月の友達、自分の友達、はたまた親友の彼女。
……ま、いいか。美和なら変に誤解させる事もないだろう。
こう見えて、美和はその辺りしっかりしてるからな。
今はまだ営業中、簡単な挨拶に済ませ席に案内された。
「美和、まだケーキあるの?」
「多分だけどあるかなー。でもだいぶ少ないと思うわよ」
「あれだけ作ってきて無くなりそうなのか……」
どうしてそこまで売れているのかと、いくらなんでもおかしいだろうとの思いが拭えず、驚きを隠せなかった。
「なんか昨日、クラスの誰かが宣伝になればいいかなーくらいでSNSに投稿したら、それを食べた人達がこぞって拡散させたらしいのよ。美味しいってコメント付きで」
「どうりで朝凄かったわけだ……」
苦労が報われて嬉しいやら、大変にされて恨み言の一つでも言いたいのやら。
なんとも言えない感じだ。
「今ようやく客足がひいた所で、さっきまでずっと忙しかったのよ!」
「そうか、引き止めて悪かったな」
「注文決まったらまた来るわよ」
「それくらいやるよ」
そう言って美和は颯爽と離れて行った。
「沙月さん、沙月さん」
「はい?」
「あの衣装、沙月さんも着たんですか?」
「私は結局着てませんよ。お菓子作る係は帰ってからが大変だからということで、当日当番が無かったので」
「あれ着たら兄さんなんて、イチコロじゃないですか!」
「目の前で堂々とそういう話をするな」
「え、だって兄さん見たいよね?」
「…………」
出来るならば、見たいに決まってるだろうと。
声を大にして言いたいくらいだ。
そんな事できるわけないが。
「それぞれコーヒーとパウンドケーキのセットで良いか?」
「あら、優陽が淹れてくれるの」
ここで用意しようとしてる意図なんてわかってるのにそういう事を母さんは言って来るし。
「兄さんのおごりで!」
元凶は好き勝手。
「僕は紅茶が良いな」
空気読まないし。
「私、紅茶用意しますね」
その要望に応えてあげてるし。
自由過ぎるだろ。
裏に回りコーヒーを用意していると沙月がいつの間にか隣に来ていた。
肩を寄せ、ひそひそと小さな声で。
「優陽くん」
「ん?」
「見たいですか?」
ここで何をと問うてしまっては、無粋だろう。
「見れるなら当然見たい。きっと似合うと思う。声が出なくなると思う。写真に納めたいとすら思う。でも他の人には見せたくない。独り占めしたい」
「我儘ですね……」
「今更でしょ」
「――――確かに今更ですね」
そう言って、また静かに沙月は離れて行った。
コーヒーとケーキを人数分、もちろん自分と沙月の分も用意し戻ると、主に女性三人であれやこれやと会話は尽きず、楽しそうだった。
文化祭の終わりが近づいていき、両親はもう少し回ってくると教室を後にし、実生も後片付けがあるからと教室へ戻って行った。
自分達は、今から回るには中途半端な時間となり、後片付けのために残ることにした。
今日は、自分の家の方で夕飯を食べてから帰るらしく、どうせまた後で会うのだから、特にどうという事もなかった。
とうとう文化祭も終了し、片付けもさっさと終わらせる。
片付けの最中、沙月は別行動をしていて、おやっ、と思ったがそういう事もあるかと特に気には止めなかった。
この後、少し時間を空けて後夜祭があるらしいが、出るつもりはない。
元々出る気はなかったが、特にここ数日は濃密すぎるくらいに文化祭を楽しみ、さすがに少し疲れた。
実質、この片付けが最後の一仕事。
解散の号令が掛かる頃には、沙月はいつもの通り隣に戻ってきていた。
「朝比奈君」
帰ろうかと言う所で、呼び止めたのは白石だった。
「どうした?」
「……ちょっと良いかな?」
その言葉にすぐ頷くことは出来なかった。
沙月には釘を刺されたばかり。
そう思い、沙月を見ると視線を落とし、瞼を下げ静かに離れて行った。
その胸中を自分はわからない。
それでも何も言わずに離れていったのは信用の証に感じられた。
お祭り騒ぎの後だ、クラスメイトは我先にと散り散りになり教室からはあっという間に出て行ってしまった。
そうして残されたのは、白石と自分だけ。
白石は両手を握り、口にするのを迷っている。
そんな様子に、少しのざわつきを覚える。
比較しては失礼だとは思いつつも、麗奈の時より小さく、湖に小石が投げられた程度の波紋だった。
意を決したように白石は、息を吸い吐いた。
「朝比奈くんは、あたしのためにコーヒーを淹れてくれることはある?」
「白石のためだけに淹れる事は……無いな」
「……そっか。ありがとう」
「こっちこそありがとう。ごめん」
「戸締りはしていくから、先に帰ってて良いよ。待ってるんでしょ」
その言葉を背に受け、教室から出て行った。
どこまで本気だったのかはわからない。
程度の差こそあれ、一つまた一つと小石が投げられてしまった。
世の中ままならない。
つくづくそう思うが、それでもこうして廊下の先で想い人が待ってくれている。
夕陽に照らされ、凛とした佇まい。
髪の毛を揺らすことなく、微塵の動揺も見せず。
ただただ立っている。
そこが自分の帰るべき場所だと。
まるで吸い寄せられるように、近づき、手を取った。
「沙月、帰ろう」
「うんっ!」
そうして自分だけにしか見せない笑顔は、小石の波紋をかき消すように温かな気持ちにさせてくれた。




