79【文化祭二日目_壱】
買い物し、家につくなり作り始めたパウンドケーキ。
焼きあがる度にその暴力的なまでの甘い香りを充満させつつ、いくつも焼き上がっていった。
甘い香りも、最初のうちは良い匂いに感じても徐々にその威力を強め嗅ぎ続ければどうなるか。しかもそれが二日連続続けてだ。
しばらくケーキ類は食べなくても良いかな。
匂いでお腹いっぱいになりそうだ。
すでに苦行と化したお菓子作りを乗り越えた文化祭二日目。
ケーキを届け、教室から出ようとした時。
「え、なにこれ」
言葉を漏らし口の端をひくつかせる自分と沙月のぽかんとした表情の綺麗な人形ができあがった。
呆気にとられ動けない様は、周りからは滑稽に見えるかもしれないが自分達には動きを止めさせるには十分な光景だった。
まだ開始して間もないと言うのに教室にはずらっと行列ができていたから。
「沙月」
「良いですよ」
「まだ何も言ってないけど」
「お手伝いするんですよね?」
「さすがにこれを見ちゃうとね」
「私もこの状態を見てしまうと、楽しめないので」
自分は肩をすくめ、沙月は微笑んだ。
感覚が、思いが、擦り合わせることなく共通の事として成立する。
それはなんとも言えず、心地が良かった。
裏に回ると、一斉に入ってきたオーダーにてんてこ舞いになってるドリンク班。
いくら練習したといっても不慣れな様子でスムーズにこなせるわけはなく、とにかく動いているだけという状態だった。
仕切ってる海に声をかける。
「手伝うぞ」
「優陽ー」
まるで半べそかきそうな海の様子は何から手をつけていいかわからないと言った感じだった。
「俺がコーヒー受け持つ、沙月は紅茶で大丈夫か?」
「うん、大丈夫ですよ」「助かるー」
「その代わり他の事はそっちで割り振って。任せるぞ」
「おっけー」
自分達が出来るのなんて、これくらいだ。
他にもケーキカットしての提供準備、お湯の準備、オーダーの整理など詰まってる箇所はいくつもあった。
黙々とコーヒーを淹れ、時間が過ぎるのを忘れて、一段落ついたのが昼過ぎだった。
「優陽〜、交代の人で人数増えるからもう大丈夫。助かった! 琴葉さんもありがとう!」
「わかった」
「はい、失礼しますね」
そうして抜け出すと、携帯に連絡が入っているのに気づいた。
『兄さん、イチャつくのに夢中になってないで連絡して! 父さんと母さん、来てるよ!』
あからさまにからかった文面に眉根を寄せた。
『クラス手伝ってた、イチャついてない』
その様子に沙月は残念そうな顔をしていた。
「実生ちゃんですか?」
「そう」
「すぐ眉間にシワを寄せるんですから……」
「む……」
眉間にぐりぐりと指を押し付けられながら「はぁ」と溜息をつかれ。
「それでどうしたんですか?」
「……父さんと母さんが来てるってさ」
「急いで合流しましょうか」
さも当然とばかり。
もちろん、仲が悪いよりも全然いいんだけど自分より仲良いよな、これ。
もう少し二人で居ても良いかなと思ったのを胸に秘め、合流場所を目指したのだった。
そんな自分に沙月は唐突に自分の耳に顔を寄せ。
「今度二人でお出かけしましょっ」と囁いた。
そう耳朶を打つ声音は鈴のように脳内を転げ回り、存分に感情を揺さぶった。
ドキドキと心臓が高鳴り、頷くことしか出来なかった。
「おー、そー、いー!」
「指定の場所が遠い。しかも、なんでここなんだよ」
実生がさっそくと文句を言って来るが、むしろこっちが文句を言いたかった。
そこは調理部がやってる本格ガレット店。
「正直、甘いのはちょっと遠慮したいんだけど……」
「なんでよ、嫌いじゃないでしょ」
そう言って母さんがプッシュしてくる。
変な誤魔化しは正論でぶっ叩かれそうだった。
別に隠すような事でもないけどな。
「昨日、一昨日とずっと出し物のパウンドケーキ焼いてたんだ。もう甘い物はしばらく要らない」
その言葉に、なるほどと一つ頷かれ、一定の理解を得られた様子。
けれども。
「ガレットってお惣菜みたいなのもあるのは分かってるわよね?」
知識で叩きにきた。
「え、そうなの?」
「そうですね、ハムや卵、チーズを使ったいわゆる食事になるようなのもありますよ。本格と銘打ってる通り、そういうのも用意してあるみたいですし」
「知ってたの?」
「時間があったら来たいと思ってたんです。でもお菓子作りで気が乗らないかなって思ってました」
「言ってくれていいのに」
「決めてたわけじゃないですよ」
まるで二人っきりの時と同じようなやり取り。
それはいつもの通りの二人。でも残念ながら今は二人じゃなく。
