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逆光の影法師  作者: 冬瀬
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弐06・失ったもの



 イオルが影の身体を得た日の夜、ハンゾウに招かれた里の者たちが道場に集まり豪華な夕餉を囲む。


「おお! 本当に影黒いし、髪も黒くなってらぁ!!」

「よかったな。これで外に出られるぞ」

「まさか霊薬なんてとんでもないものに恵まれるとはなぁ」

「ちょ、髪、引っ張らないでくださいよ」


 顔を赤く染めたいつも仕事で顔を合わせる男たちに揉まれて、イオルは戸惑いつつもその面付きは穏やかだ。


「……あるべきところに渡ったんだろうな」


 シウは男たちが集まる席から少し離れた位置でまったり食事をしながら、それを見て呟いた。

 霊薬を失ったことに、もちろん後悔はあった。

 どうしてあんな初歩的なミスをしてしまったのかと自分を責めても、やってしまったことはもうどうしようもない。


『必要としていた奴に飲ませただけ、まだマシだろ』

「そうだね」


 広間にあげてもらったハクはシウの隣で伏せている。彼女はその頭を撫でながら、小さな声で返事をした。

 霊薬でしか治せないものを患っていた人に渡せたことは、不幸中の幸いだろう。

 まさか出会って間もない自分と一緒に旅をしてまで恩を返そうとしてくれるとは思わなかったが、これも何かの縁だ。少なくとも都までは、イオルを見届けようとシウは考えていた。

 彼の潜在能力なら活躍できる場はたくさんある。

 イオルは恩義を感じているようだが、やりたいこともきっと色々あるだろう。影法師として大成した時にでも、食事を奢ってくれれば充分だった。


『ガキが増えて騒がしい旅になりそうだ』

「そこは賑やかって言って欲しいかな〜」

『お前といると退屈しねぇよ。本当に』


 ハクは呆れた声だったが、シウはそれを褒め言葉として受け取って嬉しそうに箸を口まで運んでいる。


『第一印象そのまま、あの小僧は義理堅いタイプの人間だ。裏切られる確率は、ほぼないと見ていい。そういうやつの匂いがする。ま、少し気になることはあるが』

「と言うと?」

『あの目だ』


 低音の声がさらに低くなったのを聞きながら、シウはイオルを見た。

 霊薬が個体の最大値まで回復するものならば、月の子特有のあの瞳は欠陥ではなかったことになる。

 ハクも霊薬を飲んだ月の子について、前例を見たことがなかったのでそこが気になっていた。


「言われてみれば。髪が染まったのに虹彩はそのままなのが気になるね。何か特別なのかな?」

『さあな。ただの個性かもしれない。観察し甲斐がありそうだ』

「はは。やっぱり楽しそうじゃん、師匠」


 ゆらゆら白い尻尾が揺れているのがわかってシウがそう言えば、背中を叩かれる。


『お前こそ、どういう風の吹き回しだ? 今まで他人と深く関わるのを避けてた癖に』

「……今回ばかりは今までのスタンスを崩すくらい、衝撃的な出来事だったってことだよ」

『ほぉ? まあ、気分転換にはいいんじゃねぇの? 先行投資だとでも思っとけ』

「うん」


 シウは楽しそうに笑っているイオルとは打って変わって、複雑な心境だった。

 果たして、危険が多い影法師になる選択を彼にさせてしまったことは、本当に喜ばしいことだったのか。今の彼女にはその判別は難しいし、所詮、結果論にしかならない。


「まずは、レッドゾーンを無事に抜けられることを祈るよ」

『違いねぇな』


 イオルは知らない。

 この里に住む者たちが、どれだけの手練れか。

 そして、この仙木に囲まれた里の外が、一瞬たりとも油断が許されない超危険地帯だということを。


『お前も最近、落ち着いた時間がなくて修行が出来てなかったな。ついでにしばいてやる』

「……お、お手柔らかにオネガイシマス」


 次の出発からはひよっこ同然のイオルが一緒だ。今までの旅とは条件がガラリと変わる。

 常にイオルの心配をしていられるほど、シウにも余裕はなかった。最低限、自分の身は自分で守れるように鍛錬は続けなくてはならない。

 ――自分と違って、イオルには心配してくれる人たちがいる。可能な限り生存率は上げなくては……。

 シウが考えに耽っている時だった。


「お嬢ちゃん!」

「え、は、はい!」


 ふくよかなご婦人に話しかけられて、彼女は慌てて返事をする。ハクはそっとその目を閉じた。

 イオルが影を使えるようになったと連絡を受けた里の大人たちは、こぞって祝いにやってきている。彼の日頃の行いが良い証拠だろう。

 月の子、または太陽に背かれた子と呼ばれる者たちは忌み子として扱われるのがほとんど。影法師しかいないこの桃幻郷で、理不尽な不遇を受けることを避けながら生きてきたイオルの性格は察しがつく。


「こんな遠くまでよく来たねぇ。イオルを助けてくれるなんて天使みたいな子。本当にありがとう」

「い、いえ……。大したことはしてないですよ……」


 遠くの席から隣にぐっと座られて、その勢いに少し戸惑いながらシウは言う。


「シウちゃんよね。あたしはヤヨイ。イオルのことは赤ん坊の時から見てるの。ひとりでここまで?」

「ひとりと一匹で。ハクはわたしよりずっと強いんです」

「あら! それは失礼。素敵な相棒がいるのね」


 シウが話しかけられるのに気がついた周囲の視線が、彼女たちに集まる。

 これからイオルが行動を共にする娘に、興味津々。そんな目だった。


「ハンゾウから話は聞いてるわ。ここに住もうと思って来てくれたんでしょう?」

「その予定でした。でも、まだ旅を続けたい気持ちもあったので、どこかに留まるのはもう少し後にしようかな〜と」


 この里はいいところだ。

 強者たちの、余裕を感じる豊かな暮らしがある。

 しかし、あまりにも過酷な地域によって隔離されていて、何か起きた時に逃げ場がない。たとえ鬼が出ないのどかな田舎でも、冷静に考えれば渋る点が多々あった。

 まあ、今となっては資金が足りないので家を買う以前の問題だが。

 住み込みで働かせてもらうこともひとつの手ではある。しかし、ハクと自由に生活したいことを考えると、あまり良い選択には思えない。一応あと何十年と生きる予定なので、まだ隠居生活を始めるには時期尚早。老後に移住するならこの里が一番いい気がするが、今の自分に合っているかと言われれば持ち腐れになりそうだった。


「そうね。まだ若いんだもの。元気なうちにたくさん色んなことを経験しておくべきね」

「はい」


 ここで元手を失ったのは、何か意味のあることだったのかもしれない。――否、きっと意味のあることだったと思いたい。


「そうそう。これはあたしの好奇心で聞くのだけれど、霊薬は一体どうやって? あっ、もちろん、答えなくても平気よ」


 その場が一瞬凍った。

 ハンゾウからはヤヨイに咎めるような視線が送られている。

 シウはそんな空気を音で感じながら、尋ねてきたヤヨイを見て笑う。


「旅をしてたら運良くカエンサソリを見つけたので、作っただけですよ」


 四年前に二年くらいかけて、とは言わなかった。

 ただ、何をベースに作ったのか言えば、詳細を述べずともだいたい状況は伝わるものだ。


「……そうだったの。きっとあなたの行いが良かったのね」


 ヤヨイはそれ以上、霊薬については尋ねてこなかった。彼女はシウの空いた皿にデザートを掬いながら、話題を逸らす。


「シウちゃんはいつから旅を?」

「十年くらい前からですかね。それなりに経験はあるので、イオルのこともある程度安全に案内できると思います」


 シウの答えに目を見開いたのは、問いかけたヤヨイだけではない。


「十年……?」


 黙って静かに話を聞いていたイオルが口を開いた。

 十年前となると、六歳くらいで旅を始めたことになる。


「そんなに前から、ハクとふたりで?」

「うん」


 自分に注目が集まるのがくすぐったくて、シウはさらりとそう言い流してヤヨイに勧められたデザートに口をつけた。


「ん〜。おいひい」


 呑気に料理の感想を言う彼女に、イオルは眉をひそめる。


「――ん? 別に珍しくもない話だよ?」


 何かを言いあぐねているイオルに気がついたシウは、首をこてんと傾げた。


「全部自分の自由だから、のびのびしてる。イオルと旅するのも反対する人なんていないから、そこは安心してね」

「……そうか」


 ハクが一緒だったとはいえ、子ども、それも女の一人旅なんて危険は多かったのではないか。

 外を知らないイオルだが、柄の悪い集団客は見たことがあるので、なんとなくそれは理解していた。

 影を持って生まれ、常に穏やかで。シウは自分とは全く違うタイプの人間だと思っていたが、もしかするとその認識は少し違うのかもしれない。


(まあ、ハクに守られて生きて来たっていうのも考えられるからな……)


 イオルはちらりとハクを見た。

 昨日の夜、ハクとシウを狙って追い払った男たちが思い浮かぶ。自分が思っているより、役に立てる場面は多いのかもしれない。


(とにもかくにも、早く強くなりたい)


 ハンゾウですら知らない手段で、力を解放させた狼。彼と一緒なら、何かすごいことを学べる。イオルにはそんな予感がしていた。


「長生きできるように、明日から一緒に頑張ろうね!」

「――ああ」


 まだ強くなれる。

 限界を告げられた彼にとって、これほど嬉しいことはなかった――。


 




 

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