「おーなーか、すーいーたー!!」
いつ終わるとも知れないやりとりに、業を煮やした実生が地団太と共に叫ぶように言ってきた。
さすがに待たせた挙句、このやり取りは怒られても仕方ない。
「ご、ごめん」
「……ちょうどお昼過ぎて、今空いてるみたいだし入るわよ」
母さんの視線は何を思っているか読むことはできない。
けれども問題はそっちじゃない。
父さんが腹抱えて笑っていて、もう酒入ってるのかと詰め寄りたい気分にはさせられた。
母さんの言う通り、席は有ったみたいですぐに通された。
メニューを見れば、本格的な様子。
これはちょっと期待できそうだ。
「沙月は何にする?」
「私は果物が乗ってるのにしようと思ってますよ」
「果物なら良いね」
「優陽くんは何にするんですか?」
「お惣菜系のが良いなとは思ってるけど」
「良かったら――――」
「うん、良いよ」
言葉にさせる必要も無いだろう。
何度もやり取りしているのだから。
沙月のいつもの柔らかい笑顔が見れればそれで良い。
それだけで自分も頬が緩んでしまう。
そうして何を頼むか決め、顔を上げると。
穏やかに温かく見守る視線が突き刺さってきた。
実生の口元だけは、むにむにと動いていたが。
「普通の会話だろ……」
「何も言ってないよ~」
「相談したっていいだろ……」
「別にして良いわよ」
「……」
「多少ゆっくりするつもりで入ったから、思う存分やってていいと思うよ」
最後の父さんの言葉は、他二人も同意見のようで頷いている。
(見世物じゃないぞ)
何も言えず歯がゆい思いをしていると料理部の人が注文を取りに来てくれた。
来てくれたは良いが――――自分と沙月を見た時に誰かわかったのだろう。
口を開け、手を当て、驚いていた。
あんな事をした後だから仕方ないと言うべきか、気づいても隠せと言うべきか……。
何か言われるわけでもないなら、まぁいいけども。
各々がそれぞれの物を注文した終わりに。
「あ、すいません。彼女の果物のと自分の惣菜のもの。
予め自分の惣菜が少し多めくらいで分けて盛り付けて貰う事できますか?」
それを聞いた途端、何かいけないものを見たかのように喜色を浮かべた。
「大丈夫だと思いますよ!!!!」
それだけ言うとさーっと、静かに音を立てず、素早く裏手へ回って行った。
その素早い行動に目を見張っていると、すぐにキャーキャーと言う声が聞こえれば、何を思ってそうされたのかは想像に難くなく。
「今更なんだから、目の前で分けなさいよ」
とは母さんの言葉であり、何も言うことができなかった。
どっちにしても恥ずかしい事に変わりなく、シェアしないという選択をしない自分達は耐えるしかない。同じ思いなのか沙月も困ったような、恥ずかしいような。
何とも言えない居心地の悪さを体験した。
そうしてお腹に溜まる物を食べた後、食べたくなるのは甘い物らしい。
自分としては今の所は遠慮したいが、残念ながらそれは少数派。
さっきまで甘い物を遠慮していた沙月も、母さんと実生が食べたいと言いだせば、そこは女性特有の別腹なのか意外にも乗り気だった。
店を出て移動する三人の後を、父さんと二人で歩いた。
「そういえば、実生から聞いたけどカップルコンテストに出たんだって?」
「……余計なことを」
「そう言わない。ただ珍しいなと思ったのも事実だよ。何か目的があったのかな?」
そう言われるのも仕方ない、自分の性格を良く知っているならば決して出場はしないと。
下手したら例え沙月の頼みであっても断るかもしれない。
以前の自分なら、そう言ってもおかしくないと自身でも思うのだから。
「……景品が欲しかったんだ」
「そんなに心惹かれる景品だったのかい?」
「らしくないとは思ってるよ。テーマパークのペアチケットだった」
まさしく濡れ手に粟をしようとしたのだ。
手を伸ばせば手に入ると思ったのか、お祭り騒ぎの一興。
本気で準備したわけじゃない。
何か武器を用意したわけじゃない。
それでもちょっとだけ悔しいと感じたのも確かだった。
「その頑張りは大きな一歩だ。忘れないようにしなさい」
「忘れはしないんじゃないかな。良い思い出にはなると思うし。それでもな。って思いもある。もし次があるなら、もうちょっと準備しないとなって思ってるよ」
「それでいい」
「あ、次も出たいわけじゃないからな」
「そんなのわかってるよ」
自分の悔しいと言った理由を正確に把握しているようで、言い訳のような言葉すらも父さんには一笑に伏されてしまった。
気づいてない物を突かれたようで少しだけ気分が晴れていた。




